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3-7 魔王の後継者

 アドレアス=バーリャ・M・クレッセント。

 世界の支配者たる13人の魔王の1人。

 より正確には、“元”魔王。今はただの屍の1つだ。


 その配下の魔族達は、アドレアスが死んだ5日前……いや、もっと前から目まぐるしい状況の変化に曝されていた。

 始まりはアドレアスの部下の1人であるジェンス=ジャム・グレ・アレインスが死んだ事。

 ジェンスを殺したのは剣の勇者。

 アドレアスは即座に剣の勇者討伐、並びに人間に奪還されたクルガの町の再制圧に乗り出した。

 国中に散らばっていた部下たちにも即座に召集がかけられた……のだが、それは全員ではなかった。

 と言うのも、大抵の魔族はどこかの町で常駐している。それは、町の人間達を見張る為であり、いざという時に力技で制圧する為である。

 それ故、いたずらに動かす訳には行かなかった。

 それでなくても剣の勇者がクルガの町を解放したと言う噂で人間達が(にわ)かに活気立っているのだ。下手に魔族を減らせば、その瞬間に町の奪還に動きだしかねない。

 だから、招集をかけられたのは名前持ち(ネームド)を始めとした一線級の実力者だけ。


 招集されなかった者達の誰も、主たる魔王の勝利を疑わなかった。

 

 魔王は討たれ、招集された腕利きの部下も全滅。

 そんな歴史に刻まれる“惨敗”を誰が予想できただろうか?


 居残り組がその結果を知ったのは、町の解放にアザリア達が動いた時だった。

 決戦に参加していた筈の杖の勇者が現れ、次々に町を解放していく。それが何を意味するかは、どんなバカだって分かる。


 あれよあれよと言う間に数々の町が人間の手に取り戻され、敗走した魔族達は1人の上級魔族の呼びかけによって王都へと集まった。

 いつの間にやら居残り組のリーダーのような立場になった呼びかけの主、彼に名前は無い。名前持ち(ネームド)は全員決戦の為に召集されている。故に、居残り組は例外無く名前が無いのだ。


 彼は―――自分の力に自信があった。ただ、自身が1番になれる実力者ではない事も知っていた。

 だが、この状況……。

 王たるアドレアスを筆頭に、彼の上に居た名前持ち(ネームド)も、強い上級魔族も全てが居なくなったこの状況。


 魔王の力の継承―――


 その資格が、自分に回って来ているのではないかと。

 彼は始めて気が付いた。

 自分の中に有る“野心”に。

 自身が新たなる魔王となり、世界を支配する1人として名前を連ねるその姿を幻視した。

 杖の勇者を殺し、その次は行方を眩ませた剣の勇者を見つけ出して殺す。2人の首を手土産に、他の魔王達に新たなる支配者として名乗りを上げる。

 それは、もう、妄想ではない。すぐ其処に有る未来だ。



――― そう、思っていた………。



*  *  *



 王都北の山中腹。

 魔王アドレアスの部下残党約120名。

 決戦に呼ばれなかった、戦闘力で若干劣る者達。しかし、これだけの数が揃えば相応の戦力だ。

 そもそも“戦闘力が劣る”と言っても、それは戦闘力に特化した名前持ち(ネームド)や上級魔族に比べれば……と言うだけであって、全員並みの人間を圧倒出来る力は持っている。


「もうすぐ杖の勇者も終わりか。この目で最後の瞬間を見れないのが残念だな」

「そうだな。まあ、黒焦げになった死体は後で回収する予定だからな、それで我慢しようぜ」

「はっはっは、だな!」


 魔族達の雰囲気は明るい。

 主である魔王が死んだ事への悲壮感は無い。

 弱肉強食―――魔王であろうが、死んだのは負ける奴が悪いのだ。

 

 悲しみは無い。

 だが、魔王だ。

 絶対的な力を持つ魔王。

 その魔王を倒した勇者を、自分達の力で葬れる事が楽しくて嬉しくて仕方ないのだ。それはつまり、魔王の力を自分達が越えた事を意味するから。


 全員が勝利を……その先に有る強者の証明を求めてギラギラしていた。


 だが、だからと言って油断している訳ではない。

 元魔王軍の中にあって、自分達が“二軍”だと知っているから。

 だからこそ警戒を怠らない。

 勇者への警戒も、不測の事態への警戒も彼等は怠って居ない。

 だからこそ、周りが笑い話をしていても気付いた。

 遠くで鳴く、猫の声に―――。


「猫?」

「どうした?」

「いや、今猫の鳴き声が……」

「こんな山の中でか?」


 猫の声に気付いたのは半分も居ない。その小さな声が聞こえたのは、居残り組の中でも特に耳の良い者達だけ。

 だが―――その鳴き声が「ちわー、白猫宅急便でーす」などとふざけた事を言って居た事に気付いた者は1人として居ない。

 猫がそんな事を言ってるなど誰が想像できるだろうか?

 ましてや、声のした方向から


――― ガソリンの入った酒樽が飛んでくるなんて。


「は?」「へ?」「何……?」


 油断は無かった。

 それなのに、何が起こったのか誰1人として理解出来なかった。

 自分達に向かって何が高速で飛んで来ているのか……それを理解出来たのは、酒樽をもろに食らって2人の魔族が吹っ飛んだ後だった。


「ゴフぁッ!!?」「ゲぶっ!?」


 酒樽が衝突の衝撃で割れ、中に入って居た液体が、周囲に居た魔族達と地面に降りかかる。

 そして液体から漂う独特の臭いを嗅ぎ、即座に今飛来した酒樽が、先程自分達が城の中に対杖の勇者用のトラップとして置いて来た物だと理解した。


「火炎水!?」「バカなッ!?」「どうして!?」


 魔族達が事態を理解しようと、周囲の状況を―――酒樽の飛んで来た方向に目を向けるが、そこには何も居ない。

 それなのに―――酒樽が再び飛来する。

 1つではない。

 海を泳ぐ魚の群れのように、酒樽が群れになって魔族達に襲いかかる。


「グぎゃぁッ!?」「ゴベぇッ!?」


 避け切れずに魔族が次々と倒れて行く。

 だが、所詮は酒樽だ。中身がたっぷり入って居て相応の重量になっているとは言え、殺傷能力のある武器などではない。

 昏倒する程の衝撃は有ったが、それで死ぬような間抜けは1人も居ない。

 数えて丁度30の酒樽が魔族達に叩きつけられると、雨霰と飛んで来ていた酒樽が止む。

 代わりに、酒樽の飛んで来ていた方向……30m程魔族達から離れた場所に人影があった。


「クッソがぁああ! あの野郎が投げてやがったのか!!」


 魔族達が冷静さを失い、人影に飛びかかろうとする。

 それを仮のリーダーである上級魔族が慌てて制止した。


「待て!!」

「なんだよ!?」「止めるんじゃねえ!!」「あの野郎、ぶち殺してやるッ!!」


 制止したのは、彼だけが人影の正体に気付いたからだ。

 魔族達の視線の先には―――黄金が立っていた。

 頭の天辺から爪先まで、全てが金色の鎧。


「………剣の勇者だ……!!?」

「何!?」「アレが!!?」「剣の勇者は行方不明じゃなかったのかよ!!?」

 

 剣の勇者。

 黄金の鎧に身を包み、素性の一切を明かさない謎の戦士。

 決戦の地に立たなかった彼等も、その噂だけは聞いている。

 そして、魔王アドレアスとその側近の魔族達を相手にたった1人で勝利を収めたと言う噂もある。その証明のように、事実として、魔王は旭日の剣に貫かれて絶命していたそうな。

 だが、剣の勇者は決戦の日から姿を消していた。

 魔族の間では「どこかに隠れて傷を癒している」か「魔王と相打って死んだ」の意見に分かれていたが、この場に現れたと言う事は少なくても後者ではなかったらしい。


「だが、何故このタイミングで現れる……!!」


 決まっている。

 剣の勇者は待っていたのだ―――魔族達が全員王都を離れるこのタイミングを。

 魔族達が王都を離れたのは、城の爆発に巻き込まれるのを嫌ったからだ。だから、爆発が治まり次第、戦力の半分は王都に引き返して杖の勇者の死体を回収し、取り巻きが残って居れば処理する……という手筈になって居た。


(策を読まれていた……!? バカな……! くっそ…これが……勇者の筆頭たる“剣の勇者”……!!)


 勇者が策を読んで居たのは明白。

 策の要である火炎水(ガソリン)の入った酒樽をこれ見よがしに投げて寄越したのがその証拠。

 まるで―――「貴様等のやろうとする事なんて、全てお見通しだ」と嘲笑うように。


 いや、勇者は嘲笑う為にこんな事をしたのではない。

 勇者は―――


――― 黄金の手に火炎魔法が宿る


 勇者は―――魔族を皆殺しにする為に来たのだ。

 彼は叫ぶ言葉に迷う。勇者に「やめろ!」か、仲間達に「逃げろ!」か。

 その迷った1秒足らずの間に、選択肢を選ぶ権利を奪われた。


 勇者の手から炎が奔る。


 閃光のような速度の火球。

 10m進んだところで、気化したガソリンに引火。

 空気が爆ぜ、炎が膨れ上がり、熱量が跳ね上がる。


 爆炎―――…


 音と色が消失する程の爆発。

 事前に振り撒かれたガソリンによって、爆発も炎上も、まったく治まらず、それどころかガソリンを浴びている魔族達を食いつくそうとするかのように更に強く、熱く燃え上がり続ける。


「ギィエアぁぁ!!?」「あつぃいいい!!」「た、助け……」「消してくれ! 火を消してくれよぉお!!」「いやだ! いやだああ!!」


 地獄絵図。

 業火の中でもがく亡者のように、炎の中で魔族達が死のダンスを踊る。


 しかし、それでも何とか生き長らえようと足掻く者達も居た。

 ガソリンの撒かれていない場所まで逃げ出す者。

 炎の耐性魔法を張る者。

 水や氷結の魔法で炎を消そうとする者。

 地形操作の魔法で燃える地面を何とかしようとする者。

 ただただ、生きる事に執着して動いた彼等。

 その行動に間違いは無い。

 生物として、有るべき姿、有るべき行動。


 ただ―――それを遮る者が居た。


 黄金の鎧が、いつの間にか炎の中を舞っていた。

 その手には漆黒の刀身を持つ青竜刀。

 逃げようとした魔族を、擦れ違い様に首を切り飛ばす。

 耐性魔法を張って熱から逃れ、ホッとしていた魔族の胴体を上下に両断する。

 火を消そうと水魔法を唱えていた魔族の心臓を刺し貫く。

 

 勇者の動きには迷いも、淀みも無い。

 炎と爆発でまともに動く事の出来ない魔族達を余所に、まるで熱さを感じていないような動きで跳び回り、剣を振る。

 一刀一殺。

 剣が振られる度に魔族が死ぬ。

 勇者の動きに誰も対応出来ない。皆、炎と爆発に呑まれてそれどころではないからだ。それに―――勇者の動きは圧倒的に速い。

 その速さは―――その強さは―――どこか主であった“魔王”の強さを思い出させた。

 

――― 強過ぎる


 戦闘力の桁が明らかにこの場に居る魔族全員の上を行っている。

 ………いや、もしかしたら、この場の“全員”の力を足しても、それでも勇者の能力とは釣り合わないかもしれない。

 それ程の力。


 だが、それでも“彼”は諦めなかった。

 彼にはもうすぐ魔王になる未来が待っているのだ。

 そして、魔王になれば数百……数千の魔族を従えて、食物も、女も、望む物全てを手にする事が出来る。

 あと一歩……魔王まで、あと一歩なのだ。


「勇者ぁアアアアああ!!!」


 勇者を。

 目の前のこの勇者を倒せれば、それで全てが上手く行く。

 そう信じて、彼は足を踏み出した。


 そして、次の瞬間には首が宙を舞っていた―――…


 胴体から切り離された頭がクルクルと空中で回る。

 脳が死ぬまでの0コンマ数秒、彼は走馬灯のように思考する。

 剣を振り切った金色の鎧―――剣の勇者。

 未来が有った筈だった。

 彼が全てを手に入れる未来が。

 彼が魔王になる未来が。

 あまりにも呆気なく殺された事への怒りと、悲しみが頭の中をグルグルと巡る。

 それと―――


 魔王となって、この化物に命を狙われる恐怖を味あわなくて済んだ事への小さな安堵が、消えて行く彼の意識を包んで居た。



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