2-8 杖の勇者の来訪
「この町を解放したと言う、剣の勇者を探しに来ました」
ふーん……え?
「ミ?」
剣の勇者? 勇者って事は俺ですよねぇ?
って事は、この子俺に会いに来たの?
俺の鳴き声に反応して、杖の勇者ことアザリアが俺を見る。
見た目に似合わぬ大人びた目。いや……大人に見せようとしている子供の目。
そんなにジッと見つめられると落ち着かない……まさか、俺が勇者モドキだって気付いた訳じゃねえよな?
「……猫にゃん…」
は?
「え?」「え…?」
俺だけでなく、ユーリさんと店主もクエスチョンマークを浮かべる。
すると、アザリアは一瞬「しまった!」と言う顔をして、すぐにキッと顔を引き締めて俺から視線を切り、何事もなかったかのように話を続けた。
「それで、朝方から剣の勇者を探しているのですが、どうにもタイミングが悪いようで一向に出会う事が出来ないのです」
そりゃ、俺がお前等を全力で避けて通ってるからだよ。
「はぁ……。それで、どうしてウチの店に?」
「この店で訊けば、剣の勇者の居場所が分かるかもしれない。と教えて貰ったので」
誰だそんな事を教えた傍迷惑な奴は……!
居場所が分かるどころか本人が居るっつーの。
「それで、剣の勇者は何処に居るのですか?」
「……それに答える前に、訊いても良いですか?」
アザリアの問い掛けに、少しだけ敵意と警戒を抱いた声でユーリさんが問い返した。
「ええ、どうぞ」
「勇者様…あ、えっと……剣の勇者様を探して、どうするんですか?」
そうそう、俺もそこを聞きたいのよ!
とりあえずこの子と、その仲間っぽい黒ローブの連中が敵なのか味方なのかハッキリさせたい。
ユーリさんとしても、俺とアザリアが殺し合いを始めるような展開は望んで居ないのだろう。そうでなきゃ、こんな質問せんだろうし。
「心配しなくても、別に剣の勇者をどうこうするつもりはありませんよ。私達は同じ勇者の使命を負う者同士ですし」
「そうですか……?」
「ええ。これから魔王達と戦う為に力を合わせる事になるでしょうから、ちゃんと話をしておきたかったんですよ」
いや、いやいやいやいや、魔王と戦うなんて絶対嫌ですけど?
そんなもんに戦いを挑むなら、俺の居ない所で勝手にやって下さい。ええ、本当に、冗談抜きで。いや、だって巻き込まれたくねえし。
「なるほど! 確かに、勇者様でしたら魔王なんて一捻りですからね!」
ユーリさん、それは絶対過大評価です。
「……剣の勇者は、それほどに強いのですか……!?」
ほ~ら~! もう、なんか興味持たれてるじゃ~ん!
何となく会わずに終わって、うやむやにするって計画が出来ない感じじゃ~ん。
「そりゃぁもう! 勇者様は凄いんですよ!」
……そんな憧れの芸能人を語るように言われても困るんだが……。
「そこまでの方なら、是非その実力を1度見たいですね」
いやいやいや、そんな人様に見せる程大層な物じゃないんで。
っつうか関わり合いになりたくないんで。
よーし、もう、この場はとりあえずスルーさせて貰おう。いつかは会わなきゃならないのかもしれんけど、今日はスルーで。
ガッと皿の上の物を平らげて、猫らしくさっさと立ち去ろうと机から降りる―――いや、降りようとした……のだが、その前にユーリさんの両手でヒョイッと抱きあげられた。
「ミィ……」
「この猫ちゃん、勇者様の連れなんですよ。だから、もうすぐこの子を迎えに来ると思いますよ」
いや、だから来ねえっつうの。
俺「来る」とも「行く」とも一言も言ってねえんだけど? って言うか一言も喋ってねえんだけど。
「そうでしたか。宜しければ、剣の勇者が来るまで待たせて頂きたいのですが?」
「それは……まあ、構いませんけど」
店主が若干「迷惑です」な空気を出しているが、それでも断れないのは相手が勇者だからだろうか?
「あの……それと、その猫にゃ……猫ちゃん抱かせて貰っても良いですか?」
「え? は、はい、どうぞ」
俺の意思を無視してユーリさんの手からアザリアの手に渡される俺。
一応抗議の声を出しておこう。
「ミャァ」
「あ、杖の勇者様の事が好きみたいですね?」
いや、全然違いますけど? むしろ関わり合いになりたくないと思ってますけど?
もういっその事力技で暴れて脱出したろうかしら? とも考えたのだが……。
「猫にゃん……」
さっきまでの背伸びして大人の振りをしている瞳ではなかった。
純粋な歳相応の、好きな物に目をキラキラさせる少女の目……。そんな目を向けられたら、大人として無下に出来ないじゃん?
俺を抱いたまま、ユーリさん達の仕事の邪魔にならないように気を使ったのか、店の隅に有った予備の椅子に腰かけるアザリア。
「ミィ」
「猫にゃん、猫にゃん、猫にゃんにゃん」
さっきまでのキッとした表情とは打って変わって、フニャッとした表情。
この子、本当に猫好きなんだなぁ……。
「猫にゃんは、目つきがちょっと悪いね」
ほっとけ。
「あと、野生味がなくて、ちゃんと食べていけるのか心配」
それもほっとけ。
心配されなくてもちゃんと毎日ガッツリ食ってるわ。
「いっぱい食べなきゃ大きくなれない」
……それだよなぁ……。
なんか、この子猫の体、どんだけ食っても大きくなってる気がしねえんだよなぁ? そりゃ、数日でいきなり大きくなったりはしないだろうけどもさ……なんか変化らしい物が何もねえし。
近頃は、子猫のまま一生成長しないんじゃないかと思い始めたくらいだし……。それはない……と思いたい。
「でも、毛がフワフワで丸っこいのは可愛くて良い」
俺の毛の感触を確かめるように、俺の腹にスリスリと頬ずりする。
くすぐったい……あと腹を触られるのは、微妙に恥ずかしい。
「ミャぁ…」
「にゃんにゃん、猫にゃん、猫にゃんにゃん」
妙ちくりんな歌を口ずさみながら、嬉しそうに頬ずりを続ける。
……本当……さっきまでの勇者の威厳はどこに行ったのこの子……?
ってか、いつまでも抱っこされてる訳にもいかんな……。長居すると碌でもない事になりそうだし。勇者の云々カンヌンに巻き込まれる前にササッと逃げたい―――んですけども……この子が俺の事を放してくれそうにねーんだよなぁ……。
はぁ……しゃーない、【仮想体】出すか……。
出来れば勇者モドキで出会いたくないけど、1度姿見せないとこの子達収まりつかなそうだし……。
「ミ」
「猫にゃん、どうしたの?」
いきなり店の中に出す訳にもいかんし、店の表通り……は黒ローブがいっぱい居るから止めといて、裏通りに出そう。
【バードアイ】で裏通りを確認。
人通りなし、見てる人間も居ない。よし。
【仮想体】を立たせて、インナー着せて、オリハルコンの鎧を着せて、腰に旭日の剣を下げたら……はい、勇者モドキの出来上がり。
トコトコ歩いて表通りに出ると、突然黄金の全身鎧が歩いて来て、外に居る黒ローブ達がギョッとする。そのうち1人が店の中に駆けこんで来た。
「お嬢! 来たぞ!」
猫相手に蕩けていたアザリアの顔が、仮面をしたかのように“勇者”の顔つきに切り替わる。
っつか、「お嬢」て……、そんな呼ばれ方してる人始めて見た……。
「ようやくですか」
名残惜しむように、最後に俺の頭を撫でて椅子から立ち上がる。
ついでにユーリさんも仕事をする手を止めて、髪と服装を軽くチェックしてから頬を赤くしつつ勇者モドキが入って来るのを迎えようと入り口に向かう。
同時に―――扉の前に居た黒ローブの横を抜けて黄金の鎧が店の中に入って来る。




