3-12 魔王会議
壁に上半身が突き刺さって居た魔王2人を引っ張り出して床に寝かせ、改めて全員が椅子に座る。
部屋の奥から順に
アビス・A
エトランゼ=B・エトワール
デイトナ=C・エヴァーズ
ギガース=レイド・E
ヴァングリッツ=フラ・J・フィスタル
更に、デイトナに突き飛ばされて壁に突き刺さって気絶している2人。
会議場に集まったのは7人。12人にはまだまだ遠いが……主催者のヴァングリッツは開会の宣言をした。
「では、全員集まったようなので始めようか」
「ぁあ? まだ7人しかいねえじゃねえか? イベルとゴルドが来ないのを差し引いても、残りの3人はどうしたんだコラ?」
若干苛立ったアビスの言葉にギガースが頷く。
しかし、エトランゼとデイトナの2人はシレッとした顔で無反応。
「残りの3人は欠席だ」
「ぁあン? この俺様がわざわざ来てるってのに、サボタージュするとはどう言う事だ?」
更に苛立った様子のアビスに、隣に座るエトランゼが呆れた様子で溜息を吐きながら言う。
「アンタのせいでしょうが」
「どう言う意味だ?」
「普段は来ないアンタが突然来るなんて言いだしたから、下の子達がビビったのよ」
より正確に言えば、「アビスにビビった」のではなく、「アビスとエトランゼの喧嘩にビビった」のだが、結局はアビスが来ると言った事が原因だ。
「はンっ、どいつもコイツも根性がねえなぁ」
嘲笑っているのか、呆れているのか……天井を見上げて息を吐く。
そんなアビスに、エトランゼとは反対に座って居るデイトナが果実を口に放り込みながら言う。
「そりゃあ、話の通じない暴力の塊のようなアビスが来るとなったら、真っ当な精神なら避けて通るよね」
「おい、俺様をディスるんじゃねえよデブ」
「僕はデブじゃなくて、ちょっと肉付きが良いだけだよ」
肉付きが良い……で済ませられるような体形ではないが、誰もそこは突っ込まない。それが昔からの暗黙の了解、と言う奴だ。
いい加減話が始まらない事に焦れたのか、ヴァングリッツが机をトントンっと叩いて注目を集めてから無理矢理話を始める。
「今回皆に集まって貰ったのは他でもない。既に耳にしていると思うが、アドレアスが勇者に討たれた」
「聞いている。討ったのは剣の勇者と杖の勇者の2人だとか」
「詳細はまだ掴めていないが、やったのは剣の勇者の方らしい」
説明を聞いていたエトランゼは、興味無さそうに自分の爪をいじる。
デイトナもどちらかと言えば興味が無いのか、黙々と果実を口に放り込む機械と化している。
まともに聞いているのはギガース1人で、アビスに至っては話を聞いているのかさえ疑問だ。
「ふむ……魔王全員を招集しようとする程の強者なのか? その新しい剣の勇者は?」
「黄金の鎧を纏う騎士だそうだ。出自や力を手にした経緯は探らせているが、今のところ成果はない。だが、魔王が1人狩られているのだ、放置は出来んだろう?」
話を聞いているのかさえ怪しかったアビスがポツリと呟く。
「で? 新しい魔王は?」
「……は?」
「アドレアスの餓鬼が死んで、もう7日だ。とっくに魔王の力が継承されて次の魔王が産まれて居なければおかしいだろう?」
興味無さそうな態度をとって居たエトランゼとデイトナも、新しい魔王の話は無視できないようで視線を向ける。
アビスの質問に、ヴァングリッツは口籠る。
何故なら、その答えを持って居ないから。
アドレアスの力を継いだ次の魔王を、手下に命じて内密に探させたが結局見つからなかった。
そもそも、魔王の力を継いだ魔族は喜んで名乗りをあげる物だが、今回はそう言った気配が一切無い。
「そ、それが……探したが見つからなかったのだ」
「ふーん」
ヴァングリッツの答えを、まるで知っていたかのような薄い反応。
そんなアビスの反応を追うように、エトランゼとデイトナが「あ~あ……」と呆れた声を漏らす。
「な、何か不都合が……?」
「アドレアスの餓鬼は、旭日の剣でトドメを刺されただろ?」
「は? あ、ああ、報告ではそう聞いている」
今度は“最古の血”の3人が揃って「やっちまったな」と溜息を吐いた。
そんな古参3人の様子に、ギガースが何事かと焦る。
「な、何か知っておられるのですか?」
「新しく魔王になった奴には俺様達が必ず言う事がある。『他の何に殺されても、旭日の剣にはだけは殺されるな』だ」
その言葉はヴァングリッツもギガースも聞いた事があった。
確かに、最初に魔王としてこの3人と会った時に言われた言葉だ。
しかし、その真意は分からず、ずっと「剣の勇者にだけは気を付けろ」と言う意味合いだと勝手に解釈していた……のだが。
「一々細かく説明しなかったが、そう言う事さ」
「え? いや、どう言う事だ?」
アビスの説明下手っぷりを見兼ねて、エトランゼが説明を引き継ぐ。
「旭日の剣は、他の神器と違うのよ」
「違う……? 確かに、他の神器に比べて強力だとは聞いているが……」
「そう言う力の大小の話じゃなくて……。あの剣はね、“因果斬り”の剣なのよ」
「因果斬り?」
「そう。あの剣で殺されると、魔王は力を次に継承する事が出来なくなるの」
「なっ!?」「そんな、馬鹿なッ!?」
2人の魔王が驚きの声をあげる。
それもその筈、「魔王の力が継承出来ない」と言う事は、それ程の恐怖を与える事実だ。
そんな2人を落ち付かせるように、ゆったりとした口調でデイトナが果実を口に放り込みながら話す。
「僕達……君等の言うところの“最初の魔王”は、本当はね、20人居たんだよ」
「!?」「……!!」
再びの驚愕。
そんな話は始めて聞いた。
だが、最初の魔王が20人居て、世に出たのが13人。その話が本当であるのならば、そこには先程の話の真実味が隠れている。
「僕達が世に魔王の名を出す直前だったかなぁ……皆で集まって、こんな風に話していたんだ。そんな時、突然旭日の剣の使い手が現れて」
開いていないデイトナの瞳の奥で、形容しがたい感情が渦巻いているように思えた。
口調にも態度にも出さないが、雰囲気が少しだけ揺らぐのをその場に居た者達は感じたからだ。
「―――7人の魔王が狩られたんだ」
「そ、それで魔王は13人に?」
「うん。でも、それ以来魔王が減る事はなかったから、“因果斬り”には何かしらの発動条件でも有るんじゃないかってアビスとエトとは話してたんだ。だから、そこまで強く下の子達には注意しなかったんだけど、今代の剣の勇者はその力を使えるみたいだねぇ」
呑気に言いながら、袋の中の食べ物を腹の中へと収めて行く。
アビスもエトランゼも“因果斬り”の話を最初から知って居た為か、別段焦った様子はない。
しかし、それを知らなかったヴァングリッツとギガースは冷静ではいられない。
既に魔王が1人減らされているのだ、次は自分の元へ現れるのではないかと気が気ではない。絶対強者の魔王とは言っても、“因果斬り”には恐怖を感じずにはいられない。
もし仮に魔王が減らされて行けば、魔族の衰退は免れない。
旭日の剣の魔族の中でのもう1つの呼び名―――“魔族殺し”。その意味を理解してしまったのだから、恐怖は必然。
「何を呑気な事を言っているんだ!! すぐに剣の勇者の対策を―――!!」
焦り、椅子を倒す勢いで立ち上がりながら怒鳴るヴァングリッツに、アビスは呟くように言った。
「要らん」
静かな、小さな、短い言葉。
それなのに、その場の空気が凍ったと錯覚する程の威圧感。
思わずヴァングリッツは黙り、その場にへたり込んでしまいそうになった。しかし、すぐに平静を取り戻して言葉を続けた。
「そ、それは“最古の血”のお前達は良いだろう! だが、私達は―――」
「だから、要らんと言っている」
ギロっと睨まれて、喉から出かかった言葉が胃辺りまで引っ込む。
「対策も、情報も、何も要らん」
凄まれて黙ったヴァングリッツを不憫に思ったのか、エトランゼが仕方無く擁護に回った。
「そうは言っても、私達ならともかく、若い魔王達には脅威かもしれないわよ? 今代の剣の勇者は」
「そうそう、僕達みたいに強い訳じゃないんだし」
暗に「クソ弱い」と言われた事に若干カチンッと来たが、流石に“最古の血”の3人と比べられれば弱い事を認めざるを得ない。
「だから、俺様が餓鬼共の為に一肌脱いでやると言っている」
「アビス……アンタまさか……」
「ああ、俺が直接剣の勇者に会いに行って来る」
「殺しに行くの?」
「なぁに、ちょっと挨拶するだけさ。まあ、挨拶がてら1発殴るかもしれないがな」
そう言って独りで笑う。
アビスに殴られる事は、大抵の生物にとっては即死を意味する。それを知っている魔王達はそれぞれ「相変わらずね」と呆れたり、「これで問題が解決する」と喜んだりそれぞれだ。
「別に殺しゃしねえよ。剣の勇者がクソつまらない雑魚でない限りはな」
世界最強が動き出したーーー……。




