3-17 お出かけ準備
祭りから一夜明け―――静かな朝だった。
いつもなら朝早い連中が起きて仕事を始めているのだが、今日は起き出している住民の数が明らかに少ない。
皆昨夜一晩だけで、数日分のエネルギーを消費してしまったのか、今は揃ってグッスリ夢の中だ。
まあ、それだけ昨夜の“解放祭”は皆にとって嬉しい事だったのだろう。
……昨日の夜……。
いやっ、いやいやっ、忘れろ俺! 心の平穏の為に昨夜の駄々滑りの一部始終を今すぐ記憶から抹消しろと理性が言っている!
はいっ、はい、忘れた、忘れました! 昨日は何事もなくいつも通りに飯食って寝床の中で猫団子の中で眠ました!
よしっ、オッケー!
そんな静かな町を、子猫の体でトコトコと歩く。
特に何をしている訳ではない。ただの散歩だ。
「ミャァ……」
空を見上げれば気持ちのいい晴れ空………ただ、遠くの空に黒い雲が見えるんだよなぁ……。
風向き的にコッチに流れて来る事は無さそうだけど、今日はあの雲が有る方に向かう予定がある。
さて、その予定とは何か?
昨日の夜、町の外で魔族と何やかんやした後、町に戻るとアザリアに会い、何故か軽く説教をされた。いや、別に説教された事はどうでも良いんだ。問題なのはその後の話。
なんでも―――
『魔王アドレアスが居城にしていた“豊穣の塔”と言う場所が有るのですが、至急調べに行きたいのです。同行して貰えませんか?』
との事だった。
正直、面倒臭……と思った。思ったのだが―――アレじゃん? 魔王の居城って言えば、お宝一杯じゃん? ゲームによっては、最強クラスの武器防具とかが無造作に置いてあったりするじゃん? 「お前、それ隠しとけよ……」って思いながらゲットしてたよ俺。
それに、アザリアによると―――
『貴方も知っての通り、魔王の居城には10年前の戦争の敗北で奪われた神器が保管されている可能性が有ります。神器が取り戻せれば、使い手の勇者が現れれば即戦力になりますし、何より―――魔王の手にいつまでも勇者の武具を預けておく訳には行きません』
って事らしい。
運が良ければアドバンスの家に神器が有るかも……つっても、俺の使ってる旭日の剣って元々アドバンスが持ってた奴じゃなかったっけ? まあ、魔王が1人につき1つしか神器持ってないとは限らないけども。
まあ、でも、行ってみて発見出来たらラッキーじゃん? それを収集箱に登録出来れば俺もパワーアップ出来る訳だし。それが済んだら、現物はアザリアに預けてしまっても問題無いし。
え? この前、「もう力を求めてガツガツしなくなった」って言ってなかったって? それとこれとは話が別!!
力は求めなくて良いけど、レアなアイテムは欲しいの!! しかも神器が手に入るかもしれないんだぞ!? 神器って事は、また意味不明なレアリティ★な奴だぞきっと!! 収集家として、これを見逃すなんて有り得ないでしょうが!
……おっと、熱くなり過ぎた……クールダウンだ俺。
まあ、ともかく、そんな訳で俺達は今日、アドバンスの居城だった“なんとかの塔”に行く事になった訳なのだ。
…………何の塔だっけ? まあ、良いか。建造物には何の興味も無い。俺が欲しいのはその中に眠っているお宝だけだ。
で、だ。
その塔はここから40km程離れているそうな。
40kmと聞くとそこそこな距離に聞こえるが、ここから王都までが約20kmだそうで……小一時間で20kmを走破してしまう俺……っつか、【仮想体】ならそこまで騒ぐ距離でもない。
俺1人なら……だけど。
アザリアは馬で行くと言っているが、俺は当然馬になんて乗れない。最悪子猫の俺はアザリアか誰かに抱っこされて行けば良いが、その場合【仮想体】はどうすんの? って話し。
いっそ勇者モドキは先に行った事にしてしまうのはどうだろうか?
うん、良い考えな気がする。
周りの皆様は、何やら勇者モドキが“てんいじゅつしき?”とか言う瞬間移動的な物を使えると勘違いしているようだし、そんな感じで先に行った事にすれば良いんじゃなかろうか?
ヨシ、じゃあそれで。
考えが纏まったところで、「そろそろ来るかな?」とボンヤリ思って居たら、案の定来た。
「猫にゃん!」
「ミャァ……」
はい、アザリア登場。
絶対この子とのエンカウント率は誰かによって操作されてると思うの俺。じゃなきゃ、こんな序盤のスライムみたいにポロポロ会う訳ねーし……。
“生き別れの子供との10年ぶりの再会”くらいの感じで俺を抱きしめて来る。
……この子、会う度に抱きしめるパワーが増してる気がするんだけど気のせいかしら? そのうち抱きしめられる度に骨バッキバキにされるんじゃないかと若干体が震えてしまった。
「どうしたの猫にゃん、寒いの?」
「ミィ……」
ちゃいます……。
震えていた俺を心配して、アザリアがローブの中に俺をしまう。
はぁ~、とっても温いわこの子の体……。
暖かくて居心地が良いのは……まあ、とても宜しいのだが、少女の体で温められているのを対外的に見ると、言い訳のしようもないド変態でちょっと泣きたい気分になる。
見た目は子猫だからOK……と割り切れれば楽なんだろうが、精神は人間の成人男性のままの俺にそれは耐えられそうにない。ですので、脱出を試みる。
「ミャ、ミャァ!」
「猫にゃんメッ! 寒い時は暖かくするの!」
ちゃうねん、寒いんとちゃうねん。お前さんの未来に若干ビビっただけやねん。
頑なにローブの中から俺を出そうとしないアザリアに呆れつつ、仕方無く脱出は諦める。
「ミィ…」
「大丈夫だよ猫にゃん。ちゃんと温めてあげるからね」
……優しいのはとても良い事だよ、うん。
アザリアに俺の要求が通らないのは、俺が猫で会話出来ねえのが悪いんだから……うん。
「ミ」
「あ、そうそう。君のご主人が何処に居るか知りませんか? 相変わらずふらっと居なくなると見つからないんですよあの人」
そら見つからねえって。
だって何処にも存在してねえんだもん。
少しだけ毎度無駄に探させている事にちょっと罪悪感を感じる……。まあ、俺が「探してくれ」って頼んだ訳じゃねえけど、そう言う話じゃないしな……。
「猫にゃんが呼んでくれるとすぐに来るんですけどね?」
「ミィ…」
「今日は魔王アドレアスの居城になっていた豊穣の塔に行きますから、準備をしたら出発したいんですけど」
ああ、もう出発する気満々だったのね? そう言う事なら好都合だ。
【バードアイ】で視覚を飛ばし、裏通りに誰も居ない事を確認……ヨシ、誰も居ないな。
裏通りに【仮想体】を創り出しオリハルコンの鎧一式を着せて、腰に旭日の剣をぶら提げて……はい、“剣の勇者”の出来上がり。
「剣の勇者の神出鬼没さは何なんでしょうね? ねえ、猫にゃん?」
そら、まあ、実際は存在しない人間ですし。
とか言ってるうちに、裏通りからヌッと金ぴかの鎧が歩いて来る。
………言いたくねえけど、完全に不審者だよコイツ……。いや、鎧の中身も俺なんだけどね?
「あっ、居た! 本当に猫にゃんが一緒だとすぐに来ますよね貴方」
素直に「うん」と言う訳にも行かず、曖昧に頷かせる。
「まあ良いです。それより昨日言った通り、豊穣の塔の探索と調査に行きますから貴方も準備して下さい。終わったらすぐに出発しますから」
アザリアの言葉に、ゆっくりと兜を横に振る。
「なんですか? 今更行きたくないとか言いださないで下さいね?」
そーじゃなくて。
何とかジェスチャーで「先に行ってる」とアピールする。
「え? なんですか? 何を言いたいんですか? 貴方が無口なのは知ってますけど、こう言う時は普通に喋って下さいよ……」
喋れるんなら、始めっからそーしとるわい!!!
結局3分もかかって何とかジェスチャーだけで伝えた。
そして無茶苦茶呆れた顔をされた。あと「もう喋れば良いじゃないですか!」と8回程キレられた。
「分かりました。じゃあ、先に行ってて下さい。あっ、でも中には入らないで下さいね! 中には何が有るか分からないんですから」
はいはい。と精神的な疲れを見せずに頷き、一時お役御免で収集箱に戻す。
幻のようにその場から消える金ぴかの鎧。
「あっ……転移術式ですか……。使っているのは何度か見ましたが、間近で見るとまた別の驚きがありますねコレ。ね、猫にゃん?」
言いながら、ローブの中の俺の首元を撫でる。
……実際は「てんいじゅつしき」とやらじゃないので、騙している事にも罪悪感が浮かぶ。
なんか、アザリアに関しては罪悪感感じてばっかりだな俺……。
「さて、じゃあ私達も出発の準備をしましょうか? 猫にゃんは私と一緒に行きましょうね」
「ミャァ」




