1-37 魔王は舞台に降り立つ
クルガの町から離れる事40km。そこに、遠い昔、人間が神に祈りを捧げる為に建てたと言われている巨大な塔が存在する。
豊穣の塔―――。
しかし、その塔が人間の物だったのは10年前までの話。
10年前の戦争で勇者と人間達は敗北した。
それから……この塔は神への祈りの場ではなく、魔王の居城となった。
アドレアス=バーリャ・M・クレッセント。
この塔に住む魔王。
絶対的強者。
蹂躙者。
死を運ぶ者。
様々な呼び名はあれど、結局彼等を呼ぶ時には「魔王」に落ち付く。
誰も逆らえず、何にも縛られない生物の頂点たる存在―――それが魔王。
* * *
クルガの町での戦いから3日経ったある日……。
塔を―――この国を支配する魔王アドレアスは、いつものように塔の頂上から下界を見下ろしていた。
「やはり、ここからの眺めは良い」
撫でるように吹く心地良い風を受けながら、魔王は独り静かに呟く。
切れ長の目に、スッと通った鼻筋、匠によって彫られた像のような美しい顔のライン。
端正な顔立ちの青年。
一見すれば人間に見間違う程に魔族としての特徴が薄い。だが、それは顔立ちだけの話。
その腰からは蛇のような尾が伸び、その両腕は爬虫類の如き鋭い鉤爪になっている。
異形な見た目は決して張りぼてではない。戦いになれば、その戦闘力は並みの魔族が数百人束になっても敵わない程の正真正銘の怪物なのだ。
「時間が止まったかのような、この眺めこそが最上の美ではいかな?」
誰に対して言ったわけでない。これもただの独り言だ。
アドレアスは塔の上から眺める景色が好きだ。
どこまでも続く平原と森。反対を見れば遠くに見える海。そして、何より―――塔の周りに在る焼き払われた廃村。
無論、それをやらせたのはアドレアスだ。
10年前にこの塔を居城にすると決めてすぐ邪魔な人間達の村を焼いた。その際に住んでいた人間もほとんど殺し、残った人間は今も奴隷としてこの塔の最低辺の仕事をしている。
朽ちた村は、アドレアスの中に湧き上がる支配欲と破壊衝動を程良く満たしてくれる。
だからこの景色を愛しているのだ。
魔王たる自分が、欲望のままに暴れれば一カ月もかからずにこの国は焦土になってしまう。それを自制する程度の理性は魔王にだってある。
「まさしく、魔王様の仰る通りでございます」
突然の声。
アドレアスの独り言に対する返答だった。
今までそこには居なかった筈の、左右非対称の角を持つ魔族がアドレアスの後ろに居た。
しかし魔王は驚かない。むしろ、それが当然の事であるとでも言うように鷹揚に振り返る。
「戻ったか」
「はっ、先程帰還致しました」
ペコリと最大限の礼を持って魔王に頭を下げる。
「聞こう」
「やはり、ジェンスは既に死んでいました」
「そうか。あの神経質なジェンスが報告を寄越さないのは何かあると思ったが…死んだか」
信頼する部下が死んだからと言ってアドレアスに悲しみの色は欠片もない。何故なら、実際に全く悲しんで居ないから。
弱肉強食。
部下だろうが親友だろうが、負ける奴が悪いのだ。そんな奴は死んで当たり前。それが魔王の基本的な考え方だ。
「それで? 誰にやられた?」
「剣の勇者です」
「……ほう」
アドレアスの顔が始めて微かに歪む。
隠しても滲み出る怒り―――。
漏れだす膨大な魔力が空間を震わせ、周囲の空気を熱風に変える。
天敵である勇者への怒り……等と言う単純な物ではない。
“剣の勇者”と言う事は、その勇者は旭日の剣の使い手だと言う事だ。しかし、その旭日の剣はジェンスに「厳重に保管しろ」とアドレアスが深淵の匣に入れて送った物だ。
つまり―――ジェンスは勇者にまんまと旭日の剣を奪われ、その剣で殺されたと言う事。
「人間に負ける雑魚なだけでも度し難いと言うのに……あの馬鹿はその上神器を奪われた、と言う事か?」
「……畏れながら」
「はっはっは! それは笑えるな―――」
アドレアスの足がトンっと床を踏む。
途端―――床が轟音をたててガラスのように砕け散った。
1つ下の階へ落ちた2人は何事もなかったように会話を続ける。
「本当、笑え過ぎてぶち殺したい」
口元に微かな歪んだ笑みを浮かべたまま、周囲に散らばる瓦礫を爆裂魔法で吹き飛ばして掃除する。
「死んでいる者を殺すのは、例え魔王様であろうとも無理かと」
「そうだな。この怒りは、別の誰かの為に取って置くとしよう」
気持ちを落ち付けて軽い口調で返すと、瓦礫に押し潰されかけて転がっていた椅子を引っ張り出して座る。
溶岩の様に煮え滾る怒りはまだ消えていない。
しかし、一旦冷静になる必要がある。
部下が殺られた事も、それによってクルガの町が人間の手に渡った事も、アドレアスにはどうでも良い事だ。
部下が居なくなっても換えは利く。人間の手に渡った町は、再び取り戻せば良いだけだ。
問題なのは、アドレアスの管理していた旭日の剣が勇者の手に渡ったという事実。
魔王同士にも、格付けと言う物がある。
最も上が、“最古の血”と呼ばれる、究極の力を持った3人の魔王。
次に、10年前の戦争を生き残った4人。
若干そこから格落ちして、戦争に参加しなかった2人。
そして1番下が、10年前の戦争で先代が死んで代替わりした歳若い4人。
アドレアスは1番下……しかも、魔王の力を継承したのが他に若干遅れて最後であった為、かなり舐められている。
そんな現状で、先代達が文字通り命と引き換えに奪った神器を取り戻されたなど……。
「これを放置すれば、私はとんだ笑い者だな?」
神器を奪われた事は、もはや変えようのない事実。この話は、いずれ他の魔王達の耳に届く事だろう。
だが―――これはチャンスでもある。
「……今、杖の勇者共は何処に居る?」
「先日、西側で小競り合いを起こした後南に向かったと報告が」
「であれば、奴等の目的地はクルガの町だろう。剣の勇者と合流するつもりなのだろうよ」
杖の勇者―――。
ここら一帯でゲリラ戦でちょっかいを出して来る鬱陶しい奴だ。
そこそこの数を連れているらしく、部下達が「潰し切れない」と言い訳をしていた。
勿論アドレアスが直接出向けば一瞬で終わるだろうが、もし始めからアドレアスを誘い出す事が目的で、塔を空けた隙に神器を奪われたなんて事になればそれこそだ……。と言う事で、神器を一時移動させたのが全ての始まりだったのだ。
本来であれば、後ろの心配が無くなり一気に杖の勇者とその手下を殲滅する予定だったのだが……いつまで経ってもジェンスから神器を受け取ったという報告が来ない。それで、何かあったのかと調査に行かせてみれば、当のジェンスは死に、肝心の神器は奪われている。
最悪の展開―――ではあるが、これでジェンスを仕留めた“剣の勇者”と鬱陶しい“杖の勇者”を同時に叩き潰す事が出来る。
勇者2人を叩き潰したとあれば、魔王間でのアドレアスの発言権は増す。
しかも相手は“魔族殺し”の旭日の剣を持つ勇者だ。その存在を恐れる魔族は多い。魔王であっても、剣の勇者にだけは警戒を強めに置いている者は居る。
それを仕留めたとあれば、失態を補って余りある。
「如何なさいますか?」
部下に問われ、アドレアスは笑う。
「決まっている。集められる部下は全員招集しろ!」
「はっ、ただちに!」
「勇者共の首を狩りに行くぞ!」
魔王が動き出した―――。
1章 おわり
おまけ
1章終了時点のステータス
名前:無し
種族:猫(雑種)
身体能力値:8(+63)
魔力:2(+134)
収集アイテム数:35種
魔法数:19種
天術数:1種
特性数:1種
装備特性:【魔族 Lv.134】
マスタースキル:【収集者】
派生スキル:【ショットブースト】【隠形】【バードアイ】【制限解除】【仮想体】【毒無効】
ジョブ適正:暗殺者、忍者、シーフ、狩人、マリオネッター




