2-12 ブルーサーペント
臭いが近付いて来る。
ゾワゾワとした背中に氷を当てられたような寒気。
この感じは知っている。
何かに―――誰かに殺気を向けられている感覚。
「ミィ……」
周囲を確認しようとアザリアの手の中でモソモソと動くと、俺を放さないように更にギューっと力がこめられる。
「ゴメンね猫にゃん。危ないから少し我慢してね」
いや、我慢せえと言うならしますけども、これだと俺戦いづらいんですけど……。
仕方無く鎧だけでも動かそうとしたが、それを周囲を囲む黒ローブ達の声で制される。
「剣の勇者、お前は引っ込んでな!」
「そうそう、ここは俺達の華麗な手並みを見て勉強しろってね!」
「俺達だって、連携すれば勇者にも劣らない活躍が出来るってところを見せてやるぜ!」
まあ、別に手を出さんで良いんなら出さんけど……じゃあ、なんで俺連れて来られたの?
とりあえず見てるだけで良いらしいので、【仮想体】もアザリアの横で見物マネキンにしておく。……見物マネキンって何だよ……どんな日本語だよ俺。
なんて会話をしている間に、何かが近付いて来る。
…………?
なんだ? 臭いがすぐ其処にあるのに、何も居ない……?
アザリア一行も注意深く周囲を探っているが、それらしい姿を確認した様子はない。
本当に何も居ない……のか?
この臭いもただの残り香―――そこで思考が断ち切られる。
目の前の木の枝が、不自然にパキッと折れたから。
なんだ? と事態を認識しようとするよりも早く、黄金の鎧が動いて前に立って居た男のローブを掴んで後ろに引き倒す。
「おわぁッ!?」
「何をしてるん―――」
アザリアが言い終わらないうちに、ゴガンッと鐘を突いたような轟音と共に【仮想体】が吹き飛ばされる。
クッソ!! やっぱりかよッ!?
敵が居ないんじゃねえ、見えてないだけだ!
「なッ!?」「何事だ!?」「敵!?」「どこだよっ!?」
誰も敵が見えていない。俺だって臭いで大雑把な位置が分かるだけで見えてる訳じゃない。
だが、攻撃を受けたって事は、今敵はそこに居るって事だ!
吹き飛んだ鎧が何事もなかったように(実際ダメージ0)クルッと空中で体勢を整えて着地、同時に投げる動作。ただし動作だけで手には何も持ってない。当たり前だ、投げるのは猫の仕事だからな!!
鎧の投げの動作とタイミングを合わせ、アザリアに抱っこされたまま収集箱から石を投射する。本当は剣やらナイフやら武器を投げたいが、今まで鎧が持ってなかった武器を投げるのは不自然過ぎるからな……仕方無い。
俺の放った石は音速で見えない敵にぶち当たり、衝突の衝撃で粉々に砕けた。
同時に―――
「ギョガぁアアアアぁァァァ!!!?」
ビリビリと腹に響く怪獣のような悲鳴と共に、森の風景がペリペリとシールの様に剥がれ落ち、敵が姿を現す。
巨大な蛇だった。
人くらいなら丸呑みできそうな大きさ―――昔見たパニック映画にこう言うのが居たっけ……とか、どうでも良い事を思い出す。
全長10mはあるだろうか? 木々の間を、狭そうに丸太のような胴体がズルリと蠢く。爬虫類特有のギョロッとした瞳が、まっすぐにアザリア―――いや、アザリアに抱かれた俺を見ている。
……なるほど、コイツは俺が石を投げたって事に気付いてる訳だ。
バタバタした状況で、音速を越えた射出ならばバレないかと思ったが欺けなかったか…。今後は気を付けよう。
「ブルーサーペント!?」
え!? このでかいのが!? 全然アオダイショウちゃうやんけ!? こんなのとエンカウントするのなら先言っといてよ!?
「いや、この大きさ……本当にブルーサーペントか?」
「やっぱりそう思う? そもそも、不可視化の能力持ってるなんて聞いた事もないんだけど……?」
「って事は……ああ、クソッなんてこった! 変異種かよ!?」
何やらアザリア一行が騒がしい。
どうやら、このでかい蛇は普通のブルーサーペントではないらしい。
あと、1つ言わせて貰えば、多分コイツの能力は“不可視化”じゃねえ。多分“認識阻害”……いや、“存在隠蔽”かな?
自分と、そこから発生する現象を周囲の知覚から消してしまう能力と思われる。そうでなきゃ、こんな大きな体、消えててもすぐに見つかってしまう。
それに―――さっき枝が折れた時、あんな不自然な折れ方だったのに、俺以外は誰も気付いてなかった。
だが、能力として完全無敵って訳じゃなさそうだな?
実際俺のような感覚器官が強化されてる奴には見破られてるし。コイツの能力で自分を隠せるのは、あくまで人間レベルって事か? それに、ダメージを受けると解除されるっぽいし。
とは言え、厄介な相手だってのは変わらないし、アザリア達にとっては絶望的な相手だってのも変わらない。
……ったく! 手を出すつもりはなかったけど、出さざるを得ないじゃねえか!!
黄金の鎧がアザリア達と蛇の間に走って割り込む。
「剣の勇者……」
「アンタ、さっき吹っ飛ばされたけど大丈夫なのか?」
周りの言葉は聞き流す。今はそれどころではない。
なんたって―――敵が再び姿を消しやがった!?
「また消えた!?」
「くそっ、させるかよ!! 【スプラッシュ】!」
黒ローブの1人の放った水の天術。
手の平から放たれた渦を巻く水流が、蛇の消えた場所を素通りした。
「はずれた!?」「動きが速いの!?」
ダメだ、姿を消されるとアザリア達が完全に足手纏いにしかならん! なんとか野郎の姿を引っ張り出さねえと話にならねえ!
考えろ……消える敵の対処は……?
透明人間の出る漫画や映画はいっぱい見た。透明人間の弱点はなんだ? そんな都合の良い物有りましたっけ? いやいや、有るじゃん! 透明人間が絶対に避けて通る弱点!
収集箱から“それ”を選ぶ。
高速で移動するヤバい臭いを追う。
俺の攻撃を警戒しての動きなんだろうが、そのでかい図体じゃ俺の投射を避けられねえぜ?
再び【仮想体】が物を投げる動作に入る。そして、同時に俺の手元からの投射。
見えないが、臭いが揺らぐ。多分、俺の攻撃を避けようと蛇が動いたのだろう。
だが―――甘い!
俺が投げたのは、
泥。
まあ、収集箱のカテゴリー分けで言えば泥っつーか土だけど。
土砂災害のように、泥が波となって蛇に叩きつけられる。逃げ場は無い。そんな物俺が許さない。
ただ、調子に乗って手持ちの泥を全部出したら、かなりとんでもない量になってしまった……。アザリア達が「え……?」って言う顔してるし……。後で説明求められたら、天術とか言って誤魔化そう。
「凄い……」「地属性の天術か?」「こんなの見た事無い……」
ともかく、泥を浴びて地面に転がった巨大な蛇は、泥のせいで消した姿が丸見えだ。「泥ごと存在隠蔽されたらどうしようもねえな……」と不安だったけど、どうやらそれは出来ないらしい。
泥を被った事で何かしらの能力阻害が起こったのか、それとも単に泥を消せないだけなのか……まあ、詳しい事は知らんが、消えられなくなったのなら無問題!!
しかも、都合良く蛇の両目が泥で見えなくなったらしく、必死に臭いと音で俺達を探している。だが、耳も鼻もやっぱり泥で塞がってるんじゃん?
「俺達を見失ってる?」
「チャンスだ! 畳みかけろ!!」
近接武器を持って居た面々が泥の中でバタバタしている蛇に突っ込んで行く。
俺の出番はこれで終わりかね……。蛇の討伐はアザリア達主動の計画な訳だし、トドメは彼女等が刺した方が、後々何かと面倒が無いだろう。
……とか思って再び見る専の姿勢になっていたおれなのだが……そう言う訳にも行かないらしい。
黒ローブ達が全力で振るった武器が、蛇の体表で受け止められて居た。
「なッ!?」「なんて硬さだ!?」「お嬢の支援術貰ってるのに貫けねえだと!?」
あの蛇思った以上に硬いらしい……。まあ、さっき石を投射した時のダメージの無さで、そんな気はしてたけど。
攻撃を受けた蛇が、巨大な体をうねらせる。
――― ヤバい!
攻撃された事で、目が見えなくても「敵がそこに居る」と気付き、即座に反撃に動いたのだ。
しかも10m級の巨体。
振られた尻尾が木々を草のように薙ぎ倒し、攻撃していた者達―――そして、その信じられない程のリーチで俺やアザリヤに襲いかかる。
そのリーチもさる事ながら、恐ろしいのはその速度。その場に居た誰もその攻撃に反応出来ない―――いや、唯一動体視力が並外れている猫の俺だけが反応を許されている。
だから、【仮想体】を動かす。
今まで使った事のない、【仮想体】の持つ身体能力の全力全開。
ドンッと小さな揺れ。
遅れて踏み込んだ地面が、その力に耐え切れずに爆発したように撒き上がる。
一瞬にしてトップスピード。
人間ならば加速の負荷で骨が折れて内臓が破裂する、生身では実現不可能な有り得ない瞬発力。
と、同時に鞭のようなしなりで襲いかかる尾に向かって旭日の剣を抜く。
音速一歩手前のスピードに、【仮想体】の超パワーを乗せた斬撃。
ギィンッと鋼同士をぶつけたような甲高い音が耳鳴りのように響き、次の瞬間―――蛇の後ろ半分が宙を舞う。
傷口から噴き出した真っ赤な血が、赤い雨となって降り注ぐ。
「ぁ……」
うぇ、血を浴びるとか気持ち悪い……。
アザリア一行は何が起きたのか未だ理解出来ずにポカンとしているし……自分で何とかしよう。
【仮想体】が走って来て、その身と翳した手で降り注ぐ赤い雨から俺を守る。
俺を抱いてるアザリアも一緒に守っているが、まあ、それはサービスって事で。
あ~、体が2つ有るってこういう時に便利だわぁ。
「ぁ、の……剣の勇者……様」
俺を抱いているアザリアの手が微妙に熱い。
なんだ? 血を浴びて汚いから文句でも言いたいのか? つっても、黄金の鎧が頑張って雨避けしてくれてるんだから許してよ。
蛇を俺が倒してしまった事については………まあ、はい、スイマセン。
でも倒せたから良いじゃん? 目的達成だよ、うん。




