11-52 鬼のケジメと猫の威厳
アルバス境国の首都にあたるブルムヘイズ。
数日前まで闘技会で賑わっていたのが嘘のように静まり返って……はなかった。
俺とおっさんが街に到着した時、丁度避難民の最終組100人程が、町を抜けた先に俺が設置した“転移門”に向けて移動を始めたところだった。
この組はほとんどが戦闘員。
北か、北西の砦で最後まで残って戦っていた戦士達だ。
っつー事は、当然――――
「猫にゃん!」
勇者達もこの組だ。
おっさんの巨体を見つけるや駆けて来るアザリアを始めとした勇者一行。っつか、おっさんよりもその肩で丸くなってる俺を呼ぶって、お前どうなってんの……。
アザリア、バルト、シルフさん、ブラン、ノワール……全員の無事な姿を確認して安堵の息を漏らす。
良かった、全員無事に切り抜けてくれたか!
バルトと双子が結構酷い有様だが、天術か何かで治癒された後なのか、大きな怪我を負っている様子は無い。
一方アザリアとシルフさんは全然汚れていない。コッチは魔王とはエンカウントせずに済んだのかな? 今回は魔王を倒す事が目的な訳じゃないから、交戦を避けられたのならそれに越した事はない。
「おお、全員無事であったか」
おっさんが俺の心の声を代弁するように嬉しそうに言う。
「そちらも。でも、兄様は……?」
アザリアの顔が若干曇る。
なるほど。傍目に見れば、一緒に行った筈の剣の勇者だけが戻って来ず、そのペットである子猫を連れておっさん1人だけが戻って来た……と言う、何とも不穏な状況に見えるのか。
疲れた体に鞭打って【仮想体】を出そうとすると、その前におっさんが横からフォローを入れてくれた。
「奴は……アレだ。うむ。その、旅に……違う、ううむ……そう、そうだ! ヴァングリッツの国へ様子を伺いに行くと言っていた!」
相変わらず嘘へったくそッ!!
フォローは有難いけど、もうちょい上手くやらんかい!!
「じゃあ、兄様は無事なんですね!?」
「うむ」
返事しながら肩の俺を見るの止めてくれます?
「あれ? 魔力切れしてヘタってるのは無事なのか?」みたいな顔しなくて良いから。ちゃんと無傷な時点で無事だから!
「手短にお互いの状況を共有しましょう」
そう言ってアザリアが簡単に状況を説明してくれた。
北の砦に居たアザリア、シルフ組は、なんと魔王を討ちとったらしい! マジか!? 凄いな!?
言っちゃなんだが、この2人は戦闘力で言えば現勇者5人……あ、違う6人の中じゃ間違いなく下位の2人だ。このペアにしたのだって、魔王とは俺かおっさんが戦う事を前提にしていたからだし。
だから、このペアが魔王を倒したってのは正直凄い驚いた。
戦いの詳細は省かれたけど、どんな戦い方をしたにせよ勝ったのは事実だ。
ゴメン、アザリアにシルフさん。正直実力を侮ってた。
で、バルトと双子の組も魔王と戦闘になったらしいのだが、コチラは手傷を負わせて撤退させた……と言うより退いてくれたらしい。
相手が“帰還組”の魔王だったらしいので、ぶっちゃけ犠牲者無しに抑えて退かせただけでも大金星だろう。おっさんですら「ほう」と称賛の声を出していたくらいだ。
で、俺等の話。
おっさんが「お前が話すか?」と視線を向けて来るが、おっさんが必死に剣の勇者が居ない言い訳してくれたし、このままおっさんに任せる事にする。
「ヴァングリッツは我と剣の勇者の2人で倒した。残党は無し。古戦場方面からこれ以上敵が来ることはもう無いだろう」
「……本当に、たった2人で2万の兵と、それを率いる魔王を倒したのか……?」
シルフさんの問いかけは、おっさんの言葉を「信じていない」のではなく「信じられない」の意味だろう。
まあ、普通に考えたら2対2万の戦いで完全勝利してくるなんて有り得ないもんな? それに皆の中では、おっさんはまだ“弱体化した魔王”のままだろうし。
「ミィ」
小さく「神器」と鳴いて、おっさんに1番重要な話をするように促す。
「それと、我の弱体化の件だが……何故そうなったのかは結局分からなかったが、どうやら我が勇者になる為の物だったらしい」
「は?」「え?」「何?」「??」「??」
おっさんが何を言ったのか分からず、勇者5人が揃って間抜け面になる。中々に面白い光景ではあるが、多分俺も事情を知らずに話を聞いていたら、皆と同じ顔をしていただろう。
元とは言え、魔王が勇者に転職なんて、そら誰だってそんな顔するわ。
収監された犯罪者が、次の日に警察官になってバリバリ働いてたってレベルの訳が分からん話だからなコレ。
「え……冗談、じゃないですよね?」
「うむ」
頷きながら神器――――黒土の剛拳に包まれた手を視線の高さにあげて見せる。
アザリア達だって知っている。と言うか、この世界の誰もが知っている。
神器は勇者にしか触れられないし、装備出来ない。まあ、本当は俺みたいな例外が居るけど……。
そして、おっさんの大きな拳には、ピッタリのサイズになった神器。
誰がどう見ても、所持者として認められている。
これ以上の勇者の証明は無い。疑問を1mmも挟む余地が無い。
「神器……じゃあ、本当に勇者に……!?」
「うむ。だが――――」
だが? だが、何よ?
「我が本当に勇者として相応しいか否かは、お前達の判断に任せる」
言いながら、両手を黒土の剛拳から抜くと、神器をアザリアに差し出す。
「どう言う意味ですか? 神器が貴方を認めたのなら、勇者である事を疑う余地はありませんが?」
「我が勇者としての資格を持った事は事実だろう。だが、それはそれとして――――我は元魔王だ。今まで幾人もの勇者をこの拳で屠って来た。10年前の戦争では弓の勇者を殺した。それこそ、妹御の持つ極光の杖を持つ勇者を殺した事もある」
そう言われてもアザリアは目を逸らさず、ジッとおっさんの顔を見ている。
怖くない……訳ではないだろう。
おっさんが今まで何人もの勇者を殺して来た事は事実で、現勇者としてそれに何も思わない訳も無い。
後ろで見守っているバルト達は、どこか不安げな顔をしている。
「我が勇者を名乗る事を良く思わない者は居る。お前達とて受け入れがたい事かもしれん。故に、我に神器を持たせるか否か――――勇者であるか否かは、お前たちの判断に任せる」
俺個人としては、そんな昔の事気にせんでも……と言う気持ちだが、それは俺が異世界人で“部外者”だからだろう。
勇者でなければ、責任を負う立場でもない。
良くも悪くも、気楽な野良猫だからそう思うのかもしれない。
アザリアは、黙って数秒差し出された黒土の剛拳を見つめた後、ゆっくりとした口調で話す。
「仮に、神器を渡さなかった場合、貴方はどうしますか?」
「どうもせぬ。我は我の信じる正義の為に拳を振るうだけだ。勇者であろうとなかろうと関係なく、な」
「その正義とは?」
「人間と魔族の間にある高く厚い壁を壊す事。そしてお互いが笑い合える人魔共生の世界を作る事だ」
「分かりました」
どこか納得してように1度頷くと、にっこり笑って差し出された神器をおっさんへと押し返す。
「この神器は貴方が持っていて下さい」
「……良いのか?」
「ええ。元々取り上げるつもりもありませんでした。過去の事は過去の事……とは簡単にはいかないでしょうが、勇者の力は未来に向かう為の力だと思っています。ですから、過去の過ちより、未来への可能性の話をしましょう」
バルトと双子が目に見えてほっとしている……。
あ、シルフさんも平気な顔してるけど、ちょっと深めに息を吐いている。俗にいう安堵の息だな、あれ。
そっか、さっきの皆の不安な顔は「元魔王が勇者なのか?」と言う不安じゃなくて、アザリアがそれを気にしておっさんを切るんじゃないかと心配してたのか……。
なんだよ……勇者全員おっさん歓迎する気満々だったんじゃん……。やっぱおっさんが気にし過ぎなだけだったじゃん!
だが、まあ、ケジメはケジメだろう。
にしても、うちの妹分は良い事言うね?
おっさんが今まで勇者の命を奪って来たと言うのなら、自分が勇者になってそれ以上の命を救えって話だ。
「うむ。今の言葉、しかと胸の奥に刻んだ。我の力は未来の為に振るおう」
「はい。それで良いかと。貴方の言う通り、元魔王が勇者である事に色々言う輩が居るかもしれませんが、その時は私達に言って下さい。どうとでも対処します」
「忝い。だが、何故そこまで我の事を信用してくれる?」
問われて、アザリアが少しだけ視線を空中に泳がせて理由を考える。
多分、アザリアとしては“信じる事”は当たり前の事だったんだろう。そこに理由なんて一々考えない。
「兄様と貴方を見ていると、仲間……と言うより、気心の知れた友達同士に見えます。何と言うか、雰囲気が」
「む」
「ミぃ」
鋭い。
おっさんとは「会社の同僚」っつうより「酒を飲みながらギャーギャー騒ぐ友達」って感じの関係だしね?
「兄様の友達は、私の友達……と言うのは少し飛躍しますか? でも、そう言う事ですよ。友達を信じるのに理由が要りますか?」
それを聞いて、おっさんが破顔一笑。珍しく、大きな口を開けて大笑いした。
アザリアは自分の言った事を笑われたと思ってムッとする。
「いや、すまぬ。剣の勇者と妹御は、見かけも性格も全く別物なのに、心根がそっくりなのだな、と思ってな? つい笑ってしまった」
「なんですか、それ?」
プンプン怒ってる風に返しつつも、俺と似ていると言われたのが嬉しいのか、微妙に口元が笑っている。
「先日――――我がまだ魔王だった頃、この国を人質にとられて魔王同盟に入る事を強要されていると話したら『なんで助けを求めないんだ』と怒られてな? 魔王が勇者に助けを求められるかと言ったら、今の妹御のように『友達を助けるのに理由が要るか』と言い切られたのだ」
楽しそうに言いながら、肩に居る俺を見て来る。
え? 今の俺の話だよね?
そんな格好良さげな事言ったっけか? まあ、おっさんが言ったと言うのなら言ったんだろう。俺としては「当たり前の事を言った」程度の記憶しかないのだが……。
「師匠、なら、言う、です」
「言いそうだわ」「言いそうね」
「まあ、剣の勇者なら言うだろうな?」
……なんで俺がそう言うセリフ吐くキャラになってんだろう……?
俺の地を知ってる筈のバルトが全力で頷いてるのが納得いかないんだが?
「あっ!? 言ってたって事は、兄様の声を聞いたんですよね!? どんな声でした!? 私、兄様の声聞いた事ないんですけど!!」
おっさんが俺を見る。
いや、そんな「妹と話くらいしてやれよ」って視線を向けられても……。俺が正体隠してる話はしたじゃん? そもそも猫語分からんアザリアとじゃ話せないし。
「うむ……まあ、可愛い声だった」
嘘は言ってない。
子猫の鳴き声だから可愛い声なのは間違いない。
そして、おっさんから「可愛い」って単語が出ると微妙に気持ち悪い。まあ、それを一々口に出さんけど。
「兄様……可愛い声なんだ……」
アザリアの中で微妙に兄の威厳が失われている気がする。
いや、まあ、別に良いんだけどね? 元々そんな物無いも同然なんだから。




