3-10 魔王は集う
東の大陸の南東に位置する名も無き孤島。
人間達にとっては特に意味の無い島だった。
だが、大昔に魔王が台頭した時からこの島には1つの大きな役割が与えられた。
――― 魔王達の会議場
何かしら魔王が集まる際には、この孤島が使われる。と言うのも、潮の流れによって船ではこの島には辿り着く事すら困難で、空には常に嵐のような風が吹き荒れている為に浮遊術式ですら簡単には近付けないからだ。
魔王達の集まる場所は、魔族達にしてみれば神聖な場所と言って良い。……魔族相手に神聖と言うのも変な話だが…。
ともかく―――魔族達はこの孤島に下等な人間に近付いて欲しく無いのだ。
そして、今現在この島には最強レベルの警戒が敷かれていた。
理由は単純だ。
世界に散らばっている13人―――12人の魔王達が今この島に集まろうとしているからだ。
* * *
島の中心に位置する巨大な神殿。
だが、その神殿に神聖さなど欠片もなく、むしろ禍々しさを纏っている。それもその筈で、この神殿は魔王達が集まる場として魔族達の手で造られた物だからだ。
最高にして最硬の石材を苦労して運びこみ、魔王達の威光を示す禍々しい神殿が造られた。
それから数十年、魔族達の手によって欠かさず埃1つ無いように手入れがされ、今も集会の場として使われて居る。
その神殿の中に、今足を踏み入れようとする魔王が1人。
ボサボサの長い赤い髪、歪に折れた額の3本の角。
アビス・A
最古にして、最強の魔王だった。
共を1人も付けず、無防備に、散歩でもするかのような気楽な足取りで神殿の前に立つ。
それを出迎えたのは、頭の先から爪先までメイド姿の女の魔族だった。
「いらっしゃいませ、アビス様」
「名前持ちか? どこの魔王の手下だ?」
「ヴァングリッツ様にお仕えさせて頂いています。我が王が今回の主催者ですので、魔王様をお出迎えする役目を仰せつかっております」
役目は話しても、名前までは名乗らない。
魔王に対して名乗って良いのは、それを許された場合だけだからだ。
「ヴァンの餓鬼が主催者ねぇ……。いつから俺様を呼び出せる程偉くなったんだあの糞餓鬼は」
アビスが半分笑いながら呟く。
別に怒っている訳ではない。むしろ、死にそうになる程の暇を持て余して居た所に暇潰しの話を持って来た事に感謝すらして居るくらいだった。
アビスが怒って居ない事はメイドの魔族にも分かっている。だが、それでも―――血の気が引いた。ゾクリとした悪寒と共に足が震えそうになった。
相手は“最古の血”の1人であり、最強の魔王なのだ。
遊び半分で山1つを消し飛ばすなんて目の前の魔王には日常茶飯事で、噂では災害と同列に扱われる“至竜”ですら殴り倒すと言う出鱈目っぷりだと聞く。
魔王同士の戦いを禁じているルールが有ると言っても、もし怒らせればどんな災厄が降りかかるか分かった物ではない。
「それで、他の魔王は来ているか?」
「いえ、ヴァングリッツ様御1人だけです」
「俺様が1番か……。まあ、当たり前だな。流石俺様、何をするにもトップに立ってしまうのは宿命だ」
魔族のメイドは、楽しそうに笑うアビスに一礼してから、神殿の扉を開ける。震えそうになる体は必死に押さえたが、怯えている事などアビスには全てお見通しだろう。
礼も、仕事への労いも無くアビスは神殿に入って行く。
神殿の廊下をコツコツと靴音を響かせて歩く。
廊下の左右には、この神殿が造られた時の魔王達……“原初の13人”の石像が祀られている。そのどれもが一級品の芸術品だ。
魔族の感覚には存在しない“清潔”や“荘厳”と言った物が、この神殿の中にはちゃんと存在している。それだけここが特別視されている……と言う事だ。
魔族にとっての“特別”が、下等だと見下している人間の感覚に近いところに有ると言うのは、ある種の皮肉なのかもしれない。
並んでいる石像の1つの前で足を止める。
「ふむ……俺様もまだまだ若かったな」
目の前に有るのは、誰がどう見てもアビスを模して造られた像だった。
この神殿が造られた時の姿で彫られた為、今では折れている3本の角も立派に伸びているし、髪もずっと短い。
だが、獣を思わせる顔つきだけは全く変わって居ない。
暫く昔の自分の姿を前に灌漑に浸って居ると、誰かが神殿の扉を潜って入って来た。
一々視線を向けなくても誰が来るかは分かった。
有象無象の雑魚ならいざ知らず、魔王クラスになれば生物が無意識に放っている魔力波動で誰か識別できる。
「これはこれはアビス殿、お久しぶりです」
筋骨隆々な、岩を思わせる鬼がペコっと頭を下げる。
「ギガースか、早いな? お前は船で渡って来るだろうから最後に来るかと思っていたが」
視線も向けずに答える。
同じ魔王であっても同格ではない。魔王同士の序列において、アビスは最上位の存在だ。故にアビスに礼を持って接する魔王は多い。
「貴方が来ると聞きましたので、早めに出航したお陰です」
「そう言う事か。俺様を待たせるようなバカをやらなかったのは褒めてやる」
そこで初めて「褒美だ」とでも言うように隣の鬼に視線を向ける。
異常発達した筋肉に包まれた巨体。軽く3m近くある体。アビスの横に立つと大人と子供にしか見えない。
頭の天辺から伸びる立派な2本の角。
煮え滾る溶岩を思わせる深紅の肌。
この鬼の名は、ギガース=レイド・E。
12人の魔王の1人。
「それで? 会わなかった間に少しは強くなったか?」
「どうでしょう。貴方と比べると些細な物ですが」
「試してやろうか?」
言った途端にアビスの気配が大きくなる。
今までは意図的に外に出さないようにしていた力を少しだけ外に出した。
アビスにしてみれば、“蛇口を少し捻った”程度の事だが、その力を真正面から向けられた方にしてみれば“蛇口がぶっ壊れた”くらいの力である。
ギガースはその力を間近で受けたにも関わらず、涼しい顔で「お戯れを」と小さく会釈で返した。
その返答にアビスは楽しそうに笑って、放出していた力を再び引っ込める。
「フッ、上出来だ。今のを軽く受け流せるなら、俺様の本気の拳を3発は耐えられるぜ? 前に会った時は1発耐えられるかも分からなかったからな、大分強くなってるぞお前」
その言葉に、ギガースは始めて表情を崩して二ィッと笑う。
嬉しくて堪らない―――そう言う気持ちが全開の笑顔だ。
「アビス殿にそう言って頂けると、鍛えた甲斐がありました」
「後30年も鍛えたら、戦って面白い相手になりそうだ。期待してるぞ」
「ご期待に添える様に頑張らせて頂きます」
戦って面白い相手……と言っても、魔王同士での戦いは禁じられているのだが、その辺りのツッコミは無粋なのでしない。何より、ギガース自身も気分が良いので、自分で水を差す様な真似はしたくない。
「では、そろそろ中に入って他の連中を待つか」
「そうですな」




