11-50 愚者
泥で出来た蜥蜴……いや、もしかして竜のつもりなのかな?
まあ、その蜥蜴だか竜だか分からん、“爬虫類っぽい何か”だ。
頭を振って、キョロキョロと辺りを見回しながら、ノシノシと歩き回る。
「(何してんだ?)」
「我等を探しているのだろう」
ああ、そっか。
【転移魔法】を使ったから、完全にコッチを見失ってんのか。
剣の勇者――――っつか、オリハルコンの鎧一式は、おっさんを助けに入る時に収集箱の中に戻しちまったから、当然今は居ない。
折角変身したのに、倒す相手を両方見失って……あら空しいやら、可哀想やら。
「(ところであの姿は変身か?)」
「いや、泥を鎧のように纏っているだけだろう」
「(じゃあ、泥を剥がせばピーナッツの本体が出て来んの?)」
「恐らくは」
顔を見合わせる。
強面の赤鬼が、自分の肩に乗った愛らしい(?)子猫と見つめ合う姿は、傍から見たら色々不思議な光景かもしれない。
まあ、周囲からどう見えてるのかは知らんが、主観的には男2人で見つめ合っていてあんまり気持ちの良い事ではない。うん。
つっても、別に視線で愛を囁き合っている訳ではない。
「つまり、そう言う事か?」「うむ」「じゃあ、大丈夫じゃん?」「うむ」ってな感じのアイコンタクトだ。
「(で? どうする?)」
「殴る」
絶対言うと思った。
俺達が呑気にそんな事をしている間に、キョロキョロと辺りを見回していた“なんちゃってディノバル●”が空中に居る俺等を発見する。
「そこに居たか!! 卑怯者めっ!! 逃げずに戦えッッ!!」
「(と言ってますが?)」
「戦う事は構わんが……」
「(俺が先に一当てしてみて良い?)」
「うむ。だが、我の出る幕を残しておいて欲しいものだ」
「(大丈夫大丈夫、ちょっとだけちょっとだけ。ちょっかいかけるだけで、別に殺しゃしねえよ)」
必要無いとは思うが、一応泥竜化したピーナッツがどの程度なのか測っておきたい。「突っ込んでみたら予想外の手の内隠してました」なんて展開は面倒臭いからな。
安全に野郎の手札を開かせられるなら、それに越した事はない。
まあ、一応ね? “一応”の警戒ね?
と言う訳で、出て来い剣の勇者!
黄金の鎧を身に着けた【仮想体】が現れ、ピーナッツに飛び掛かる。
「剣の勇者ぁ!? どこから現れた……! いや、良いさ!! まずは、貴様から刻んでやる!!」
うっせぇボケッ!! テメェを見てるとやっぱりディノバル●の姿がチラつくんじゃアホ!! こちとらディノバル●を夢に見る程転がされまくってんだ!! 赤熱化しろやオルァッ! 自慢の尻尾をバッキバキに圧し折ったるわ!!
気合一杯に飛び掛かる【仮想体】だったが、ピーナッツも当然その動きに反応――――剣のような尻尾をグリュンッと捻じ曲げるようにして、全身を右回転させて振り被る。
…………ディノバル●の回転切りのモーションに似てて、正直ちょっとテンションが上がる。
そんなアホな事を考えていたら【仮想体】の操作が疎かなり、回避のタイミングを失っていた。
大きく横薙ぎに振るわれた尻尾の剣が黄金の鎧を完全に捉え、一瞬の抵抗を見せた後、スパッと上下に鎧が切り裂かれる。
「ミィ~」
ひゅ~。
やるねえピーナッツ。
魔力を流して強化しているオリハルコンの硬度を抜いて来るとは……一応能力値的には“2割のアビス”くらいは有ると見ておくか。
まあ、危険度って意味でならアビスとは比べ物にならんけど。
アッチは状態異常無効なうえに魔法、天術効かない。更に格闘戦はおっさん以上のガチの怪物だからな。
いや、まあ、あの化け物の話は良いや。
オリハルコンの鎧をぶった切ったピーナッツは動きを止める。
「空っぽの鎧……だと!?」
まあ、剣の勇者の“中身”を見たら大抵の奴は思考停止して動けなくなるだろう。
そして――――その隙を見逃してやる程俺は優しくも甘くもない。
【仮想体】の手から離れた旭日の剣が、即座に【全は一、一は全】の支配下に入り、他の武器達と同じように武器単体で動き出す。
そのまま呆けている泥竜の体に高速で突っ込み――――貫く!
「ミ?」
あれ?
旭日の剣が貫通したのに、ピーナッツ本体に当たった感触が無かったな?
外れた? いや、外されたのか?
もう少し突っついてみるか?
空から雨霰と降り注ぐ刃の雨。
剣が、槍が、矢が、斧が、何百と降り、泥の体を貫き、切り裂き、殴打する。
しかし――――どれだけの攻撃を食らわせても、本体に当たった感じが一切しない。泥は泥で、貫こうが、切り裂こうが、次の瞬間には元通りだし……。
おっさんの見立てが確かなら、この姿は泥を纏っているだけの筈なんだが……これだけの攻撃を降らせても掠ってる感触すら無いってのは、どういう事やろか?
ピーナッツに有効打を与えている様子がないのを見て、おっさんが俺に声をかける。
「どんな感じだ?」
「(本体に当たってる感じはねえな……でも、泥の中を移動して避けてるって感じでもない)」
「物理無効……は違うな。それならば、ダメージは無いにしても攻撃は当たる」
「(うーん……もしかして、自動回避的な奴かな? 泥の中に入ると、いくつかの武器が軌道を変に曲げられてるっぽいし)」
「なるほど」
「(魔法と天術も試してみるか?)」
「要らぬだろう」
「(そーだな。これ以上は面倒臭いし、時間かけるのも馬鹿らしいし)」
ぶっちゃけて言ってしまえば、ピーナッツがどうやって俺の攻撃を捌いていたのかもどうでも良いのである。
泥の攻略法なんて考える必要すらない。
俺が攻撃したのも、後学の為にってだけでそれ以上の意味なんて無い。
「我は前から行く」
「(んじゃ、俺は後ろからで良いや)」
っと、このままおっさんが下に降りると泥沼にドボンだ。足場くらい作っておかねえとな?
【審判の土】
ズンッと地盤ごと突き上げる衝撃が地響きと共に広がり、ピーナッツが作り出した泥沼の更に下から、凄まじい衝撃と共に大地が盛り上がる。
巻き込まれた泥竜が全身をグズグズに崩しながらも、何とか盛り上がった大地の上に立つ。
究極天術でもダメの通りが悪いな? ま、どうでも良い事か。
「(足場)」
「感謝する」
おっさんが地面に着地すると同時に、俺は息を止めて【アクセルブレス】を発動。おっさんの肩から飛び降りるや超高速のダッシュでピーナッツの背後に回り込む。
「はっはっは! 来た! 来たな!! 殺されに来たな!! 裏切者! 魔族の面汚しめっ!」
おっさんはピーナッツの言葉には何も反応せず、黙ったまま両腕に黒い魔力光を纏わせながら走り出す。
「勝てると思っているのか? もはや私が近接で貴様に劣ると思うな!!」
ピーナッツ、お前は確かに強い。
恐らくだが、港で初めてあった時の4,5倍くらい強くなってるんじゃなかろうか?
今の泥竜の姿ならば、バグ何たらですら圧倒してしまうかもしれない。それくらいに今のピーナッツは強くなっている。
だが――――お前は根本的に大きな間違いを犯している。
いや、もしかしたら知らないだけなのかもしれない。まあ、元々知らないのか、それとも頭に血が上って忘れているのか、まあ、どっちでも良いか。
泥竜が巨体を捻り、向かってくるおっさんに向かって尻尾の剣を振る。
おっさんはその剣を避けようともせず、真っ直ぐに突っ込む。
そして、呟く。
「【決闘場】」
瞬間――――おっさんを中心に光の壁が広がり、壁に触れた俺の武器が強制的に収集箱に戻される。
見れば、おっさんの両拳を包んでいた“黒土の剛拳”も独りでに脱げて地面に落ちている。
そして、光の壁に触れた泥竜が――――崩れる。
ベチャベチャと地面に落ちる大量の泥。
泥の雨の隙間から、「しまった!?」と言う顔のピーナッツが見え、その手から滑り落ちて泥に呑まれていくソウルイーターたら言う剣。
ピーナッツ、テメェ自身の間違いに漸く気付いたか?
泥竜の姿が、剣の力によって魔王スキルを強化した結果だと言うのなら、剣を手放せば崩れるのは必然。
―――― おっさん相手に“武器の力に頼る”なんて、愚策も良いところだ。
今までおっさんが【決闘場】を使わなかったのは、俺が手下の兵隊を処理するのに大量の武器を振り回していたからだ。
だから、部下を切り捨てた時点でこの結末は決定していた。
泥竜と言う鎧を失い、空中に投げ出された身1つのピーナッツ。
「魔導拳――――」
「ヒッ!?」
逃げる術が無いかとピーナッツが首を後ろに向ける。
或いは、目の前の恐怖から逃げる為に視線を切っただけかもしれない。
しかし――――背後からは、猫が飛び掛かっている。
「(魔砲拳――――)」
魔力を右前脚に圧縮し弾丸に。握り込むようにして更にもう1段階弾を圧縮。
そんな俺の姿を見て、ピーナッツが目を見開く。
気付いたらしい。俺の正体に。
「空の鎧――――そうか、貴様が、剣の勇者ッ!?」
今頃気付いても、もう、遅ぇよ。
おっさんが今までで最高、最速、最大の踏み込み。ドンッと地鳴りと振動が響き、俺が天術で用意した足場がひび割れる。
同時に、俺も【空中機動】で作った見えない足場に強く踏み込む。
おっさんが――――俺が――――拳を振る。
「“絶”!」「(徹甲弾!)」
胸――――心臓に黒い魔力光を纏うおっさんの拳が減り込み、同時に後ろから俺の放った魔弾が突き刺さる。
「ヒィギぁあ!! 嫌だぁッ、い……や――――――……」
一瞬か、一秒か。
前後からのプレスのように襲い掛かる凄まじい衝撃に耐えきれず、ピーナッツの体がグシャリと潰れ、次の瞬間には肉片となって四散した。
「(じゃあな、クソッタレ)」




