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2-18 杖の勇者は絶望する

「これが、お前が『負けない』とほざいた勇者と人間の結末だ」


 魔王の言葉が、アザリアの心を揺らす。

 目の前で、絶望の目で自分に剣を振り上げる男が、心を引き裂く。


――― これが、勇者として生きて来た結末……?


 目の前が真っ暗になる。

 心が冷えて行くのが分かる。


――― 絶望するって、こう言う事なのか……。


 他人事(ひとごと)のように思う。

 「全部終わった」とアザリアの心の中までもが黒く塗り潰されていく。数秒後に訪れる自分の最後を、何も見えない闇の中で待つ。

 だが―――違った。

 まだ、何も、終わって居ない―――…。


 爆発音。


 同時に、ビリビリと大地が振動する。


――― 何?


 瞬間―――暗闇が砕け散った。

 ガラスが砕けるように、視界を埋め尽くしていた黒にひびが入ってパラパラと落ちる。

 暗闇の砕けた先には、変わらぬ広場の景色―――ではなかった。

 アザリアに向かって剣を振り上げていた男が居ない。いや、それどころか、誰も立って居ない。アザリアの仲間も、住人も、全員地面に伏したままだ。

 それに、屋敷の塀の上に座って居た筈の魔王アドレアスも居ない。


「……え?」


 何がどうなって居るのか理解出来ない。

 気付くと、体を地面に縛り付けていた魔法も解除されていた。


「いったい…何が……?」


 先程まで自分が見ていた物はなんだったのか?

 “幻術”と言う言葉が頭を掠める。

 今まで見ていた物を幻だとするならば、納得はいく。だが、ならば、どこから(・・・・)が幻なのか?

 町に入ってからの事を頭の中でリピートしても、現実と幻の境界線が何処に在ったのかがまったく分からない。

 アルバが魔王に尻尾で殴られたのは現実か?

 アザリアの【光子(フォトン)】が防がれたのは幻か?

 理解しようとしても、頭が追い付かない。

 混乱したまま動く事の出来ないアザリアに、仲間達が寄って来る。


「お嬢!!」「アザリア様、ご無事ですか!?」「良かったぁ! お嬢が魔王に腹ぶち抜かれた時は、もう全部終わったと思っちまったぜ!」「本当よ!」「お、お嬢、お腹の傷は大丈夫なんですか!?」


 皆が何を言っているのか分からない。

 どうやら、皆は“アザリアが殺される”幻を見ていたらしい……と言う事を遅まきながら理解する。

 周りに無事な事を喜ばれていると、住人達の中で声があがる。


「あっ!?」「あそこ!?」「……黄金の勇者様…!?」


 住人達の視線を追うと、町を囲む外壁の一部が崩れてモクモクと煙をあげていた。そして、外壁の上には魔王アドレアス―――そして、魔王に剣を向けている黄金の鎧。


「剣の勇者―――!」


 その姿を見て、今の状況をボンヤリと理解する。

 アザリア達は魔王に幻術をかけられて、心を折られそうになっていた。

 そこに剣の勇者が戻って来て、魔王アドレアスと戦闘。剣の勇者との戦いに魔王が集中し、アザリア達への注意が逸れた為に幻術と、拘束に使って居た魔法が解けた……と言ったところだろう。


(また……剣の勇者に救われてしまいました……)


 剣の勇者との戦闘を始めた事で幻術と魔法が解けたのならば、その両方共魔王の力であった事は間違いない。

 であれば、疑問が浮かぶ。

 当然のように、剣の勇者にもアザリア達同様に幻術がかけられた筈だ。だが、剣の勇者は普通に魔王と向かって居る。

 つまり―――剣の勇者は自力で魔王の幻術を回避した……と言う事だ。アザリア達とは違って。

 森でのブルーサーペントの時もそうだ。

 剣の勇者は誰よりも早く、見えないブルーサーペントに気付いたようだったし、その見えない攻撃にもただ1人反応して皆を守ってくれた。


(身体能力だけでなく、第六感(シックスセンス)が優れている……それも、とてつもなく…!)


 改めて剣の勇者のスペックの高さに驚く。……同時に、同じ勇者としての差に悔しさも浮かんでくる。

 そんな思考をしている間に、剣の勇者と魔王アドレアスがぶつかる。

 剣の勇者が飛び込むと同時に剣を振り、それを魔王が軽々と受ける。


――― 超速で繰り広げられる攻防


 離れた場所から見ているのに、それでも視線で2人の動きを目で追う事が出来ない。

 だが、どうやら剣の勇者の力を持ってしても、魔王にはダメージを与えられて居ない……と言う事は理解出来た。


「お嬢……剣の勇者、まずくないですか?」

「ええ。戦況は、あまり良くない…ですね」


 そして、感じていた良くない予感が大当たりし―――魔王の尻尾でぶん殴られたらしい(見えなかったが…)剣の勇者が吹っ飛ばされて外壁から落ちて来る。


「あっ!?」「危ない!?」「マズイ!?」


 助けに行こうと何人かが動き出すが、落下速度が速過ぎて間に合わない。天術を唱えようとしていた者達も、やはり詠唱が間に合わない。

 結果、誰の助けもなく剣の勇者がゴガンッと盛大な音をたてて家屋の屋根に落下し、勢いがそれでは死なずに大通りに転がり落ちて来る。


「剣の勇者!!」


 アザリアは思わず叫んでしまった。

 叫んだところで何かが変わる訳ではない。それでも叫ばずにはいられなかった。

 倒れた黄金の鎧が、魔王の尻尾の一撃で沈んだアルバの姿に重なる。

 即座に治癒魔法を飛ばそうとしたが―――


「【速度強化術式(スピードスペル)】!」


 魔王が剣の勇者を追って外壁から飛び降り、加速魔法を唱えていた。

 剣の勇者も辛うじて立ち上がるが、魔王の1撃を受けた上に、高所からの落下でダメージを受けていない訳が無い。確かに剣の勇者の鎧は相当な物だろうが、それだって絶対ではない。

 アザリアの治癒魔法が完成するより早く2人の距離が詰まる。


(間に合わない!!)


 旭日の剣が振られるが、魔王はそれを容易く避けて剣の勇者を殴る。

 凄まじい打撃音と共に体が仰け反る。

 魔王が剣の勇者に何か言うが、距離があって声が聞こえない。

 そして―――魔王の尻尾が剣の勇者の足に巻き付き、その鎧に包まれた体を軽々と振り上げる。


「あッ!?」


 成す術もなく黄金の鎧が地面に叩きつけられる。

 慈悲も何も無い。

 ただただ機械的に勇者の体を地面に叩き付ける。何度も、何度も、何度も何度も。


「きゃぁああああ!」「勇者様ぁ!!」「やめてぇえッ!!」「勇者様を放せッ!」


 住民達が悲鳴をあげる。

 だが、それで止まってくれるような相手ではない。

 今勇者を痛めつけているのは、世界を支配する13人の魔王のうちの1人なのだから―――。

 何とか捕らえられている勇者を助けようとするが……隙が無い。

 治癒や強化の天術を飛ばそうにも、それを妨げるように射線に自分の体を割りこませて来る。

 攻撃の天術に切り替えようとすれば、今度は逆に勇者の体を盾にするように位置取りを変える。

 明らかに、アザリア達を牽制する動きだった。視線を向ける事もないと言うのに、アザリアや住人達の動きを全て見えている―――。だが、警戒している訳じゃない。あくまで剣の勇者との戦いを邪魔されたくないだけだ。


(何も、出来ないなんて………!)


 魔王と戦うどころか、戦いの支援をする事すら出来ない。

 アザリアの心はもう折れる寸前だった。

 魔王とのエンカウントからの自分は、あまりにも無能過ぎる……と。剣の勇者と比べても勇者として未熟なのは分かって居た。それでも、ここまで何も出来ない人間だったとは流石に予想していなかった。

 その時、一際強く剣の勇者が地面に叩きつけられる。

 「あッ」と一言を口にする間もなく―――魔王の腕が黒い魔力光に包まれる。

 そして―――再びアザリア達を襲う重力場。

 立ち上がって居た者も、座りこんで居た者も、皆平等に再び地面へと縛りつけられる。

 当然―――重力の鎖は、魔王の足元に居る剣の勇者も捕らえる。

 この手の魔法は発動者に近い程効果が大きい。剣の勇者が受けている力は、アザリア達とは比べ物にならないだろう。

 魔王が笑う。


(ダメ…!! 剣の勇者が、殺される……!!)


 魔王がとどめの攻撃を放とうと動く。

 しかし―――それよりも早く、剣の勇者が消えた。


「!?」「え?」「なッ!?」「なん…だ?」


 消えた。

 黄金の鎧が、跡形も無くその場から消えた。

 次の瞬間―――魔王の頭上に、消えた筈の金色の鎧が現れる。

 何が起こったのか分からない。だが、自然と頭の中を1つの言葉が過ぎる。


(転移、術式…?)


 人間が使えない空間を飛び越える力。

 一部の魔王が振るうと言われているが、勿論そんな希少な能力を見た事はアザリアにも、仲間達にもない。

 そんな力を、剣の勇者は持っている。

 驚きと同時に湧く羨望の心。そして、それ以上の―――尊敬。


――― 唯一魔王と対等の勇者の力。


 アザリアが……いや、全ての勇者の資格を持つ者が目指すべき高み。今、それを目にして居るのだと、アザリアの直感が告げていた。


 黄金の足が、魔王の顔を蹴る。

 ゴガンッと離れていても聞こえる大きな打撃音。

 同時に、魔王の口と鼻から噴き出す赤い血―――…。


(あの魔王に、ダメージを与えた!?)


 魔王の手が纏って居た黒い魔力光が消え、アザリア達を地面に縛って居た重力場が消える。


(追い打ちを―――!)


 即座にアザリアを始めとした何人かが天術を唱え始める。

 だが―――魔王の動きが凄まじく早い。

 バックステップで剣の勇者から離れようとする。


 逃げられる!


 全員がそう思った。

 いや、唯一剣の勇者だけが違った。

 魔王に向けた黄金の籠手に包まれた手。その手から放たれる黒い魔力光。

 魔王が一瞬顔を(しか)めて、地面に手と膝を突く。


「………うそ…!?」


 魔法だった。

 誰がどう見ても天術ではない。

 先程アザリア達を拘束していた重力場の魔法を、剣の勇者が魔王に向かって使って居る。

 人間は魔法を使えない。そんな事は常識。

 つまり―――剣の勇者は人間ではない。

 魔王に出会ってから何度目か分からない驚愕。仲間達も同じようで、皆が唖然とした顔で詠唱を中断してしまって居た。

 だが―――魔王はそれでは止まらなかった。

 一言二言剣の勇者に何か言った後、魔王が魔法を放つ。


 バキンッと鉄が割れる音。


 魔王を抑えていた重力場が消え、同時に弾かれたように動き出す。

 それを―――剣の勇者が追う。

 動きのキレが失われていない。先程、あれだけ魔王に痛めつけられたと言うのに、勇者の動きが一切鈍っていない。

 ただ肉体能力が高いと言うだけの話ではない。

 凄まじい集中と精神力の成せる(わざ)


 しかし、それでも勇者の攻撃はギリギリ魔王の首には届かず、蜥蜴のような左腕を浅く斬る事しか出来なかった。

 即座に魔王が浮遊魔法で空に逃げる。

 そして、町中に響く声で言う。


「剣の勇者、貴様を殺す為には相応の舞台が必要らしい。この勝負、3日後まで預けて置くぞ! 覚えておけ。3日後、必ず貴様は私―――魔王アドレアスに敗北し、絶望し、そして死ぬ事になる、とな!」


 魔王アドレアスが遠い空に飛び去る。

 剣の勇者は追わなかった。

 アザリア達も追わなかった……いや、追えなかった。あんな速度を追える力は、誰も持って居ないから。

 結局―――魔王の目には剣の勇者しか映って居なかった。

 アザリアは……杖の勇者は完全に眼中になく、「煩わしい虫」程度の存在としてしか見られて居なかった。


 それは、あまりにも明確で、残酷な―――敗北だった。


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