2-5 町を歩く
「勇者様、鞘の調子は如何ですか? やっぱり、勇者様の剣ですので特注の物を御仕立てしましょうか?」
とユーリさんと歩く俺に声をかけて来たのは、武器防具を専門に売っている商人の男。まあ、言うところの「武器屋さん」ですな。
魔族達に営業の差し止めを食らっていた店の1つで、店の準備をしていた最中だったとか。
このオッサンと知り合ったのは、あの戦いから次の日。
勇者モドキが旭日の剣を抜き身で持ち歩いていたところを「町中で抜き身のままでは危ないですぞ」と声をかけられた。
普通に考えれば、そりゃ危ないですわな……? 元の世界だったらポリスメンが飛んで来て即行で地面に押さえつけられる事態だわ。
で、「間に合わせで宜しければ鞘をお譲りします」と言うので遠慮なく貰った。
っつー訳で、今勇者モドキの腰に下げている皮の鞘は貰い物です、はい。
俺としては別に鞘なんて何でも良いんだが……。まあ、レアリティ高い鞘なら欲しいけど。
俺が特に鞘を必要としていない空気を察したのか、猫の俺を抱いているユーリさんが口を開く。
「勇者様、確かにもう少し勇者様に相応しい鞘にした方が……」
いや、別にいいんでない? だって、そもそも俺勇者じゃないし。ただの猫だし。
俺の意識を受けて、黄金の鎧が首を横に振る。
「必要ない……ですか?」
うん。
それに、元々の庶民根性として、あんまり高い物とか豪華な物とか使うのに躊躇いがあるんだよなぁ……。とか言う割に、旭日の剣とかオリハルコンの鎧とかはバンバン使ってるけども……。
まあ、あれだよ? 自分の金払った物と、拾った(奪った)物じゃやっぱ色々違うし。
俺に鞘を変える意思がまったく無いのを理解し、武器屋のオッサンががっかりする。
「かの有名な旭日の剣を仕立てさせて貰うチャンスかと思ったのですが……残念です。とても……とても残念です……!」
今にも膝から崩れ落ちそうなくらい落ち込んでるんだけど……そこまでの事ッスか?
武器屋にお別れを言って(言ったのはユーリさんだけど)、再び大通りを歩き出す。
……ふと冷静になると、なんでユーリさん一緒に来てるんだろう……。まだ全快って訳じゃないっぽいし、帰って養生した方が良くない?
まあ、それを伝える事も出来ないから、結局流されるまま一緒に歩くんですけどね。
途中で道具屋に寄る。
金を手に入れるようになってからの俺の1番の行きつけの店だ。
「おや勇者様、いらっしゃい。そろそろ来るんじゃないかと思ってたよ」
人の良さそうな……それでいて何を考えてるか分からない、底の見えない笑顔で出迎えてくれた店主。
パッと見は皺だらけの老婆なのだが、歳を感じさせない喋りと若者にも負けないバイタリティで、付き合ってみる程実際の歳を計れなくなって行く不思議な人だ。
ペコっとお辞儀する。
「おやおや? 今日は女連れかい? 『英雄色を好む』とはよう言ったもんだ」
なんでやねん。と、一応心の中でツッコミを入れておく。
女を連れてるって言うか、……女に連れられてるって言うか……うん。
俺の方は冷静その物だが、ユーリさんはそうではなかったらしく、俺を抱いている手が見る見る熱くなり、顔が真っ赤になる。
「ち、ち、違います!! 恋人とかお嫁さんとか、そう言う物じゃないですよ!?」
誰もそんな事言ってない。
「……誰もそんな事言ってないよ」
俺と婆様のツッコミがシンクロした。
しかし、そのツッコミは耳に入っていなかったらしく、その後も「そりゃあ、勇者様に好意を向けて頂けるのなら嬉しいし、恋人にでもお嫁さんにでもなれと言うのならいくらでもなりますが…」と1人でブツブツ言っている。忙しそうなので放置しておこう。
店に来た目的を思い出し、金色の鎧が棚を見る(振りをする)。
「右側の棚に並んでるのが昨日行商人が置いて行った奴さね。勇者様好みの物を揃えてみたけどどうだい?」
現在の俺の稼いだ金の大半は、この店で消費している。
と言うのも、この店は色んなアイテムが揃っていて、尚且つリーズナブルだ。……まあ、リーズナブルつっても、それは武器や防具を買うのに比べれば…だが。
しかし、毎日通って散財したお陰で、新しく18種のアイテムを収集出来た。
白の回復薬やら、縄やら、複合材やら、混合液やら、織物やら、ただの筆から何に使うのか意味不明な丸い物までet c…。
まあ、中でも掘り出し物だったのは
『【魔避けのアミュレット Lv.11】
カテゴリー:装飾品
サイズ:小
レアリティ:D
所持数:1/10』
これだ。
装飾品カテゴリーのアイテムは初ゲットだったので、かなり嬉しい。
装備効果が、魔法・天術のダメージ減少。まあ、効果小だからあまり期待は出来ないが、アクセサリーの装備枠って大抵そんな感じの奴じゃん?
……つっても、猫の体じゃ装備出来ねえんだけど……。
まあ、気を取り直して……今日の品揃えは如何かなっと。
目新しい物は……おっ、釣り竿とかあんじゃん!? 俺は使えんけど、【仮想体】に持たせたら釣り出来そうじゃん?
流石に水嫌いの猫の体じゃ、どんなに身体能力高くっても素潜りで捕まえるって訳にもいかんしね。
あとは……なんか、色んな草? ゲーム的な流れで言うと、毒消し草的な奴かしら? でも、大抵の草って収集箱に入れても“野草”で片付けられるんだよなぁ…。
アイテムの種類増えないってのはなぁ……微妙に購買意欲を削がれます。
一旦保留。
他には…っと。
花飾り?
本物の花じゃない。
織物を編んだり結んだりして花のように作られた、赤い花の飾り。
こう言うの良いんでない? 特に使い道はないけれど、何となく持っておけば、何かしら使い道が有るかもなぁ……って感じの物。
「おや、やっぱりそれが気になるかい? そいつはね、緋焔花って言う火の中でも咲き続ける花で染められた布で作られた花なんだよ」
ほうほう、なんだか凄そうだ。
じゃ、それと釣り竿貰うわ。
【仮想体】が欲しい物を指さして、金の入った袋を差し出す。
「はいよ。お得意さんだからね、少しは安くしとくよ」
こう言う時の「安くしとく」はかなり当てにならないと言う事を俺は知っている。
別に良いんだけどね。猫の姿だと、そこまで金に執着する事もないし。
とは言え、一応安くしてくれるって言ってくれてるんだから、御礼の会釈は返しておく。
婆様が袋から銀貨と数枚の銅貨を抜いて、残りを返す。
品物を受け取って―――俺の早く収集箱に入れたいという気持ちが勝手に反映されて、【仮想体】が俺に向かって受け取った物を差し出す。
流石に人前で収集箱に物を放り込む訳にも行かないので、差し出した手を引っ込ませようとした……のだが……、
「え……? 勇者様、これを私に?」
ユーリさんが反応した。
ええ、まあ、猫の俺をユーリさんが抱いてますから、俺に物を差し出したって事は、傍目にはユーリさんに差し出したように見える訳で……。そして、黄金の鎧の手の中には、いかにも女性へのプレゼントっぽい花飾り。
………まあ、誤解されても文句は言えないッスよねぇ。
つっても、まったく、完全に誤解ですし。買った物を収集箱に入れもせずプレゼントするなんて有り得ませんし。
…とは言え……。
「あ、ありがとうございます勇者様!!」
ユーリさんが凄い目をキラキラさせて待ってるんだよなぁ……。
言えねえ……「ちゃうねん」とは言えねえよ……そもそも話せないし……。
ならば、どうするか?
決まってるでしょ!
ユーリさんの髪に花飾りを付けて見せる。
「わぁあ! あ、ありがとうございます!」
……諦めて渡すしかないじゃん?
いや、だって、ねえ? うん、ほら、あれじゃん? 俺偽物って言っても勇者じゃん? 全然そんなつもりねーけど。
うん、だから仕方ねーんだよ、うん、本当。
「ミ……ィ……」
「どうしたの猫ちゃん!? なんでそんなに悲しそうな鳴き声出してるの!?」




