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2-27 杖の勇者vs魔王アドレアス

 魔王アドレアス。

 整った人間にしか見えない男の顔に、蜥蜴のような爬虫類の四肢と尻尾を持つ、13人の魔王のうちの1人。

 アザリアにとってはクルガの町に続き、2度目の邂逅。

 その魔王が、静かに戦場を歩いて来る。

 邪魔になる人間が居れば、魔族達が血眼になってそれを退かす。アザリアを先に進ませる為に魔族と戦って居た人間達と同じように。

 だが、決定的に違う点が1つだけある。

 それは―――


「邪魔だ虫けら」


 魔王の尻尾が、邪魔な人間とそれを止めようと動いていた魔族を纏めて横殴りにする。


「ごァッ!?」「ゲぇぶッ!!?」


 人間の体は攻撃に耐えられず、鋭い刃に切り裂かれたように上下に真っ二つになって吹っ飛び、魔族の方は辛うじて死ななかったが、それでも意識が吹っ飛んで地面を転がる。

 アザリアと魔王の決定的な違い。

 それは―――強さ。

 たとえ魔王であろうとも究極天術である【サンクチュアリ】の効果は受けている。故に、現在魔法は使えず、能力はかなり弱体化している。……にも関わらず、人間を虫のように殺す圧倒的な力。


「………ッ!!」


 目の前で仲間を無残に殺されて、アザリアの頭に一瞬血が上り、怒りのままに飛びかかろうとしてしまった。

 しかし、それを驚異的な理性で自制する。

 勢いのまま突っ込んで、どうこう出来るような甘い相手ではない。

 相手は魔王であり、アザリアはクルガの町ですでに手も足も出ずに1度負けている。

 周りの仲間達は、取り巻きの魔族の相手で手一杯。アザリアのフォローをできる余裕のある人間は恐らく居ない。

 つまり―――ほぼ一騎打ち。

 いや……下手をすれば、魔王の取り巻きの魔族の方が割って入って来る可能性すらある。だとすれば、状況は圧倒的にアザリアの不利。

 そもそも、魔王の相手は剣の勇者がすると決めてかかって居たので、アザリアにとっても、仲間達にとってもこの状況が既に想定外過ぎる事態なのだ。

 だが、それがどうしたと言うのだ。

 勇者として極光の杖を握った瞬間から、魔王との戦いは覚悟の上。その(きた)るべき瞬間が、来てしまったと言うだけの話だ。

 恐怖で震えそうになる足と、怒りで乱れる思考と理性が抑える。


「私の首を獲りに来たのだろう? かかって来たまえ」


 魔王が両手を広げる。

 まるで、娘を抱きしめようとする父親のように、何も警戒していない……全てを受け入れようとするような無防備な姿。


「どうした? 御望み通り、相手をしてやると言っている。まあ、剣の勇者が来るまでの暇潰しに……だがな」


 ニヤッと笑う。

 嘲笑っている。だが、アザリアに怒りはない。下に見られているのは知っている。実際に格下なのも理解している。

 だが―――だからこそ、今が魔王を倒すチャンスなのだ。

 相手が自分を舐めて、全力で殺しにかかって来ない。弱体化しているとは言え、魔王に全力を出されればアザリアは恐らく秒殺だ。

 少なくても、数手は攻撃を食らわせるチャンスが与えられている。

 問題なのは……その数手で魔王を倒し切れるか否か。


(それは、私次第―――ですね!)


 極光の杖を強く握る。


「【光子(フォトン)】!!」


 手持ちの中で2番目に威力のある天術を発動。

 本来ならば数秒の詠唱が必要だが、それは極光の杖が省いてくれる。

 光が杖の先で寄り集まり、光り輝く高速の槍となって魔王に向かう。


「……むっ!?」


 アザリアを舐め切って居たからか、魔王の反応が明らかに遅い。

 迫りくる光の槍を避け切れず左肩を貫かれ、その衝撃で数歩後ずさる。


「チッ!?」

「……効いた!?」


 確かにダメージを与えようと思って放った天術ではあるが、アザリアはそれが防がれるか避けられると思って居た。だからこそ、もう1つ最強火力の天術を追撃に用意していたのだが……予想外にダメージが通ってしまった為、思わず撃ち忘れてしまった。


(コチラが思ってるよりずっと【サンクチュアリ】の効果で弱体化してる……?)


 【サンクチュアリ】の効果が予想以上の結果を出していると言うのなら、それは嬉しい誤算だ。

 弱体化がそれ程の効果を発揮しているのだとすれば、アザリア達への能力強化も相応に期待できる。

 それに、現在魔王も魔族も魔法を封じられている。であれば、この縮まった能力差が再び開く事はない。


「たかが杖の勇者如きが……舐めた真似を!」


(私を勝手に舐めていたのはそっちでしょうに)


 魔王の言葉にツッコミを入れる程度の心の余裕が生まれる。

 狭くなっていた視野が、若干周りを見れるようになる。

 聞こえてなかった周りの音と声が、少しだけ耳に届くようになる。


「私に傷を負わせた事を、冥府で懺悔しろ!!」


 叫びながら、左肩の傷を押さえていたいた手を放すや否や、血が溢れて魔王の左腕があっと言う間に真っ赤に染まる。


「懺悔と言うのなら、人間を殺し続けた貴方がするべきでは?」

「貴様等虫けらを、私と同列に扱う事が間違いだと理解しろ!!」


 魔王が踏み出す。

 鉤爪のような足が大地に食い込み、ガッと地面を掴む。

 次の瞬間―――ドンッと、土煙を巻き上げて魔王が走り出す。

 速い。

 本当に弱体化されてるのかと疑いたくなる加速とスピード。

 だが―――アザリアの動体視力で追える速度だ。

 これが本気のスピードだとすれば、明らかにクルガの町で見た魔王よりも動きが遅くなっている。

 先程の天術を食らった事と良い、魔王は確実に弱体化している。


(魔王を倒すチャンスはここしかない!)


 【サンクチュアリ】の効果は絶大だ。だが、だからこそ、いつまでその効果が持続できるかは分からない。


 それに―――クルガの町でアザリアを始めとした皆を行動不能にした幻を見せる能力を魔王はまだ使って居ない。いや……すでに使われている、と言う可能性がない訳ではないが、その可能性は低いと踏んで居る。

 今回は、「そう言う能力を持っている」と始めから警戒しているし……それに、魔王の性格は知らないが、支配者たる魔王が幻であろうとも“自身が傷を負う姿”を敵に見せるか? と考えると、今目の前にある光景は真実としか思えないからだ。

 有る程度ダメージを負ったところで幻を解き「バカめ!」と絶望感を与える……と言う展開も有るには有るが、それをする程アザリアに意識が向いているかと言えば、恐らく答えはNOだ。

 1度見せているとは言え、使えばアザリアを容易に行動不能に追い込める能力をわざわざ温存する理由はない。回数制限やらの何かしらの使用制限があったとしても、どうせ剣の勇者には通用しないのだから。

 以上の事を踏まえて考えると、魔王は幻を見せる能力を「使わない」のではなく「使えない」と考える方が自然だ。そして、何故使えないのかと言えば、それが魔法だからだ。

 とすれば、【サンクチュアリ】の効果が切れた途端に、幻術と圧倒的なパワーが取り戻される事となる。

 そうなれば、アザリアの勝ち目は0だ。

 なれば―――今この瞬間が倒せる好機。


 魔王が走って来る。

 魔法が無い以上、魔王の選択肢は近接戦闘1択。

 肉体能力が下がっているとは言え、どちらかと言えば近接より天術の方が得意なアザリアには勝ち目は薄い。


(距離を詰めさせちゃ、ダメだ……!!)


 バックステップで少しでも距離を取りながら、素早く天術を唱える。


「【スプラッシュ】!」


 杖の先から、渦を巻く水流が放たれる。


「ふんっ、そんな物に―――!」


 魔王が横にステップして余裕で回避した瞬間―――水流の中を電流が走り抜けて、魔王に襲いかかる。


「チッ!?」


 猛獣のように水流から飛び出た電流を避け切れず、軽い衝撃と共に神経が一時的に麻痺を負う。


「……二重詠唱(ダブルキャスト)……か!」


 1つの詠唱で2つの天術、または魔法を唱える高等技術。

 【スプラッシュ】は始めから避けさせる為の布石、その中に忍ばせた【サンダー】が本命だったのだ。


「私だって勇者ですよ? あまり、甘く見ないで欲しいものです」



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