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序 杖の勇者

 夜の闇に紛れて、黒いローブを着た一団が1つの生き物のように蠢く。

 バケツを引っ繰り返したような豪雨(スコール)

 滝のように降る雨が、ただでさえ悪い視界に更に白いカーテンを引き、森の木々に当たる雨音が耳に届く音を全て消し去る。

 五感による情報のほとんどが遮断されているにも関わらず、黒ローブの一団は迷う事無く歩く。

 それもその筈。この豪雨は彼等の手によって引き起こされている物なのだから。

 いや、「彼等の手によって引き起こされた」と言うのは語弊がある。正確には、「元々降っていた雨を、黒ローブの者達の天術によって更に大きくした」だ。

 天術。

 そう、天術だ

 つまり、この黒ローブの者達は人間である。

 水を吸って鱗鎧のような重さになったローブに包まれた者達は、やがて目的地に辿り着く。

 何の変哲もない、森の中で少しだけ開けた場所。

 ここが目指していた場所だった。


「アザリア様」


 先頭を歩いていた男が振り返り、他の者達に護られるようにして歩いていた少し小柄な人物に声をかけた。

 声を向けられた本人は静かに頷く。


「うん」


 そして前に出て、手に持って居た杖を掲げる。

 ツルリとした真っ白な陶器のような質感の杖。先端にリースを模した輪の装飾が施され、輪の中では、炎のように真っ赤な宝石が絶えずクルクルと回転している。


――― 極光の杖


 神が魔族に抗う為に人間に与えたと言われる武具の1つ―――杖の神器。

 10年前の戦争で、辛うじて魔族の手に落ちる事を免れた神器の1つでもある。


 掲げられた極光の杖の先端でクルクルと回る宝石が周囲を赤い光で満たす。

 すると―――シールが剥がれるように森の風景が溶け落ちた。

 【幻影(ミラージュ)】の天術によって作られていた幻を、極光の杖で部分的に解除したのだ。

 同時に、黒いローブを叩いていた雨がピタリと止む。

 【天候結界(フラットウェザー)】の効果範囲内に入った為、雨や雪等の天候による影響が遮断された。


 溶けた風景の向こう側には、たくさんの人々が居た。

 周囲を警戒する屈強な戦士。子供をあやす母親。鍋に具材を放り込んで居る料理人。天術を維持している術師。剣を教えている老人。剣を教えられる若者。

 その様々な人々が、結界を割って入って来た黒ローブ達を見るやパッと笑顔になって駆け寄って来る。


「お帰りなさい!」「お帰りなさいませお嬢様!」「勇者様、ご無事ですか!?」「ほっほっほ、皆無事に帰って来て安心したわい」


 笑顔の出迎えを受け、黒ローブ達は鬱陶しそうにびしょ濡れのローブを脱ぎ捨てる。

 そんな中にあって、極光の杖の持ち主だけが、まるで煌びやかなドレスでも脱ぐように丁寧にローブを脱いでいた。

 やっとの事で濡れたローブを脱ぎ終わると、それを小脇に抱えたまま小さく頭を下げる。


「ただいま皆」


 少女だった。

 まだまだ幼さが残るが、5年後には男を魅了する相当な美女になるであろう事を期待させる美しい少女。

 名はアザリア。

 またの呼び名を“(じょう)の勇者”。

 極光の杖に持ち主として選ばれた、正真正銘の勇者。

 そして、ここは―――魔族に対抗するレジスタンスの仮設アジト。

 色んな国、色んな町から集まった魔族の支配を良しとしない者達によって作られた反抗組織。それを取り纏めているのが、勇者アザリアだった。

 幼いながらも生まれ持った才覚と聡明さ、そして強い使命感と正義感で皆を引っ張っている。


「私達が居ない間に、何か変わった事はなかった?」


 乾いた柔らかい布で、丁寧に極光の杖を吹きながら集まって来た仲間達に訊く。

 その問いに、執事然とした老人が答えた。


「お嬢様が戻られる少し前に、南の調査に出ていたヴァニッジ様が戻られました」

「そう」


 この国は、魔王アドレアスによって支配されている。

 その解放―――魔王討伐の為に情報収集はかかせない。……とは言っても、「大した情報は入ってないだろう……」と溜息を吐きたくなるのを我慢する。

 魔王の支配はとても単純だ。

 圧倒的で抗えない力を見せつけて、恐怖と絶望を頭と心に刷り込んで人間を従える。魔王によって着けられたその首輪を外すのは並大抵の事ではないのは、ここに居る全員が知っている。

 だからこそ、そう簡単に状況が動く事はない。

 レジスタンスは、動かない状況を動かす為に組織された物なのだから。

 アザリアのそんな心の中を見透かしたように、老人がクスッと笑う。

 その笑みを、子供扱いされたのかと少しムッとする。


「何…?」

「いいえ、何も」


 笑みを消してシレッと答える老人。


「ただ―――今日の報告は、とてもお嬢様にとって嬉しい物になるかと」

「どう言う意味?」


 アザリア、そして共に行動してアジトに居なかった者達がクエスチョンマークを浮かべていると、アジトに残っていた組はすでに事情を知っているらしく、嬉しさを隠し切れずにニヤニヤとしている。

 いい加減問い質そうかとアザリアが考えだした頃、件の調査に出ていたヴァニッジが走って来た。

 元々は北国の山で猟師をして居た男で、隠密行動に長け、幅広い知識を活かした調査をする優秀な斥候(スカウト)だ。

 動物の足跡や糞、折れた草花や木の枯れ方から様々な情報を読み取り、部隊を救ったのは1度や2度ではない。

 基本的にはクールな性格だが、人の懐にスッと入って行く人懐っこさも持ち合わせて居て、集団生活の兄貴分としても人気が高い。

 そんな男が、キラキラと目を輝かせながらアザリア達に走って来ていたのだ。


「お嬢!! お嬢!!」

「そんな大声出さなくても聞こえてます。なんですか」

「あ、おっと、話の前にお帰りなさい! ついでに後ろの野郎達もな」

「取ってつけたように言うな」「この間貸した金返せよ」「バニ、テメェ! 今日こそ飲み比べて白黒付けてやるからな!!」「ただいまダンナ」「そっちも無事にお帰りなさい」「野郎じゃないのも居るんですけど~」


 濡れた頭と体を拭いていた面々に文句を言われるが、それをスルーして話を続ける。


「今日の報告は凄いぞ。心して、よく聞け!」

「報告なら天幕に戻ってから聞きますよ」

「いや、すぐ言いたい! 今言いたい! って言うか、他の連中にも聞かせたい!」

「……何子供みたいな事言ってるんですか貴方……」


 アザリアのツッコミも、いつもなら何かしらの反応を返すが今日はスルーする。何と言っても喋りたくて仕方無い。


「実はな、南のクルガの町が解放されたらしい」

「え!?」


 勇者として心と固くするように努めているアザリアを持ってすら思わず驚きの声をあげてしまう程、ヴァニッジの口にした情報はとてつもない事だった。

 町を解放したと言う事は、少なくても町に居た魔族達と、町の支配を魔王から命じられた上級魔族を倒したと言う事だからだ。

 自分達以外にそんな事をやってのける者が居たのだと、アザリアの心が感動やら嬉しさやらでグルグルする。

 後ろで聞いていた者達もそうだったようで「マジかよ!?」「やるなクルガの町の連中!?」と驚きながらも喜んでいる。


「本当ですか?」

「ああ、流石にお嬢に話すのに情報が不確かなままじゃいかんからな? ひとっ走りして確かめて来たから間違いない。クルガの町から魔族が居なくなってる」

「じゃあ、本当に……!」

「ああ!」


 ヴァニッジが力強く頷く。

 始めて情報を聞いた者達、改めて情報を聞いた者達、全員がワッと喜びの声をあげる。普段ならば万が一にも魔族にこの場所が悟られない為に大声を出すのは御法度なのだが、今だけは特別だ。


「分かりました。では、すぐにクルガの町に―――」

「あっ、待ったお嬢! 話はまだ終わってないんだ」

「なんですか?」

「実は、町を解放したのは“剣の勇者”らしい」

「!」

「剣の勇者……!?」「アザリア様と同じ、勇者様がもう1人!?」「凄い…凄いよコレ!」「アザリア様と剣の勇者が一緒になれば、もう魔王だって怖くないぜ!!」


 盛り上がって行く周囲に対して、アザリアは自身の思考が冷えて行くのを感じていた。

 それを感じ取ったヴァニッジは「これは後にすれば良かった……」と後悔に頭を抱える。


 アザリアは杖の勇者である。

 幼い頃から勇者であるべき姿を叩き込まれ、倒れる程の努力をし、周りの人々から色んな物を吸収し続けてきた。

 そのお陰で、今では胸を張って自身が勇者であると言える。

 だからこそ、他の勇者に対しては色々と思う事があるのだ。ましてや、相手は人類の旗印とも言うべき“旭日の剣”を持つ剣の勇者だ。

 勇者を語る物語の多くは、剣の勇者が主人公であり、中心であり、リーダーとして描かれる。

 そんな人物が仲間になってくれればアザリアとて嬉しい。だが、同時に―――生まれて初めて芽生えるライバル心も感じていたのだった。


「………いいでしょう、行きましょうクルガの町に。剣の勇者がどれ程の方なのか、是非とも会ってみたいわ」



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