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1-3 異世界は危険がいっぱい

 どうも、おはようございます皆様、猫です。

 はい、まごう事無き猫です。

 猫、なん、です!! 信じたくねえけどッ!!

 本っ当っに信じたくないけど、今の俺は猫なんですよぉおお!!

 ………はい、すいません。現実を受け止められずに取り乱しました……。


「ミィ…」


 我ながらなんて愛らしい泣き声…いや、鳴き声なんでしょう。

 さて、嘆きの時間は終わりにしようか。


「ミャァ」


 グッと体を伸ばして、慣れない4足歩行で土の上を歩き始める。



 猫の姿で異世界(?)に放り出されて2時間程経った。

 現在地、森。

 歩けども歩けども景色は変わらず、木々と苔の生えた地面が続く。

 どこを目指して歩いているのかは自分でも分からない…っつうか、現状どこに居るのかも分からない。ここが本当に異世界なら、俺に場所が判る訳も無い。


「ミ……ィ…」


 足痛い……そして腹減ったし、喉乾いた…。

 元々運動不足の営業マンだったってのは関係無いだろうけど…こんなに疲れる物なの、猫の体って?

 人間だったら気にもならない草だって、猫の目線の高さだと視界を覆って鬱陶しいのなんの…。

 2時間歩き続けただけで、今にもブッ倒れそうなくらい疲れてるんだけど…?

 足場の悪い森って事や、体が子猫って事を差し引いても、体力無さ過ぎじゃないっスか? こんな調子で生きていける自信ないんですけど…!? 猫の業界は実力(パワー)だけが物を言う修羅の国だって聞くし、俺絶対どっかで死ぬわ…。っつか、開始2時間で既に死にそうですし。

 その時、目の前を茶色い何かが横切った。

 兎だった。

 どこからどー見ても兎。誰が見ても間違いなく兎。

 長い耳も、丸い尻尾も、スンスン鼻をひくつかせる動作も、元の世界で見慣れた兎のそれだった。

 ………ここ、本当に異世界なん? (てい)よく騙されてるだけな気がして来たわ…。

 まあ、ここが異世界かどうかはこの際横に置いて、だ……。(わたくし)、とってもお腹が空いてますの。

 はい、もう、あれですね。

 兎が肉にしか見えねぇぜ!!

 元の生活を考えれば、明らかに動いている動物を食物として見るなんて異常事態なのだが、猫になったせいで肉食動物の狩猟本能と生存本能に火がついた―――のかもしれない。

 動物の命を奪う行為に対しての忌避感はあるが……まあ、ともかく、どうにかして食べ物は確保しなければ餓死してしまうし、本能の(おもむ)くまま狩らせて貰うか。いや、もう、本当に腹減って倒れそうだし。

 ぶっちゃけ兎狩った後に、「生肉食うの?」とか思うところはあるが、それはまあ、狩った後に考えよう。

 では、可愛い兎さんには覚悟をしていただこう。

 兎は警戒心が強い、その上逃げ足が早い。まあ、「脱兎の如く」なんて言葉があるくらいですし。

 ぬき足、さし足、猫の足…っと。

 ありがちな展開として、枝を踏んで気付かれるなんて事がないように気を付けながら、忍者のように静かに、かつ俊敏にその小さい背中を追う。……いや、小さい背中って、俺の方が多分小さいんだけどもね…。

 あと3m…。

 2m…。

 1m…!

 GOッ!


「ミイイィィィィ!!」


 我ながら命を取る時の咆哮とは思えない可愛らしい鳴き声だった。

 だが、そんなものは関係ない! 

 弱肉強食こそが自然の摂理! 可愛いとか可愛くないとか関係ないのだ!!

 兎が反応するより早く、助走から一気に飛び上がって襲いかかる。

 イメージは血に飢えた狼だ!

 手が届く―――と思った瞬間に、兎がヒョイッとジャンプして避けた。

 そして頭から地面に転がる猫の俺。


「ぅミャァッ!」


 頭いったぁあああ!!?

 マンガみたいに顔でスケートしたぞ今!? 顔と頭の毛ちょっと溶けてねえだろうな!?

 丸っこい手で頭の辺りを撫でてみるが、少し土と苔が付いていただけで傷はなかった。

 ……良かった…。ただでさえ脆弱な子猫の体が傷を負ったら笑えない。

 そして、少し離れた所から嘲笑うように見ている兎がクッソ腹立つ!! あの野郎、俺に気付かなかったんじゃなくて、逃げる必要がないから逃げなかったってか!? 上等じゃあ兎さんゴルァ! 人類―――じゃない、猫舐めんなや!!

 なけなしの体力を振り絞って地面を蹴る。

 2時間歩き続けたお陰で四足歩行のコツは掴んだ。全力ダッシュするのは初めてだが、まあ、やれるだろう!

 怒りに任せて兎の姿を追う。

 しかし、兎も今度は近付けさせる気はないらしく、すぐさま反転して逃げ出した。


 逃がさん、お前だけは…!!


 どっかの七英雄の最終形態が吐きそうな言葉を心の中で言いながら走る。

 猫の闘争本能に火がついた。見かけは子猫だが、心は虎の如く…! とか、心の中で闘志を燃やして獣の気分になっていたのだが……一向に追い付けない。ってか、走れば走る程距離が開く。

 アカン…! 完全にスピード負けしてますやん!?

 元々肉体スペックで負けてる上に、森の中の足場の悪さへの慣れの差も有るって事か…あ、あ、もう無理…走れません。

 ゼェゼェと息を吐きながら止まる。猫の体も人間と同じ疲れ方だな……当たり前か…。

 いや、これ、あきまへんやん?

 兎に舐められるって相当ダメですやん? 相手が猛獣とか、魔王とか、歴戦の戦士とか…なら、まあ納得出来なくもない…。

 兎て!?

 ただの小動物ですけども!? それに舐められるって、ヤバくない!? 俺の能力ヤバくないッ!?

 まともに生活出来る気がしねぇ…!?

 何が野生の血が目覚めるじゃボケぇッ!! こちとらただの新卒採用の営業マンじゃゴルァ!! そんなもん目覚めても1円にもなりゃしねーんだよコンチキショウ!!

 いや、いやいやいや、おちけつ…いや、落ち付け。

 ダメだコレ、狩りやらで野生に帰って生きて行こうかともチラッと思ったが、これ無理だわ。そもそも狩りとか無理だったわ。いや、だって、うん、俺普通の一般人だし。森の狩人的な人達だったら、人間の頭脳の力で罠を張ったりとか出来るかもしれんが、俺一般人ですし、ええ、本当に、どうしようもねえよ。

 猫の体って、思ってる以上にスペック低い…。

 成長すればまた違うんだろうが、体が大きくなるまで生き抜ける自信が欠片も湧いてこない。

 これからの事を悩んで居ると、不意に毛が逆立つ。


 全身の筋肉が硬直する程の悪寒―――。


 今まで生きて来た人生の中で、1度も感じた事のない感覚。

 胃の中身どころか、内臓ごと吐きそうになる。

 動けない。

 地面に触れる足が震えて動かない。

 ゆっくりと嫌な感じのする方向に目を向ける。極力体を動かさないように、ゆっくり、ゆっくり。虫の羽音のような物音さえ恐ろしく感じる。

 もし音をたてたら、その瞬間に恐ろしい何かが襲いかかって来るような気がして…。


 視線の先―――さっきの兎が逃げて行った方向に“それ”が居た。


 それ…と言ったのは混乱して名称が出なかったからではない。

 俺は、今視界の中に居る物の名前を知らない。それどころか、見た事もなければ聞いた事もない。

 俺の常識の枠内では、カテゴライズ不能の“それ”は―――異形。

 大型犬程の黒い毛に覆われた体。しかし、地面を掴む4本の足は、まるで人間の手のように指がある。

 そして何より首が長い―――ろくろ首のように。

 長い首の先にあるのはガマ口財布のような平べったい巨大な口。しかし、他の目や耳や鼻に当たる体の器官がどこにも見当たらない。

 いや、それはどうでも良い! 問題なのは、その巨大な口にさっき俺を嘲笑うように逃げて行った兎が咥えられている事だ。

 突き立てられた牙。トマトジュースのように溢れ出る兎の血を、異形は美味しそうに飲んで居る。

 な……んだ、アレ……?

 そして思い出す。

 ここは今まで俺の居た世界じゃない。


 ここは―――異世界なんだ…!

 

 異世界と言えば、お決まりの存在。

 つまり、あの異形は……魔物かよ!?

 怖い。

 絶対的な強者に対しての恐怖。そして、それ以上に―――得体の知れない物に対する恐怖。

 ヤバい…俺もあの兎と一緒に殺される…!

 幸い、まだ俺に気付いた様子はない…。

 戦うなんて選択肢は始めからない。

 逃げなければ…隠れなければ……このままここに突っ立って居たら、間違いなく兎と一緒に血をチューチュー吸われて死ぬ。

 警戒を最大にしたまま、震える足を動かす。

 音をたてるな。

 気配を悟らせるな。

 気付かれるな。

 必死に体の震えを止めるように努める。

 一歩…一歩…焦るな。だが、急げ! 1秒でも早く野郎から隠れなければ…!

 俺が木の陰に隠れるのとほぼ同時に、兎を咥えていた口がコチラを見る。いや、何処に目が有るのか分からないけども、何かしら気配的な物とかを感じたのかジッとコチラを見ている。

 太い根っ子の間で体を小さく丸めながら心の中で必死に祈る。


 気付くな! 気付かないでくれっ!! このまま立ち去って下さい!!


 死に物狂いの祈りが通じたのか、首長の異形はただの肉塊となった兎を咥えたままノシノシと重い足音をたてながら森の奥へと去って行った。

 脅威が去るや否や、体の震えが止まらなくなる。

 法治国家で、世界で最も安全で平和な国で、平凡に育った俺には味わう事の無かった―――味わう必要のなかった物。

 死の恐怖。

 病気で死ぬとか、寿命で死ぬとか、そう言う物とは決定的に違う。

 他者に命を奪われると言う恐怖。

 10分以上震えが止まらずに、木の陰から動く事が出来なかった。



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