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2-28 杖の勇者は立ち向かう

(当たった!)


 顔には出さないが、嬉しさでアザリアの心が震える。

 水流を放つ【スプラッシュ】と、その水流の中を通して相手を攻撃する【サンダー】の組み合わせは、アザリアが二重詠唱(ダブルキャスト)を習う時に祖父に教えて貰った鉄板の攻撃だ。

 初見ではまず回避出来ない上、雷撃系の天術はダメージは浅くても、肉体に麻痺を(もたら)す。

 数分……相手が魔王である事を考えれば数十秒、もしくは数秒、敵の行動は遅くなる。

 ダメージ量よりも、次の展開に繋ぐ為の攻撃。

 そして狙い通り、魔王の足が止まる。


(御爺様、ありがとうございます!)


 師であり、偉大な戦士であった祖父に感謝しながら、今のうちに魔王との距離を取り直す。

 そして、足を動かしながら、魔王が動き出さないうちにもう1撃用意する。


(畳み……掛ける!)


 手持ちの中で最強火力の天術。

 若干命中精度に難がある為、相手の足が止まっている時にしか怖くて使えない大技。


「【光の雨(レイ)】!!」


 空から光が魔王に降り注ぐ。

 小さな光が、雨のようにキラキラと輝きながら魔王を中心とした

 最初は霧雨のような小さな光、それが秒ごとに大きな粒になり、落ちる速度が加速する。


 光速で降り注ぐ光の刃―――


 身動き取れない魔王の体が、光に切り裂かれる。


「チッ……!」


 鬱陶しそうに舌打ちをするが、それは決してイライラしているから出た物ではなく、全身に傷を負う痛みから出た物だ。

 1つ1つは大した傷ではないが、絶え間なく降り注ぐ光の刃は、全身を切り裂き、更に傷を光が深く抉る。

 魔王の体が、あっと言う間に血で真っ赤に染まる。

 アザリアの攻撃は終わって居ない。

 二重詠唱(ダブルキャスト)で用意してあった【光子(フォトン)】が発動する。

 杖の先からレーザーのように光が真っ直ぐ魔王に向かって伸びる。


「舐…めるなぁッ!!!」


 先程傷を負って動きの悪い左手を無理矢理横に振るい、迫っていた【光子】を迎撃する。

 しかし、威力を打ち消し切れずに更に左手が傷を負い、爬虫類の手から真っ赤な血が噴き出す。


「杖の勇者如きが……!!」


 憎々しげに魔王がアザリアを睨む。

 その体は傷だらけの血だらけで、今にも倒れてしまいそうだった。

 アザリアは、その姿に困惑する。


――― このままでは、魔王を倒せてしまうのではないか?


 今まで対魔王の対策を考えて来た。

 それ相応の用意もして来た。

 だが―――それにしたって、上手く行き過ぎではないだろうか?

 上手く行って居る、と言うより、根本的に


(魔王が弱い……)


 現在の魔王は、【サンクチュアリ】によって魔法を封じられ、能力は弱体化。対してアザリアは能力を強化され、更に強化天術を上乗せしている。

 しかし、それにしても―――魔王との力の差は、アザリアがここまで一方的な展開を作れる程の小さな物だっただろうか? 確かに3日前に比べれば、極光の杖の力が覚醒した事で戦力は確実に増しているのは事実。


 だが―――…。


 クルガの町で出会った時には、魔王を巨大な山のように感じた。その相手を、まともな傷も負わずに倒せてしまえそうな事が不安でたまらない。

 このまま押して行けば、勝てる気はする。

 しかし、同時に、このまま倒してしまって良いのか? と言う疑問が頭を過ぎる。


 これは魔王の策のうちではないのか?

 本当は幻術にかかっているのではないか?

 自分が本当に魔王を倒せるのか?

 この戦いに踏み切ったのは正しかったのか?


 色んな疑惑が頭の中に浮かんでは沈む。

 アザリアの方が攻めている筈なのに―――優勢な筈なのに―――勝利に近い筈なのに―――精神的にどんどん追い込まれていく。

 一瞬の逡巡。

 一度だけ首を振って迷いを払う。

 どの道、ここで魔王を倒す以外の選択肢はない。

 首をくれると言うのなら、有り難く貰っておけば良い。その後に罠が待っていると言うのなら、その時はその時だ。

 極光の杖を握り直す。

 知らず手の平に汗をかいていたらしく、握る手が滑るのが気持ち悪い。


 その時、全身を血に染めた魔王が―――笑った。


「…何が可笑しいんですか」

「可笑しい? いやいや、私は楽しいんだよ」


 傷だらけで、今にも死にそうな見かけをしているのに、その笑顔は、心底……生を謳歌していた。


「痛めつけられて喜ぶなんて、魔族の思考は分かりませんね」

「クックック、痛みを負う事に関してはそれ程気持ちの良い物ではないさ。私が楽しいのは―――貴様の間抜けさだよ」

「何を―――!」


 言ってるんですか。

 そう続けようとしたアザリアの言葉は、魔王の声に掻き消された。



「【エクスプロード】」



 魔法だった。

 魔王の手の平に黒い魔力光が灯り、次の瞬間―――ただただ暴力的な爆発がアザリアに襲いかかった。


「―――…ッ!!?」


 爆裂魔法の直撃だった。

 火力、範囲、共に上位に位置する高等魔法。

 何の用意も無しに食らえば、人間の体なんて1撃で5回は肉片に出来るだけの威力がある。

 その魔法の直撃。


 アザリアの小さな体が、ボールのように宙を舞う。

 抗おうとしても体が動かない。

 視界が何度もグルンッと回転し、天地の方向を見失い、四肢の感覚が消える。

 暗く、冷たい穴に落ちて行くような錯覚。


 死神がアザリアの足を引いている。何も無い虚無の中に意識を―――魂を引き摺りこもうとしている。


 三半規管の利かなくなった体が、地面に叩きつけられる。


「ァぐっ……!?」


 途端、今まで感じていなかった―――感じられなかった痛みが全身を走り抜ける。

 爆発の衝撃。熱波。地面に叩きつけられた痛み。

 少しでも体を動かそうとすると、骨や筋肉がビキビキとひび割れるように痛む。

 だが、それでもアザリアは生きている。

 爆裂魔法の直撃を受けたにも関わらず、あちこちに火傷や擦り傷が有るくらいで骨の1本すら折れていない。

 正直、アザリア自身も「死んだ」と諦めの思考をしたくらいだ。


(なんで……?)


 魔王が魔法を使ったと言う事は【サンクチュアリ】の効果が切れたと言う事。それは、魔族にかかっていた弱体化効果と、人間にかかっていた強化効果も切れた事を意味する。

 であれば、現在アザリアを護る力は自身でかけた【ディフェンシブ】による耐久力、防御力上昇の効果だけだ。

 魔法の効果はほぼ素通りと言って良い。

 その時、首から提げていたアミュレットが光っている事に気付く。

 剣の勇者が森に駆けだす前に渡して来た物だ。

 アミュレットが淡い赤色に光っている。どこか暖かく、陽の光を思わせる優しい光。

 それで気付く。

 このアミュレットには、恐らく魔法ダメージの軽減効果がかかっているのだ。だから、爆裂魔法の直撃を受けてもこの程度のダメージで済んだ。


(まさか……剣の勇者はこの展開を読んで居た……?)


 【サンクチュアリ】の効果時間は10分と少しだった。アザリアの予測では、最低でも20分は持続できると踏んで居たので、実際はおよそその半分程。

 戦場で使うには短過ぎる効果時間だ。

 だが、剣の勇者は恐らく【サンクチュアリ】の効果時間を正しく認識していたのだろう。だから、戦闘中に敵が魔法を使い始める事を考慮し、アザリアに魔法から身を護る為のアミュレットをくれたのだ。


(本当になんなんですかあの人は……!)


 感謝と同時に、同じ勇者としての格の違いを見せつけられたようで悔しい。

 とは言え、お陰で命を拾った。

 今も全身ズキズキするし、周りの音はまともに聞こえない、視界は明度が下がって視力は通常の半分以下。とてもではないが万全ではない。

 しかし―――まだ、立てる。

 まだ、戦える。


「―――――?」


 魔王が何か言っている。とは言っても、耳が爆発音でいかれて音を拾ってくれないので、何を言ったのかは分からない。多分「どうした、もう終わりか?」とか、そんな感じの事だろう。とアザリアは適当に予想した。

 痛む体を、極光の杖を支えにして無理矢理立たせる。

 足が震える。逃げ回る事は出来そうにない。この足では、攻撃を避ける事も一苦労だ。だから―――もう、逃げない。

 魔王に魔法とパワーが戻ったのなら、アザリアに許された攻撃のチャンスなんて1度有るか無いかだ。

 その1度に賭ける。



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