12-20 猫はバッドエンドを回避する
「貴方が、剣の勇者様なんですか?」
声が出なかった。
レティが俺の存在に疑問を持っていたのは……まあ、分かる。子猫が戦っているところを見たのだから、「なんだコイツは?」と思うのは当然だ。
メイドさんや王様達の前でなく、敢えて俺の言葉が分かる自分1人でその件を問い質そうと言うのも、まあ、分からんでもない。
レティは俺がそれなりに口が回る事を知っているから、言葉が伝わらないとは言え、皆の前では俺が真実を口にしないと踏んだのだろう。
だが……分からん。
何故に、レティの中で俺と“剣の勇者”が結びついた?
いつも剣の勇者(偽)にくっ付いてるとは言え、俺は誰がどう見たってただの猫だ。多少戦えようが、同一人物だと思う奴は居ねえだろう? 剣の勇者と俺が一緒に居るのを見た事があるのならば尚の事だ。
だと言うのに、どうして……? ただの勘か? いや、この子雰囲気がフワフワしてるし、寂しがり屋の甘えん坊だが、決して頭が悪い訳でも回転が遅い訳でもない。
何かしらの引っ掛かる理由が無ければ、こんな事を口にしないだろう。
…………どうしよう?
俺が「違う」と言えば、多分レティは当たり前のようにそれを信じてくれるだろう。けど、良いのか? ここで誤魔化してしまって良いのか?
レティはまったく戦えない。
身体能力は常人と比べても並以下だし、天術の腕だって初歩レベルの術式を何とか使えるって程度。
見た目子猫とは言え、俺が戦えるのを知っていながら突っ込んだ質問をするのは、相当な勇気が必要だっただろう。
だって、もし俺が悪人だったら「秘密を知った奴は生かしておかん」って展開になるかもしれないじゃん?
それでもレティは、俺と1対1で話している。自分が害される可能性も飲み込んで。
だったら、俺もそれに応えるべきじゃないのか?
相手がお姫様とか、俺の飼い主とか、そういう相手との関係性は置いといて、1人の人間として応えるべきじゃないのか?
いや、でも、とりあえず、何でこの質問が出て来たのかは訊いておきたい。
「(なんでそう思う?)」
「否定しないんです……?」
否定しないってのは、暗に肯定しているって意味と同じだ。んな事は分かっている。
「(そいで?)」
「……最初に疑問を感じたのは、私達の呪いを解いてくれた時です。知っての通り、私は【神の門の塔】の異能によって全ての者と話す事が出来ます。ですけど、剣の勇者様の声だけは聞こえなかったんです」
まあ、そら、喋ってないんだから聞こえないでしょ。
でも……だからって、剣の勇者と俺がイコールになるか?
「(だから俺が通訳してたじゃん?)」
「だから、です。通訳する時、ブラウンと剣の勇者様は心の中……頭の中……? 念話、と言うんでしたか? 口に出さずに意識の中だけで会話をしているって、ずっと思ってました。でも、それにしては、ブラウンの受け答えに、勇者様の言葉を聞いているような間がなかったじゃないですか」
間……か。確かに、実際は俺が聞いて俺が答えてるから、第三者の言葉を聞くような変な間は空かない。
「それに、ずっと思ってたんです。なんで、剣の勇者様がどこかに行く時、絶対にブラウンが付いて行かなければならないのか……。でも、見方が違ってたんですね? ブラウンが剣の勇者様に付いて行ってたんじゃない。ブラウンが行く所に剣の勇者様が現れていた」
聡い。
やっぱりこの子は馬鹿じゃないし、思考の回転も決して鈍くない。
「そう思ったら、もしかしたらブラウンが剣の勇者様なんじゃないか……って。とは言っても、どうして猫のブラウンと、剣の勇者様が同時に存在出来ているのかはわかりませんけども……」
なるほど……。
それに加えて、俺自身が戦えるのを見て、疑念が確信に近い所まで来たって事か。で、今に至ると。理解した。
さて……どうするか?
ゲロってしまって良くないか? ここまで、ほぼほぼ正解の答えを出されているのだから、これを否定するのも変な気がする。
それに、根本的な話として――――もう、剣の勇者必要無くない?
元々、俺が剣の勇者を演じてきたのは、最古の血から猫の姿を隠す為だ。
だけど、その最古の血のうち、序列1位のアビスと3位のデイトナには正体がバレてしまっている。
残る1人にバレるのも時間の問題だ。となれば、最早剣の勇者要らんくない? って話になる訳ですよ。
残念ながら、俺の現在の能力では、最古の血にはまったく敵わない。であれば、隠れる事が出来ないのなら、ここからは最古の血から逃げるターンになるのは目に見えている。その時剣の勇者の存在は逆に俺の足枷になる。どこ行ったって金色の鎧は目立つからな?
この先捨ててしまう肩書なら、ここで全部話してしまって良くないって事だ。
「(…………レティ、この先の話を聞きたいか?)」
「……え?」
「(世の中、『知らない方が良かった』なんて話は腐る程有る。多分、この先の話はそう言う類の話だぜ?)」
聞いた後で「聞かなきゃ良かった!」なんて後悔されても、俺にはどうしようもない。真実を語る時は、語る方も聞く方もちゃんと覚悟しなきゃならない。
「はい」
迷いない即答だった。
訊くまでもなかったかな? レティはこの話を俺に振ってきた時点で、どんな真実でも呑み込む覚悟が出来ている。
そう言う強い意志の灯った真っ直ぐな瞳。
場違いに「綺麗な目だ」とか思ってしまったのは心の奥に仕舞っておく。
「(……分かった)」
諦めたようにフゥッと1度大きく息を吐く。
いや、別に本当に“諦めた”訳ではない。話すと決めても、やはり実際に話すとなると色々心の中で緊張してしまう、と言うだけだ。
どう説明しよう……?
俺の話全部するにしても、初っ端から「異世界で死んで、猫として転生しました」なんて意味の分からない事を言わなければならない。
理解できるか?
いやぁ、流石に無理じゃろう……。
やはり順序を追って話そう。うん。こう言う時程、俺の前世の営業職のスキルを活かす時だろう。
えーと、じゃあ、とりあえず……。
「(レティ、ちょっと手を口元にやって)」
「は、はい」
意味の分からないお願いをされても、素直に従って、水を掬うように両手を手元へ持っていく。
で、その両手に向かって俺がジャンプイン。
「(ヨイショ)」
広げた両手に飛び乗る俺に少し驚きつつも、手を動かすと俺が落ちて危ないと思ったのかその姿勢を維持する。
「これ、何か意味あるんです?」
御尤も!
そら、意味分からんじゃろうや。でも、これ、必要な事なのよ。
息のかかる距離でも、俺から視線を外さないレティに、こっちの方が緊張してしまう。
「(これからレティが悲鳴あげそうになるのが目に見えてるから、先んじて口を押さえる準備)」
「意味が分からないんですが?」
そら、そうでしょう。
でも悲鳴はあげるのは確実ですしおすし。
部屋の隅に【仮想体】を出し、収集箱のリストを開いてオリハルコンの鎧一式と旭日の剣を選ぶ。
はい、剣の勇者(偽)完成。
俺だけを注視しているレティは、突然部屋の中に現れた金ピカの鎧に気づかない。
気付いて貰わないと話が始まらないので、視線で「あっち見て」と誘導する。
一瞬「なんです?」と言う表情を浮かべるが、やはり素直に俺の視線を追って黄金の鎧を見つける。
「ひゃ――――ッ」
大きな声を出しそうになったレティの口を、音より早く丸い両手でスパッと押さえる。
開きかけた口を力技で閉じられ「ミュグッ」と可愛らしい声がレティの口内に木霊する。
「ふぁにふるんふぇふ」
何するんです、かな?
いや、だから押さえるって言うたやん。
俺だって女子の口を物理的に押さえるのは紳士としてどうなのかと思うが……まあ、しゃーないやん?
レティが悲鳴をあげる→メイドさんと衛兵来る→騒ぎになる→勇者が怒られる→ついでに俺も怒られる→BADEND!
それを回避する為には致し方ないんですよ。
…………じゃあ、先に一言言ってから【仮想体】を出せって話だけども。
暗がりに突然現れる全身鎧とか、レティじゃなくたって悲鳴あげるっーの。俺なら悲鳴だけじゃなく下からもアレやコレや漏らすわ。
「ふぇんのふぅーふぁふぁふぁ!」
剣の勇者様、かな?
落ち着いたようなので、丸い手を口元から離す。
「剣の勇者様?」
もう1回言った。
「(うん。まあ、偽物だけどね?)」
「偽物……?」
静かにゆっくり近付いてくる金色の鎧。
ベッドから2m程離れた所で立ち止まり、自分の兜に手をかける。
…………一応、「驚かないでね」って先に注意しておくべきかな? まあ、なるようになれだな。
兜を取る。
当然の事ながら兜の中には何も無い。誰も居ない。鎧の中は空虚な伽藍洞。
「ッキャ――――!?」
再び、音より早くシュパッと動いてレティの口を押さえる。
はい、BADEND回避。




