12-15 風と炎に飲まれて
【空中機動】創り出した見えない足場をヒョイヒョイと高速で飛び移り、一気に距離を詰める。
向かい風のせいで一足飛びとは行かないが、距離を詰めるだけならものの数秒だ。
だが、当然のように一直線に進ませてくれる程甘くない。
「それじゃ難易度上げてこうね~♪」
エアが指先をクルクルと回す。
一昔前の子供が、トンボ相手にやっていたような手の動き。
エアの指の動きに合わせ、俺に向かって来ていた風の動きが変わる。
直線的な動きが渦を巻き、俺を飲み込むように回転を始める。
「ミュッ!?」
風の変化に対応出来ず、横風に体を攫われる。
凄まじい勢いで滅茶苦茶に体を引っ繰り返され、上下左右を認識する感覚がグチャグチャに乱される。
やべ!? くっそ気持ち悪い!!
酔いやすい体質ではないつもりだが、そんな物この状況じゃ関係ねえやろ?
っつか、まずい――――どっちが地面でどっちが空なのか分からねぇ!? 風の回転スピードが早過ぎて体勢を立て直せない。
洗濯機に放り込まれたタオルの気持ちが今なら良く分かります。
もはや強風などと言う生易しい物ではない、これは暴風だ……!!
更に恐ろしい事に、その風に炎が乗っかって、俺を丸焼きにしようとしやがる!?
―――― ファイアストーム
言ってしまえば、炎を纏った竜巻だ。
映画や災害映像なんかで観た事はあったが、まさか自分が巻き込まれる日が来るとは思ってもみませんでした。
いや、悠長に構えてる場合じゃねえって!? これ、結構洒落になってねえぞ!!
炎熱ダメージほぼカットしてるっつっても無効にできている訳じゃない。火の大精霊が更に熱量上げてきたら、どっかでコッチの耐性値を抜かれる……!
「危険は無い」と先置きされたから油断してたが、このレベルの攻撃を投げてくるってんなら、本気でやらなきゃマジで殺される!!
つっても、まずはこの洗濯機状態を何とかしねえと始まらん。
空中で風から逃れたって意味無い。空中は風の土俵だ、すぐ捕まってまた行動不能にされる。いったん地面に降りねえと。
【拘束術式】
拘束の天術を発動。
視界が炎で真っ赤な上に、色んな方向に振り回されてるせいで、どっちが地面なのか分からない、が――――天術はちゃんと地面から光る紐を伸ばしてくれる。
狙うのは大精霊2人ではない。【バインド】が拘束したのは、俺自身だ。
「ミ」
よし。
支援術式なら風の影響をほとんど受けてない。
天術に拘束された事により竜巻の流れに抗って、空を舞う凧のような状態になる。
これで良い!
己を拘束する光る紐の先を追えば地面の方向が分かる。
【バインド】が届いたって事は、天術の有効射程距離内……地面から100mも離れてない。
そいで、更に――――
【重量過多】
ミシッと体の内側から軋んだ音。
同時に、風に煽られていた体が地面に向かって引っ張られる――――いや、落下していく。
遊び半分で作った“対象を重くする魔法”を、まさか自分に使う羽目になるとは思ってもみませんでした。
風速に対しての手っ取り早い対応策は、重量を増す事だ。
若干心の中でドヤ顔しながら、体を捻って地面への着地姿勢を作る。
地面まで5mの所でようやく地面を目視。
だが慌てない。
【バインド】を解除し、同時に息を止めて【アクセルブレス】発動。
着地の衝撃を加速状態になる事で無効にし、ノーダメージで着t………ちょっ!? 何!? 地面ってか、砂浜がひび割れた黒いガラスみたいになってんだけど!? 炎熱のせいか!? ヤバ過ぎんか!?
いや、だが、加速中は熱も感じないから、とりあえずは良い。
一応加速時以外は、“溶けた地面”に触れないように【空中機動】で1cmでも1mmでも浮かすようにしよう。
さて、こっからは【重量過多】は解けねえぞ……。
風圧に対抗する為に必要な事とは言え、コッチは機動力マイナス40%ってところか……? 大精霊相手に60%の速度で対抗できるか? いや、出来る云々ではなくやるしかねえか!
【アクセルブレス】発動中は身体能力にブーストがかかる。そこにプラスして【全は一、一は全】の効果全開放ッ!!
収集箱内の全ての支援術式が限界まで重ね掛けされ、特性に付与されている能力値補正とスキルによる補正が乗る。
こっからはガチの全力! 殺すつもりで行く!!
まあ、殺すつもりで攻撃したとしても、どうせ精霊は死なねえしな、っと!!
重量に物を言わせて風を切り裂いて跳び出す。
ああ、くっそ! 体が重くてギシギシする!!
“身軽さ”だけが売りの子猫の体で、こんな重苦しさ感じるとか……結構笑えねえ!
「苦しそうだよ? 大丈夫かな♪」
誰のせいだ! と言う返しは辛うじて飲み込む。
当然、俺が近付こうとすれば、大精霊2人は距離をとろうとする。
だから、まずは逃げ道を潰す!
後ろに下がろうとする大精霊の背後から、大量の武器が出現させて突っ込ませる。
数による、点ではなく面を潰す攻撃。
「おっとと♪」「ふむ」
武器に追い立てられるように2人が前に出る。
突然現れた武器に慌てる事もなく、当たり前のように回避行動をとる。
チッ、少しは慌てて動き乱れろよ……!
「言っとくけど、武器でダメージ負わせても捕まえた事にはならないからね~♪」
「(わーっとるわぃそんな事!! ちゃんと直接ぶん殴る!)」
「“捕まえろ”がいつの間にか“殴れ”になってるよ♪ ま、良いけどね♪」
良いのか。じゃあ遠慮なく殴るわ。
前に出た大精霊2人を、更に俺の方に向かって剣や槍が追い立てる。
武器1つ1つに俺の意思が通い、猟犬のように、あるいは追尾弾のように2人を追う。どこまでも、どこまでも――――なのに、1発も当たらない。
いや、当たらない訳じゃない。何発か掠ってはいる。だが、直撃が1発も無いのだ。
異常なスピードを出してる訳でも、大きな動きをしている訳でもないのに、数百の刃を全て避けている。
全周囲から攻撃しても、スルリと抜けられる。
なんだろうな? 濁流に浮かべられても決して沈まない枯葉のような? 卵を割った時に落ちた殻の欠片のような? 箸で掴まえようとしても上手くいかなくて、めちゃめちゃイライラすんだよねアレ……。
いや、違う、人間時代のイライラを思い出してる場合ちゃうわ。
もっと目の前の事実をちゃんと見ろ!
……あ! そっか……風だ! 竜巻が俺の武器の軌道を捻じ曲げて、囲いを作っても逃げる隙間が出来ちまうのか……!
クッソ……元の世界で散々嵐や竜巻の被害のニュースを観て、風の怖さは知っていたつもりだったのに、全然身になってねえじゃねえか、俺のアホッ!! こうして敵に回って厄介さや怖さを味わう羽目になるなんて……!
炎で熱いわ、視界が悪いわ、息苦しいわ。
風のせいで自由に動けねえわ、攻撃がちゃんと出来ねえわ。
大精霊を舐めてた訳じゃないが、完全に予想の上をいかれた……っつか、これでも全然本気を出している様子が無い……。
…………そこそこ強くなったつもりなのに、序列3位やら大精霊やら、色んな方向から人の鼻っ柱を圧し折りに来やがる。
どこの世界でも、俺の人生は常にハードモードだわなあ、本当によぉッ!!
怒りが心と体の奥から湧いてくる。
瞬間――――背筋を伝う悪寒。
―――― マズイ!!
と思った時にはもう遅い。
怒りに任せて通常以上の力を絞り出そうとした瞬間、収集箱の奥で眠っていた“獣”が音もなく目を覚まし、己を縛る鎖を千切りながら俺に向かって手を伸ばしてくる。
【収集家】の制御を少しでも雑にしたら途端にコレだ。
「引っ込んでろ!」と思っても、既に“獣”の腕は俺の意識をガッチリと掴み、闇の中に引き摺り込む。
そして、入れ替わるように“獣”が意識の表層へと浮上した。




