12-12 海溝ではなく邂逅
白い砂浜、青い海、照り付ける太陽。
可愛い女の子と海岸を歩いたり、綺麗な貝を拾ったり、メイドさんが用意してくれたお弁当を一緒に食べたり……。
なんで俺は、元の世界でこう言う青春を送ってこなかったんや!!(床ドン)
……まあ、俺の過去の公開……いや、後悔は置いといて。
レティは終始笑っていて、そんな心底楽しそうなレティを見てメイドさんもどこか表情が優しいし、俺は可愛い女子とキャッキャウフフしてご機嫌だし。
これこれ、こう言うので良いんだよ!
こう言うのが本当の息抜きってもんよ!!
気付けば3時間も経っていた。
元々の予定では1時間くらいでさっと帰るつもりだったのに、楽しいとあっという間に時間が過ぎる。
「姫様……そろそろお戻りになられた方が宜しいかと」
俺は3時間経過して漸くその事実に気付いたが、メイドさんはずっと気付いていたらしく、レティにそれを切り出すタイミングを待っていたようだ。
それを聞き、レティの顔が一瞬曇るが、すぐさまいつもの“王族の顔”を作ってその表情を隠す。
「聞き分けの良いお姫様」である事がレティのアイデンティティだからだ。
不平不満や我儘は許されないと思っている。
まあ、王族ってのは国のトップな訳だし、多かれ少なかれそうでなきゃいけないのかもしれないが、周りがここまでの事をレティに求めているかと聞かれれば、俺は正直首を傾げる。
「はい、そうですね」
表情は整えても、内側から滲み出る悲しさが消しきれない。
俺でもそれに気付いているのだから、当然メイドさんだって気付いている。だが、決して「じゃあ、もう少しだけ」とは言わない。
メイドさんがレティにだだ甘なのは周知の事実だが、“甘やかす”事と“甘えを許す”事は別だと知っているからだろう。
「いっぱい楽しかったですもんね?」
「ミュゥ」
そうな。
あんな楽しそうに笑ってるレティは、もしかしたら出会ってから初めて見たかもしれん。
女の子の純粋な笑顔は癒しです。
…………あ、ヤベ、無茶苦茶おっさん臭い事言ってるぞ俺……まだ20代だっつーの。猫としてなら1歳以下やぜ?
「ありがとうブラウン、連れて来てくれて」
「(約束したからね)」
「です。ブラウンは約束は破らないんですものね?」
こうしてちゃんとお礼を言われると、連れて来て良かったと心の底から思う。
気軽に外に連れ出す事はこの先も難しいだろうけど、折を見てまたどこかに連れていけたら良いかもしれない。
「勇者様にもお礼を言わなきゃいけませんね」
「そうですね。今回は少しだけ感謝しても良いかもしれません」
おや? 勇者嫌いのメイドさんがちょっとだけデレたわ……。
レティの心底楽しそうな姿を見て、多少なりとも認めてくれたって事かな? まあ、俺、勇者じゃないから別に関係性悪いままでも別に良いんだけど……。つっても、悪いよりは良い方が良いのか、うん。
「ブラウン、勇者様をお呼びしてお城に戻りましょうか?」
「(そやね)」
目を瞑り、いつもの手順で【仮想体】を引っ張り出そうとした瞬間――――どこからか、声をかけられた。
「こんにちは♪ お散歩には気持ちの良い日ね♪」
突然の声にハッとなって目を開けると、いつの間にか、目の前に見慣れぬ2人組が立っていた。
1人は、煮え滾るマグマの如き深紅の髪の大男。
どこか顔つきがやんちゃ坊主感があって、言うところの“弟キャラ”っぽい見かけ。
「長身ワイルド系弟男子」としておこうか? はい、属性過多。
その背には、自分の背丈とほぼ同じ長さの長剣。
あの剣……なんだ? 妖気? 神気? 闘気? 良く分からない何かが剣に纏わりついているのが分かる。
恐らくだが、魔剣だの聖剣だのと呼ばれる類の剣である事は間違いない。
確実にレアリティが高い。間違いない。断言できる。
一方、もう1人は緑色の髪をお団子結びにした小柄な女の子。
多分140cmくらいなのだろうが、隣に立っている男が180以上ありそうなので、比較で余計に小さく見える。
人懐っこそうな笑顔を浮かべて無垢な幼女のふりをしているが……多分笑顔の裏ではえげつない事考えてそうな気がする……多分だけど。
そして、この子の肩には――――刀?
スクールバッグを背負うように、日本刀を右肩に引っかけている。
…………いや、でも、なんで日本刀が? こっちの世界にも刀の文化があるのか?
そして、その刀も男の持つ長剣と同じく異質な空気を纏っている。妖刀と言う奴だろうか?
……で? なんなのこの人ら?
突然現れて、声をかけて何がしたいのかしら?
まあ、正直、あんまり良い予感はしていない……。
こんな誰も居ないビーチで、メイドと姫(村娘変装中)と猫。そこに声をかけるってのはどう言う気持ちなの?
戦えそうにない女子2人が魔物に襲われないかと心配して声をかけた、って言うのなら問題ないのだが、この凸凹コンビはそんな感じが全然しない。
……いや、ってか、こいつ等の気配……もしかして?
俺がぼんやりと頭の中で凸凹コンビの正体に当たりを付けている間に、メイドさんが俊敏な動きでレティの前に立って護ろうとする。
「何者です!」
「大丈夫大丈夫♪ 別にお嬢ちゃん達を害そうとしてる訳じゃないから♪」
ニコニコと無垢な幼女な顔で緑髪の女が言う。
今の「お嬢ちゃん」はレティだけじゃなくメイドさんも含まれていると思われるが、見た目で言えばお前の方が「お嬢ちゃん」やんけ。
にしても、歌うように喋るなこの幼女……ま、見かけ通りに幼女かどうかは知らんが。
その時、今まで一言も発せず黙っていた深紅の髪の男が指先で何かを弾く動作をする。
だが指を弾いただけだ。
何も起こらない――――いや、何も起こったようには見えなかった。少なくとも俺自身には。
だが、俺の中にある【魔王】の特性に蓄積された莫大な戦闘の経験値が危険を知らせている。
大声で「反応しろ!」と叫んでいる。
体が勝手に動く。
意識を置き去りにして、身に迫る危険に向かってレティの腕の中を飛び出す。
同時に俺の魔王スキル【全は一、一は全】を発動。
「ブラウン!?」
レティが手を離れた俺を慌てて捕まえようとするが、その手は空を切る。
俺の速度が速いのもそうだが、ぶっちゃけレティがどんくさ……いや、まあ、それは言わんでおこう。
飛び出しながら空中で右前脚に魔力を纏わせる。
魔導拳――――からの、派生――――魔砲拳!!
纏わせていた黒い光を、肉球辺りに圧縮――――見えない何かに向かって……と言うよりは、赤髪の男に向かって魔弾を放つ。
瞬間、俺の手から放たれた魔力の塊が、50cm程進んだところで破裂した。
見えない何かに当たった……!
魔弾に当たった“何か”も、ドンッと重い破裂音を響かせて弾ける。
赤髪の男が指で弾いた物の正体がその瞬間分かった。
見えない物。
だが、確かにそこに存在している物。
生物に死を与える力を持つ物。
その名は――――「熱」だ!
火や炎ではない。
純粋な熱の塊。
爆裂魔法よりも凶悪な熱の爆発。
俺は別に良い。【全は一、一は全】状態の俺は、手持ちの防具全部装備している状態だからな? その中には熱や炎に対して高い耐性を持つ物も一杯有るから、生半可な熱では火傷もしない。まぁ、暑い事は暑いが……。
だが、それは俺だけの話で、後ろに居るレティとメイドさんはそうではない。
これだけの熱を浴びれば、普通の人間は間違いなくただでは済まない。下手すりゃ即死コースまっしぐらである。
それはアカンでしょ!
音より早く瞼の裏で収集箱のリストを捲り、光の速度で目的の天術と魔法を選択する。
【熱変動耐性】
【抗魔の盾】
【属性耐性強化】
こんな時の為に――――って訳じゃないが、好奇心に任せて【魔法作成】で色んな魔法作りまくっておいて良かった……。
【魔王】の魔力でこんだけ耐性張れば、俺と同等の耐性や防御……とはいかんけど、この状況を凌ぐには十分過ぎるっしょ!
「ひゃっ!?」「姫様っ!?」
レティが驚いた声を1つ出しただけで、それ以上の被害はない。
おしオッケー、流石俺! ナイスフォロー!
「ふっふふ♪ 流石流石♪」
一瞬だった。
レティ達に魔法と天術をかける為に謎の2人組から意識を逸らしていた。しかし、それはほんの一瞬だった。
だと言うのに、視線を戻した時には――――目の前で緑髪の幼女が、空中の俺に向かって槍のような鋭い蹴りを繰り出していた。
速い――――無駄の無い、美しいとすら思える蹴り。
だが――――!
「ミャミぃ!」
バズーカみたいなおっさんのパンチに比べりゃ、速いだけの蹴りなんぞ――――なんぼのもんじゃぃ!
幼女の蹴りに合わせて空中で体を捻る。
蹴りの爪先に、“お手”をするようにトンッと丸っこい手を置く。
―――― おっさん直伝の……柔法!!
蹴りを下に押し、その衝撃を体を回転させる事で受け流す。
安堵の息を吐く間も与えず、今度は赤髪の男が飛び上がり、絶賛回転中の俺に向かって踵を振り下ろす。
「ミッ!?」
ちょっ!?
なんつーヤバ谷園なタイミングで……!?
明らかに、自分の“熱弾”も、幼女の蹴りも外れる事を読んでいた動きだ。
っつーか、こいつ等……もしかしなくても、狙いはレティじゃなくて俺か!?
心の中だけで舌打ちしながら、男に向かって【スロー】の魔法を投げ、自分は息を止めて【アクセルブレス】を発動――――遅くなった世界、【空中機動】で足場を作って一足飛びでレティの足元まで飛び退く。
「ミャフ……」
息を吐いて加速を解除するや、男の踵落としが鋭い風切音と共に盛大に空振る。
「ブラウンッ!」
レティが喉が裂けるような声で俺を呼ぶ。
足元に居るのに、視線が全然違う方向をウロウロしている……。
まあ、常人には視認不可な速度で動いてたからな……? レティとしては、俺が謎の2人にボコボコにされたように見えたのかもしれない。
「(叫ばんでも大丈夫だよ)」
「え!? あっ、ブラウン? いつの間にそこに?」
2秒前からだよ。




