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2-10 剣の勝負

 所変わって、元魔族屋敷前の広場。

 約1週間前にユーリさんの処刑があった色々と因縁な場所だが、今は処刑台もスッカリ片付けられて、広場周りの壊れた家屋を修理する為の臨時の資材置き場になっている。

 その広場の真ん中で向き合う俺―――っつか黄金の鎧と黒いローブを脱いだ男。

 お互いの手には木剣。

 まあ、流石に真剣でやり合う訳にもいかんしな……特に俺の方は。人間相手に旭日の剣振り回したら、間違いなく殺してしまうし。

 騒ぎを聞きつけて、仕事の手を止めて集まって来た野次馬達に囲まれて居ると……根が小市民な俺は少し萎縮してしまう……。

 俺達の間に立って居たアザリアが、立会人として高らかに謳うように告げる。


「これはあくまで剣の技量を見る勝負です。天術、スキルの使用は禁止です、良いですね?」


 俺と男が揃って頷く。

 天術とスキルは禁止って言われて、「じゃあ、魔法は良いんですね?」なんて屁理屈をこねる気もない。だって、そもそも勝つ気ゼロだし。

 周りに居た野次馬達の間から漏れる俺を応援する声と、圧倒的な力を見せ付けて勝利する姿を期待する声。

 期待されても困るんですがね……。


「それでは、はじめましょうか? ……の前に、剣の勇者。肩に居る猫にゃ……猫ちゃんは私が預かります」


 黄金の鎧が頷き、俺自身も「ミィ」と鳴いてアザリアの手に抱っこされる。

 猫の俺が本体つっても、周りはそんな真実に気付く訳もなく……猫を肩に乗せたまま勝負するなんて、見てる方も戦う方も色々笑えない。

 アザリアが皆に聞こえないように「猫にゃん」と俺を呼びながら撫でて来るのを心地良く思いながら、【仮想体】に構えを取らせる。

 俺の取る構えは、高校でやった選択授業の剣道の構え。ぶっちゃけ、誰が見ても素人剣なのがバレバレな構え。

 対して男は、右手だけでゆったりと剣を握る……何と言うか、向き合うと迫力のある実戦派っぽい構え。

 ………パッと見が素人と玄人の戦いにしか見えないんですけど……。いや、まあ、実際にそうなんだけどもさ……。

 男を始め、観戦してる黒ローブ達が俺の構えを見て少し(いぶか)しんで居る。

 まあ、立派な剣を持っている勇者が素人構えしてたら、そりゃあそんな顔されますわな……。つっても、実際素人なんだから仕方ねえべ。

 アザリアも若干不思議そうな顔をしつつも、進行役に徹する。


「では―――始め!」


 開始と同時に男が飛び出す。


「ずぇえええええええあああッ!!!」


 裂帛の気合、加速する突進の速度、先手必勝の動き。

 多分、この人は相当な使い手だと思う。

 ただ、惜しむらくは―――


 俺相手には遅過ぎる。


 元々猫はちょろちょろする物を追っかける習性が有る為に、動体視力と反射がクソ程高い。それに加え、俺は身体能力や肉体依存の感覚器官を【収集家(コレクター)】の効果で強化している。

 肉体強化のスキルやら天術で強化(ブースト)されているならともかく、普通の人間の精一杯のダッシュなんて、俺にとってはスロー再生も同然だ。

 とは言え、同じ人間にとってはかなり早い動きのようで、周りで見ている人間達が皆して「あっ!?」と言う顔をしている。

 突っ込んで来た男が、踏み込んだ足を地面に滑らせながら木剣を振るう。

 俺は即座に反応し、軽いバックステップで離れながらそれを受ける。

 カンっと堅い木のぶつかる音と共に籠手に伝わる小さな衝撃。


「逃がさんっ!!」


 男は足を止めず、更に一歩踏み込みながらもう1度剣を振る。

 反応する事は容易い。だが、俺の目的は勝つ事ではない。むしろ負ける事が目的だ。……かと言って、アッサリ負ける訳にも行かない。

 魔族をあれだけ大量にぶっ殺した俺が簡単にやられたら、それはそれで不自然だし、アザリア達にも手を抜いたとバレるだろう。

 ですので、ある程度頑張ったけど勝てなかった……と言う感じが出せるのが望ましい。

 男の攻撃に対し、わざと1テンポ反応を遅らせて、ギリギリのタイミングで避け、苦し紛れっぽい感じで反撃。


「むっ…!」


 男の反応が早い。

 いや、早いっつうか、間に合うタイミングでこっちが剣振ったんだけどね。傍目にはそう見えるんだろうなぁ……と言う期待。

 体を仰け反らせて俺の振った木剣を避け、体勢を立て直しながら一旦離れる。

 今度はコッチから攻める。

 3割くらいの力で踏み込み、真っ直ぐに突っ込みながら上段から剣を振り下ろす。


「甘い!」


 振り下ろした木剣の横をスルリと通り過ぎて男が迫る。

 あっ……これはいかんな。

 さっきまでとは違う。ガチで相手の攻撃へ反応が間に合わない。

 単純で明確な技量と経験の差―――。

 俺の強さは“レベルを上げて物理で殴る”的な単純なパワーゲームな強さ。それに対して、男の強さは技と経験に裏打ちされた真っ当な戦士としての強さ。

 その差を突かれた。

 男の木剣が黄金の鎧を捉え、バキッとクリティカルヒットな音を響かせて振り抜かれる。

 

「せぇえああああッ!!」


 結構容赦なく振りやがったな……? こういう試合って寸止めとかで終わらすもんじゃないの?

 もしかして、コッチが鎧着てるから直撃させに来たのか?

 剣戟を受けて【仮想体】がヨロッと一歩下がる。

 ダメージは無いし、オリハルコンの鎧にも傷一つ無い。だが、それでも、間違いなく俺の負けだった。

 なるほど……負けだな。

 勝つつもりが無かったとか言い訳をするつもりはない。ごく普通に負けだ。

 だが、収穫のある負けだったな。

 これから先、こう言う戦いをするかどうかはともかく、そう言う強さを体験出来て良かった。

 俺自身が身に付けられるかはともかく、最低限警戒する事くらいは出来る。

 身体能力値が人より高くて、魔法と天術が使えるって言っても、【仮想体】が絶対無敵って訳じゃない。それを操って居るのが俺である以上、どこかしらに隙や弱点がある。


「勝負あり!」


 アザリアの凛とした声が響き、観戦していた住民達の間から漏れる溜息。そして……失望の視線。

 狙い通りの展開とは言え、実際にその目を向けられると若干傷付く…。

 負け犬は負け犬らしく、さっさと寝床に帰って寝よう。

 一応礼儀として、男にペコっと礼をしてアザリアに木剣を返して、代わりに猫の俺を受け取る。

 何か言いたそうなアザリアを無視して、スタスタと広場から離れる。

 ……はぁ…疲れた。帰って寝よ。



*  *  *



 夜―――宿屋の一室にアザリア達は集まって居た。

 本来ならば、色んな人間が低価格で雑魚寝する為の質素で粗末な部屋。

 今はこの宿はアザリア達……町の住人達の言うところの“黒ローブの一団”の貸し切り状態な為、この大部屋は簡易の会議室になっていた。

 現在部屋に居るのは15人。

 大部屋と言っても、本来は8人で使う程度の広さなのでかなり狭い。

 しかし、そんな身を縮ませる狭さなど誰も気にした様子はない。元々、魔王の目を掻い潜って色んな場所を渡り歩いていたお陰で、狭い場所での話し合いなんて彼女達にとっては日常茶飯事なのだ。

 皆を取り纏めるリーダーとしてアザリアが口火を切る。


「それで、剣の勇者を見てどうでしたか?」

「良い鎧着てんなぁ」「鎧の下は渋いおじ様だと良いわ」「なんで猫連れてんの?」「太陽光が鎧に反射して眩しい」「無口にも程がある」「普段何食ってんだろう?」


 一斉に口を開き、聞きとれたいくつかの意見に対してアザリアが「そうじゃないでしょ……」と脱力する。

 いつもの流れだった。

 仕方無く、アザリアの隣に居た男―――昼間剣の勇者と立ち合った、副官のような立場にあるアルバが口を開く


「剣の勇者が戦力になるかどうかって話だ」


 全員が一瞬口を閉じる。

 ここからが会議の始まりだ。


「ダメだな。完全に期待外れだ」

「同感。あの剣の振り方見たか? どう見ても素人だろ」

「いやいや、まだ天術の使い手として優れてるって可能性もあるだろう?」

「だとしても“剣の勇者”が剣をまともに振れないんじゃ話にならん」

「確かに」

「あんなのが居たんじゃ、こっちの士気が下がる」

「鎧が立派なのは良いけど、それで亀になってるんじゃしょうがないしねぇ」


 全員の意見は一致していた。

 剣の勇者に下された判定は『戦力外』。

 アザリアとしても同意見。

 このクルガの町を解放したと言う話も、助けられた住民達が話を盛った結果だろう。剣の勇者が戦ったのは間違いないだろうが、実際はそこまでの活躍はしていなかったのだと結論付けられた……のだが、その中にあって実際に剣の勇者と剣を交えたアルバだけが、納得していない渋い顔をしていた

 

「アルバ、どうしました?」

「………ああ、いや、お嬢……どうにも、あの戦いで剣の勇者がなぁ……」


 歯切れが悪い。

 こう言う時は、大抵自分の意見に自信が持てない時だ。実に分かりやすい。


「なんです? ハッキリ言って下さい」


 詰め寄るようにアザリアが言うと、周りに居た者達も「早く言え!」と無言の圧力をかけて来る。


「あの勝負、多分剣の勇者は本気じゃなかったと思う」

「え?」「いやいや、それはないでしょ?」「アルバさん相手に手を抜いたって事?」「有り得ないって」


 皆に一斉に言葉を向けられたが、それでもアルバは自身の言葉を曲げずに続けた。


「俺の攻撃を受けた時も、攻撃して来た時にも、動きに必死さが欠片も見えなかった」


 周りで「そうか……?」「まあ、言われてみればそんな気も……」と微妙な反応をしているのを余所に、アザリアは頭の中で昼間の勝負をリピートする。

 確かに、剣の勇者の動きにはどこか余裕があるように思える。


「ただ、皆が言うように剣の扱いが素人だって言うのは俺も同感だ。でも、じゃあ、剣の勇者が戦いを知らないのか? って問われれば、俺はNOと答える」

「どうして?」

「戦いの動きってのは、どうしてもその予兆が出る。例えば呼吸、肩の動き、重心移動、どこかしらから行動を先読みする事が出来る。でも―――剣の勇者にはそう言うのが全然無いんだ」


 アザリアを含めた全員の顔色が変わる。

 アルバの言いたい事は分かる。1対1の勝負は、相手の動きの読みあいの勝負だ。腕が立つ者であればある程その読みが深く、鋭い。

 相手にそれを読ませない―――それは一朝一夕に出来る芸当では無い。しかも相手は剣の使い手として団の中で1、2を争うアルバだ。彼に先読みをさせないとなれば、それはただ事ではない。

 つまり、剣の勇者は“そう言う訓練”を日常的にしている。


「俺はまだ剣の勇者の力を計り切れていないと思う」


 アルバの言葉に、全員が言葉を失う。

 確かに、アルバの言う事が全部真実だとすれば、どう考えても自分達の見極めが甘いと言わざるを得ない。

 だから、アザリアは決断する。


「分かりました。もう暫く、剣の勇者を観察してみましょう」


 杖の勇者の言葉に、誰1人否定する事無く頷いた。



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