序 魔王は暇を持て余す
剣と杖の2人の勇者と魔王アドレアスの戦いのあった東の大陸を離れ、遠く離れた西の大陸。
とある魔王の居城。
玉座の間、その椅子に座る赤毛の青年。
野生味溢れる、どこか獣を思わせる鋭い目と顔つき。
ボサボサの長い髪を後ろで一纏めにした姿は、どこか落ちぶれた武士やら浪人を思わせる。
そして、唯一彼が魔族である事を証明する額の3本の角。しかし、その角も途中で歪に折れて無残な姿になっている。
服装も、王の椅子に座るには似つかわしくない着崩した若干ボロの服。
彼こそが、この城の主であり世界を支配する魔王の1人である。
彼は現在、耐えがたい問題に直面して居た―――。
「………暇だ」
何度目か分からない呟き。
頬杖を突いて、死んだ魚のような目で天井を見つめながらもう1度呟く。
「………暇だぁ……」
彼は暇だった。それも恐ろしいくらいに。
「これは、あれだな? 俺様を恐れた神が、俺様を暇殺そうとしているんだな」
「未だかつて、そのような死因で亡くなった者は世界中のどこにも居りません」
静かにそう答えたのは、玉座の右斜め前に立っていた男。
綺麗な執事服に身を包み、髪も爪も、頭の天辺から爪先まで全てに手入れが行き届き“完璧”と言う言葉が似合う。
そんな姿だからこそ、額にある3つ目の瞳が異常に目立つ。
「では俺様が世界で初か。どんな事でも1番目なのは気分が良いな」
「貴方に死なれると私が困るので、暇殺されるのは当分先にして下さいね」
「そう思うんなら、暇潰しになる物を用意しろよ」
執事は、魔王にそう言われて、何か暇潰しになりそうなネタがないかと思い出してみる。
「北の山にフェンリルを倒しに行かれては?」
「この前もう行った。1番大きい奴と戦ったが3秒で終わってクソ詰まらん」
「西の森に大型の魔物が出るとか」
「それも行った。正体はクリムゾンジャイアントだった。拳1発でアッサリ死にやがって、行って損した」
「そろそろ“至竜”が来る季節では? その準備をなさっては」
「3日前にコッチから会いに行った。殺さない程度に殴っておいたから、また1年くらいは俺様の国に近付いては来ないだろうさ」
魔王の暇を潰せそうなネタが尽きた。
とは言え、魔王がやるべき事は山ほどあるのだが……。
「他国との貿易の話し合い―――」
「それ以外で」
「人間達の代表が―――」
「それ以外で」
「デイトナ様の―――」
「それ以外で」
「……………」
基本的に、真っ当な魔王の仕事は一切する気がないのだ。
実際、政務仕事の99%はこの執事服の魔族が行っている。部下の中では、冗談混じりに「どっちが魔王か分からん」などと笑うのが酒の席での定番のネタとなっている程だ。
にも関わらず、魔王の座に居られるのは何故か?
簡単だ。
――― 強いから。
【魔王】の特性を持っているから魔王を名乗れるのではない。
下の者を、全て納得させる圧倒的な力を持つからこその魔王だ。
彼がその椅子に座っている為に必要な雑事など、出来る部下にやらせれば良いのだ。
「ああ、そう言えばもう1つありましたよ暇潰し」
「聞こう」
「東の大陸の魔王様達が至急話し合いたい事が有ると、全ての魔王様方に召集をかけたそうですよ」
「ほう」
「どうなさいますか? いつものようにサボタージュなさいますか?」
「いや行く。暇だから」
魔王の返答に執事服がギョッとする。
いつもの返答なら「興味無い」か「面倒臭い」のどちらかだと予想していたからだ。まさか出席を選ぶとは、どうやら、今回の暇はかなり重症らしい……と認識を改めた。
「しかし、良いのですか? エトランゼ様もいらっしゃいますよ? あの方は貴方と違って、律義に招集があれば毎回参加なさっているらしいですから」
「あの女が居たら、俺様が参加してはいけないなんてルールがどこにある」
「参加してはいけないとは言っていません。30年前のように、顔を合わせるなり喧嘩を始めて、島1つを消し飛ばすなんて馬鹿な事をしないように……と言っています」
「ふんっ、バカバカしい。いつまでも昔の小さい事をネチネチ言いやがる」
島1つ消し飛ばした事を「小さい事」と言い切る辺り、実にこの青年は笑える程に魔王だった。
「そんな事より、わざわざ魔王を全員招集するなんて、何かあったか?」
「なんでも、アドレアス様が勇者に討たれたとか」
それを聞き、魔王は「ヒュー」と口笛を鳴らす。
自分と同じ魔王であるアドレアスが死んだ事については特に思う事はない。死んだ事への悲しみも、殺した相手への怒りも何も無い。
弱肉強食がこの世の絶対ルール。
負けたのは弱い奴が悪い。それは魔王であっても、だ。
今魔王が興味を惹かれたのは、アドレアスを討った勇者の方。10年前の大きな戦争で人間の牙は完全に折れたと思っていたが、どうやらまだ魔王を食い殺すだけの爪と牙を持った者が居たらしい。
無意識に舌が唇を舐める。
「アドレアスの餓鬼は、まあ魔王としては雑魚もいいところだったが……それでも並みの人間相手ならば負ける要素は1つも無い」
であれば、アドレアスを討った勇者は“規格外”の存在。
魔物にしろ、魔族にしろ、人間にしろ、稀にそう言う枠に嵌まらない化物が生まれる事があるのだ。
思わぬ所に暇潰しが出来そうな事を見つけ、魔王の目に生気が宿る。
「こりゃぁ、面白い事になりそうだ」
「はっはっは」と先程までの無気力な姿が嘘のように大笑いする。
そんな魔王の姿に、執事服が少しだけホッとする。このまま暇が続けば、魔王が暴れ出すかもしれないとずっと危惧していたからだ。
「新しい“勇者様”は、どれくらい遊べるかねぇ」
アドレアスを倒した勇者の姿を想像しながら、魔王は笑いながら召集の日を待つ。
最後になったが、この魔王の名は
――― アビス・A
名前に入った“A”の字が示す通り、現在の13人……12人の魔王の中で、最も古き魔王。
最古の血と呼ばれる、全ての生命に恐れられる3人の魔王の1人であり、その中で最強の力を持つ者。
つまり、彼こそが
世界最強の存在だった―――…。




