12-7 詰み
デイトナが転移で去ると、気が抜けてその場にパタリと倒れる。
肉体のダメージはほとんど無いが、精神がクタクタである。
「(全員無事かぁ?)」
冷たい地面にゴロゴロしながら言うと、疲れた掠れ声でおっさんが「問題ない」と返してきて、バルトが若干泣きそうな声で「大丈夫、です」と答える。
…………家の弟子はなんでそんんあ涙声っぽくなってんの……?
「(大丈夫かバルト? 怪我したなら治癒術かけるぞ)」
「どっこいしょっ」と起き上がると、バルトは何故か正座して首を横に振っていた。
え? 怪我が痛い訳じゃないの?
……まあ、考えてみれば、バルトは痛くて泣くってタイプじゃねえか? むしろ痛いのを限界まで我慢して周りに悟らせないようにするな。
「違う、です……。僕、全然、ちっとも、力、なれない、足、引っ張る、でした……」
まあ、精霊魔法はシャットアウトされ、奥の手の精霊化は使う前に潰され、以降は重量付加されて行動不能だったからな。
確かに何も出来ていない。
おっさんと顔を見合わせる。
「(仕方ないんじゃね? 相手が悪ぃよ)」
「うむ。そんな事を言いだしたら、我とて役立たずであったしな?」
「でも――――僕達、勇者、です。いつか、戦う、勝つ、する、しなければ、ならない、相手、です」
俺個人としては、突かなくていい藪を突いて蛇を出すような真似はしたくねえんだけどもね……?
こんな状況になってなきゃ、あんな化け物死んでも挑みたくないわ。
戦わずに済むなら、それで済ませりゃええやん? と無責任な事を思えるのは、俺が2人と違って本物の勇者じゃねえからか。
勇者にとっての最終目標は、当然全ての魔王を討伐して、魔族の手から世界を取り戻す事な訳だし、どこかで最古の血は倒さなければならない。
一方俺は、そんな大層な目標が有る訳ではなく、猫らしく食っちゃ寝生活を送りたいだけだ。
現在は、その生活を脅かすアビスを叩き返せるだけの力を求めているが、アビスが手を引っ込めてくれるなら、俺は喜んで“剣の勇者”の肩書を放り投げて、レティの飼い猫としてダラダラ過ごす。
……つくづく俺は、勇者に向かねえ自己中な性格やなぁ……。まあ、直すつもりは一切無いけども。
「確かにバルトの言う事は最もである。デイトナ殿を初めとした3人の最古の血の御方々も、いずれは勇者として倒さなければならない」
おおぅ……、おっさんもすっかり言動が勇者になってきわねぇ。
「その時の為に、我等勇者は一層強くならなければならない」
バルトが「うんうん」と強く頷く。
一応俺も「そーやね」と頷いておく。
いや、別に強くなる事については全く文句は無い。ただ、最古の血と好き好んで戦いたくないってだけだ。
「希望は有る」
え? マジで? 実はまだ奥の手隠してるとか? どっかに伝説の武器が隠してあるとか?
他所に希望を求めた俺に反して、おっさんとバルトがジッと俺を見る。
「(え? 何? 俺の事……?)」
「うむ」
いや、「うむ」じゃなくて。
なんで今さっきのあんな散々な結果を見て俺に希望を抱くのよ……?
「デイトナ殿が血を流した姿を、我は初めて見た」
「(そーなん?)」
「あの人、血、流す、何十年ぶり、言う、ました!」
ああ、そう言えば……。
バルトの奴、話よく聞いてんな? 俺テンパってて、何言われたのか全然覚えてねえや……。
「アビス殿から聞いた話では、デイトナ殿に血を流させたのは過去に10人も居ないそうだ。その数人の中には、勿論アビス殿やエトランゼ殿も含まれている」
10人以下……か。
相手は100年以上生きている魔王だ。
数え切れない程の戦場を潜って来たのは間違いない。
その数多の戦いの中で、野郎に傷を負わせられたのはたった数人と言う恐怖さえ覚える事実……。
「デイトナ殿が先程の戦いで手を抜いていたのは事実だろう。だが、お前がデイトナ殿の鉄壁の如き防御を抜いて傷を負わせたのも事実だ。お前ならば、いずれ本当に最古の血の御方々とも渡り合える、と我は信じている」
いや……信じられても……。
実際は傷1つ負わせただけやぜ? まともな戦闘にすらなってなかったやん? あれは無理じゃない? ドラッグオンドラ●ーン3のラストのアレくらい無理じゃない?
ぶっちゃけ心が挫けそうよ俺……。
「(信じてもらうより、こっから先の強さを得る為の具体策をくれ)」
「ふむ……」
おっさんが顔を顰めて唸る。
ついでにバルトも腕を組んで「うーん」と考え込む。
そら、考え込むわよね? 俺だって現在悩んでる真っ最中だし。
デイトナの野郎は、今のところは殺し合いをする気は無いと言っていたが、アビスの「自分以外は魔神を見逃さない」発言が嘘でないのなら、今回見逃されたのが異常なのであって、いつ敵に回るか分かったもんじゃない。
本格的に敵になったら、それこそ野郎に勝つ以外の選択肢は無い――――のだが、今の俺等では逆立ちしたって勝てる相手ではない……悔しいが。
が、ここで問題。
今までの俺が強くなる方法は、魔王を倒し、その魔王が持つレアリティの高いアイテムを奪ってレベルや能力を上げる――――だった訳だが、倒すべき魔王が居ないのである。
いや、居ない訳じゃないな? 言葉は正確に使おう。正確には「戦っても実りの有りそうな魔王が居ない」だ。
特性にしろスキルにしろ、レベリングするには相手がある程度格上でなければならない。
しかし、序列4位のおっさんを倒してしまった俺が次に挑むべきは序列3位……つまり今しがたボコられたあのおデブである。
勿論、残っている格下の魔王も居るには居るが、倒しても特性のレベルは1しか上がらないのは目に見えている。
高レアリティのアイテムが手に入る可能性も有るっちゃ有るが……うーん……正直に言ってしまうと、俺はさほど期待していない。
そら、最初は景気良く色々手に入った気がしていたが、アイテム一覧を見直してみると、魔王の手元には量産品のアイテムばかりで、高レアリティ……特にレアリティ★以上のアイテムなんてほとんど手に入っていない。
仮に他の魔王を倒してレアリティAくらいのアイテムを2つ3つ手に入れたとしても、ぶっちゃけ今の俺はそこまで影響がない。
まあ、【全は一、一は全】が有るから、単純にアイテム数が増えるのは嬉しいが……デイトナと戦った感触からすれば、これ以上手数を増やしたとてあんまり……ねぇ?
「強くなる為にはより強者に挑め……とは言うが、お前が挑める相手となるとな」
おっさんが苦しそうに言う。
いや、分かってる。俺達に気付かせないように……希望を持たせようとしてくれているが、おっさんはとっくに気付いている。と言うか、俺だって気付いている。
必死こいてそこから目を背けようとしているが、俺だっていい年した大人だ。受け止めるべき現実は受け止めなければならないと知っている。
だから、ここでハッキリさせておこう。
「(最古の血以外の残りの魔王を全員倒したとする。その魔王共が持っている特別なアイテムを全部俺の戦力に加えたとする。各地に眠っているかもしれない伝説級の武器や防具をかき集めたとする。毎日おっさんと戦闘訓練を続けたとする。以上の全てをやり終えたとして……おっさん正直に言えよ?)」
視線に「本気の話だからな」と強い意志を乗せて睨むと、おっさんも静かで真っ直ぐな視線を返し「うむ」と小さく頷く。
よし。
「(俺がデイトナに勝てると本当に思ってるか?)」
シンッと静寂が耳の奥に響く。
バルトが「え?」と俺とおっさんを交互に見るまで、たっぷり5秒を要した。
おっさんは大きく息を吐いてから、覚悟を決めたように首を横に振った。
「いや、無理だろうな」
「(…………だよな……)」
俺も気付いていた。
どう足掻いたって、俺はデイトナの強さには追い付けない。今できる全ての努力をしたとしても、その強さの差は埋まらないと確信できる。
それ程の、圧倒的で、絶望的な力の差が俺達の間にはあった。
多少“良い戦い”が出来るようになったとしても、勝敗は決して変わらない。最後には確実に俺が負ける。
そして、当然序列3位に負けるって事は、その上の2人……エトランゼとアビスには敵わない。
俺も大人だから、この現実を受け入れなけれならない。
どう足掻いたって、最古の血は倒せないって現実を。
俺は詰んでいる、と言う現実を――――……。




