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2-14 魔王アドレアス

 魔王の登場は唐突であった。

 アザリア達も、クルガの町に来た時点で魔王との戦いは避けられないと覚悟は決めていた。

 どこかで魔王と出会う(エンカウント)する為の心構えもあった。

 だが―――それでも、体の自由が利かない。

 出会ったタイミングの問題では無い。問題なのは……魔王アドレアスが、予想の遥か上を行く化物だった事だ。

 目の前に立っただけで分かる。


 今までに感じた事の無い、寒気がする程の圧倒的な力と魔力―――。


 もし戦えば、死以外の結末が見えない……。その場に居た全員にそう思わせるだけの(オーラ)を魔王は纏って居た。

 魔王アドレアスは決して大きくない。

 身長は恐らく170cm前後。身長だけで言えば、それ以上の者はアザリアの仲間にもたくさん居る。


 だが―――威圧感が違う。


 まるで、山を人のサイズに圧縮したかのような強大で、膨大で、巨大な気配。

 その魔王が、口を開く。


「さて、では話し始めたいのだが……この町の人間共を待たせている故、広場まで移動しようか?」


 漆黒のマントを(ひるがえ)し、魔王が1人で歩き始める。

 あまりにも無防備な背中。

 仮にも、神器を持つ勇者であるアザリアが居ると言うのに、まったくそれを警戒する素振りがない。

 いや、実際に魔王は警戒して居なかった。

 アザリア達を「警戒するに値しない」と判断したからだ。

 その無防備な背中が、それを雄弁に語って居た。

 アザリアは必死に我慢する。

 魔王の背中に向かって、自分の持ち得る最強の天術を叩き込んでやりたい衝動を必死に我慢する。

 自分を舐められるのは良い。アザリア自身も、自分が未熟で、まだまだ力の足りない勇者だと言う事を自覚しているから。

 だが、仲間を馬鹿にされるのは許せない。

 ずっと自分を支えてくれた、仲間であり、家族の皆を。

 血が滲む程拳を握ってアザリアは何とか耐えた。

 だが―――隣に居たアルバは耐えられなかった。

 無言のまま走り出し、握った剣を空中に滑らせる。

 誰も止めない―――止める隙のない程見事な踏み込み。


「―――シッ!!」


 無防備な背中に向かって剣が振るわれる―――と、同時に、アルバの体が横に吹っ飛ぶ。


「ごァ…ッ!?」


 そのまま横の家屋の壁に叩きつけられ、崩れた壁と共に地面に落ちる。

 倒れたアルバは意識を失い、口から血の混じった唾液をダラダラと流していた。

 纏って居た鱗鎧(スケイルメイル)は粉々に砕かれ、小さな破片となって路地に散らばっている。


「……え?」「は?」「何……が?」


 誰も、今、目の前で何が起こったのか理解出来なかった。

 アルバの剣が届く瞬間、その体が横に吹っ飛んだ。それ以上の情報を頭が理解しない。

 その答えを、魔王が口にする。


「失礼。虫でも飛んでいたのかと思って、思わず(はた)いてしまった」


 言いながら、魔王のマントの下からニョロッと尾が顔を出す。まるでアザリア達に「下手な事をすれば貴様等も同じ目に合うぞ?」とでも言うように、ユラユラと尻尾の先を揺らしながら魔王は歩き続ける。

 尻尾で殴打された―――。

 たったそれだけ。

 振りが速過ぎて、誰もそれを認識出来なかった。

 それに、魔王は構えていた訳ではない。文字通りに「目の前を飛んでいた虫を払い除ける」程度の力で尻尾を振ったと言う事だ。

 それなのに、鎧を粉々に砕く凄まじい威力。

 普通の魔族ならば、強化魔法を何重にもかけた上で、命を削る程の力を乗せた攻撃でようやく出せるような威力を、自然に振り回して見せた。

 全員が改めて理解する。

 これが魔族の頂点に立つ13人の王の1人。


 これが―――魔王なのだ、と


 今まで出会った何者も比べ物にならない存在。

 凶悪で、凶暴で、最強の存在。


「どうした? 来ないのかね?」


 振り返りもせずに言う。

 この場は従うしかない。

 このまま戦闘になっても倒せる気がしない。何より、町の住民がどう言う状況に置かれているのかも分からないのに、下手に魔王を刺激する訳にはいかない。

 そう言う意味では、先程のアルバの行動は叱責物の短慮な行動だったと言わざるを得ない。だからと言って、あのまま見捨てるなんて選択肢はないが。

 治癒術を使える者にアルバの事を頼み、それ以外の者はアザリアと共に魔王の後に続く。

 今更になって思う。

 森の中で、剣の勇者と別れなければ良かった…と。

 おそらく、この町に居る者の中で、あの化け物と戦える可能性があるのは剣の勇者ただ1人だ。

 アザリアは「自分も戦える」と言いたい。

 だが―――言えない。

 何故なら、先程の尻尾の殴打を目で追う事すら出来なかったのだ。もし戦えば、間違いなく何も出来ずに殺されるだろう。


 元領主邸前広場には、町の住民が集められて居た。

 全員が地面に倒れ、身動き一つしない。

 一瞬皆殺しにされたのかと思い血の気が引いたが……そうではない。皆ちゃんと生きている。だが、誰1人潰された蛙のように地面にへばり付いたまま指1本動かす事すらしない。

 アザリア達が何が起こっているのか理解出来ないでいると、その様子に気付いたらしい魔王が答えをくれた。


「私の言葉を聞く時には、相応の姿勢という物があるだろう? 人間共の取るべき姿勢がコレ。それだけの話さ」


 言いながら、倒れている住人達を当たり前のように踏みながら前に進む。

 踏まれた者達が、まるで石像にでも乗られたような苦痛の表情と悲鳴をあげる。その姿に、流石に怒りを抑えられずアザリアが何か言おうとする。

 その同時のタイミングで、魔王がマントから爬虫類の手にしか見えない右手を横に出して見せる。

 そして―――


「【グラビティ】」


 前触れもなく、詠唱もなく、唐突に放たれた魔力の黒い光。

 途端―――体が上から押さえつけられたように重くなり、意識ごと地面に引っ張られる。

 咄嗟に踏ん張って耐えようとしたが、虫が吹き荒れる嵐に成す術がないように、アザリア達の力では魔王の放った魔法に抵抗する事すら出来ず、全員が周りの住民達と同じように地面に倒れ伏す。


「ぁ…ぐ…ッ」「た……てね…え」「くっそ……なんだ……これ…」


 見えない力で地面に縛り付けられ、ようやく理解する。住民達も自分の意思で魔王に平伏している訳ではないのだ、と。しかし、それが分かったところで何も変わらない。


「杖の勇者諸君? 君達にも、町の者達同様に這いつくばれ……と言ったつもりだったんだが、伝わらなかったようなので強制的にやらせて貰った」


 言いながらも住人の上を歩き続け、屋敷前まで辿り着くと、黒いマントを翻して振り返る。

 自分の前に全ての物が這いつくばり、恐怖や怒りの目を向ける事しか出来ない光景に、魔王の支配欲が多少満たされたのか薄く笑う。


「さて。では、話をする準備も出来たようなの始めようか? 本当は“剣の勇者”が戻って来るのを待ちたいが……どうやら戻って来る気配がないようなのでね」


 フワッと浮き上がり、屋敷の塀の上に腰かける。


「今日私が来たのは、君達に宣戦布告する為である」

「「「「!?」」」」


 サラッと放たれた言葉。

 いつかは来るだろうと、住民達もアザリア達も分かって居た事。それが、今、この瞬間に降りかかって来た。話としてはそれだけの事だ。……だが、実際に絶対強者たる魔王自身からそれを言われた事は、予想以上に皆に衝撃を与えた。


「3日後、我が軍がこの町を攻め潰す。逃げても良いが、実行するのならばこの国の支配者が誰なのかを思い出した上でやる事だな?」


 ククっと小さく笑う。

 この町の誰1人として逃がす気はない―――という事だ。


「とは言え―――君達も死にたくはないだろう? そこで提案だ」


 蜥蜴のような指が、真っ直ぐにアザリアを指す。


「勇者を差し出したまえ。君達の意思で(・・・・・・)


 生贄を差し出せ。そして、希望を抱いた勇者を自らの意思で差し出す事で、自分に絶対の忠誠を誓って奴隷に戻れ―――と魔王は言っている。

 アザリアは渾身の力を込めて魔王の魔法に対抗し、なんとか立ち上がろうとする。

 魔王は明らかに人間を嘲笑っている。

 勇者と戦っても、自分が負けるなどとは欠片も思って居ない。いや、それどころか虫程の脅威すら感じていない。

 だからこそ、手の平の上で人間が足掻く姿を見て楽しんで居るのだ。


 それを勇者として許容出来るわけが無い―――!


「ぁ、っく……」


 プルプルと震える手で、なんとか極光の杖の先を魔王に向ける。


「【光子(フォトン)】!!」


 アザリアの体が白い魔力光に包まれ、次の瞬間、杖の先からレーザーのように光が魔王に向かって伸びる。

 魔王は避けなかった。

 避ける必要がなかった。

 真っ直ぐに伸びた光は、魔王の1m手前でパチンっと泡が弾けるような音と共に消失した。


「ッ……!?」

「無駄だ。その程度の天術など、わざわざ防御するまでもない」


 その程度と言われたその天術は、アザリアの持つ天術の中で2番目に威力のある物だ。その上極光の杖によって威力が強化されている。それでもなお魔王にダメージを負わせるどころか、届かせる事すら出来ない。

 絶望的な力の差だった。


「見たかね諸君? これが勇者と私の力の差だ。勇者と共に戦おうとするのならそれも良いだろう。だが、その先には確実に死が待つと、今見た事実で理解して貰えると有り難いのだが?」


 アザリアは歯を食いしばって口を開く。

 言葉1つ吐き出すにも疲労が圧し掛かる。それでも言う。


「負け……ませんよ……! 私……達、勇者も……人間も……負けません…よ!」


 絶望的な力の差を見せつけられても、どれだけ見下されても、アザリアの心は折れない。自分が折れれば、自分を信じてくれた皆も折れる。もし折れてしまえば、今までの皆と共に頑張って来た全てが無駄になってしまう。

 だから、アザリアの心は折れない。折れてはいけない。

 そんな気高い勇者の姿を見て、新しい玩具も見つけた子供のように魔王がニヤッと笑う。


「そうかそうか、それは素晴らしい」


 パチパチと心のこもって居ない手を叩き、そして言う。


「では―――こうしよう」


 魔王の手の先で絶えず煌めいていた黒い魔力光がスッと弱くなる。

 すると、住人達が起き上がりだした。だが、アザリアと仲間達だけは未だに魔法の拘束の中に居る。


「な……にを…?」

「クルガの町の諸君、君達が杖の勇者を殺したまえ」


 一瞬、誰もが何を言われたのか分からずに「え?」「は?」と状況も忘れて首を傾げてしまった。

 数秒間頭の中で言われた言葉を何度も反芻する。

 何度も何度も繰り返してみても住人達に「杖の勇者を殺せ」と言ったようにしか思えない。そして、実際そう言ったのだった。


「君達が杖の勇者を殺したのなら、この町の住人の命は奪わないと約束しよう。まあ、杖の勇者の取り巻き共は殺すがね」


 どこから取り出したのか、広場の真ん中に剣を投げる。

 何の変哲もない鉄の剣。

 だが―――無防備に地面に倒れるアザリアの命を奪うには十分な武器。

 誰も剣を手に取らない。

 住人同士が「どうする?」「いや、できねえよ」「でも…」と視線だけで会話し、誰もが迷って、誰も動けない。

 その背を、魔王の言葉が押す。


「なぁに、これは自分の為にする事じゃない。決して我が身可愛さに杖の勇者を殺すのではない。あくまで、君達の家族や愛しい者達を守る為に“仕方無く”やるんだ。本当はやりたくない……でも、家族を守る為にはこれ以外の方法がない。そう、だから、これは、君達にとっての―――正義(・・)の行動なんだよ」


 言うに事欠いて、魔王が「正義」を口にする。

 だが、その言葉は甘く、甘美な響きだった。

 さっきまで動こうとしなかった住人達の中に、動く者達が現れる。そのうちの1人が剣を拾い自分に言い聞かせるようにブツブツと呟く。


「……そうだ……これは仕方無いんだ……家の母ちゃんと子供を守る為に仕方無いんだ………だって、仕方無いじゃないか……これ以外に方法が無いんだから」


 剣を持った男の目がアザリアを見る。

 怯えた目だった。

 そして、それ以上に絶望した目だった。

 

「お、お、お前等勇者が悪いんだ!! 10年前にお前等が勝ってればこんな事にならなかったんだ!! そうだ、そうだよ!! 全部負けたお前等勇者が悪いんだッ、だから、殺されたって仕方無いんだよ!!」


 言葉の1つ1つがアザリアの心を切り刻む。

 折れないと―――折れてはいけないと誓っていた心が、見る見るうちにボロボロになっていくのが自分で分かった。

 もう、泣いてしまいたかった。

 泣いて、何もかも投げ出してしまえば、楽になれるのに―――と。

 男が、アザリアの首に向かって剣を振り上げる。

 その光景を楽しそうに眺めながら魔王が言う。


「これが、お前が『負けない』とほざいた勇者と人間の結末だ」



 無慈悲に、勇者の首に向かって剣は振り下ろされた―――…。



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