コクミック王国の城へ参ります
ソフィアと共にギルドへ向かうと、ギルドの前に一台の高級そうな黒色の馬車が停まっていた。
今日が言われていた日。
迎えを寄越すって話だったけど、馬車でアーバンへ行くらしい。
カルロスと御者が何やら真剣な顔で話し込んでいるんだけど……邪魔して良いかな?
因みに会話は、俺の耳には丸聞こえ。
どうやらカルロスは御者に、俺を絶対に怒らせるなという旨の話をしている。
“怒らせるな”って……もう無駄だと思うけど。
俺は三日前から怒っているんだから。
今更俺を怒らせる人間が一人増えたところで、あまり意味はない。
「おはようございます。アーバンまで馬車で行くと、どれ位の時間がかかるんですか?」
声を掛けると、二人してビクッと肩が揺れた。
御者は初老の人間。
だけど俺の顔を見るなり、不思議そうな顔をした。
彼には俺が怒っているように見えないのだろう。
隣にいるカルロスは、既に顔色が悪いのに。
俺が声を掛けたタイミングが、あからさまに“会話の邪魔をした”と分かったからだろう。
つまり、会話の内容を俺に聞かれたと分かり、顔色を悪くしている。
──流石、ギルマス。
「……早いな。直ぐに出立出来るか?アーバンまでは馬車で半日だ。」
「俺がカルロスさんを抱えて走った方が早いんですけど?」
「…………」
「…………」
……あれ?
二人とも黙ってしまったんだけど、どうしたんだ?
せっかく笑みを浮かべてあげたのに。
「冗談ですよ。人拐いと勘違いされても困りますしね。」
「はは……ははは……」
乾いた笑い声をあげるカルロス。
そんなに酷い冗談だったかな?
冗談じゃなくしても良いんだけど。
──馬車より早く着く自信があるし。
「ど、どうぞ。」
扉を開けて待機する御者。
この御者は誰の息がかかっているんだろう?
「失礼ですが、貴方は?」
「これは申し遅れました。此度、城門までご案内するよう陛下より申しつかりました、アレッドと申します。普段から王宮への来賓者の送迎を致しております。」
どうやら城に仕えている御者らしい。
「そうですか。俺はカイト。この子はソフィア。カルロスさんから聞いていると思いますが、引き取ったので俺の妹になりました。」
今日はソフィアの耳も尻尾も、幻術で消していない。
城へはカルロスから俺が黒猫族の子供を引き取ったという事は報告済みだろうし、わざわざ隠す必要がないから。
「カイト様に、ソフィア様ですね?本日は宜しくお願い致します。」
ソフィアにも様付けだし、丁寧に頭を下げた事から、このアレッドという男をソフィアから引き離す必要は今のところなさそうだ。
────
──
馬車の中にいるのは、俺、ソフィア、カルロスの三人。
ガタゴトと舗装されていない道の為、身体ごと跳ねる。
ソフィアは危ないから俺の膝の上でしっかり抱きかかえているから、転がる事はない。
「…………」
「…………」
無言が続く。
喋ったら舌を噛みそうだし、揺れが酷くて他に出来る事もない。
休憩をとりながらアーバンへと向かうらしいけど、これでもかなり飛ばしているようだ。
王が急いで連れてこいとでも言ったのか?
それとも、俺が怒っているから?
カルロスが何も言わない事から、後者の可能性が高い。
……早く着いたところで、俺の機嫌が変わる事なんてないのに。
「ソフィア、気持ち悪くなる前に言うんだよ?時間はいっぱいあるし、ゆっくり行っても良いんだから。」
「っ、ん。」
ソフィアは乗り物に慣れていなさそうだからと色々考えていたけど、乗り物酔いは特にしないらしい。
──俺が支えていないとコロコロと転がりそうなだけで。
城の馬車だから、他の馬車と比べてこれでも揺れが少ないんだろうな。
カルロスは慣れたもののようで、多少馬車が跳ねても動じていない。
何度か休憩を挟んで進み、そうして城へと着いたのは、かかると予定されていた半日がまだ経っていない時間だった。
対応は総てカルロスに任せ、俺はソフィアを抱き上げたままその背についていくだけ。
ソフィアを見てあからさまに眉を顰める奴等もいたけれど、暴言を吐く人はいなかった。
それより先にカルロスが動いただけだろうが、暴言が聞こえてこないだけで今はヨシとする。
ソフィアが大して怖がっていないからな。
まだ俺以外には警戒が解けないようだけど、俺へは語録が少ないけれど沢山話せるようになってきた。
遊んでいてもリビングで寛ぐ俺から離れようとしないし、俺がトイレに立つと慌てて近寄ってきたり……“置いていかないで”と縋る子犬のようだ。
黒猫族なのに猫らしさ皆無なソフィアだけど、可愛いから無問題。
家にいる間は耳や尻尾に幻術をかけていなかったから、フリフリと揺れる尻尾やピクピクと動く耳に癒されていた。
それは幻術をかけていない今も。
あちこちから飛んでくる鑑定。
鑑定される度にステータスを変えているんだけど、鑑定結果は国王へ報告されるんだろうか?
俺を鑑定出来ないってカルロスから報告がいっている筈なのに、こうして何人も鑑定してくるって事は、その報告を信じていないからか?
城の中にいる鑑定士はギルドにいた鑑定士──ケイリーと、鑑定スキルレベルが同等にしか見えないんだけど。
人を変えたところで、スキルレベルが同じなら意味がないのに。
少し待たされて通されたのは、ゲームでも見た事がある謁見室。
赤色の絨毯はふかふかで、鎧を纏った衛兵だけでなく、物陰に数人潜んでいる。
城仕えの忍だろう。
いる位置さえ分かっていれば、何処から攻撃が飛んでくるのか分かるんだから、対処はし易い。
ソフィアを抱き上げたまま佇む俺とは違い、カルロスは片膝をついて跪いている。
これが王前の礼儀なのだろう。
……俺がこの国の民になるなら、同じような対応をしなくちゃいけないんだろうけど。
俺が今日此処に来たのは、勝手に出国規制をかけるなという話をする為。
それ以外の用件は、今のところない。
ゾロゾロと集団が入ってきて、一人が座る。
どうやらあれが国王らしい。
「冒険者カイト、待たせたな。余がこの国の王だ。バジリスク討伐だけでなく、先の魔物大量発生をたった一人で退けたとか。それで今回、余の願いを聞いて貰いに来た。……流石に余の方から会いに行く事は、周りに止められてしまったのでな。」
コクミック王国の王は、玉座に偉そうにふんぞり返っているタイプというより、気さくなおじさんって印象を受けた。
ソフィアを見て全く眉を顰めなかったのもポイントが高い。
傲慢な奴なら、俺が跪いていない事を糾弾していただろう。
少しは話の出来る相手なのかも知れない。
「俺の出国規制、外して貰えるんですよね?俺はこの国に永住するつもりはないですし、一国に肩入れするつもりもありません。今日はそれを伝えに来たんです。」
だけど俺が国王の話を聞いてやる義務なんてない。
俺は俺の用事を済ませるだけ。
俺が王へ畏まる事なく、王の用件を聞く前に自分の要望を口にした事で、周りがざわめいたが知るものか。
「……冒険者風情が調子に乗るな!陛下の許可なく拝顔しただけでなく、賜れたお言葉を遮るだなんて何様のつもりだ!?」
国王の側にいる一人、大臣っぽい奴が声を荒げた。
「俺を冒険者風情と罵るのなら、わざわざ呼び出す必要などなかったのでは?この国は“冒険者風情”の力を借りなければたちゆかない国力しかないのですか?数日前にこの国へ来たばかりの俺に出国規制をかけるような国に、敬う要素など皆無です。俺はこの国の駒になる気はないんですから。それを強要するのであれば……この国を消しますよ?」
ザワッ……と一気に騒がしくなったけれど、反撃される可能性を考えていなかったんだろうか?
国力で抑え込めるとでも思っていたんだろうか?
「俺からしてみれば、“お前らこそ何様のつもりだ”と訊きたいんですが?神にでもなったおつもりですか?権力を笠に何をしても許されると勘違いされていませんか?」
国の重鎮なら、使える権力は沢山あるだろう。
だけど使えるからと際限なく使っていては、ただの暴君でしかない。
国を治めている立場上、それくらい分かっていそうなものだが……
──俺?
俺は良いんだよ。
当たり前の権力を主張しているだけで、俺主体で傲慢をかますつもりもないし。
入出国なんて、罪人以外誰にでもある権利なんだから。
「『増幅反射』」
スキルを発動すると、キンッ……と金属がぶつかる高い音がした。
「ぐっ……」
「っ、がはっ……」
物陰から倒れてくる数人。
今回攻撃してきたのは忍達。
毒針を飛ばしてきたから、増幅反射で毒の猛毒性が増したのだろう。
口から泡を噴いている。
「貴様!攻撃するとは……!」
「そちらから攻撃してきたのでしょう?反撃されたからと憤るのは、道理に反しますよ?」
俺は増幅反射しただけなんだから。
「カルロスさん、この事は報告していなかったのですか?」
増幅反射は分からなくとも、反射した事は分かっていたんだから、報告していた可能性も考えていたのに。
「……否、陛下へ報告済みだ。だが、反射魔術は幻とされているから信じなかったのだろう。……勝てる見込みがないのだから、絶対に攻撃するなと忠告したのに……!」
ギリッ……と歯を食いしばっているカルロス。
(そうだよな。)
カルロスの忠告を守っていたら、死者が出る事もなかった。
「従わないと排除しようとするなんて、以前見た馬鹿貴族と同じ事をされるなんて思ってもみなかったです。貴方達がそういうつもりなら、俺も武力を行使して良いんですよね?コクミック王国なんて消えてなくなりますが……構いませんよね?俺は始めに忠告したのですから。」
青褪めている面々に声をかけると、破れかぶれで斬りかかってくる衛兵達。
「『跪け!』」
言葉と共に威圧をかけると、兵達が動きを止め、膝をつく。
隣にいるカルロスや目の前のお偉方にも威圧がかかっているようだけど、ソフィアには結界を張っているからかかっていない。
ガチガチと歯を鳴らし、顔色を失っている面々。
気絶している奴もいるようだ。
……やはり手加減は難しいな。
「この程度の威圧にも耐えられませんか……この王国を堕とすのは簡単そうですね。」
「…………」
「…………」
「………………」
「話せませんか?威圧でこれだと、殺気を放っただけでも死ぬんじゃないですか?」
「…………」
「…………」
「………………」
「話が進まないので、威圧をかけるのは止めましょう。」
威圧を解くと、一斉に深呼吸を始めた。
どうやら威圧によって呼吸が浅くなっていたようだ。
「ゲホッ……これがレベル50の魔術師だと!?」
「何っ!?私はレベル45の傭兵だと報告を受けたぞ?」
「私はレベル52の剣闘士だと聞いたが……」
「……レベル48の暗殺者だと……」
「どうなっている!?私はレベル55の魔法剣士と報告を受けたんだぞ!?」
咳き込みながら、大臣らが各々口を開く。
……というか、俺を鑑定させたのはコイツらか。
「総て嘘に決まっているでしょう?俺は鑑定阻害スキルだけでなく、ステータス偽装のスキルも持っているとカルロスさんから報告があった筈ですけど?」
「…………」
「…………」
だんまりが多いな、コイツら。
それも信じなかったって事か。
「……さて、王様?この不始末はどうなさるおつもりですか?宣言通りこの国を消してやっても構いませんが、過剰の人殺しはするつもりがないんですよね。……この城だけ更地にしましょうか?でも俺は加減が上手く出来ないので、アーバンの街全体を消してしまう恐れもありますが……国ごと消されるよりは良いですよね?……って、貴方達に言っても仕方ありませんよね?どうせこれから死ぬのですから。」
アーバンの街ごとでも、城だけでも、どちらにしたってこの城にいる人達は全員死ぬ。
国王は結界の魔道具を持っているようだけど、俺の力の前では何の意味も持たない。
「カルロスさんはフォール支部のギルマスですし、貴方だけは助けてあげても良いですよ?……どうします?」
隣にいるカルロスへ視線を向けると……
思わず吹き出しそうになった。
(尻尾を股の間へ入れているなんて……)
狼系の獣人なのに、犬みたいだ。
「そんなに怖がらなくても、カルロスさんを攻撃するつもりは今のところありませんよ?ただ此処にいる有象無象が消えるだけですから。」
「──っ、すまない!いや、申し訳御座いません!!何卒、何卒御許しを……!」
(……この世界にもあるんだな……)
カルロスがしたのは──土下座。
でもカルロスが謝る必要はないのに。
「カルロスさんが謝る必要などないでしょう?カルロスさんが俺を攻撃した訳でもないですし。」
そう、それは此処にいる奴等だ。
「カイトの事を報告したとはいえ、念を押すのを忘れていた。陛下が呼んでいると伝えたのも俺だ。ギルマス権限で断っていれば、国から圧力がかかってギルドに支障をきたすとしても、カイトが不快な思いをしなくて済んだ筈。……申し訳ない!」
「……ギルド登録をしているのは俺だけではないのですから、その判断は間違っていませんよ。俺はカルロスさんには怒っていません。」
そうだよな。
一組織が国からの命令を断れば、圧力がかけられるのは考えなくても分かる事だ。
ギルマスとしてそれを回避する事は理解出来る。
ギルド自体に権力があったとしても、国からの圧力に負けない保障はない。
「国の重鎮達がいなくなれば、この国は荒れる。他国から攻め入られ、民達は奴隷に落とされる。……頼む!この人達を……陛下を殺すのは止めてくれ!カイトにとっては有象無象でしかないんだろうが、この国にとっては必要なんだ!要望があるなら俺が聞く。ギルマス権限で彼等を黙らせてみせる!」
必死に頭を下げてくる。
……そんなに庇う価値があるんだろうか?
「……今回だけ、カルロスさんの顔を立ててあげます。俺の要望は入出国の規制の解除を始め、普通の権利を与えて頂ければ良いです。力があるからと、望みもしない依頼を受けさせたり、色々と規制をかけたりしなければ良いだけなんです。……元々今日はそれを伝える為だけに来ましたしね。」
でもここまでしている人を蔑ろにするのもどうかと思うし、今回だけは引いても良い。
……次に何かしてきたら知らないけど。
「分かった。何としてもその権利は確保してみせる。」
「お任せします。」
やはりこの国でカルロス以外の人と話すのは、時間の無駄っぽいな。
……因みに王の用件は知らないまま。
聞くつもりもないけど、何か?




