2-25 臆病者
俺は、金色の鎧の肩の上に居た。
周りには、俺を囲むように剣と鎧で完全装備な面々。
そして、視線の先には
――― 500人の魔族
……………来てしまったなぁ……この瞬間が。
現在、平原にて100m程離れて人間と魔族が睨み合って居る。
朝起きたら皆がバタバタしていて、慌てて起きたらアザリアに【仮想体】ごと天幕から引っ張り出されて、気付いたら最前線に立たされていた。
今にも殺し合いが始まるんじゃなかろうかとビクビクする程、空気がビリビリと張り詰めている。って言うか、もうすぐ実際に人間と魔族で殺し合いが始まるんだけど……。
結局、逃げるタイミングもありゃしねえし……。なんやかんやしてる間に決戦当日になっちゃいましたし。
……本当、これどうするべ……。
こりゃぁ、アレだな? 夏休みの宿題を最後まで先送りにし、明日やろう明日やろうと思ってるうちに31日になり、結局何もやらずに登校日を迎えてしまったような……そんな感じだ。
いや、だが、決して俺はサボって居た訳ではない。頑張って宿題をしようとしたのだが、横から変な邪魔が入って出来なかっただけだ。もう、これ、俺悪くなくない?
………なんて言い訳をしてみたところで、目の前の現実が何か変わる訳もなく……隣に立っていたアザリアが、少し……いや、かなり緊張した顔で言う。
「いよいよ、魔王アドレアスとの決戦ですね?」
そーですね。
一昔前のお昼の番組のような返しを心の中でしておく。
周りを見れば、皆緊張しつつも強い決意と覚悟を持った戦士の顔をしている。
……俺もこの雰囲気の乗っかって、「よし、魔王を倒してやるぞ!」なんて感じになれれば良いんだが、生憎とこんな絶望的な戦いでテンションを上げられる程、俺の肝は座って居ない。
ぶっちゃけ、開戦間近になった今でもバックレる方法とタイミングを探しているような人間だ、俺は。
「貴方の気合の乗りも良いようですね。鎧の内側から力が漲っているようですよ」
ちげぇよ! 何も漲ってねえよ!? とんだ節穴だこの子の目は!!
仮に何かが鎧から漏れ出ているのだとしたら、それは逃亡の機を窺う俺の警戒心だと思うわ。
「もうすぐ戦いが始まります、準備は良いですか? 良くなくても、それで何とかして貰うしかないですけど」
じゃあ、始めっから訊かないでくれ……。
「戦いが始まる前に、猫ちゃん抱かせて下さい」
はいはい、もう好きにしてくれ。
手を伸ばしたアザリアに、【仮想体】を少ししゃがませる。
鎧の肩に乗って居た俺を、慣れた手つきで抱き上げてギューっとする。
「猫にゃんにゃん」
猫まっしぐらなアザリアは、こんな緊張した時だってブレない。
いや、こんな時だから……かな? 好きな猫に触って緊張ほぐしてるのか。
いつも以上にモフモフされて、頬ずりされて抱きしめられる。
全力の甘やかしに若干ウンザリし始めた頃―――100m先に並んだ魔族達の中から声が上がる。
「人間共ぉおおおおおおッ!!!」
その声を聞くや否や、アザリアは抱いていた俺を【仮想体】に戻し、素早くローブの中から極光の杖を抜く。
「己が分も弁えず、我等が王の前に立ち塞がる無能で、無価値な虫共がぁッ!!!」
周りの皆の緊張感が増して行く。
空気が重くなる。
周囲の熱が集まった様に体が汗ばむ。
そんな中俺は、「よく通る声だなぁ」とかどうでも良い事を考えていた。
「まずは返答を聞こうか!! 『勇者を差し出せ』と言う我等が王の提案の答えを言えッ!!」
それに対し、村の住人代表としてグリントさんが一歩前に出て答える。
「断るッ!! 勇者達を差し出すくらいならば、共に闘う道を選ぶ!!」
魔族の反応は早い。
返答を聞くや否や―――
「ならば、全員死ねッ!!!!」
魔族軍全体が、魔法を発動する時の黒い光を放つ。
やっべ、これ撃って来るでしょ!?
実質、無数の砲が向けられているのと変わらない状況。数秒後には、炎や雷の弾が雨霰と降り注ぐ訳だ。
「お嬢!」「アザリア様、お願いします!!」「杖の勇者の力の見せ所ッスよ!」
後ろの連中がガヤガヤ言うが、アザリアは何も応えない。
祈るように目を閉じて極光の杖を握り、ブツブツと口の中で“それ”を発動する為の呪文の言葉を転がしている。
「……光の加護受けし我等に祝福を、闇に住まいし邪な者達に戒めを……」
アザリアの詠唱が終わらないうちに―――魔族軍の先頭に立っていた者が叫ぶ。
「ってえええええええええッ!!」
その言葉を受け、天に向かって黒い光が放たれる。
天に打ち上げられた無数の黒い光は、花火のように空中で発動され、即座に火球に、雷に、氷塊に、炎の矢に、雷の槍に―――魔法へと変換され、コチラに向かって濁流のように降って来る。
ヤバいヤバいヤバいって!!?
俺が「ヨシ、逃げよう」と後退りをしようとした瞬間―――アザリアの詠唱が完了した。
「究極天術―――」
カッと目を見開き、空から迫る魔法を―――その先に居る魔族軍を見据える。
「【サンクチュアリ】!!」
極光の杖から光が放たれる。
貫く様な眩い光が、津波のように文字通りの光の速度で周囲に広がり、戦場全てを満たす。
もうすぐ俺達に届く所まで迫って居た魔法が、極光の杖の光に触れた途端に音も無く消える。
そして、俺の中で流れる1つのログ。
『【サンクチュアリ】
カテゴリー:天術
属性:超神聖/支援
威力:-
範囲:AAA
効果範囲内で発動する魔法を全て無効化。
効果範囲内に居る発動者が味方と認識する全ての対象者に能力値プラス補正。発動者が敵と認識する全ての対象者に能力値マイナス補正』
はい来たー、反則天術。
魔法封じ1つでもクソチートなのに、強化、弱体化の全体がけとか余裕でヤバ過ぎるでしょう。
魔族連中が動揺しているのが100m離れていても分かる。
そら、1手で魔法が封じられた上に弱体化かけられるとか、敵さんも慌てるでしょうよ……。
そんな攻めるチャンスを逃さず、アザリアが未だ光を放ち続ける極光の杖を掲げる。
「今が魔王アドレアスを討ち取る好機です!!」
「「「「「「おおおおおおおおッッッ!!!!!!!」」」」」」
皆が走り出す。
剣が抜かれ、天術が唱えられ、矢が放たれる。
瞬間遅れ、魔族達も動き出す。だが、明らかにさっきまでの勢いがない。
アザリアの先制パンチは、相手の魔法を迎撃すると言うカウンターパンチでクリティカルに相手の精神を抉ったらしい。
周りは皆駆けて行き、残ったのは俺とアザリアと、天術や矢での後方支援係の者達。
アザリアの顔色が悪い。
まあ、原因なんて考えなくても分かる。【サンクチュアリ】を発動したせいだろう。俺もクルガの町で【ジャッジメントボルト】発動した時意識失う程辛かったし。
一応心配だし、声かけておくか?
「ミィ?」
「大丈夫だよ猫にゃん……」
言いながら、懐から出した青い回復薬を一口で飲み干す。
青いポーション……俺も持ってないアイテムじゃないか……。
「プハァ、よしッ、大丈夫です。私達も行きましょう!」
………行こう、と言われましても……あの中に突っ込んで行くの?
視線を向ければ、足の早い連中は既に魔族とカキンカキンやりあってるし、天術で爆発ドッカンドッカンしてるし、そこら中で血がブッシャーしてるし……。
「絶対に勝って、皆でお祝いしましょう!」
むっさ死亡フラグおっ立ててるんだけどこの子……。
いやいやいやいやいや、あの中に突っ込んで行くとか無いわぁ……。ましてや、あの奥に居る敵の総大将の首を取りに行くとか絶対無いわぁ……。
「どうかしましたか?」
作戦会議での会話を思い出す。
左を向けば、戦場である平原の横に広がる森。確か……神護の森とかって呼ばれてるんだっけ? そして、何やら魔族にとっては毒になる空気が充満してるとかなんとか。
そんな事を思い出していると、【仮想体】が俺の意思を受け取って、兜を森の方に向けた。
「……なんですか? 神護の森が何か?」
ふむ……ですよね、やっぱり。
決意を固める。
気付かれないように、そっと【仮想体】の手の中に例の魔避けのアミュレットを出し、クエスチョンマークを浮かべているアザリアの首にそれをかける。
「え? これ、なんですか?」
それあげるから許してね。
そして、「後は任せた」とアザリアの肩を叩き―――神護の森に向かって走り出す。
「あッ!? ちょっと、何処に行くんですか!!?」
どこって? それは俺にも分かりません。まあ、とりあえず魔王の脅威が届かない所だよ。
そうだよ、逃げだしたんだよ俺は!
だって、怖すぎるだろ! 戦場に立つだけでもコッチはいっぱいいっぱいだっつーのに、その上、世界を支配する魔王と戦うなんて絶対無理だって!?
しかも、死亡フラグを踏んずけてる勇者と一緒に居たら、俺も巻き添え食って死ぬのが目に見えてるし。
………元社会人として、ドタキャンは最強に忌むべき物だが仕方無い……。許してくれなんて言うつもりはねえ。罵ってくれて構わん。だから、この場は逃がしてくれ!
走る。
全力で走る。
逃げる為に、全力で走る。
後世に「逃げだした臆病者」として語られるんだろうが、そんな物俺が知るか!




