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2-21 弱音を吐いて

 魔王との戦いに備えて、夜も更けたと言うのに町は騒がしい。

 例の「魔王対策会議」が終わって、皆がそれぞれに散って行った。

 ……ユーリさんが最後まで俺―――っつか【仮想体】の登場を待っていたが、結局あの場に俺が出す事はなかった。いや、だって、登場したら絶対「魔王を倒して下さい」って言われるじゃん? 俺は魔王と戦う気なんて更々ねーし。むしろ全力で避けて通るし。

 それに、魔王だって知らなかったとは言え全力で殺しに行く攻撃をしてしまったからなぁ……次にエンカウントしたらどうなるかわかったもんじゃねえ。


 町中を武装した鎧姿の方々が油断無く見回って居る姿は、なんか……魔族に支配されて居た頃を思い出して陰鬱した気分になってしまう。

 そんな中を、俺は歩く。

 皆様お忙しくて、道端を歩く猫なんて気にもしない。たまに俺が“勇者モドキ”のペットだと知っている(思っている)人達が優しくしてくれたり餌をくれたりしたり。


 さてさて、俺は何故にこんな夜更けに町を出歩いているでしょうか?

 決まってるでしょう?

 この町から逃げる為だよっ!!!!

 え? この町の人達を見捨てるのかって? そこまで面倒見きれません。だって俺、だたの子猫ですよ? そうじゃなくても、中身はごく普通のサラリーマンだっつうのに……。魔王となんて戦えるわけねーじゃん。

 幸いこの町には本職勇者のアザリアが居るんだから、そっちに頼ってくれって話だよ。……まあ、子供に面倒事押しつけるのは大人として色々思うけども……勇者って大抵そう言う物だし。


 ま、そう言う訳なんで、俺はさっさと逃げさせて頂きます。

 

 街全体が警戒態勢だろうが、こちとら魔族屋敷に侵入した経験もあるんだぜ? 元々猫だから警戒されてないってのもあって、誰にも見られず町から脱出するなんて余裕のよっちゃ●イカよ。

 さらばだクルガの町! そこまで長い時間じゃなかったが、世話になったな!

 見慣れた町の外壁に背を向けて、森の中へと歩き出す。

 どこ行くかなぁ? 魔王が侵攻したって事は、他の町も騒がしくなる可能性があるし、暫くはどこの町にも立ち寄らずに、森の中でひっそり暮らす方が良いのかなぁ? 今の俺なら、前の彷徨っていた時よりずっと森の中で生活するのが楽だろうし。

 そんな事を考えながら森の中に足を踏み入れると―――


「猫にゃん?」


 ビクッとした。

 警戒して居なかった訳ではないが、どちらかと言えば町の方に注意を向けていた為、森の中に誰か居るのに気付けなかった。

 誰なのかは声で分かっている……分かっているからこそ、そちらを見ない訳にはいかない。


「ミィ……」


 渋々……ってか、嫌々声のした方を向く。

 予想通りの人物が、木の幹に背を預けて座りこんで居た。

 赤茶の髪に、少し鋭い目つき。黙って座ってればちゃんと美少女に見える。


 アザリアだ……。


 まさか、出て行く時に1番見つかってはいけない相手に見つかるとは……。何この運の悪さ? 俺の中に「皆を見捨てて逃げる」って後ろめたさが有るせいかしら?


「猫にゃん、探しに来てくれたの?」


 振り向く以上の反応をしない俺を、立ち上がって寄って来たアザリアがヒョイッと抱き上げ、元の場所に戻って再び木の幹に背を預ける。

 ………捕まると逃げれねえんだこの子猫の体は……。

 しゃーない……今日の脱出は諦めるか……。このまま居なくなると、何言われるか分かったもんじゃねーし。

 やれやれだな、と溜息を吐いていると……アザリアにギューっと抱きしめられた。

 何? 何さ? 若干苦しいっつうの。

 とりあえず抗議の声は出しておこう。


「ミャ……!」


 しかし、手の力が一切緩まない。

 もう一抗議に手をペシペシと叩いてみるが……ダメでした。

 何、この(トラップ)にかかった獣状態?

 どうして欲しいんだよ、この子は……。

 俺がどうしようもなくなって、されるがままになっていると……。


「……君のご主人は凄いね…」


 はい?

 俺のご主人って【仮想体】でしょ? 凄いか? 中身空っぽの鎧やぞ? 操ってるのはただの猫だし。

 俺を抱いたまま、ズルズルとその場に崩れ落ちる。


「……私ね、勇者なんですよ。……それなのに……、魔王に手も足も出なくて…皆を護れなくて………」


 頭の上に滴が落ちて来る。


「ミ?」


 雨か? と思ったが違った。

 アザリアの目から、大粒の涙が止め処なく流れて俺の頭の上にポタポタと降って来ていた。


「ミャァ……」


 おいおい、泣くのは無しだぜお嬢さん……!

 子供と女の涙に男は敵わない―――そのダブルパンチなら、もう抵抗のしようもない。とは言っても、慰め方なんて分からない。

 この年頃の女の子は難しいし、そもそも俺は女性の扱いも、子供の扱いも知らん。

 ここは、あれだな? さては、この愛らしい子猫の姿を全力で使うタイミングだな?

 よかろう……この体の全力を見せる時が終にきてしまったようだな!


「ミャフッ」


 全力のキラッキラした愛らしい顔で繰り出すウィンク!!

 どうよっ、可愛かろう! さあ、俺を思うさまモフモフするが良い! 今日だけは、どれだけモフられようとも許す!!

 アザリアは無言のまま俺を自分の顔に押し当てる。そして、また「ヒック、ヒック」と泣き始める。

 ……え? もしかして効かなかった? って言うか、それ以前にスルーされてね? 俺の稀に見せる全力の姿スルーされてね? 羞恥心を捨てて頑張った俺の勇士を華麗にスルーしてないこの子?

 いや、別に良いですけどね? 気にしてねえから、本当に。……いや、別に泣いてないから、本当に泣いてねえし…。


「………こんなんじゃ、御爺様にも顔向けできません……」


 大丈夫だって、きっと爺様も応援してくれてるって。まあ、俺、その人知らんけど。

 アザリアの涙が全然止まって居ないのか、顔を押し付けている俺のお腹らへんから濡れた感触が伝わって来る。

 ……毛が濡れた不快感はこの際置いておくとして、この子本当にどうすりゃ良いのかしら?

 流石にこのままはマズイよね?

 後数日で魔王との決戦が迫ってるっつうのに、肝心要(かんじんかなめ)の勇者がこれじゃ勝てるもんも勝てねえだろう……。いや、まあ、俺はそれに参加する気ゼロだけどもさ。だからと言って、「負けて全員滅べばいい」と思ってる訳じゃない。出来る事なら、勝って全員無事に助かって欲しいし。


「………こんなんじゃ、ダメですね……」


 そうそう、頑張ってくれよ本職勇者。


「……皆が……いっぱい………期待、して…………」


 言葉が切れて、また嗚咽だけがその場に残る。

 俺のお腹の濡れた感触がじんわりと広がって行くのを感じる。

 どうやら、俺はこの子を誤解していたらしい。

 俺はこの子を、周りの事なんて気にせず完璧を目指して突っ走る系の子なのかと思って居た。

 けど、違う―――。

 多分だけど、この子は俺と同じだ。だから、今、何をそんなに怖がっているのかは分かる。


――― この子は、“勇者”に向けられる期待を怖がっている。


 人に期待される事が怖いんじゃない。

 期待をされて、それに(こた)えられなかった時に失望されるのが怖いんだ。

 ………俺だって、人間として20年以上生きて来た時間の中で、“それ”を怖がったことは何度もある。

 何度も何度も、勝手に期待されて、勝手に失望されて……いつも痛い思いをする。


――― 俺に、始めから期待するな!

 

 そんな風に思い始めたのはいつからだったかな……? 大学に入った時には、もうすでにそんな感じだった気がする。

 ………ああ、いや、違うな。この子を俺と一緒にしたら失礼だ。俺はもう始めから諦めている。だけど、この子は何とか期待に応えようと頑張って、頑張って…自分に無理を強いている。


 今更気付く。

 今この子が泣いているのは、多分俺―――っつか、勇者モドキのせいだ。

 ただ魔王にやられたってだけなら、ここまで落ち込んだりしなかっただろう。それを同じ勇者(実際は同じじゃない)の俺が魔王を追い払ってしまったから、周りから「コイツは大丈夫なのか?」と思われてるんじゃないかと不安になっちまったんだろう。


「ミャゥ…」


 ゴメンな?

 子猫の丸い手でアザリアの頭をポフポフッと叩く。

 あの場で俺が魔王を追い払ったのは……まあ、多分間違いじゃない。俺個人の状況としては……ってのは置いといて、だが。

 そうじゃなきゃ、アザリアも住民達もどうなってたか分かんなかったからな。

 でも―――もう少しアザリアを見てやるべきだった。

 天術が使えようと、神器を持っていようと、戦いを何度経験していようと、この子が子供な事は変わらない。

 勇者だから……と割り切るには、ちょっと幼すぎたな?

 俺自身、「周りにちゃんとした大人が居るんだから大丈夫だろう」と高を括っていた部分もあるのは否定できない。

 だが、アザリアは勇者だ。

 多分コイツの性格上、周りに愚痴を言う事も出来てないんじゃないだろうか? けど、同じ勇者である俺にならば、少しは心に溜まった物を吐き出して楽になれていたかもしれない。



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見捨てんのか面倒見んのかハッキリしろよ
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