2-20 決戦に向けて
「ミャァ~ァ……」
寝床で目を覚ますと、いい感じに陽が落ちていた。
………いや、いい感じに陽が落ちたってどんな状況だよ。ただ夜になってるだけじゃん。
寝起きの自分の思考にツッコミを入れつつ立ち上がる。
うーん、よく寝た!
寝る子は育つと言いますが、この子猫の体は一切成長せんな本当に。もしかして、この小ささでもう大人とかってオチじゃねーよな………?
一瞬浮かんだ恐ろしい予想を頭を振って散らす。
まあ、体の成長は良く食って、良く寝て気長に待ちましょう。
さて、変な時間に起きてしまったが……まあ、猫の体だと夜に動き回るのもいつもの事だ。
好きな時間に寝て食べる生活。こんな不規則な生活、人間だったらしんどく思うのかもしれないが、この猫の体はどう言う訳か苦しさや辛さが欠片も無い。
トテトテと足音も無く路地裏から出る。
大通りには火が焚かれ、剣や槍で武装した人間があっちこっちでバタバタと駆け回って居た。
「ミャ……」
騒がしいねえ……。
まあ、でも、仕方無いかもね? 昼間に敵の大ボスである魔王が、いきなり1人でカチコミかけて来たってんだから。
その魔王は、俺が蹴りをかまして追い返した訳だが―――
……………やってしまったなぁ……。
後悔が後から後から体の奥から湧きだして来る。
寝たら気分も変わるんじゃないかと、あの後さっさと寝床に帰って寝たのだが……ダメだ、全然立ち直れねえ。
相手が魔王だと知らなかったとは言え、全力で顔面をボレーシュートしてしまったからなぁ……。絶対怒ってるよね、あの半分蜥蜴の魔王様は。
大体さぁ、アッチが悪くない? だって始めに「魔王です」って名乗っといてくれれば、コッチだって喧嘩売ったりしなかったっつーの。初対面の人間(?)に名刺渡して名乗るのなんて常識でしょうが! なんなのあの魔王は、常識がなってねえよ!!
え? 俺はどうなんだって? 俺は良いんだよ。猫だもん。喋れねえし、名刺も持ってねえもん。
どうすっかなぁ……。
やっぱ土下座か。一所懸命土下座して許して貰うしかねえな、うん。
若干後ろ向きな決意を固めてしまったが……まあ、しょうがねえよ。だって相手魔王だし。絶対戦いたくねえし。そう言う事は、本業の勇者様にお任せして、偽物の俺は妖怪“食っちゃ寝”に変身する事にする。
とは言え―――それは俺個人の話で、町の人間達には笑ってられない状況だ。
なんてったって、3日後には魔王がこの町を滅ぼしにやってくるってんだから、そりゃあ上へ下への大騒ぎでしょうよ。
町中が騒がしいのも、多分魔王との戦いに備えて―――とか、魔王が来る前に逃げよう―――とか、まあ、そんな感じの奴だろう。
俺はそんな騒ぎには流されず、ただ飯を求めてユーリさんの店に来た。
この騒ぎで営業してないかと思ったけど、ちゃんと店が開いていてとっても嬉しい。店主の商人魂に心の中で拍手を送りながら、半開きになっていたドアの隙間から店に入る。
ちわー、ただ飯食いに来ましたー。
「ミィ~」
ユーリさんの明るい挨拶で迎えられる……と思ったのだが……。
「あっ、猫にゃ……ちゃん」
何故かアザリアが居た。
……いかん。今この子と一緒に居ると面倒な展開になる気がする。俺の危険センサー的な何かが「早よ逃げんしゃい」と言っている……気がする、多分。
よし、見なかった事にしよう。
何事もなかったように外に出ようとしたら、いつの間にか近付いて来ていたユーリさんに抱きあげられた。
「猫ちゃんいらっしゃい。また勇者様と待ち合わせ?」
子猫の体ってさぁ、何がヤバいって抱き上げられると逃げらんねえんだよなぁ……。ジタバタすれば逃げられるのかもしれんけど……なんつーか、みっともなくない? だって、一応俺元大人の男ですよ?
まあ、どうしようもなくなったら普通にやりますけど……。
「剣の勇者が来てくれるのなら丁度良いですね」
アザリアの発言に、何が「丁度良いんや」と思ったが……あらためて店内を見回して見ると、厳つい顔がいっぱい居た。黒ローブの方達と、それに木こりのグリントさんを始めとした、この町で元々魔族へ反抗していた人達が顔を揃えている。
人が多過ぎて椅子が足りず、半分以上は立っている。
なんだろう? 今更ながら気付いたんだけど、もしかしてコレ、店を営業してる訳じゃなくて、“お偉いさん”が会議してるだけじゃない? 俺場違いじゃない? さっさと出て別の所に飯探しに行きたいんだけど……。
「それで、あちらの様子はどうでした?」
アザリアに訊かれ、目つきの鋭い頬に傷のある男が答える。
「北に15kmの辺りで野営してる。数はおよそ500ってところかな? ただ、どいつもこいつも魔力量が尋常じゃない、多分全員上級魔族か名前持ちだな」
悲鳴と溜息の入り混じる声が店中であがる。
え? 何? 何の話?
そんな事より、俺を抱いているユーリさんが撫でる手がむっさ気持ち良いんだけど。猫を撫でるコツでも掴んだのかこの人? もう何もかも忘れて身を任せる。
はぁ~、もうこりゃいかんわ。人を……いやいや、猫をダメにする奴だわ。
「各地に散って居る皆は?」
「そっちは大丈夫だ、明日には集まり始める。元々魔王と戦う為に召集しておいたのが幸いしたな」
「そうですね。これで、まともに魔王軍と真正面から戦う事が出来ます」
「とは言え、コッチの戦力はどんなに頑張っても800……数で上回ってたって、相手が上級魔族や名前持ち……ましてや魔王じゃ勝ち目ねえぞお嬢?」
「分かってます。足りない戦力は、各自の努力と―――私達勇者の力で何とかしましょう」
……あのぉ~、もしかしなくてもコレって、魔王とどう戦うかって会議だったりするのかしら?
だとすると、さっきの500って数は敵の数かしら? 多くない? なんか多くない?
もしかしてパート2なんですけどぉ……蜥蜴魔王の言ってた3日後に云々カンヌンって、あれですか? 大侵攻的な事をするぞって事ですかな? この町ごと踏み潰すぞ的な事ですかな?
…………や、ヤベェ…!? 早くこの町から脱出しなくては……!! どこか遠くの町に逃げなくては……!
ユーリさんの手の中でアワアワする。
「どうしたの猫ちゃん?」
「魔王と戦う私達の事を応援してくれてるんですよ」
違いますけど!? 頑張ってほしいのは確かですけど、俺自身は関わり合いになりたくないんですぅ!!
俺が若干諦めて動きを止めると、ユーリさんの表情が少し固くなり、俺を抱く手が若干熱くなる。
「杖の勇者様!」
「はい、なんですか?」
「私も一緒に戦わせて下さい!」
「………言わずとも分かっていると思いますが、魔王との戦いです。無事で済む保証はありません。……いえ、命を落とす可能性が高いでしょう」
「分かっています。でも―――それでも、勇者様と一緒に戦いたいんです!」
ユーリさん凄い覚悟だな……。コッチはどうやって逃げるか考えてるっつーのに。
とは言え、アザリアも「じゃあ一緒に戦いましょう」とは言わない。相手が相手だからねえ。
このまま拒否される流れかと思って居たら、黙って話を聞いていた強面、筋肉の木こりのグリントさんが口を開く。
「ユーリは、私達の中ではかなり天術の扱いに優れています。少々思い切りが良過ぎるところが有りますが、闘争心も覚悟も信用して下さって大丈夫だと私が保証します」
兄の様に、父の様に、皆を見守り、この町の解放を目指して活動していた“リベリオンズ”とか言う組織の長をしていたグリントさんの言葉。
何より、その真摯な語り口調は人の心に訴えかける力があった。
だからか、アザリアの仲間達も擁護に回った。
「お嬢、今は戦力になる人間が1人でも欲しいですし……」「天術が得意ってんなら、そこまで前に出て危険な事にならないだろうしさ」「私としては、アザリア様の同年代の同性の方が居てくれると少しは安心出来るのですが」「覚悟を決めてる人間に“危ないからダメ”なんてのは、侮辱だぜお嬢?」
仲間達の言葉を聞き、アザリアが1度溜息に似た深い息を吐く。
「分かりました。では、一緒に戦いましょう」
「はい!」
ついでにグリントさん達も「私達も一緒に戦わせて貰います」と宣言していた。
どうやら、皆逃げる気なんてまったく無く、攻めて来る魔王の軍と真っ向から殴り合うつもりらしい。
一方俺は、この町から逃げる算段を考えていた。




