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2-23 もう何も怖くない……かもしれない

 魔王が来てから翌日の朝。

 何故か俺はアザリアに抱っこされていた……。

 なんでこうなってんだろうか? 昨日の夜、アザリアと何やかんや話した後、確かに寝床に戻って寝た筈なんだが……目を覚ましたらアザリアの抱っこされながら大通りを歩いていた。

 ……どう言う事なんだろうか?

 夢か?

 いや、夢ならもうちょっとおっぱい大きいお姉ちゃんに抱っこされたい。言いたくないが、アザリアは御世辞にも豊かな体って感じじゃねーし。まあ、数年後にはバインバインになってる可能性もあるし、そこに期待しましょう。


 ………。


 いやいやいや、ちゃうでしょ! そう言う話じゃないでしょ!

 そもそも、これ夢にしては、アザリアの手も体も温かいし。間違いなく現実だろ。

 だとすると……結局、なんで目が覚めたらアザリアと一緒に大通りを散歩中な訳さ?


「あっ、猫にゃん目が覚めた?」

「ミャァ」


 伝わる訳ねーけど、とりあえず一生懸命「どう言う状況じゃい!?」と訊いてみる。


「うん。すぐにご飯あげるからね」


 はいっ伝わらない!! 知ってました! この結果になる事を、喋る前から知ってました!! でもご飯はいただきます! あざースッ!!

 ミャーミャー鳴いていると、お腹が空いていると判断されたのか 


「もうちょっとだから、それまで我慢してね」


 と、首を撫でられる。

 伝わらない事に抗議したいけど……撫でられるのがむっさ気持ち良くて黙る。

 ま、まあ…うん。飯をくれると言うのなら黙って抱っこされて居ようじゃないの。アザリアだったら変な所に(おれ)を連れて行く事もねーだろうし。

 そんじゃ、それまでは、ウトウトしてよう。


 そんな感じで、状況も理解出来ないままアザリアに抱かれて歩く。……まあ、歩いてるのは俺じゃなくてもアザリアだけど。

 5分程歩いて―――毎度お馴染みのユーリさんの店に到着。

 今日の朝飯はここかぁ。と豪華で美味しい食事に期待を膨らませた……のだが、店の扉を開けたら……


「お嬢、おはようございます」「おはよう、お嬢」「アザリア様、今日の体調はいかがですか?」「おや? 剣の勇者の猫も一緒ですか?」「え? 肝心の剣の勇者は?」


 なんか……昨日の夜に引き続き、店が会議室みたいになってんだけど……?

 え? 今日もこの感じなの? 昨日の夜で終わったんちゃうん?

 焦る俺を余所に、アザリアが皆に軽く一礼する。


「皆、おはようございます。少し遅れてすいませんでした」

「遅れたっても、時間通りだぜ?」「バカね。アザリア様にとっては、私達より後に来るのは遅刻も同然って事よ」「ああ……そう言う事ね」


 挨拶が終わると、早速大きなテーブルの上座の席に案内されて、やたら美しい動作でアザリアが椅子に腰かける……俺を抱いたまま。ええ加減放して欲しいんだけど……この空間に居たくねえし。


「町の中を一周りしていたら遅くなりました。でも、お陰で剣の勇者の猫にゃ……ちゃんに会えたので良かったです」


 え? って事は、俺が寝てる間に寝床にアザリアが来て、連れて来られたって事かい? ……それ、誘拐じゃない? 大丈夫? 勇者が誘拐って大丈夫じゃなくない? まあ、俺が誘拐されたところで、届けを出す奴も居ないから大丈夫か、うん。


 ………


 いやいやいやいやいやいや!

 そんな呑気な事言ってるから、こんな所に連れて来られるんでしょうがっ!!

 こんな場所に居られるか! 私は部屋(寝床)に帰らせて貰う!

 若干死亡フラグっぽい事を頭の中で言いながら、アザリアの手からそっと抜け出そうと試みる。

 くっくっく、俺が本気を出せば、女子の手から逃げる事なんぞ余裕の●っちゃんイカよ! (とく)と見るが良い!!


「あっ、猫にゃんご飯もうすぐだから、もう少しだけ我慢してね?」


 はい、脱出延期。無期限延期しまーす。

 え? 飯に釣られてるって? ええ、そうですけど何か? だって俺猫ですし。食欲に勝てる訳もねーですし。

 脱出なんぞ、その気になればいつでも出来る。しかし、ただ飯はその時にしか食えんのだ、うん。

 じゃあ、飯が来るまではノンビリとゴロゴロして待つ事にしようかね? え? 会議の内容? そんな物には欠片も興味ありません。どうぞ勝手にやってて下さい。


「剣の勇者は……あの人の事ですから、猫ちゃんが居ればここまで勝手に迎えに来ると思います。ですから、とりあえず放って置いて話を進めましょう」


 あら、言われるまでもなく俺の事はスルーですかな? 正しい判断ですな。これで心置きなくゴロゴロしてられる。


「魔王が動き出すまで残り2日です。時間はいくらあっても足りません」


 アザリアの言葉に、ユーリさんを始めとした一同が強く頷く。

 昨日は皆の表情の中に見えていた迷いとか恐怖とかが見えない……ような気がする。1晩経って覚悟が固まったって事か? 知らんけど。


「周辺の地図は?」

「ここに」


 机の上に広げられる紙………紙じゃねえな? 布? 皮? あっ、あれか、羊皮紙って奴か。

 書かれているのは、この町を中心として描かれた地図。まあ、地図とは言っても、俺の知っている現代技術の粋を集めて描かれた詳細な物ではない。かなり大雑把な感じで森や山、田とか川、街道を描いてある……なんつーか、「ご近所さんが道を説明する為に描いた」って感じの地図だ。

 皆が地図の広げられた机の周りに集まる。


「昨日の夜、私と隊長格だけで話し合いましたが、魔王と戦うのならば―――」


 アザリアが地図の一点をトントンっと叩く。

 クルガの町から上に少し離れた地点。何も書かれていないって事は、平原か何かかな?


(ここ)より北に約5km、ヴァンベッツ平原です」

「平原での戦いは、コチラに不利ではないか? 普通の魔族共ならともかく、相手は魔王やその側近だ。大規模魔法を連発されたら、それだけで全滅してしまうぞ?」


 話を聞くつもりも、首を突っ込む気も一切なかったが、聞こえてしまう物は仕方無い。

 俺の知っている現代の戦争は、敵と向かい合って殴り合うような真似はまずしない。そんな物をする前に、相手にミサイルを叩き込んで終わらせる。

 勿論、コッチの世界でそんな俺の常識が通じる訳はないのだが……コッチの世界には魔法だの天術だの、ミサイルと張り合えるレベルの火力を叩き出せる力が存在している。

 だから、根本的な形は似たり寄ったりだろう。

 高火力、広範囲の攻撃を如何に効率良く敵軍に叩き込むかの勝負。

 そして今回の戦いには、最高レベルの砲台である魔王と、戦車クラスの取り巻きがゴロゴロしている……と言う感じの話らしい。

 対抗する為には、コッチにも同じレベルの砲台がなければ話にならない―――のだが、そんな物は流石にアザリア達だって分かっているだろう。


「大丈夫です。魔王達が撃って来る大規模術式は私が何とかしますから」

「いや……いくらお嬢でも……魔王の力は、流石に……」


 部屋に微妙な空気が流れる。

 まあ、そりゃぁ、アザリアは魔王が来た時あっさりやられてたしね……。皆不安になるわ。

 しかし、その空気を吹き払うように俺を膝から退()かして椅子から立ち上がると、アザリアはローブの中から極光の杖を抜いて高々と掲げて見せる。


「極光の杖……あれ? 宝石の色が?」


 そう、昨日の夜までは赤く輝いていた宝石が、俺―――と言うか【仮想体】との意地の張り合いの結果白く変色した。そして、それは今も変わって居ない。

 ………なんか、すんませんね……。まあ、アザリア曰くパワーアップしたらしいので、許して下さい……。


「お、お、おじょ、お嬢!? 極光の杖……そ、その色、どうしたんですか!?」

「実は、昨日剣の勇者が、極光の杖にかかっていた枷を外してくれたのです」

「剣の勇者が!?」「あの金ぴか、そんな事まで出来るのか!?」「勇者様……流石です!」「じゃ、じゃあ、それが、極光の杖の本当の姿って事ですか…?」

「ええ。そのお陰で、杖の中に封じられている“究極天術”が使えるようになりました」


 皆の顔が、陽が差したように明るくなる。

 そんなに喜んでくれるのなら、俺のやった事も間違いじゃなかったよね? うん、間違いじゃないよ、うん、本当。だから、これ以上罪悪感は感じ無くてええですよね?


「真なる力を引き出した極光の杖の力があれば、皆を護る事も、魔王を倒す事も可能です。だから、安心して下さい」


 力強く言いながら、極光の杖をローブの中に仕舞って座る。そして、まるで当然のように俺を膝の上に乗せて撫でる。

 昨日メソメソ泣いていたのが嘘のような勇ましい姿に、ちょっとだけ微笑ましい気分になる。娘の学芸会を見守る父のような気分……かしら? まあ、娘どころか子供が居た経験が無いけど。


「話の続きに戻りましょう。敵の遠距離魔法攻撃は私が潰しますから、戦いは白兵戦になります。ただ、それでも相手の能力の高さを考えれば、コチラの方が不利と言わざるを得ません。ですが、皆の力が合わされば、きっとその不利を覆せると私は確信しています」


 皆が頷く。アザリアの言葉の通り「負けない!」と言う確信を持った強い肯定の意思。


「ですが、最悪の展開は常に考えて居なければなりません。もし撤退しなければならないような事態になった場合は―――」


 今度は、先程指で叩いた場所……えーと、ヴァンベッツ? 平原でしたっけ? まあ、ともかく、そこのすぐ隣にある森を指さした。


「“神護の森”と周辺の人達に呼ばれているこの森を通って逃げて下さい。この森は、所謂(いわゆる)“集束場”なのだと思われます」

「集束場……?」

「平たく言うと、目に見えない自然的な様々なエネルギーが集まる場所……と言う事です」


 よく分かんないけど、パワースポット的な扱いで良いのかしら?


「集束場に集まるエネルギーは、どうも神聖属性に近い性質を持っているらしく、魔族はこの場所を嫌います。と言うより……集束場の空気は魔族にとっては猛毒と同じ。ですから、この森に逃げれば魔族は深追いして来ません。ただ―――人間にとっても無害ではありませんから、もしもの時は出来るだけ早く抜けるように心がけて下さいね」


 集束場ねぇ……。

 そこのエネルギーに満ちた空気が毒って訳じゃないけど、有害だってんなら俺の【毒無効】で無効化出来んじゃねーか? だとしたら、俺はその森に留まっても大丈夫って事になるんだが……。

 待てよ? もし、その戦いに俺が引っ張り出されても、その森の中に隠れてれば安全って事じゃねえ? だって、魔族は入って来ないんでしょ? 完全防備じゃない?

 よしッ、ヨシッ!! これで、もう何も怖くない!!



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