2-7 来客はただ飯と共に
皆様おはよう……じゃない、もうこんにちはだ……。
クルガの町から魔族を叩き出してから6日目です。
今日も今日とて魔物を狩りに森へでかけ、8匹程クビナガイーターをシバキ倒して換金した。ついでに昨日木こりさん達が届けてくれた分の魔物分も受け取った。
ちなみに、昨日狩ってやったオーガベア? とか言う熊さんは、少し探してみたが結局今日は見つからなかった。あの野郎、やっぱり微妙にレアリティ高いのかな…?
いつも通り、行きつけの店を周り、目新しい商品のチェックをして、そして朝飯を食いに(たかりに)ユーリさんの店に来た。……いや、正確にはユーリさんが働いているだけで、ユーリさんの店じゃないんだけど。
まだ店は開店前らしく、扉は開いていない。
……どうしよう。
忍び込む事は可能だけども……実際前に1回不法侵入してるし……でも忍び込んでも意味ねえしな。
こう言う時は素直にチャイム……は、無いので、とりあえずノックしてみよう。
前脚でトントンっと扉を叩く。
……傍目に見たら、絶対爪研ぎしてるように見えるなコレ…。
もう1度ノックすると、扉が開いてユーリさんが顔を出した。
昨日プレゼントした花飾りが、結ばれた金色の髪の中で鮮やかに彩っている。……まあ、気に入ってくれてるんなら良いか。
「はーい、店はまだですよ……って、あれ?」
キョロキョロと辺りを見回すが、誰も発見出来ていない。
そら、もっと視線を下に向けてくれないと俺は発見出来ないッスよ……。今は【仮想体】引っ込めてるし…。
気付いて貰う為に一鳴きする。
「ミャァア」
「え? ああっ、猫ちゃん?」
出て来ると、両手で前脚を抱えるように俺を持ち上げる。
「勇者様は一緒じゃないの?」
通りの先まで見る様に体と首を頑張って伸ばしているけども……まあ、居る訳ないです。だって、俺が収集箱から出してないんだもん。
「今日は君1人なのかな?」
「ミ」
うむ。
若干偉そうに頷いてみた。
「そっか、勇者様は後で来るんだね」
いや、ちゃいますけど。
勇者モドキが来る予定は一切有りませんけども。
「じゃあ、店の中で待つ?」
「ミィ…」
まあ、店の中に入れたので結果オーライ。
勇者モドキの云々は……まあ、サラッと流させて貰おう。いや、だって、別に俺は「来る」なんて言うてへんし。
ユーリさんも猫の言った(言ってない)事と思って流してくれるでしょう……多分。
俺を抱いたまま店の中に戻ると、キッチンの方に声をかける。
「マスター、お客様でーす!」
「まだ店開けてないでしょーが」
キッチンの方から呆れた声と共に店主が顔を出す。
そして、すぐさまユーリさんに抱っこされている俺を発見して「おや?」と、表情を変える。
「勇者様のところの…」
「今日は勇者様と待ち合わせなんですって」
いや、だからちゃいますけどね。
ただ飯を貰いに来ただけですよ?
「そうですか。じゃあ、後で勇者様も来るんですね?」
「そうみたいです」
来ねーっつうの。
「ミャ……ミィミィ」
「猫ちゃんお腹空いてるみたい」
違う。違うけど大正解!
「マスター、何か食べさせてあげて下さいよ? お腹空いてたら猫ちゃんが可哀想ですよ」
言いながら俺の頭を撫でる。
……はぁ~、頭撫でられるの気持ち良いんだよなぁ……。猫や犬が大人しくなるのが分かるわ。俺も思わず「らめぇええ」ってなりそうになるし……いや、そこまで行ったら人間として色々終わりな気がするから行かないけども。
「それは構いませんけど……猫が食べられる物って、何かあったかな?」
キッチンに引っ込んで行く店主の背中を期待の眼差しで見送る。
美味しい物を期待せずには居られない。
始めてこの店に来た時から、絶対美味しい物を出すって残り香だけで確信してたからね。
「はい。じゃあ、猫ちゃんはここで良い子で待っててね?」
机の上に俺を乗せて、ユーリさんも仕事に戻って行く。
はぁ、落ち着く。
【仮想体】が使えるようになったお陰で、他の店にも普通に入れるようになったけど、やっぱり飲食店って場所は、元の世界で馴染み深い場所だったせいか落ち着くんだわ。
飲食店で猫がバタバタ動き回る訳にもいかんし、お座りして良い子で待つ。
腹の虫を慰めて店主を待つ。
キッチンから漂って来る良い匂いに涎を垂らしそうになっていると、お待ちかねの朝飯……時間的にはほぼ昼飯が来た。
「お待たせしました勇者様の従者殿」
目の前に置かれる皿。
その皿の上には……残飯の寄せ集め……?
「こんな物しか無くてスイマセンね」
……いや、まあ、うん、猫相手だし、うん、まともな料理を出す方がおかしいよね。
多分仕込みで残った食材を、“辛うじて食べれます”なレベルにして皿にドンッとした結果がこれなんだろう。
ええ、まあ、食べますけども……。出された物は全部食えって散々言われて育ったし、ちゃんと全部食べますけども。
いただきます……。
「みゃぁー……」
「はい、どうぞ」
うん、まあ、不味くはない。むしろ、日頃の酷い食生活を考えれば美味い部類に入る。
見かけさえ目を瞑ればイケるイケる。料理人の腕にかかれば残り物だって、ちゃんとした食材って事だわね。
モッシャモッシャ食べる。
「こんな小さいのに、良い食べっぷりですねえ」
「食べ盛りなんですよ。きっとすぐ大きくなりますね。ね、猫ちゃん?」
優しい手が俺を撫でる。
食ってる時に触らないで下さい。ぶっちゃけ食いづらいです。
そんな俺の考えが伝わった訳ではないだろうが、俺を撫でるのを止めてテーブル拭く作業に戻るユーリさん。
しかし、作業をしながらも会話は続く。
「そう言えばマスター、なんか今日少し騒がしくないですか?」
それは俺も思った。
今朝から、町中を変な黒いローブを着た連中がうろついてるし……。絶対関わったらアカン奴や…と思ったから、黒ローブとエンカウントしないように全力で避けて来た。猫の俺はともかく、勇者モドキを隠すのはかなり苦労したけども頑張りました。
そのお陰か、今のところはトラブルらしい物には巻き込まれて居ない。
「昨日の夜に団体が町に来たみたいですよ? ガルが朝方に『警戒しろ』って伝えに来てくれましたよ。通りに黒いローブを着た人達見ませんでした? あの人達がそうらしいんですけど」
「ああ、見ました見ました! あの人達、なんか怖くないですか? 何か探してるように見えたんですけど」
ほーら、町の住人たちにもむっさ警戒されてんじゃん!
なんなんだよあのクソ怪しさ満点の連中はよう! 奴等のせいでコッチは自由に出歩けもしねえっつうの!
まあ、どうせ行き場を無くした連中が、魔物の居なくなったって話を聞いて住処を求めてやって来たって感じだろうけど。それならそれで、もう少し元々居る住民達との接し方考えろっつーの、こんなに警戒されてて馬鹿じゃないの?
黒ローブ共が何か問題を起こしたら、きっと勇者モドキがその解決の為に駆り出されるんだぜ? 勘弁しろよ本当。コッチは静かに暮らしたいんだって……。
「何も起こらないと良いんですけどね」
店主がキッチンに戻ろうとしながらボヤくと、店の扉がコンコンッと控えめな音でノックされた。
「あれ? また誰か来たのかしら?」
俺以外に、開店前の店に押しかける馬鹿が居た事に驚く。驚きつつも飯を食う事は止めないけど。
ユーリさんがテーブル拭きを中断して扉に向かおうとすると、それを待つ事すら出来なかったらしいノックの主が勝手に扉を開けて、無遠慮にズカズカと店の中に入って来る。
「ちょっと、あの…!」
「まだ店開けてないんですけど」
店の人間2人が慌てて制止の声をあげる。
それもその筈、だって、入って来た奴が今まさに話していた黒いローブを着た人間だったのだから。
頭までスッポリと黒いローブで覆い、顔が分からない……。
「開店前に失礼します」
ペコっと黒ローブが頭を下げる。
声は女だけど……女声の男って可能性も捨て切れないか。
一応警戒して収集箱から武器を取り出す準備をしておく。ついでに【バードアイ】を店の外に飛ばす。
店の外……入口から少し離れた所で黒いローブを着た連中が周囲を警戒していた。
俺達を逃がさないように……か? それとも、邪魔が入らないようにする為か。
まあ、コイツ等が何の目的か知らんが、やろうってんなら受けて立ってやる! 俺1人……いや、俺1匹だったなら面倒臭いから問答無用で逃げて、追手は適当に撒くんだが……。
流石にユーリさんと店主を見捨てる訳には行かんからな。
ただ飯食わせて貰ったんだから、その分くらいは仕事しねえと罰が当たる。
モシャモシャ食べつつも警戒度を上げて行く。
どう出るか知らんが、早撃ち勝負なら負けんぜ?
あの黒ローブがいきなり天術を放つとしても、詠唱で一瞬の間が出来る。俺が投射で奴の脳天を抜く方が圧倒的に早い。武器を抜いてユーリさん達に襲いかかるとしても同じだ。
真正面からの戦闘になったとしても、連中が魔族以上でもない限りは俺だけで全滅させられる自信がある。
人間を殺すのは…やっぱり色々思うところがあるが……まあ、どうせ魔族を大量にぶっ殺した後だし、今更何言ってんだって話だ。
「なんの御用ですか……?」
ユーリさんが警戒バリバリで訊く。そして、さり気無く俺に近付いて来る。
どうやら、何かが起こったら俺を守れるように……と言う事らしい。まあ、護るコッチとしても、近くに居てくれた方が護りやすい。
黒ローブが警戒されている事に気付いたのか、フードを降ろして顔を見せる。
赤茶の髪の少女だった。
パッと見の年齢は……13、4ってとこかな?
整った顔立ちをしていて、将来を期待させる―――が、どこか大人に挑戦的な目は、可愛らしさよりも子憎たらしさを感じさせる。
「失礼しました」
もう1度ペコっと頭を下げる。
さっきも思ったけど、妙に動作が綺麗だな? 明らかに礼儀作法を教え込まれた動きだ。
何者だ、この子?
相手が子供だと、殺す決意が鈍りそうなので……出来れば襲って来るって展開は止めて欲しい。
「私はアザリアと申します」
そう言ってローブから手を出す。
その手に握られているのは―――杖。
ツルっとした大理石みたいな素材で作られた杖。先端に輪っかがあって、その輪の中心に赤い宝石が浮いていて、絶えずクルクルと回っている。
凄いレアそう……!!!
レアリティB……いや、A行くんじゃないかあの杖? 下手すりゃ唯一の武器の可能性だってある。
あの杖、なんとか収集箱に放り込めないかしら?
俺の素人鑑定を余所に、ユーリさんと店主が驚いた顔をする。
「ま、まさかその杖は……!?」
「極光の杖……!?」
え? 何? あの杖、有名な武器なの?
2人が杖を知って居た事に満足するように、アザリアと名乗った少女は小さく頷く。
「極光の杖が何なのか理解できるのならば、コッチの名を言った方が話が早そうですね」
勿体ぶるような一瞬の間。
「私は―――杖の勇者です」
「勇者が……もう1人……!?」
「杖の……勇者様……!」
え? 何? 勇者? 勇者ってそんなに居るもんなの?
「この町を解放したと言う、剣の勇者を探しに来ました」




