3-3 勇者の帰還
ログの確認が一通り終わると、残りの飯(餌)をパパっと片付けて……器用に扉を開けて外に出る。
え? アザリアに「部屋で待ってろ」って言われたじゃんって? いやいや、猫って基本的に人の言う事聞かない生き物ですし。
どこかの宿屋の2階だったようで、階段を下りる。そして相変わらず階段を下りるのに難儀する子猫の体。
外に出ようとすると、掃除をしていた宿の主人らしき小太りのおっさんに出会った。
「おや? 猫さん、もう目が覚めたのかい?」
「ミャァ」
お陰さまで、お世話になりました。
一応社会人の礼儀としてペコっとする。
「あはははは、随分礼儀正しい猫だなぁお前さん! 流石勇者様のところの猫だ」
どうも。
猫として褒められても、正直あんまり嬉しくないけど。
改めて外の風景を見ると、よく見慣れた街並みが広がって居た。
――― クルガの町。
まあ、死にかけだった俺を運びこむなら、近くの町の此処しかないからねぇ。
そこまで長い時間を過ごした町じゃないけれど、それでもこの町に戻って来たと思うと妙にホッとしてしまう。無意識に俺がホームだと思ってるからかなぁ?
トコトコと歩きだす。
足取りが軽い、と言うか体が軽い。
特性を【魔王】に変えたからか? いや、それだけじゃなく、魔王との戦いで色々手に入って、俺の能力が底上げされてるからか。
それに―――ビックリするくらい目が良くなっている。
基本的に猫の目ってのは遠くが見えない物なんだが、今は100m先の虫の動きでさえくっきり見える。
ついでに、音を拾う精度が異常に高い。なんだったら、常に五月蠅く感じる程だ。
どっちも部屋の中だと気付かなかったな……。
いや、これ、目と耳だけじゃないな? 嗅覚も何か鋭くなってる気がする。
そう言えば、肉もいつもより旨かった気がする。てっきり空腹のせいかと思ってたけど、味覚が強化されてたからかも。まあ、そうだとすると、これからは飯の時間がいつも以上に楽しみになるな、うん。
これはアレだな。【魔王】の特性の能力補正にあった“感覚器官(効果大)”って奴のお陰だな。
流石天下の魔王の力。
と、嗅ぎ慣れた匂いを鼻が捕まえる。
これは、ユーリさんの匂いだ。
………女の子の匂いを嗅ぎ分けるとか、人間の時にやってたら途轍もないド変態だな。
ちょっとだけヘコむわ……。
いや、だってしょうがないじゃん? 俺猫だし。元々人間より嗅覚鋭いのに、更に【魔王】の力を得て感覚強化されてるし……。そら匂いに敏感になりますわ。
……まあ、ともかく、一応顔見せて挨拶くらいはしておくか。もしかしたらアザリアみたいに俺の事を心配してるかもしれないし。
匂いを辿って歩く。
方向的には多分町の入り口のほうだなぁ……とかボンヤリ考えながら歩く。
途中、2度程子供達に「猫ちゃんだあ!」と捕まりかけたが、危ういところで逃げて撒いた。
子供相手に何をやってるんだと思われるかもしれないが……侮るなかれ!! 子供はヤバい! マジでヤバいんだ!! 何がヤバいって奴等は子猫だろうと手加減をしねえ!! 前にぬいぐるみと同列の扱いを受けた時、もう2度と子供には関わらんと心に誓った!
いやー、子供は怖いわ。魔族なんぞよりよっぽど怖い。魔王を倒した俺が言うんだから間違いねえよ本当。
ってな感じの短い冒険の旅を終え、目的の匂いの元に辿り着いた。
予想通りにユーリさんは町の入り口の門に居た。
何してんだこんな所で?
どこか不安そうに門の外を眺めて……何か来るのを待ってるのかな?
まあ、とりあえずコッチの要件である挨拶を済ませてしまおう。
トテトテと軽い足取りで近付き声をかける。
「ミィ」
「あっ、猫ちゃん」
俺の事を優しい手付きで抱き上げる。
どこかの猫まっしぐらさんのようなギューっとした抱き方ではなく、赤ん坊を抱く様な優しい抱き方でとっても気持ち良いです。是非どっかの誰かさんにも見習って欲しいものですな。
「もう目を覚ましたんだね。良かった」
言葉とは裏腹に、あんまり「良かった」感じの顔じゃない。
「ミ?」
どうかしたのか? と訊いてみる。まあ、猫の言う事なんて理解される訳もないんだけども……。と諦めていたが、心配そうな声なのは伝わったらしい。
「あのね、君のご主人様が帰って来ないんだ……」
ああ、はいはい。ここにも勇者モドキを心配してくれる奇特な方がいらっしゃいましたか。
余程心配してくれているのか、俺を抱く手に少し力がこもる。
「あの戦いから、もう5日も経つのに」
うん。
うん?
え? 何? 5日って言いました?
5日ってあれですよねぇ? 5日って事ですよねぇ?
……ああ、いかん。混乱し過ぎるとアホな問答を自分の中でしてしまう……。
うん、まあ落ち着こう。
事実として受け止めよう。
勇者モドキが消えてから5日=戦いが終わってから5日って事で……俺は5日間ガッツリ爆睡していた事になる。
……いや、いくらなんでも寝過ぎじゃない俺? 人間の時だってそんなに寝た事ないよ?
まあ、正確には寝てたっつうか生死の境を彷徨ってたんだけど……。
どーりで起きた時の調子がおかしいと思った……。
まあ、俺の睡眠時間の話はともかく。
「猫ちゃん……勇者様は無事よね? だって、あんなに強くて優しい方だもの……絶対…絶対に無事よね」
自分に言い聞かせるように何度も言う。
俺を抱く手が、少しだけ震えて冷たくなる。
……なんか、むっさ心配かけてるようでスンマセンね……。実際は5日間夢の世界を泳いでただけなんですよ……。
流石にこれだけ心配してる姿を見て、このまま素通りする訳にはいかんなぁ。
まあ、どうせ勇者モドキをどこかのタイミングで皆の前に出さなきゃだし、ここで良いか。
門の外の木陰に【仮想体】を創り、いつもの手順でインナーとオリハルコンの鎧一式を着せる……あッ!? 肝心の旭日の剣が無い!?
……そう言えば、アドバンスの首にブッ刺したまま回収した記憶が無い……。
まさか、あのままあそこに放置されてるなんてオチはないよね? ……無いと思いたい。とは言え、あの剣は勇者以外触れないから、回収してくれるならアザリアしか居ないけども。
後で会ったら訊いてみよう。まあ、喋れないけども……。
旭日の剣の事はともかく、問題なのは現在の話。一応勇者モドキの肩書は“剣の勇者”な訳ですし、手ぶらだと恰好つかなくない? かと言って普通の鉄の剣とかだと、それはそれで……ねえ?
あっ、丁度良い剣有るじゃん!!
アドバンスから貰った(盗んだ)青竜刀―――“冥哭”。
『【冥哭 Lv.69】
カテゴリー:武器
サイズ:中
レアリティ:A
所持数:1/10』
黒い刀身で微妙に格好良い上に、レアリティAで言う事無し。鞘は……アドバンスの取り巻きから奪った奴を適当に使おう。
ふと気が付くと、勇者要素がどこにも無くなってるし……。まあ、良いか、どうせ勇者ちゃうし俺。むしろ特性的には【魔王】だし。
よし、準備完了。
木の陰から金色の鎧に包まれた【仮想体】を引っ張り出す。
そして、ユーリさんに抱っこされている俺自身は、ヒョイッとその手から降りて門の外―――やたらと目立つ金ぴかに走っていく。
「猫ちゃん、どうしたの――――あっ……ゆう、者……様……」
俺の行動でユーリさんを始め、門の近くに居た人達が【仮想体】に気付く。
「ま、まさか……!!」「剣の勇者様……!?」「お戻りになられた!」「……ご無事だった!」「お、おおお…! 黄金の、勇者様…!」「よくぞご無事で!」
皆が感動の声を出してる。
なんか、2割くらいの人が泣きながら崩れ落ちてるんだけど大丈夫なんだろうか? 俺が悪い訳じゃないよね? 後でよく分からない請求とか来ても俺は払えませんよ?
自分でも良く分からん不安に襲われながら、【仮想体】の元に辿り着く。
ドラマの感動の再会っぽいシーンを思い浮かべながら、【仮想体】の肩に登り、「ミィミィ」と鳴く。
見てる人達はちゃんと感動してくれたッぽい雰囲気だけど、実際にやってる俺は1人2役のただの茶番なんだよねぇ……ああ、虚しい……。
若干「何してるんだ俺……」感に苛まれていると、ユーリさんが駆け寄って来た。
「ゆ、勇者様ぁ!」
そして泣きながら抱きつかれた。
………なんだろう? 【仮想体】に何の感覚も無い事が悔しくて堪らんのだが……。え? 猫として普通に抱かれてたじゃんって? こう言うのは別腹です。
「きっと、きっと無事だと信じてました!」
ええ、はい、まあ、ありがとうございます。
子供のように【仮想体】の胸で泣くユーリさんの頭を優しく撫でる。ついでに猫の俺もポフポフッと頭を叩いて慰める。
「ゆ、勇者様……」
泣きながら顔を赤くする。
大丈夫だろうかこの子は。照れてるのは分かるけど、相手が空っぽの鎧なのですが大丈夫なのでしょうか?




