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3-11 魔王は殺伐とする

 魔王達の会議場―――。

 殺風景な大きな部屋、その真ん中に備え付けられた円卓。

 その円卓を囲むように置かれた13脚の椅子の内の1つ、入口付近の物に座る1人の魔族。

 ハリネズミのような白銀の髪。両手の指が刃になっている異形。

 まるで1本の剣のような鋭さの魔族。


 ヴァングリッツ=フラ・J・フィスタル


 世界の支配者たる12人の魔王の1人。

 アドレアスと同じく、10年前の戦いで先代の魔王が死んで代替わりした、魔王の中では若手の1人。


「クッ……なんだってこんな事に……」


 ストレスのせいで、貧乏ゆすりが止まらない。

 今は自分以外誰も居ないから……と言う油断もあるが、それを差し引いても魔王としてはどうかと思われる姿。

 それは自身でも分かっているが、それでもイライラが止まらない。

 今回の魔王会議は単純な形の筈だった。

 しかし、予想外の存在が首を突っ込んで来たせいで、立てていた計画が台無しだった。


 その時、会議場の扉が開いて2つの影が入って来る。


「はっはー、流石俺様、呼び出しに応じて1番乗りだぜ」


 アビス・A。

 赤い髪の、粗暴で、貧乏くさい恰好の―――最強の魔王だった。

 そして、その後ろを追うように入って来た3mを超す深紅の肌の巨体。

 ギガース=レイド・E。


「久しいなヴァングリッツ。我はともかく、アビス殿を呼び出したのだから、相応の話なのだろうな?」


 2人共、魔法より肉弾戦を好む戦闘狂。正直、苦手な相手であった。

 と言うより、アビスに関しては苦手どころか嫌いな相手だった。

 最強であるが故に自由。何にも縛られず、誰にも御せない怪物。

 そもそも、今回の会議が予定通りに行かないのも、全てこの魔王のせいなのだ。


「……久しぶりだ。ギガス、それにアビス」


 敢えてアビスの名を後にする痛烈な侮辱。

 ギガースはピクッと一瞬怒りが顔に出そうになったが、表情筋を硬くしてそれを押しとどめた。

 一方アビス本人は気にした様子もなく「おう、久しぶりだな餓鬼んちょ」と軽い足取りで部屋の一番奥の席―――最も上の者が座るべき椅子に躊躇う事無くドッカと腰かけて机の上に足を投げ出す。

 そんな様子を見て、もう1度ヴァングリッツに鋭い視線を投げてからギガースも自身の席に向かう。


「で? 会議はいつ始まるんだ? 俺様を待たせた奴は例外無くぶん殴って良いのか?」

「止めてくれ……会議場が血に染まるだろう。会議は全員が集まってからだ」

「いつ集まる? 俺様の貴重な時間を、こんな無駄な事に消費させるなよ?」


 アビスからジワリと剣呑な空気が漂って来る。


(これだからコイツは嫌いだ!)


「とりあえず、イベルとゴルドの2人は欠席だ」

「知ってる。イベルの奴は俺様以上の欠席魔。ゴルドは図体がでか過ぎてここに入れないからだろう? この前会いに行ったら更にでかくなってたぞアイツ」

「……元々種族的には子供同然だったらしいからな。その分成長しているって事だろう」

「とは言え、あれ以上でかくなると何かと面倒だろうし、そのうち俺様が体を砕きに行ってやるか?」


 そんな発言に、ギガースが「そんな事をすれば死んでしまうでしょう」と大笑いした。

 魔王同士の戦いを禁じている為、実際にはそんな事は出来ない……のだが、その制裁や罰をアビスが恐れる訳も無い。今の発言は流石に冗談だろうが、いざとなればどんなルールも無視して実行してしまう危険さが最強故に有るのだ。

 と、その時、突然鈴の鳴るような美しい声が会議場に響き渡った。


「ギガース。あまりこの馬鹿を助長させないでちょうだい」


 いつの間にか、アビスの右隣の椅子に女が腰かけていた。

 軽くウェーブのかかった流れ落ちる藍色の髪。

 猫を思わせる切れ長の目。

 そして―――唯一魔族の証明のように耳の代わりについている、クリスタルのように透き通るヒレ。

 その姿を見るなり、ヴァングリッツとギガースは慌てて立ち上がって挨拶をする。


「良く来てくれましたエトランゼ」

「これはこれはエトランゼ殿」


 会議場に入って居る事から分かるように、彼女も魔王の1人である。

 彼女の名は―――


 エトランゼ=B・エトワール


 Bの字が示す通り、アビスに続く2番目に古い魔王。

 最強の呼び名である“最古の血(エンシェントブラッド)”の1人。

 人魚を思わせる、身震いする程の美貌。

 一見すれば戦いとは無縁そうに思える。テラスで読書をしながら紅茶でも楽しんで居る方が似合っているが……実際の彼女は戦いの中でこそ輝く。

 アビスが最強の魔王と呼ばれているが、そのアビスと同等の強さを持つと言われているのがエトランゼなのである。


 エトランゼは、立っている2人に手を向けて座るように促し―――横に座って居るアビスを見る……いや、睨む。


「あらあらあら? 誰かと思えばアビスじゃない? 場違いな貴方が、こんな場所で何をしているのかしらぁ?」


 その視線を受けて、見下すような目をエトランゼに返す。


「ぁあ? 会議場に転移術式で入って来る常識無しが何をほざいてんだ? ぁあん?」

「はぁ? サボり魔の分際で、(たま)に出て来てしゃしゃってんじゃないわよ。(わたくし)は、ゴミで虫のような貴方と違って、ちゃんと他の魔王達に転移術式で来るって伝えてあるのよ」

「だぁれがゴミで虫だコラ!? テメエのヒレ剥くぞ!?」

「はぁ? アンタのその()細工(さいく)な折れた角抜くわよ!?」


 睨み合ったまま同時に立ち上がる。

 お互いにまだ手は出して居ないが、体からは戦闘状態に切り替わった事を示す魔力波動が噴き出し、会議場の中に不自然な風が吹き、空気が爆ぜる。


 ――― 一触即発


 合図の1つでも有れば、すぐにでも殺し合いを始めそうな程2人は殺気立っている。

 そう、そうなのだ。この2人は、凄まじく仲が悪い。

 大昔からの付き合いで有るにも関わらず……()しくは、大昔の付き合いだからこその仲の悪さ。

 一度(ひとたび)喧嘩が始まれば、最強とNo.2の殺し合いを誰も止められる筈もなく、2人が疲れるまで放置されるしかない。

 そもそも、「魔王同士の戦いを禁ずる」と言うルールも、この2人の喧嘩で地形が変わったり島が砕けたり、度が過ぎるので定められたルールなのだ。


 このまま放置すれば、数秒後には2人の殺し合いが始まる。

 とは言え、この場に居るヴァングリッツやギガースが間に入っても止まってくれる筈も無い。下手をすれば、2人の怒りに触れて殺されかねない。

 止めなければならないとは思うが、2人だって命は惜しい。

 いっその事見なかった事にして外に出てしまおうか……等と2人が思い始めた頃、扉が勢い良く開いて何かが飛び込んで来る。


「!」「!?」


 それが何かを認識する前に、睨み合っていたアビスとエトランゼの間をとんでもない速度で通り抜けて、扉と対面の壁に“それ”が突き刺さる。


 人だった。


 より正確に言えば魔族。

 更に詳細に言えば―――魔王だった。しかも2人。

 魔王2人が、壁に突き刺さって尻と足だけがブランとぶら下がっている。


「なんだ?」

「何事よ?」


 突き刺さって居る魔王2人ではなく、それが飛び込んで来た扉の方に目をやる。

 そこには―――巨体が立っていた。

 縦にも横にも巨大な、丸いボールのような体形。

 脂肪が付き過ぎて目が開かないのか、目は閉じられて視覚が何かを捉えている様子はない。

 手に持った巨大な果実。そしてもう片方の手には、甘い匂いのする大きな袋。

 巨大なボール男の登場に、アビスとエトランゼが殺気を引っ込める。


「「なんだ、デブか」」


 声がユニゾンした。

 そして2秒前まで殺気を叩き付け合って居た事を忘れたかのように、落ち付いた顔で座る。代わって、ヴァングリッツとギガースの2人が立ち上がる。


「急な招集に応じて貰って感謝するデイトナ」

「デイトナ殿、お久しぶりです」


 挨拶をされ、ボールの男は持っていた果実を口に運びながら丸い頭を動かして頷く。


「うん、お久しぶり」


 果実を大きな口の中に放り込むと、咀嚼する事も無くゴクンッと飲み込まれる。

 そんな姿に、呆れたようにアビスが言う。


「食ってねえで座れよデブ」

「うん、座るよ」


 ノシノシと見た目通りの重い足取りで歩き、アビスの左隣の席に「よっこいしょ」と狭そうに座る。

 ボール男の名は


 デイトナ=C・エヴァーズ


 3番目の古き魔王であり、“最古の血(エンシェントブラッド)”の最後の1人。

 座っても絶えず袋から果実を出して口に運び続けるデイトナに、呆れ顔でエトランゼが訊いた。


「デイトナ、あれは貴方の仕業かしら?」


 チョイチョイっと白く細い指が、壁に突き刺さって居る2人の魔王を指さす。

 そんなエトランゼの質問に、アビスが付け加える。


「って言うか誰だよ、あの突き刺さってる奴」

「うん、多分グリスとフィッテだと思う」

「多分って……確かめてねえのか?」

「うん、扉の前でアビスとエトの魔力波動に怯えてたみたいだったから、ちょっと背中を押してあげたの」


 マイペースに果実を食べる姿に、魔王達は呆れて溜息を吐いた。


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