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3-8 杖の勇者は到着する

 杖の勇者アザリアとその仲間達は、城門の前に居た。


「……お嬢、何か様子がおかしくないですか?」

「ええ。見れば分かります」


 城門が開いていた。

 先日来た時にはガッチリ閉まっていたのだが、今日はどう言う訳か「どうぞ、いらっしゃいませ」とでも言うように全開だった。

 怪しい。

 凄まじく怪しい。

 誰がどう考えても罠だ。

 勇者が来たと言うのに、魔族が1人も姿を見せないのがその証明だ。


「どうします?」

「……」


 アザリアは迷う。

 罠と分かっていてこのまま踏み込むか、それとも外で様子を見るか。

 暫く悩んでいると、門からメイド姿の女が出て来た。

 一瞬の警戒。

 アザリアの近くに居た2人が、攻撃されてもアザリアを護れるように武器に手をかける。が、アザリアがそれを制する。メイドの女性に敵意や殺気が無い事がすぐに分かったからだ。


「あ、あの……町を解放しに来て下さった方達ですか……?」


 メイドのどこかオドオドした怯えた顔と声。

 それを安心させるように、アザリアは優しい声で返した。


「そうです。私はアザリア、杖の勇者です」


 ローブの中から極光の杖を抜いて見せる。

 極光の杖―――杖の勇者の証である神器の1つ。

 そして神器は勇者の資格を持つ者にしか触れる事が出来ない。この世界において、これ以上の身分証明はない。

 メイドもそれを知っていたようで、極光の杖を見るなり目に見えてホッとする。


「ゆ、勇者様でしたか……!」


 警戒心もグッと緩んだようで、駆け足でアザリアに近付いて来る。

 

「それで、貴女はどうして? この街に居た魔族達はどうしたのですか?」

「そ、それが―――」


 メイドの口から語られる、アザリアを葬る為の魔族達の策。

 不思議な燃える水を大量に用意したトラップ―――。そして、このメイドは仲間達と共に、人質のようにトラップの張られた部屋の1つに捕らわれていたらしい。

 そんな話を聞けば、数々の敵と渡り合って来たアザリアと言えど緊張と不安が心に降りかかる。


「魔族達がそんな事を……」


 若干顔色が悪くなったアザリアの肩を「大丈夫だお嬢」とポンっと叩いて、代わりに剣士姿の男が前に出る。


「それで、捕らわれていた君がどうしてここに?」

「は、はい、それが突然黄金の鎧を纏った騎士様が助けに来て下さって」


 メイドの言葉に、アザリアだけでなく全員がピクンッと反応する。

 知り合いに1人そんな姿の男が居たから……。


「あの、その黄金の鎧の騎士様と言うのは……?」

「私達も始めて会った方なのですが、とても無口で……あっ、そう言えば可愛い子猫を連れていて、不思議な方でした」


 アザリア達は顔を一瞬顔を見合わせて、そして頷き合った。


「間違いない」「アイツだ」「あの方ですね」「それ以外に居ないでしょう」「アレ以外に、該当する奴が思い付かないもんな……」


「もしかして、あの騎士様は杖の勇者様のお連れの方だったのですか!?」


 その言葉にアザリアは曖昧に頷く。

 仲間ではあるが、“お連れの方”では断じてないからだ。

 アザリアは、少しだけどう言えば良いのか考えて、ハッキリとした口調でその騎士の正体を話した。


「貴女達を助けたと言う黄金の騎士は、多分……いえ、確実に剣の勇者です」

「え? ……ええッ!!? あ、あの騎士様が剣の勇者様だったんですか!?」


 アザリアが杖の勇者と名乗った時とは反応が違う。

 それも当然の事。

 普通の人にしてみれば剣の勇者は物語の主役であり、勇者達を率いるリーダーであり、人類の希望その物だからだ。

 そんな事情は知っているが、アザリアは若干ムくれる。剣の勇者の事は認めているし、勇者としても、戦者としても、自分とは比べ物にならない程優れた人物である事も知っている。

 だが、それでも対抗心が全部綺麗さっぱり消える訳ではないのである。


「で、でも騎士様の持っていた剣は……」

「旭日の剣はここに有ります」


 そう言ってアザリアが自身のローブを捲って見せると、その腰には確かに旭日の剣がぶら下がって居た。


「ッ!? ほ、本物……なんですよね?」

「当たり前です。魔王を倒してから5日、当の剣の勇者が行方不明になって居たので私が預かって肌身離さず持ち歩いていたのですが、やっぱり正解でしたね」


 アザリアの言葉を聞いて、メイドがポカンとした顔をする。


「え? あ……え? 魔王が……倒されたのですか?」


 メイドの問い返しに、王都にはその情報が伝わって居ない事を皆が知る。

 それもその筈で、魔王が死んだ後、すぐにアザリア達は国中の町の解放を始めた。その際に逃げた残党が王都に集まった為、王都には外の情報が入る余地がなかったのだ。


「そうです。5日前、剣の勇者の手によってこの国を支配していた魔王アドレアスは討伐されました」


 突然の報告にメイドの瞳にブワッと涙が溢れる。

 この5日、魔族達の動きで何かしらの大きな事件が起きた事は気付いていただろうが、まさかそれが魔族達の王の死であった事なぞ想像出来る訳も無い。


「良かった……良かった……! これで、この国は救われるのですね……!」

「ええ。国中の町の解放が進んで、王都に残る魔族を倒せればこの国は魔族の手を離れたと言って良いと思います」


 この国の全てが良い方に転がっている訳ではないが、平和への最大の障害である魔王が居なくなった事は事実。

 だから、アザリアは笑って言った。


「この国は、もう大丈夫です」


 そんなアザリアの人を安心させる優しい笑顔に、メイドはもう1度泣いた。

 一方アザリアも、嬉し涙を流すその姿を見て、「自分達のやって居る事は間違いではない」と心の奥から誇らしい気持ちが湧いて来る。

 2人がお互いの顔を見て笑ったその時、


 爆発音―――。


 微かな振動が街と城を揺らし、城の背後の山の中腹で突然火の手があがる。


「なんです!?」


 アザリアが咄嗟にメイドを自分の後ろに庇い、そんなアザリアを護る為に仲間達が前に出る。

 状況が分からず、そのまま静かに時間が経過する。

 その間にも、山での爆発は何度も起こり、その度に炎が波のように山肌を舐めるように広がる。

 そんな光景を眺めているうちに、アザリアの頭の中で1つの推測が形になる。

 メイドの説明曰く、魔族は城にアザリア達を屠る為のトラップを仕掛けた後に姿を消した。そしてその後を追うように捕まって居た者達を助け出した剣の勇者。

 

「……もしかして、ですけど……あの爆発、剣の勇者じゃないでしょうか?」

「お嬢もそう思ったか? 俺も、今もしかしたら…と思ったところなんだ」「え? お前も?」「ああ、やっぱり皆そう思ったんだ?」「あの正義の化身のような剣の勇者が、こんな非道を行った魔族を逃がす訳ねえもんな……」「だよな! やっぱり」「うん」


 そんな事を呑気に話している間に爆発が止み、山を呑み込もうとしていた巨大な炎が急激に勢いを衰えさせ、ものの数分で鎮火した。


「終わったみたいですね」

「どうするお嬢? 行ってみるか?」

「いえ、もう暫く待ちましょう。私達を街から離す魔族達の策と言う可能性もまだ有りますから」

「街の人間達はどうする? まだ戦いが有りそうなら、先にどこかに避難させるか?」


 仲間に問われてアザリアは一瞬迷う。

 住民の安全が最優先なのは当たり前だが、変に逃がしてパニックにでもなったら、それこそ魔族に狙われる恰好の隙になる。それでなくても、街中の人間を動かそうとしたら相応の時間がかかる。もたついてる間に戦闘になったらそれこそ本末転倒だ。


「住民の方々にはもう少しこのまま我慢して貰いましょう」


 その後、仲間達を街中に散らせて警戒させて、同時に目と耳の良い者達に城の中の様子を探らせた。

 そしてアザリア自身は、少数の仲間達と正門前で何が起こっても良い様に待機していた。


 十分程経った頃、静かに“それ”が正門に近付いて来る。


 アザリアは驚かない。

 来る事を知っていたかのように、自然とその姿が近付いて来るのを見守った。それはアザリア1人の話ではない。一緒に門を護って居た仲間達もだ。


――― 黄金の鎧


 クルガの町で何度も見た目立ち過ぎるその鎧が、静かに、当たり前のように、無防備にすら見える足運びで歩いて来る。


「剣の勇者」


 魔王アドレアスをたった1人で倒した、アザリアとは比べ物にならない程の超級の強さを持つ勇者。

 恐らく、今の人類で最強に近い存在。

 だが、剣の勇者は強者特有の気配(オーラ)を持たない。それどころか、生物として当然に持っているべき気配すら感じない―――筈だった。少なくても、魔王との決戦前まではそんな幽霊のような存在だった。

 それなのに―――今の剣の勇者はまるで別人だった。

 視界に入れているだけで、何かをされた訳でもないのに足が動かなくなる。

 見慣れている筈なのに、近付いて来る事に恐怖心が湧いて来る。

 まるで……そう、まるで


――― 魔王がそこに居るかのように


 だが、よくよく考えれば魔王も勇者も根本的には似た存在ではないだろうか?

 どちらも人間や魔族と言う規格から大幅にはずれた“規格外”。

 ならば、勇者が魔王と似た空気を纏っているのは、むしろ必然ではないか。魔王との戦いを得て、剣の勇者が更に勇者としての階段を上ったと言う証拠。

 剣の勇者をライバル視するアザリアにとっては面白くない話ではあるが、同時に同じ勇者として誇らしくも有る。

 だが、そんな事よりも



 嬉しかった。



 ただただ、剣の勇者が生きていた事が嬉しかった。

 剣の勇者を信じていたのは嘘ではない。

 魔王に負ける筈が無いと思っていたのも嘘ではない。

 でも、それでも、不安があったのだ。

 もう会えないのではないか? もうあの背中を追いかける事は出来ないのではないか? 祖父と同じように、過去の人として思い出のアルバムの1人になってしまうのではないか?

 そんな不安が、ずっと心の奥で渦巻いていた。

 戻って来た安堵とか、今まで連絡が無かった事への怒りとか、再び会えた事への嬉しさとか……色んな物が心の中で混ぜ合わさって、アザリアは泣いた。

 子供のように、しゃくりあげながらポロポロと涙を流す。

 祖父が死んでから、「皆が心配するから」と絶対仲間達の前では涙を見せないようにしていたのだが、そんな決意を忘れて涙が溢れて来る。


「……ぅぅ…ヒック……ぅッ……ック……」

「お、お嬢!?」「おじょ、おじょじょ、お嬢!?」「な、な! ど、どどどどうしたんですか!?」


 アザリアの涙に皆がオロオロしていると、そんな事を気にした様子もなく、いつものように無言で近付いて来た黄金の鎧が目の前に立つ。


「ぅ……ック、ヒック……なんなんですか! いっぱい心配したじゃないですか!! なんなんですか貴方は!!」


 アザリアの小さな拳が、何度も鎧を叩く。

 3度程叩いたところで、拳を痛めないようにその手を剣の勇者が受け止める。

 そして、「心配かけてゴメン」とでも言うように、優しい手付きでその頭を軽く撫でる。ついでに、泣いているアザリアを心配したのか、鎧の肩に乗って居た子猫が「ミャァ?」と一鳴きしてアザリアの肩にピョンっと飛び移る。


「猫にゃん……」


 ギューっと子猫を抱きしめると、暫く甘えるように剣の勇者に頭を撫でられて居た。



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