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2-26 杖の勇者は頑張る

 金色の背中が遠ざかって行く。

 アザリアは―――その背を見送った誰もが、何が起こったのか理解出来ずに、ここが戦場である事も忘れて棒立ちになる。


――― 剣の勇者が逃げ出した


 神護の森は“逃げ道”として散々説明し、剣の勇者にもそう説明をしてあった。

 戦端が開かれたと同時に、その“逃げ道”に向かって走り出す理由は何か? 逃げる以外の理由があるだろうか?


(いえ、違う……きっと、何か理由が有る筈……)


 アザリアは、フリーズしそうになる思考と体を無理矢理現実に繋ぎとめる。

 剣の勇者は、誰もが認める本物の“勇者”である。だからこそ、何か理由があっての行動であると信じるしかない。


(きっと、私には思い付かない一手の為の行動なんだ……きっと)


 もし仮に剣の勇者が逃げたとしたら、この戦いの結末は絶望的だ。

 そもそも、この戦いは剣の勇者が魔王アドレアスと戦う事を前提に策が立てられている。何故なら、今の人間の戦力の中に、魔王アドレアスとまともに戦える者はその1人だけだから。

 剣の勇者抜きで魔王と戦うなんて、蟻が戦車に挑むような物だ。

 だから―――アザリアは信じるしかない。

 いつものように、思ってもみない“何か”をやる為の布石なのだと……。


「あ、アザリア様……」


 声をかけられてハッとなる。

 今自分はどんな顔をしているだろうか?

 思いがけない事態になったとしても、アザリアは勇者の1人だ。皆を不安にさせるような顔をしている訳にはいかない。

 剣の勇者が居なくなって、不安な思いをしているのはアザリア以上に周りの皆だ。


「大丈夫です。剣の勇者が居なくなったのは作戦のうちですから」


 強がりだった。

 何故剣の勇者があんな行動に出たのかは、アザリアがどれだけ頭を捻っても答えが出ない。

 冷静に考えれば、逃げた―――とは、やはり考えられない。剣の勇者は、清廉潔白、正義の道のど真ん中を突っ走っているような存在だ。それが、魔王に恐れをなして逃げ出すとは、どうしても考えられない。


(……剣の勇者の事は一旦放って置きましょう。どうせ、勝手に何かやるんでしょうし)


「ほ、本当ですか?」

「ええ、内緒にしていてスイマセン。実は剣の勇者と2人で決めた作戦なんです」


 アザリアの強がりから出た言葉だったが、それを聞いて皆が目に見えてホッとしていた。

 それ程に、皆が剣の勇者へ向ける信頼は厚い。

 決して剣の勇者と共に行動した時間は長くないが、それでも、その強さと、正義然とした行動は、10年前に絶望に落とされた皆の心に、確かな希望の光となっていた。

 そしてそれは、アザリアも同じ。

 自分に未熟である事を突き付けて来る嫌な相手であると同時に―――自分の目指すべき姿を見せてくれる憧れの相手。それが、剣の勇者だった。

 皆に気付かれないように1度深呼吸する。

 ともかく―――戦いは始まってしまったのだ。もう、立ち止まる事は許されない。

 剣の勇者が居なくても、前に進む以外の選択肢はない。


「では、私も前に出ます。後方支援はお願いしますね」

「はい!」「お任せ下さい!」「お嬢、お気をつけて!」「背中の守りは任せとけって!」


 アザリアが離れれば、後方に残るのは天術の部隊と弓の部隊だけだ。もし、ここを抜かれれば、魔族がクルガの町まで一直線に雪崩れ込む。

 一応近接戦闘が出来る者達も残っては居るが、それはほとんど最前線に立たせる訳には行かなかったクルガの町の住人達だ。戦力として数えるには、正直かなり無理がある。

 とは言え、戦場に立つ決意をした者達にそんな事を言うのは失礼であり、侮辱でしかない。

 信じるしかない。「……いや、そもそも、魔族をここまで抜かせなければ良いのだ」と思い直す。


 アザリアは走り出す。

 すでに魔族達と戦っている仲間達と―――その先に居る、倒すべき魔王を目指して。


 走る。


 仲間が魔族と打ち合う横を通り過ぎて走る。


 視界の隅で仲間が倒れる姿が見えても走る。


 皆、アザリアを―――勇者を出来るだけ無傷で魔王の元へと行かせる為に命を張って居るのだ。ここで足を止めれば、それを全て無にしてしまう。

 だから―――アザリアは走り続ける。

 しかし、敵だってバカではない。

 人間達がアザリアを前に進ませようとすれば、それを止めようと立ち塞がる。立ち塞がる魔族を人間が抑え、アザリアを前に進ませる。ずっとそんなやり取りが続く。


 暫く走ると、息が切れる―――。


 いつもなら、なんて事はない距離。

 勇者として鍛えているアザリアの体は、常人を凌駕する肉体能力がある。しかし、極光の杖に付与されていた究極天術【サンクチュアリ】を発動した事で、魔力のみならず体力がゴッソリと消耗しているのだ。

 (あらかじ)め用意してあった、青い回復薬(ポーション)で魔力と体力を回復させはしたが、それでも全快には程遠い。


(まさか、こんなに消耗するなんて……)


 究極天術の発動には、相応の支払いが必要である事は予想出来ていた。

 強大な効果と引き換えの強大なリスク。


 現在の戦況は五分五分……だろうか。

 本来ならば魔王率いる魔族達によって蹂躙される戦力差だったが、【サンクチュアリ】の効果によって魔法を封じ、その上魔族には弱体化を、人間には強化が施され、これでやっと戦力が釣り合った。

 たった1手で戦況を覆す力―――それが究極天術。

 だからこそ、アザリアも支払うべきリスクは呑み込むしかない。


 走りながら、回復したばかりのなけなしの魔力を消費して更に自身に支援術式をかける。


「【ディフェンシブ】【パワーアドバンス】【AGL(アジリティ)ブースト】」


 出来るなら戦っている仲間達にもかけたいが、それをやるだけの余裕がない。

 剣の勇者が何処に行ったのかは不明だが、少なくても今この場に居ない以上、魔王アドレアスの相手は勇者であるアザリアがしなければならない。

 その為の自己エンチャント。

 【サンクチュアリ】の効果プラス自己強化の天術で、あまりにも大き過ぎる力の差を少しでも埋める。

 その時、



――― 白い雷が落ちた



 ドンッと地面が微かに振動する程の衝撃。

 落ちたのは平原に……ではない。神護の森―――剣の勇者が消えて行った方向だ。

 一瞬、人も魔族も、ここが戦場で、戦闘の真っ最中だと言う事を忘れて、その白い雷を目で追ってしまう。

 それ程に、その雷は美しく、神々しく、禍々しく―――恐ろしかった。


(究極天術?)


 ビリビリとした空気の振動に足を止めながら、光の柱のように地と天を繋ぐ白い光を見つめる。

 アザリアの極光の杖に眠って居た【サンクチュアリ】を使えるようにしたのは剣の勇者だ。だったら、自身の持つ旭日の剣に眠る究極天術を使えても何もおかしい話ではない。

 ない……のだが……。


(なんで、あんな無意味な場所で使ってるんですかあの人……)


 白い雷は森の中に落ちて、その威力は平原まで届いていない。

 つまり、あの究極天術は、こちらの戦況にまったくちっとも影響がない……と言う事だ。

 剣の勇者を信じて、「何かしら意味のある行動だ」と思いたい自分と、「やっぱり逃げたんじゃないか」と疑ってしまう自分がアザリアの中で微妙に葛藤する。


 しかし、その思考は突然打ち切られる。



「これはこれは、役に立たない方の勇者殿ではないか?」



 視線と意識が目の前の戦場に引き戻される。

 アザリアの視線の先には―――魔王が居た。


 魔王アドレアス=バーリャ・M・クレッセント。

 

 戦場の中にあって、まるで庭を散歩するような軽い足取りでアザリアに向かって静かに歩いて来る。


「魔王……アドレアス!!」

「用があるのは剣の勇者の方なんだが……ふむ、まあ良いか。前菜代わりだ、相手をしてやろう」



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