2-11 お出かけしましょう
アザリアの仲間と勝負した翌日。
え? 昨日の夜? ええ、普通に寝ましたよ? 悔しさにのた打ち回って眠れないなんて事一切無く、いつも通りに……下手すりゃいつも以上にグッスリ寝ましたけど?
まあ、勝負つってもお互い本気の勝負じゃなかったし、コッチは実りある負けだったし。だから、そこまで負けた事が痛いと感じない。
ともかく―――これでアザリア一行は俺に興味を失い、町の住人達は俺に期待しなくなり、晴れて自由の身って訳ですよ。
とは言え、「じゃあ早速、別の町を目指してレッツゴー」って訳にも行かない。いや、だって他の町が何処に在るのか知らんし、どれくらいの距離を移動しなきゃならないのかも分からないし、そもそも行った先が安全なのかも不明ですし。
色々準備が必要ですやん?
そして準備には金が必要ですやん?
だから、今日もせっせと魔物を倒して換金する訳です、はい。
今日の稼ぎは、いつものように散財せずに貯金に回し、そんで、「さぁ寝床に帰って飯食うか~」と思った矢先に……、
「剣の勇者、少しお付き合い願えませんか?」
面倒な人にエンカウント。
……昨日の件で俺に興味失ったと思ったんだけど、なんで来たんだろうこの子? エンカウント率のバグかしら?
「もしかして、お急ぎでしょうか?」
………いや、まあ、暇は暇ですけど……寝床に戻って飯食って昼寝しようかと思ってたくらいだし。……ただ、ぶっちゃけ関わりたくないから全力で断りたいのだが。
顔を縦に振ろうとした……のだが、アザリアがむっさ純粋な目で見て来る。
……そう言う目はさぁ、良心が痛むやん? まあ、それは俺が嘘吐こうとしてるのが悪いんだけども…。
仕方無く首を横に振る。
まあ、俺的には渋々仕方無くだが、俺の意識に反応して動いた鎧は力強く首を振っている。
否定の意思を示すと、アザリアの顔が少しだけ明るくなる。
「良かった。では、早速ですが行きましょうか?」
え? どこに?
「あ……それと、その……猫ちゃんを抱かせて貰っても良いですか?」
はぁ、それは良いですけども、何処に行くのさ?
鎧の肩に乗って居た俺を、慣れた手つきで抱き上げて胸に抱く。
「猫にゃん」
鎧に気付かれないようにコッソリと頬ずりして来る。
いや、猫にデレデレな姿を隠しても意味無いねんで? 俺が本体だもの。
……にしても、この子本当に猫大好きなんだな? 猫まっしぐらか。いや、猫“に”まっしぐらだな。
まあ、これだけ目をキラキラさせてんのに、コッチが無反応ってのも可哀想か。少しは猫らしい反応を返しておこう。
「ミィ」
一鳴きして頬ずりを返す。
少女に頬ずりするのは色々犯罪臭がするけども、猫だからセーフ。
俺の髭がくすぐったいのか、鼻先を撫でられる。
「にゃんにゃん」
はい、サービスタイム終了でございます。
本題に入ろう。
鎧がアザリアの顔を覗き込むと、ハッとなって仮面を被るようにデレデレな顔を引っ込めて勇者の顔に切り替わる。
「それで、お付き合い願いたいのは―――」
ごく自然に「猫にゃん」のくだりを無かった事にしおった。
いや、別に良いんですけどね? 深く突っ込みませんけどね?
「魔物の討伐なんですが」
魔物の討伐?
まあ、「魔王の討伐」って言われるよりは大分楽だけども……何故にこのタイミングで魔物の討伐?
別に頼まれなくても、いつも朝っぱらからバッサバッサ斬ってますけど。
「貴方はこの町の周辺で魔物を退治していると聞きました。ですので、力を貸して貰いたいのです」
どう言う事か? と鎧が首を傾げる。
「実は、森の奥でブルーサーペントの姿を見たと言う話を聞き、早急に対処が必要と判断してお声をかけさせて頂きました」
な、なにィ!!? ブルーサーペントだって!? 的な驚き方を鎧にさせておく。実際にはそんな物知らないけど。
何ブルーサーペントて? 青い蛇? それただのアオダイショウじゃない?
「やはり貴方も危険だと思いますか……戦えない人が出会ったら危険ですものね」
いや……まあ、うん……そッスね。
アオダイショウなのに? ……まあ、人が出会ったらビックリするしね。
そんなにヤバい相手に挑みに行くって訳じゃなさそーだし、それなら安心だ。
「早速出かけたいのですが、大丈夫ですか? 準備が有るようなら待ちますが?」
いや、いい。
どうせアオダイショウでしょ? ガッと掴んでバッと叩けば終わりじゃん? 下手すりゃ武器すら必要ねーじゃん。
「大丈夫そうですね。では、行きましょう」
胸に抱いた俺を一向に放す気配のないまま、アザリアは先に立って歩き出した。
* * *
町でアザリアに声をかけられてから2時間後。
所変わって森の中。
俺も毎朝魔物退治に森に入ってるけど、こんな奥まで来た事ねえなぁ。道中は見慣れたクビナガイーターやら、ハリネズミっぽいのやらに出会ったが、全部アザリア一行がシバキ倒した。
俺の出番は一切ない。
それどころか、黒いローブの連中から「俺達の戦いを見ておけ」だの「お前に本当の戦いを見せてやる」だの好き勝手言われた。
そのたびにアザリアが「すいません」と小さく頭を下げる。そして、胸に抱かれたままの俺が「気にするな」と一鳴きする。
何度かそんなやり取りを繰り返した後―――臭いが変わる。
猫の鼻が何か“嫌な臭い”を拾い、感覚が無意識に警戒レベルを上げる。
近頃気付いたが、この“嫌な臭い”は別に嗅覚だけが感じている物ではないようだ。
なんつーの? 殺気? 敵対心? まあ、ともかくそんな“ヤバい感じ”を猫の動物的感覚が嗅覚として体に知らせている物らしい。
つまり、この臭いがする時は―――敵が近くに居る時。それも、俺がヤバいと感じるレベルの相手。
黄金の鎧が立ち止まってアザリアの腕を掴む。ついでに俺も「ミャッ」と今までにない程鋭い鳴き声をだす。
それと同時に、1番前を歩いていたヴァニッジとか言う男が、後ろを歩いていた者達に手を向けて止まるように指示を出す。
「全員警戒……! 何か居るぞ」
ヴァニッジの言葉に全員がアザリアを中心に、死角が無くなるように立ち位置を変えつつ武器を抜く。
アザリアも俺をローブの中に隠すような抱き方に変え、ローブの中に隠していた極光の杖を手に持つ。
「ブルーサーペントですか?」
アザリアの問いにヴァニッジが顔を顰める。
「いや……分からねえ。だが、道中で出会った雑魚じゃない事だけは確かだ!」
言いながら腰の短剣を抜いて、皆の輪に加わる。
「来たかな?」「多分ね」「気を抜くなよ」「そう言うアンタこそね」「無駄口叩かない!」
緊張し過ぎない程良く力の抜けた会話。こう言うのも経験値の差かな? 俺だと戦いの前だと黙るからな……いや、でも、それはただ単に俺がいつも1人だからか。
警戒レベルをマックスにしている周囲の者達に向けて、アザリアが天術を唱える。
「【ディフェンシブ】」
全員の体が、極光の杖から放たれた光を浴びて輝く。ついでに俺も。
『【ディフェンシブ】
カテゴリー:天術
属性:支援
威力:-
範囲:D
効果範囲内に居る対象の肉体耐久力、肉体硬度を上昇させる』
お、収集出来た。やっぱり天術も魔法と一緒で受けると収集出来るのか。
支援系は持って置いて損はないし、この調子であと何個か使ってくんねーかなぁ。
「【パワーエクステンド】」
もう1度極光の杖が輝き、周囲に光を撒く。
『【パワーエクステンド】
カテゴリー:天術
属性:支援
威力:-
範囲:E
効果範囲内に居る対象の筋力を上昇させる』
ありがてぇありがてぇ。
これだけでも連れられて来た甲斐があったわ。
「ありがとうございますアザリア様!」「サンキューお嬢!」
「良いから敵の警戒をして下さい」




