2-39 理に従って
「チッ……まさか、猫如きがここまでやるとはな? まったく、世界は広い」
今のは褒められたんだろうか? それとも貶されたのか? まあ、どっちでも良いや。野郎の言う事に一々反応してる余裕はねえし。
アドバンスが邪魔そうに放り投げたアイスランスとポイズンエッジを収集箱に回収してっと……。
「さて―――」
俺から取り返した深淵のマントを背中に着け直すと、ゆっくりと隠れている俺の方に歩いて来る。
―――その背後15mの所に転がる金色の鎧。
【仮想体】を動かすタイミングが重要。
俺の体力もMPも、残りはたかが知れている。
悔しいが、俺にはアドバンスと真正面から殴り合って勝てる力は無い。
だから―――多分、これが俺に与えられた最後のチャンス。
もしダメだったら、死に物狂いで逃げよう……。まあ、アドバンスが素直に逃がしてくれればの話だけど。
小心者の俺としては、いつもなら無駄に緊張して空回るところなのだが……どう言う訳か今は心が妙に静かだ。
なんつーの? 研ぎ澄まされてるって言うのかな?
「野郎をブチ転がす!!」って言う闘志は奥底で湧き立っているけど、頭の中は冷やかに、冷静に奴を殺す為の算段を練り上げている。
歩いて来るアドバンス。
超速で動けるくせにわざとゆっくり近付いて来やがる……。
ただ単に余裕見せてるだけ………って感じじゃねえな? 俺が何するか警戒してるって事か。
世界の支配者の1人にここまで警戒心抱かせるって……やるじゃん俺。
こんな状況なのにちょっと笑ってしまった。
一か月前までは、ただのサラリーマンやってた筈なのに、何がどう転がって魔王とシバきあってるんだか……。こう言う仕事は、もっと“特別”な奴に押し付けたいんだがね?
まあ、ここで助け求めたって誰も助けちゃくれねーんだけど。
フゥっと小さく息を吐く。
あ~、さっさと猫らしく食っちゃ寝の生活したい……。
――― その為に
木陰から飛び出す。
――― ここで
アドバンスに魔眼を発動する間を与えるな。
――― 魔王を倒す!
収集箱の中に入って居た“それ”をアドバンスに向かって投射で撃ち出す。
魔族の死体―――。
森の中でせっせと狩ったアドバンスの取り巻きの死体。取れる物は全部取ったので完全に真っ裸。
砲弾のように撃ち出された死体は、撃ち出された衝撃に耐え切れずに手足が変な方向に捻じれて曲がる。
……敵の死体とは言え、なんか凄い罪悪感が芽生える。まあ、でも遠慮なく撃つんですけどね。
「フンっ」
アドバンスが容赦なく飛来する部下の死体を尻尾で真っ二つにする。
容赦ねえなあ! まあ、投げてる俺もだけど……。
心の中で呟きつつ、続けざまに死体を投げる。絶え間なく投げる。全力投球で投げ続ける。
死体を投げ続ける理由は2つ。
1つは、高速で突っ込んで行く死体で、俺を視界に捉えさせない為。
もう1つは―――注意を前に向けさせる為。
アドバンスの背後15m。
金色の鎧の腕が動いてアドバンスの背に手の平を向ける。
逝ったれ!!
【シャドウランサー】
【仮想体】の手から放たれる黒い閃光。
音速を軽く超える速度で閃光が奔る。
普通に撃ってもアドバンスに軽く回避されるか防御されるか……だが、前方に意識が向いていて、尚且つ奴の背中には深淵のマント。
「……む?」
尻尾で絶え間なく迫る死体をバッサバッサと力技で真っ二つにしながら、背後に迫る魔法の気配に気付く。しかし、視線を後ろに向けてくれる程バカじゃない。
だが―――もう避ける余裕は無い。変に避けに回れば、死体の処理が疎かになる。
アドバンスの選択肢は受ける一択。そして、受けるとなれば当然アドバンスは深淵のマントに頼る。
予想通りに、アドバンスがマントを広げて受けの体勢に入る。
しかし―――そのマントは使わせねえよ?
深淵のマントは1度俺の収集箱に入れている。つまり―――いつでも収集箱に放り込めるって事だ。
魔法の接触コンマ数秒前のタイミングで、アドバンスのマントが消失。
入る―――!
「と、思っただろう?」
アドバンスが笑う。
その顔に、その動きに、マントを失った焦りは一欠片も無い。
始めからコイツは気付いていた―――俺から取り返したマントは信用できない、と。
尻尾で死体を引き千切る作業を続けたまま前に一歩踏み出しつつ上半身を軽く捻って片腕を背後―――迫る魔法に向ける。
【シャドウランサー】の追尾性能を計算した上で、その射線に自身の手を構える。
蜥蜴のような手に当たった黒い閃光が、バシュンッと弾けて消える。
「貴様が人形使いだと言う事は知っている」
チラッと地面に転がったままになっている金色の鎧に目をやる。
「その最大の攻撃手段である人形を、何故私が警戒して居ないと思った?」
見てなかった訳じゃない。
“見てない”振りをしていただけ――――。
俺の攻撃は読まれている……!
ああ、なんてこった。
なんて事だ―――なんて事だ―――
――― こんなに上手く 行くなんて
「ミィミ、ミャァ」
俺が何言ってるかなんて、コイツには分かる訳もないが……。
古人曰く、『不幸は思いがけない方向から飛んでくる』ってね。
「なんだ? 命乞いでもしているの―――」
―――ブシュッ
肉を貫く音。
真っ赤な鮮血が、雨のように空中を泳いで地面に落ちる。
そしてーーー背後からアドバンスの喉を貫く、白銀の刃。
「は………?」
何が起こったのか理解出来ずアドバンスが呆けた呟きを漏らす。
途端、傷口からだけでなく、口からも真っ赤な血が溢れだし、噴き出された暖かい血が、地面と周囲の木々に撒き散らされる。
「ぁ……ガッ……ィ……」
痛みに喘ぎながら、アドバンスが何が起こったのかを確認するように自分の喉を貫通する剣を見る。
旭日の剣―――。
対魔族、対魔王の神器であり、勇者である事を証明する“勇者の剣”。
そして次に、剣の飛来した方向に目を向ける。
しかし―――その方向には何も居ない。
まあ、正確には居ない訳じゃないけどな?
今もその剣の柄を握っている奴が、確かにそこに存在している。
誰にも見えないし、誰にも触れる事が出来ない俺のもう1つの体―――【仮想体】が。
俺のやった事は簡単だ。
アドバンスの背後からオリハルコンの鎧を着た【仮想体】が魔法を発動。同時に鎧だけを放置して【仮想体】と手元の旭日の剣を一旦回収。
アドバンスの意識が、猫と放置された鎧に向いたところで奴の背後に剣だけ持った【仮想体】を創り、喉をぶち抜く。
これが―――魔王を狩る為の、詰めの一手。
「……なんだ……何が……?」
何が起こったのか理解出来ぬまま、ボタボタと血を垂らしながら魔王が倒れる。
弱肉強食がこの世界の絶対ルール。
その理に従って、テメェはここで朽ち果てろ。
「ミ」
詰み手だ。
今度こそ仕留めた―――と思ったら、アドバンスの目はまだ死んでいない。
「………貴様に………勝利……は……ない」
血をゲホゲホと吐きながら何か言ってやがる。
もう一発攻撃叩き込んで終わらせる。
【仮想体】を動かそうとしたのと同時に、
「……冥府まで………付き合っで…貰うぞ」
は?
嫌な予感を感じ、咄嗟に放置したままのオリハルコンの鎧一式を回収、アドバンスに背を向けるや否や息を止めて【アクセルブレス】を発動、全速力で離れる。
背後で、魔法を唱える声が聞こえた。
「【死の絶望】」
壁―――。
破壊の壁―――。
壁に触れた物を問答無用で破壊する。
そんな見えない壁が、アドバンスを中心に広がって行くようだった。
しかも―――早い!!
加速して全速力で逃げているのに壁を振り切れない!
くっそッ!! ふざけんなよッ!!! 負けた敵が最後っ屁かますなんて、それが許されるのは三下だけだぞ!? ボス格の魔王がこんな事してんじゃねーよボケッ!!
ヤバい、息が続かない―――!
今加速が切れたら、間違いなく魔法に捕まる!
どんなに頑張っても、肺の空気が増えてくれる訳も無く―――
「ミャふっ」
プハッ。
加速が終了し、ギリギリで追い付かれなかった見えない壁が迫って来る。
一か八か……!
深淵のマントを出す。
マントにくるまる時間は無い、盾のようにマントが壁の威力を受け止めてくれる事を祈る―――。
衝撃―――!!
子猫の体が軽かった事が幸いしたのか、見えない壁にマントが触れた途端吹き飛ばされる。
よし、助かった―――と思った瞬間、凄まじい勢いで木に叩きつけられた。
「ギミャッ……」
体の内側から、骨が砕ける音が響く。
だが、どこの骨が折れたのかは分からない。なんたって、全身がひび割れたように痛い。骨が折れた箇所の痛みを判別出来ない。
ちょっと……ヤバくない……マジで、クッソ痛いんですけど……!!
ポトリと地面に落ちると、その上にマントがヒラヒラと落ちて来る。
………ヤバ、い……意識が……落ちる……。
体が動かないのに、「逃げなきゃ」という意識だけが働いて、邪魔なマントを収集箱に放り込んで退かす。
その時、何かの奇跡が降って来たように、見えない壁が消え、森が静寂に包まれた。
魔法の効果が切れ、全てが終わったらしい……。
小さな安堵と共に、全身の痛みが暗闇の中に意識を引き摺りこむ。
――― 俺………このまま、死ぬのか……?
薄れゆく意識の中でログが流れる。
『特性【魔王】を収集しました』




