12-3 Cとの邂逅
卵人間が心底嬉しそうにニィッと笑う。
見た目が柔らかそうなせいか、笑っている姿は七福神の中に混じっていても違和感が無さそう気がする。
……まあ、薄く開いた瞼から覗く鋭すぎる眼光を無視すれば……だが。
ボンレスハムみたいな手が、相手には見えていない筈の“俺の視界”を指さし、次にゆっくりとその手を動かして別の方向を指さす。
何を指さしたのかと思ったら――――俺達の居る方向だった。
思い出す。
こんな事が前にもなかったか?
【バードアイ】を見破られた上に、コッチの位置を悟られた事。
あれは――――そうだ―――――アビスと会った時だ!?
思考が混乱する。
コイツはなんだ? いや、おっさんにすら見破られた事がない【バードアイ】を容易く見抜いて来たって事は、コイツはおっさん以上にヤバい奴……そんなのは、もう3人しか居ない。
つまり、この卵人間の正体は――――最古の血かッ!?
卵人間が、わざと俺にも分かるように大きな口の動きで何かを言う。
―――― ブラックホール
「ミ?」
は?
ブラックホールって言った? 俺の唇の読み違えか?
だって、なんでこのタイミングで唐突に異常重力収束場なんて単語が出てくんの? そもそもコッチの世界にブラックホールの概念自体存在してんの?
いや、いやいやいやいやいやいや、そんな事言ってる場合じゃねえべや!!
「どうかしたか?」「どう、した、です、か?」
「(おっさん! 最古の血の中に太った奴居るか!?)」
「む……? デイトナ殿がそうだが? ッ!? まさかっ、居るのか!?」
言っている間に、俺達の頭上に何かが現れる。
2つのリングが縦と横に回転し、その中央で黒い光が脈を打つように明滅する。
知ってる。
それを知っている。
【ドラグーンノヴァ】を発動する時に現れる物と同じ物だ。まあ、中の光は赤いけど、それ以外は同じ。
って事はどう言う事だ? 決まっている。
「(究極魔法だッ!!)」
俺が叫ぶと同時に頭上でリングが弾け飛び、黒い光が一気に収縮し、空に浮かぶ黒い点になる。
そして、俺達3人にその凄まじい効果が襲い掛かる。
黒い点に向かって――――引っ張られる!!
「ぬぅ!?」
「わぁっ!?」
「踏ん張れ」と言おうとして、多少踏ん張った程度でどうにかできるレベルの吸引力ではない事に気付いて言葉を引っ込める。
なんたって、俺達だけじゃなく、周囲の何もかもが黒い点に吸い込まれている。
ダイソ●掃除機も真っ青の吸引力である。
いや、冗談言ってる場合じゃねえって!! これは、マジで早く何とかしないとまずい!!
ちんたらしてたら、周りの木や地面だけじゃなく、俺達まで吸い込まれる!!
目を閉じて収集箱のリストを開き、防具のカテゴリーのページを選択。リストを一気に下にスクロールさせて天映の盾を取り出す。
同時に俺の魔王スキル【全は一、一は全】を発動。
これで魔力消費100分の1だ!
更に収集箱のリストのカテゴリーを移動し、天術を選ぶ。
「(■■■■!!)」
打ち消せ!!
吠えてみたところで、声は黒い点に吸い込まれる。
……若干間抜けだが、まあ、誰にも気づかれてないから良いか……。
―――― 【魔滅の盾】
発動中の魔法を問答無用で消し去るインチキ臭い究極天術!
頭上でダイソ●していた黒い点が瞬時にバキンッとガラスが割れるような音と共に消え去る。
よし! と手放しには喜べない。
【全は一、一は全】の効果で魔力消費100分の1。更に天映の盾装備で【魔滅の盾】の消費魔力を半減させたが、それでもゴッソリMPを持って行かれた。
まあ、代わりに――――
『【ブラックホール】
カテゴリー:魔法
属性:深淵/虚無/重力
威力:S
範囲:S
究極魔法と呼ばれる物の1つ。
重力の収束点を作り出し、収束点に呑まれた物質を圧縮、消滅させる。
圧縮効果は全ての耐性や防御スキルを無視する』
究極魔法が1つ手に入ったのは収穫だ。
「(2人共無事か!?)」
「うむ」「無事、です」
ちゃんと無事な事にほっと息を吐く。まあ、無事である為に急いで魔法解除したんだから、無事で居てくれないと困るんだけどさ……。
「今のは、究極魔法か?」
「(らしいね……)」
周囲を見回せば、あっという間に剥げ散らかされた森。
力付くで引っこ抜かれた木々が辺りに散乱し、めくれ上がった地面が土砂の雨となって降り注いでいる。
そんな惨状の中を、丸い巨体がノシノシと俺達に近付いて来る。
その姿を見て、おっさんの顔色が見る見るうちに青くなる。
赤鬼の顔が青くなるとは、これ如何に? いや、だっておっさんが実際に青い顔してっし……。
だが、それを笑える訳がない。
多分、俺も同じような顔をしている。
唯一状況を呑み込めていないバルトだけがキョロキョロと辺りを見回して目をパチパチさせている。が、その周りを飛んでいた精霊達は状況が分かっていたようで、バルトの服の中に隠れてしまっている。
「(……おっさん、アレが?)」
「……デイトナ殿」
おっさんがその名を呼んだのなら確定だ。
いや、ほぼ必殺と言って良い究極魔法を、ジャブを打つみたいに初手で使って来てる時点で分かっていた。
あのボンレスハムみたいな奴が、魔王の序列第3位にして最古の血の1人――――デイトナ=C・エヴァーズ!!
おっさんに名前を呼ばれ、卵人間――――デイトナが気さくな笑顔で片手を上げる。
「やあ、ギガース。この前の集会以来だね?」
優しくゆったりとした口調。
こういうタイプの人が上司や先輩に居てくれると安心する―――――が、敵として現れた時の厄介さは結構笑えない。ましてや世界で3番目の化け物だと言うのなら、だ。
「お久しぶりです……」
おっさんが緊張している。
見た目はアレだが、そう言う相手だって事か。まあ、おっさん自身が散々「別格だ」って言ってたもんな。
ぶっちゃけて言う。
俺は今、未だかつてない程にビビっている。
最古の血とのエンカウントはアビスに続いて2人目……とは言っても、アビスは2割までしか使っていない完全手抜き状態だったから、ガチの“敵”として会うのはこれが初だ。
そんなビビっている俺を無視して、デイトナがバルトを見る。
「今代の勇者の中に半魔が1人混じってるとは聞いていたけど、精霊付きとは知らなかったな? 契約で精霊を使役する術者は良く見るけど、一切の縛りも無く精霊と共生している奴は初めて見た。ああ、そうそう勇者と言えば……ギガース、君は魔王の座を降りたうえに、敵対者である勇者になったとか」
薄く瞼を開け、おっさんの両腕を包む神器、黒土の剛拳を見る。
だが、先程のような鋭い視線ではなく、どこか面白い物を見るような……新しい玩具の箱を開けた子供のような楽しそうな目。
勇者を「敵対者」と言っておきながら、その敵を楽しそうな目で見ている事が不気味でしょうがない。
コイツが何を考えているのかが分からないのが怖い。
「神器を身に着けてるって事は、ヴァングリッツが苦し紛れに嘘を言った訳じゃないみたいだねぇ」
「ッ!? ヴァングリッツに会ったのですか!?」
「会ったよ。まあ、直ぐに殺した……いや、壊した? まあ、とりあえずトドメは刺したけど」
チラッとおっさんが俺に視線を飛ばす。
言いたい事は分かる。「スマン、仕留め損ねていた」だ。
別におっさんのせいじゃない。ピーナッツへの最後の1撃は俺も同時に放っていたし、仕留め損ねていたのは俺も同罪だ。
それに、ピーナッツの後継が名乗りをあげた時点で俺の攻撃が届いていなかったのは分かっていた。そこを考えたら、同罪どころか俺が“仕留め損ね”の犯人だ。
「今日は、勇者になった我を殺す為に来られたのですか……?」
おっさんが直球で訊く。
俺としてはこの場をどう切り抜けるか考える時間が欲しいのだが、相手は既に攻撃を仕掛けて来ているのだ。そんな悠長な事言ってる場合じゃない……か。
いや、でも待て!
まだワンチャン戦いに来たんじゃないって可能性が無い訳じゃない、諦めるな俺!
「いや、違うけど? ああ、もしかして魔王から勇者になったから裏切者として処断されるって思ってたの? 僕がその為に来たって? 違う違う、君の事は関係ないよ。エトもアビスも、勿論僕もそんな事気にしてないよ」
気にしてない……ってのは、暗に「敵になっても関係ない」って意味だ。「敵になるならご自由にどうぞ、向かって来るなら殺すけどな」って感じだろうか?
いや、言葉通りに受け取るなら、おっさんが味方だろうが敵だろうが「興味ない」って事か。
「僕の目的は君じゃない。用があるのは――――」
ただの猫の振りをしていた俺を真っ直ぐ見る。
おっさんに向けていた楽し気な視線が、一瞬で氷のように冷たく鋭くなる。
「君だよ、魔神」
結局、魔神云々の誤解がある限り、俺はコイツ等から逃げる事は出来ないらしい――――……




