2-37 猫vs魔王アドレアス
俺は猫である。
……いや、別に「吾輩は猫である」的な事を言いたいんじゃなくて、ただの事実として俺は猫だって事ね?
基本的な話として、猫を敵として見る奴なんて居ない。まあ、野生動物やら魔物やら、知性の無い連中にとっては狩るべき対象として狙われる事があるだろうが、それだって「餌」に対しての行動であって、「排除すべき敵」として見られている訳じゃない。
人間は勿論、魔族にとっても、子猫なんて道端の小石と同レベルで脅威でも何でもない存在だ。
だから―――明確な意思を持って敵対される事なんて、精々猫同士の間でしかない話だった。
だと言うのに、何故に俺は現在世界の支配者たる魔王の1人に敵意を向けられているのだろうか?
「まさか、剣の勇者の正体が、猫に操られたただの人形だったとはなっ!!」
怒っているのか、笑っているのかイマイチ判断の出来ない表情のまま、アドバンスが俺に向かって拳打を振る。
猫に向かって全力パンチする魔王って、かなり絵面がシュールじゃない?
心の中でツッコミを入れながら、猫らしい素早い動きで横に飛んで避ける。
まあ、余裕を持って避けられたのは、アドバンスが感情剥き出しで冷静さを失ってて、攻撃が分かりやすいからだけども。
アドバンスの爬虫類の拳が地面に突き刺さり、ドンッと地面が振動する程の衝撃が辺りに伝わる。
怖ッ……!? あんなの直撃したら、猫の体なんて余裕でミンチになるぞ!?
「ミャァ!」
まあまあ、まずは穏便に話し合いましょうや。とか言ってみる。
「何を言っているかは分からんが、貴様が私を嘲笑っているのは分かるぞ!!」
ダメだこりゃ。
猫に会話とコミュニケーション能力を期待してもダメですな。知ってたけど。
まあ―――話し合うつもりなんて、コッチもねえけど、なっ!!
アイスランスを投射で撃ち出す。
拳の振り終わり、尚且つ冷静さを欠いているアドバンスは反応が遅れる。が、それでも腐っても魔王。投射のスピードをしっかり動体視力で追い、首を狙った攻撃だと見切ってギリギリで体を横にずらして避ける。
それでも完全回避とは行かず、左肩に深く槍が刺さる。
「―――チッ」
肩に刺さった槍が、即座に付与された属性を展開―――左肩を氷漬けにしようとする。
とは言え、それを呑気に眺めているような阿呆が居る訳も無く、冷たさを感じた途端に槍を抜くアドバンス。
「フン、見た事も無い奇妙な技を使う……!!」
言っても、ただ道具箱から物をぶん投げてるだけですけどね。
俺が投射したアイスランスを、槍投げ選手も真っ青な超速で投げ返して来る。
まあ、別に慌てませんけど。どんなに速かろうが、1度収集箱に入れた物ならば回収出来ますし。と言う訳で、アドバンスの手を離れると同時に収集箱に放り込む。
「ほう……」
感心したような悔しがっているような、良く分からない感嘆の息。
ってか、……どうしようかしらコレ?
ぶっちゃけ、猫の俺が本体と見破られた時点でほぼ無理ゲーじゃない? もう本気で逃げ出そうかしら?
いやいやいや、ここで逃げたところで、魔王に俺の正体知られてるんだから意味ねえよ。
そこら中で“猫狩り”なんて始められたら、他の猫達に申し訳ねえし。
ああっ、くそっ! いよいよ逃げる選択肢すら捨てなきゃなんないって事は、コイツ倒す以外に俺の未来はねえじゃねえかよ……!!
「何やら覚悟を決めた顔だな?」
そう言うのは伝わるんかい!
「剣の勇者が不死身だったのは、貴様が操る人形だったから」
まあ、そうね。
だから何さ?
「であれば、我が魔眼が効かなかった事も同じ理由だろう!」
アドバンスの眼球の奥で、様々な光が瞬く。
赤―――白―――紫―――青―――黒―――。
それは、まるで星空の輝き。
え? って言うか、魔眼?
「呆けていて良いのか?」
突然―――背後からの声!?
何事かと、息が止まる。だが、それが俺の命を救った。
呼吸を止めた事で【アクセルブレス】が勝手に発動し、俺を加速させて周囲の空気を置き去りにする。
背後を確認すると、そこには―――もう1人アドバンスが居た。
え? 何? これ、どんな手品ですか!?
でも、背後に居るアドバンスには“臭い”が無い。
まあ、そんな事より―――今は回避優先! 背後に現れたアドバンスは足を振り上げて俺を踏み潰しにかかってる。この場に後1秒止まれば俺はトマトケチャップになる。
周りがゆっくり動いている中、アドバンスの動きは普通の人間の動きと同じくらいの速度で動く。
コイツ、どんな速度で動いてやがるんだよ……!?
文句を言いながら、加速状態で強化された能力を全開にしてその場から飛び退く。
ズンッと蜥蜴のような足が地面にめり込む。
今のはマジでヤバかった……。
無意識に息止めてなかったらアウトでした。
っつか、なんでいきなりアドバンスが2人になったの!? どんな手品だコレ!?
追撃されるのが怖くて、加速状態のまま出来る限り遠くまで走って木の陰に隠れる。
「ふふっ、やはり人形の方には効かなくても、それを操る貴様には私の【亡霊の魔眼】はちゃんと効くらしい」
なんか語ってるって事は、今のはアドバンスに何かされたって事かよ……!
木の陰から顔を出さず、【バードアイ】で周囲を窺う。
コチラにゆっくり近付いて来るアドバンス。
先程俺を踏み潰そうとした“もう1人”の姿が何処にも無い。どこかに隠れた……? いや、そもそも分身の術的な1時的存在な奴だったのか?
そこでふと、アドバンスの事前情報を思い出す。
――― 幻術
もしかして、今のがアザリアの言ってた幻を見せる能力か? であれば、いきなり背後に現れた事も、何の臭いもしなかった事にも説明がつく。
空中に置いた視界を動かして、先程もう1人が居た地面を見る。
そこには、綺麗に足型のスタンプを押したように沈んだ地面。
え? ちょっと待って? あのもう1人が幻だったとすると、野郎の見せる幻には攻撃判定があるって事じゃない?
ヤバくない? 超ヤバくないアイツの幻?
いや、待て待て。
じゃあ、なんで今はその幻を引っ込めてるんだ? なんで追撃の為の幻を作らない?
先程のアドバンスの言った単語―――魔眼。
俺だって漫画やらゲームやらでその言葉を聞いた事はある。
己の視線、視界に影響を及ぼす異能。
待てよ―――って事は、野郎の視界から外れてれば幻術は使えねえって事か!?
実際、今は木の陰に隠れてるから、奴の視界に俺は捉えられてないし。
コッチは隠れんぼのプロだっつーの。隠れながらの戦闘はお手のも―――
「今―――私の視界に捕まらなければ魔眼は怖くない……とか思ったんじゃないか?」
ハッとなる。
【バードアイ】でアドバンスを追うと、俺が隠れている木の裏側に居た。
――― ヤバい!!
木の陰から飛び出すと同時にアドバンスが、一瞬前まで俺が隠れていた木を無造作に蹴る。
途端、蹴りの威力に幹が圧し折れ、大木が砲弾のように飛んで隣の木々をなぎ倒した。
そして―――アドバンスの視線が俺を捉える。
炎―――
突然、俺を取り囲むように炎が生まれ、周りの木々が俺を捕まえようと枝を伸ばす。
これも幻か!?
いや、どっちでも関係ねーじゃねえか!? 幻だろうが現実だろうが、全部避けなきゃダメだ!! でも……逃げ場がねえ―――!
「私の目からは逃れられんよ?」
落ち付け俺……!
猫の俺と魔王じゃ、元々のスペック差なんて比べるだけバカバカしい。だとしたら、俺が奴を上回る可能性があるのは、小賢しさくらいだ。
考えろ、思考を回せ―――!
……あっ、有るじゃん! 野郎に対抗する一手……!
「詰み手だ、猫!」
いいえ、詰みにはまだ早いでしょう。
俺を囲む炎が狭まり、伸びていた枝が燃えながら迫る―――が、それが俺に届くより早く、アドバンスに黄金が突っ込んで行った。
「むっ……!?」
咄嗟にアドバンスが身を引くと、今まで立っていた場所を白銀の刃が素通りした。
旭日の剣―――勿論、それを振るったのは金色の鎧であり、もう1つの俺の体【仮想体】だ。
アドバンスが【仮想体】に視線を向けた事で、俺を包んで居た炎と、不気味に蠢いていた幻の枝が消失。
「ふん、種が割れても人形に頼るか?」
そう簡単に詰みになる訳には行かないんでね……!




