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3-16 月の祝福

 クルガの町は喜びに包まれていた。

 魔王の恐怖から解放された喜び。

 魔族の支配から解放された喜び。

 

――― 解放祭


 誰もが喜びに歌い踊り、飲み食べる。

 

 そんな祝祭が催される中、アザリアは静かに座って居た。

 勇者として、澄まし顔で座っている……訳ではない。

 頭の中でリピートされるのは先程の光景。

 町の皆へのスピーチ……。


 アザリアは、自己採点でほぼ満点のスピーチが出来たと自負している。勇者らしくあり、元貴族らしくあり、堂々と迷い無く。

 次にスピーチする剣の勇者も、流石に自分の事を見なおしただろう……と心の中でドヤ顔していた……のだが。

 剣の勇者は、相変わらず一言も発しない。

 ただ、黙って、旭日の剣を天に掲げた。

 その行動が意味する事は、一瞬誰にも……勿論アザリアにも分からなかった。「何やってるんだろうこの人……」と思った次の瞬間、冷たく強い風が吹いて、広場を照らしていた篝火(かがりび)が消えた。

 光を奪われ、瞬間何も見えない暗闇が人々を襲う。

 しかし―――それも一瞬。

 まるで、そのタイミングを待っていたかのように月明かりが射しこみ、スポットライトのように剣の勇者を―――黄金に輝くその姿を照らしだす。

 その姿はまるで……夜の神が剣の勇者の勝利を祝福しているかのように見えた。



 物語の一幕のような、幻想的で神々しいその光景に誰もが言葉を失う。



 黄金の鎧と、掲げられた旭日の剣に月の光が反射し、その場にいた人々を包むように優しく淡い光が辺りを満たす。

 光―――…。

 誰もが暗闇の中で怯える中、皆を導くように小さな……それでいて確かな光で皆を包み、護ろうとする。

 その姿は、“勇者”の有るべき姿その物だった。

 皆が顔を伏せる。

 その両手は一様に胸の握られている。


 皆が祈って居た。


 自分達を魔王の手から救い出してくれた、黄金に輝く光の使者に。

 そして、これからの勇者の無事を祈っている。

 黄金の勇者は、これからきっと数多の苦難と、一般人には想像もつかないような化物と戦い続けるのだろう。

 名誉の為ではない。

 金の為でもない。

 自分の為ではなく、今この瞬間も苦しんでいる、戦う力の無い全ての人を救いだす為だけに、剣を振るい続ける。

 どれだけ傷付こうとも、どれだけ深い闇の中であろうと、きっと黄金の勇者は足を止める事無く進み続ける。

 だから―――皆が祈る。

 勇者の無事を。

 勇者が世界を救いだす事を。



 思わず、アザリアも祈ってしまう。

 知っている。

 いや、知っている筈だった。


 ――― 勇者の姿を。


 だが、まるで、今始めて瞳を開いたように、旭日の剣を掲げるその姿に……涙が零れた。

 剣の勇者は何も言わない。

 だが、月明かりに照らされた背が、アザリアに言っている。


 「お前のやって来た事は無駄じゃないよ」と。


 10年前……まだ幼い頃に貴族の地位も、家も、何もかもを魔族に奪われ、祖父と2人で着の身着のまま放り出されたあの日から、思い返せば楽しい事より辛い事の方が圧倒的に多かった。

 それだけ苦しい思いをして自分の力を磨き、仲間を集め、それでも魔王の前には手も足も出なかった。

 それでも―――剣の勇者の背は言うのだ。


 「お前の出来ない事は私がやってやる」と。


 確かに剣の勇者は強い。たった1人で魔王を打ち倒してしまうその力は、誰がどうみても規格外の怪物であろう。

 しかし―――だからと言って勇者(アザリア)も1人で万能である必要はない。

 絶対的な個の強さを誇るのが魔王であるのなら、仲間達と力を合わせる集団の力を極めるのが人の在るべき姿だ。

 アザリアが剣の勇者と同じである必要はない。

 己の出来る事。

 己にしか出来ない事。

 その中に、きっと世界を良くする道は存在する。


 強く―――強く―――黄金に輝く背がそう言っている気がした。


 月の光を受ける勇者の姿に言葉を貰ったのはアザリアだけではない。

 誰もが背を押され―――あるいは勇気づけられ、叱咤される。

 剣の勇者は一言も発しない。

 だが、その姿を、背を、行動を持って心に語りかけて来る。


 10年前の戦争による敗北によって、人々の心には大きな傷が出来た。

 その後の魔族達の支配によって、心だけでなく体もボロボロになり、降り積もった苦痛や憎しみは、いつしか10年前に敗北した勇者達にも向く―――そう言う気持ちの人間は、珍しくもない。

 だからこそ、勇者がどれだけ言葉を紡いだとて、心の奥底までは届く事はないのかもしれない……。

 剣の勇者は、それを知っている。いや、あるいは元々剣の勇者はそういう人間なのかもしれない。

 

 行動を持って全てを示す。


 ただ黙々と、成すべきを成し、前に向かって走り続ける。

 そんな剣の勇者だからこそ、皆の心の中にこびり付いていたヘドロのような勇者への“不信感”が、かつて誰の胸にもあった“希望”に変わる。


 5秒か10秒か、静まり返った時間が終わり、剣の勇者は旭日の剣を鞘に戻して、机の上の子猫を回収してその場を立ち去る。

 遠ざかるその後ろ姿を見て誰かが呟く。


「格好良いなぁ……」


 ユーリだった。

 かつてこの広場で処刑されそうになったところを助けられてから……いや、本で勇者の物語を読んでからずっと彼女は勇者の信奉者だ。

 しかし、それは憧れるだけの目ではない。どこか、愛しい人に向ける女の視線も混じって居る。


 周りがそんな目をしている中、アザリアだけはその後ろ姿に疑問を感じていた。

 立ち去って行った剣の勇者がどこか早足だったように思える。

 まるで―――何かから逃げるように。


(魔王さえ倒すあの人が、何から逃げると言うんですか)


 自分の考えの馬鹿らしさに少し溜息を吐く。

 ふと、既視感―――。


(前にも、あんな背を見たような……)


 すぐに思い出した。

 魔王との決戦の時だ。

 剣の勇者が神護の森に走り出した時―――あの時の背に似ていた。

 アザリアですら、本当に逃げたのかと疑ってしまうような背。

 しかし、あの時は逃げた訳ではなく、魔王と戦う為に独りで向かって行ったのだ。

 であれば、今回も―――。


(まさか、何か不測の事態が起こった……!?)


 慌てて立ち上がる。

 もし仮に、「魔王クラスの何かが現れた」なんて事態であれば、アザリアが行っても足手纏いになるだろう。

 だが、それでもアザリアは剣の勇者の背を追う事を止められなかった。

 魔王アドレアスとの戦いでは、全ての重荷を剣の勇者1人に背負わせるような形になってしまった。

 あの場においては、それが最善の形であった事は理解している。だからこそ剣の勇者も何も言わないのだろう。

 だが、だからと言って今回もそれで良いとは限らない。

 また―――剣の勇者が消えて、不安な夜を過ごす事になるかもしれないのだから。



*  *  *



 剣の勇者を追って町中を走ったが結局見つからず、「先に広場に戻ったのか?」と大通りに戻ろうとした時、門の横に人が倒れているのを見つけた。


「大丈夫ですか!?」

「ぅう……ん? あ、れ? お嬢?」


 声をかけるとすぐに目を覚ました。

 ただ、意識がまだボンヤリしているようで、しきりに目をこすったり頭を振ったりして何とか意識を起こそうとしている。


「何があったんですか?」

「そ、それが、見回りをしていたら急に空から魔族が……」

「魔族!? 魔族に襲われたんですか!?」


 魔王と側近の名前持ち(ネームド)や上級魔族は決戦の時に死んだ。

 残って居たアドレアスの手下の魔族も剣の勇者によって全滅。

 つまり、彼等を襲ったのは、魔王アドレアスの勢力ではない。恐らく、魔王の手下にすらなれなかった下級の“野良(はぐれ)”だ。

 だが、魔族である以上は決してその戦闘力を甘く見る事は出来ない。


「ああ、けど、なんで俺達生きてるんだ? 絶対死んだと思ったのに……」


 不思議そうな顔をする男に、アザリアは少し溜息を吐いた。

 何故無事なのか?

 そんな事は決まっている。


 門を潜って、ヌッと黄金が現れた。


「おわっ!? え!? け、剣の勇者!?」


 驚く男の肩に手を置いて落ち付かせる。


「やっぱり貴方ですか……」


 まるで、当然の事のようにそこに立つ金色に輝く鎧―――剣の勇者だった。

 その背には、意識を失っている人間が2人。

 アザリアの中で話が繋がった。

 剣の勇者は、見回りに出ていた者達が魔族に襲われたのを何かしらの方法で感じ取り、慌てて助けに行ったのだろう。

 そして、助け出した者達を門の中に運び込んで居ると言う事は、彼等を襲った魔族は恐らく今頃冥府の門番にでも挨拶している事だろう。


「本当……何なんですか貴方は。困っている人の元へ駆け付けずには居られない病気なんですか?」


 呆れたような、(うらや)むような言葉。

 そんな言葉を向けられても、剣の勇者は特に気した様子も無く背中の男達をユックリと地面に下ろす。

 無反応な金色の鎧に代わり、その肩に乗って居た子猫が「ミィ……」と小さく鳴く。まるで「ゴメンなさい……」とでも言うようなか細い鳴き声だった。


「猫にゃんに怒った訳じゃないの……あッ!?」


 大声をあげて、ひったくるように金色の鎧から子猫を取り上げる。


「ミャっ!?」


 子猫が驚いた声をあげるが、そんな物お構いなしに子猫の体をまさぐる。

 何故にこんな奇行に出たのかと言えば……子猫の体に血がベットリとついているからだ。

 大怪我をしているんじゃないかと慌てて確かめた……と言う訳だ。


「猫にゃん猫にゃん! 痛いところ無い!? 怪我してない猫にゃん!?」

「ミャァ……」


 散々子猫の体を撫でまわし、怪我が無い事を安堵するや否や剣の勇者を睨みつける。


「もう! 猫にゃんが居る時に無茶しないで下さいって言ったじゃないですか!」


 捲し立てるように怒るアザリアに、腕の中で子猫がもう一度「ゴメンなさい」のような鳴き声で鳴いた。


「ミィ……」



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― 新着の感想 ―
[一言] この猫「うっかり救世主」の称号とか持ってないか(参考:進化の実)
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