2-4 助けた少女に連れられて
熊を背負ったままクルガの町に入ると、門の近くに居た人達がギョッとした。
まあ、ビックリしますよね? 俺だって熊を背負った鎧が現れたら、多分ビビる。いや、もうビビるって言うかションベン漏らす。
しかし、驚いた顔は一瞬。
背負っているのが黄金の鎧―――勇者モドキだと分かった途端に、「なんだ勇者様か」とホッと顔を和らげる。
なんか、数日の間に凄い信頼されてるんですけども……。勇者だからか? これも勇者特権なのか? 勇者ってだけで勝ち組みなのか!?
……まあ、勇者って言っても偽物ですけども。
それはともかく、さっさとこの熊を素材屋に渡してしまおう……いい加減疲れた。
朝っぱらからこんなに疲れるって……元の世界での生活を思い出してしまうな。
………少しだけ心の中を、人間だった頃の思い出と共に寂寥感が通り過ぎて行く。
生活が落ち着いたら、昔の事をちょくちょく思い出す様になった気がする……。ホームシックかな? まあ、だからと言って元の生活に戻りようもないんだが。
頭の中を通り過ぎる思い出を締め出しながら歩き出そうとすると、
「あ、のっ! ゆ、勇者様!」
門の横に立って居たユーリさんに声をかけられた。
スルーする訳にも行かず、熊オン・ザ・鎧のまま立ち止まる。
俺が止まったのを確認すると、小走りに駆けて来た。
5日前―――処刑騒ぎ後のユーリさんの姿は、かなり散々で……パッと見で女性かどうかも分からないくらいに顔が腫れ上がり、全身傷だらけの血やら涎やらの体液塗れだった。
しかし、今のユーリさんは傷も無く、顔の腫れも引いて、どこかヒマワリを思わせる美しい女性の姿に戻っている。
治癒術マジすげぇ…。
俺も是非覚えたいけど、天術って覚え方良く分かんねーしなぁ……。多分魔法と同じ枠だから、俺か【仮想体】が食らえば収集出来ると思うんだけど……。そもそも天術を向けられた事がねえから確かめようがねえんだよなぁ。
おっと、話が逸れた。
ともかく、そのツルツルな肌の美人さんに戻ったユーリさんが、顔を赤らめながら勇者モドキの前で立ち止まる。
「お、おも、お戻りになったんですね!」
うん、まあ、そりゃあ見れば分かりますよね……と思いつつも、鎧は素直にコクっと頷く。
「きょ、今日も魔物を退治されたんですね、凄いです!」
どうも、ともう一度頷く。
「…………」
いや、そんな俯いて無言になられても……。
コッチは喋れないから、そっちが話してくれないと場が持たないんですけど…。っつか、何か用があったから呼んだんじゃないの?
ってか、この子なんで耳までこんなに赤くしてるのかしら? もしかして、まだ体に無理させてるんじゃ……それはいかんな。
何しにこんな所に居たのか知らんが、それとなく帰って休ませた方が良いな。
「あー…えーっと…えと……あ、魔物……そう、魔物! 魔物を素材屋に持って行くんですよね!? さあさあ、行きましょう!」
いや、別に1人で行けるんだが……って言うか、何か用事があって朝っぱらから門の近くに居たんだじゃないのか? 離れちゃって良いの?
とか思ってる間に先に立って歩いてるし……。
「ミャァ…」
思わず溜息のような鳴き声が漏れてしまった。
仕方無く【仮想体】を動かして後を追う。
先に立って歩いていたユーリさんがコチラに振り返る。
「あ、あの勇者様! ずっと言いそびれて居たのですが―――」
何を言うのかと身構えた次の瞬間、ユーリさんがガバッと頭を下げる。凄い勢いで頭を振ったものだから、金色の髪の毛が空中で暴れる。
髪が若干ゴワゴワしてそうなのは、コッチの世界にちゃんとしたコンディショナーやトリートメントが無いせいだろうか? なんて事をボンヤリ考えていた。
「―――助けて頂いて、ありがとうございました!!」
大通りの真ん中で、女子に頭を下げられる熊を背負った黄金の鎧。
文章にすると、もう何だか訳が分からんな。
朝で人通りが少な目だと言っても、流石に人目を惹くなぁ……。
たっぷり30秒頭を下げてから、ゆっくりを頭をあげる。言いたい事を言えた満足げな顔でニコッと笑う。
可愛らしい笑顔だった。
傷が治ったと言っても、それは体だけだ。魔族達に酷い目に遭わされた記憶は消えないし、心に刻まれた恐怖とか苦痛は欠片も和らいでいない。それでも尚、こうして笑顔を人に向けられるユーリさんは凄い人だと思う。
「さあ、行きましょう勇者様」
ユーリさんに連れられて歩く。
中央通りから一本逸れた道。門からほど近い位置にある大きな店、ここが素材屋。
着くや否やユーリさんが店主を呼びに言ってくれたので、俺は店の裏手に回って熊を降ろして待つ。
「おお! これは勇者様、お待たせして申し訳ございません」
裏口からバタバタと出て来た筋肉質だが、やたら人の良さそうな顔の男。素材屋の店主であり、俺に血抜きの仕方を教えてくれた人でもある。
律義の店の外を回って来たユーリさんを確認しつつ、ペコっと店主にお辞儀をする。
「オーガベアですか…! これはこれは……今日はまた大物を獲っていらしましたね?」
死体相手とは言え、恐れる様子をまったく見せず、興味深そうに“なんちゃって熊”に触る。
「魔族共が来る前から、コイツはこの辺りで暴れてましてね? 木こりや狩人、キノコや果物を求めて森に入った者まで、結構な数がやられてるんですよ」
その話は、もうグリントさんに聞いたわ。
「コイツを狩ろうとして森に入った連中も居ましたが、大抵は2度と帰っては来ませんで……聞いた話じゃ、魔族連中の中にもコイツにやられたってのが居たらしいですがね? まあ、それはザマアミロって感じですが」
マジか! この熊、俺の魔法一発で死ぬくせに魔族を狩れるくらいに強いのか!?
いや、でもアレか? 狩られた魔族がただ弱かっただけって可能性もあるか。多分そうだな、うん。
「ああっスイマセン! 湿っぽい話をしちまいましたね? コイツは高く買い取らせて貰いますよ。毛皮も肉も高値で売れますし、特にこの角が良い素材でしてね?」
そうなの? 収集家として、ちょっと惜しい事をしたかも……と後悔してしまった。いや、「良い物だ」って言われたら集めたくなりますやん?
普通に喋れるんなら、「そこだけ頂戴」とか交渉するのも有りなんだろうが、俺喋れねーし。人間にはミャーミャー言ってるようにしか聞こえてねーし。
……ま、いいや。
今の狩り生活はもう暫く続くだろうし、もう1匹くらい狩る機会はあるかもしれんし、その時に角を頂戴する事にしよう。
「では、このくらいで如何ですか?」
主人に銀貨と銅貨の混じった包みを渡される。
ちなみに硬貨の価値は、正直ちゃんとは理解できていない……と思う。
店での支払いとかを見るに、恐らく金貨が10万円位の価値があって、銀貨が20枚で金貨と同じ…って事は約5000円位、そんで銅貨20枚で銀貨1枚分だから銅貨1枚250円位。
……と言う感じに、かなり雑で適当な理解の仕方をしている。ぶっちゃけ当たっているかどうかは自信ない。
ま、ともかく、熊1匹で、約7500円ってとこかな?
……あれだけ危ないって前振りをされておいて、随分安い気がする。とは言え、コッチの物価で考えれば、これでも大分イロを付けてくれた値段なんだろう……多分。
そもそも、値段に対して文句言うつもりもないしね。
多少ボラれて居たとしても、それで生活が楽になる人が居るってんなら……まあ、許そうって気になる。
まあ、それは町がこんな状態で、皆がシンドイ生活をしてるのを知ってるからこその仏心だけどな? 普通の町でやられたら全力で猫パンチかますけど。前歯圧し折るつもりでパンチするけど。
包みの中を確認した黄金の鎧が頷く。
「ありがとうございます。折角の珍しい獲物ですので、すぐに解体に入らせて頂きます」
ペコっと俺―――っつか鎧にお辞儀をして解体道具を取りに行った店主を見送り、俺達も店を離れる事にする。
「勇者様、あの……猫ちゃん抱かせて貰って良いですか?」
はい、どうぞ。
冷たく硬い無機質に座ってるより、女性に抱かれてる方が100倍良いです。
鎧が小さく頷く。
「ありがとうございます! おいで、猫ちゃん」
両手で壊れ物を扱うように俺を抱き上げる。
少し肌が荒れているが、柔らかく小さい女性の手だった。
肌荒れは、多分水仕事を多くしているからかな? コッチの世界じゃスキンケアのクリームも無いし、女性は大変だ。
「猫ちゃん、君はいつも勇者様と一緒で羨ましいね?」
「ミャァ」
「あっ!? えっと、あれです! 違います!! 羨ましいって言うのは、別に違います!! そう言うアレじゃなくてですね!?」
顔を真っ赤にして、空っぽの鎧に向かってブンブン手を振るユーリさん。
若干俺が落ちそうなので、その動きは止めて頂きたい。抗議のつもりで「ミー」と鳴く。
「あ、ゴメンね猫ちゃん、痛かった?」
「ミ」
「そっか、ゴメンね?」
会話が成立してるように思えるけど、コッチの言葉は1%も理解されてないんだよなぁ……。
「この猫ちゃん、いつも勇者様と一緒に居るので、皆使い魔なんじゃないかって噂してるんですよ?」
使い魔て……。
現実は逆ですけどね? キ●バーン的な奴ですよ。「馬鹿め、本体はコッチだ」的な奴ですよ。




