11-49 生存本能
ギガースは拳を振り被る。
赤鬼の拳。
魔王の拳。
勇者の拳
必殺の拳。
【オーバーハンド】の魔眼よって、無防備に引っ張られるヴァングリッツに避ける術はない。
いや、もし体の自由が利いたとしても、ヴァングリッツにギガースの本気の拳打を避けられる速度も、受けられる耐久力も無い。
つまりは、魔王ヴァングリッツの運命はここで詰んだのだ。
だが。だが――――たった1つの想定外。
ギガースにとっても、ヴァングリッツにとっても想定外。
魔剣ソウルイーターである。
魔王イベルによって弄り回されたその剣は、“武器”と言う道具の枠からはみ出した存在となった。
意思を持った武器――――。
明確に「~がしたい」「~が憎い」と言ったような思考をしている訳ではない。もっと単純な本能のような物が備わっているだけだ。
その本能が言っている。
―――― このままでは壊される、と。
死から逃れようとする、生物のような植え付けられた紛い物の本能。
その本能に従い、ソウルイーターは己を握る者に力を与える。
光――――真っ黒な、禍々しい光がソウルイーターから噴き出す。
「何だ……!?」
突然の光に目を焼かれ、ギガースの意思に反して肉体の防衛機能が勝手に目を閉じる。
視覚を閉ざせば、必然魔眼の効果は切れる。
「くっ――――!」
ヴァングリッツの体が自由になった。
だが、幸いにしてギリギリ拳を伸ばせば届く距離まで来ている。
ギガースの判断は早い。
ヴァングリッツが動き出すより早くとどめを刺す為、音よりも早く拳を振る。
「ふっン!」
避けられない攻撃――――の筈だった。
その速度にヴァングリッツは対応出来ていない。しかし、その手に持つソウルイーターが勝手に動き、音速を越える拳に反応した。
ギガースが目を見張る程見事な反応、見事な防御だった。
衝撃に逆らわず、肉体のダメージは流しつつ後方に飛ぶ。
だが、その動きの全てがヴァングリッツの意思の伴っていない物だったようで、距離をとった後に頭の上に?を浮かべている。
一方、急にヴァングリッツの動きが良くなった事に、ギガースも?を浮かべる。が、コチラはそこまで考えない。精々「火事場の馬鹿力か」と思う程度だ。
「そうか……そうか! これがッ! この力こそが、ソウルイーターの本当の力か!!」
突然、何かを納得したように高笑いをする。
熱に浮かされたように、その黒い光を放つ刃を指でなぞり、己の血で汚れる刃を見て更に怪しい笑いを浮かべる。
「そうだ……足りないんだよ! まだまだまだまだ、力が足りないんだよ!! さあ、私にもっと、もっと、もっともっと力をッ!!」
ソウルイーターが纏っていた禍々しい黒い光が、木から木へ火が燃え移るように、ヴァングリッツの体からも噴き上がる。
「む……!?」
突然、ギガースの体が泥の中に引っ張られる。
ヴァングリッツの変化に伴って、魔王スキルの効果が爆発的に強くなっているのだ。
神器の属性値を以てしても、泥化の効果を打ち消し切れない。
「今度は逃げらないようだなぁ? そのまま、沈んで死ねえええええっ!!」
「くっ……」
焦る――――。
ストンッと穴に落ちるように沈んだりはしないが、じわじわと足が飲み込まれていく。
咄嗟に足を上げて抜け出そうとするが、持ち上げようとした足とは逆の足――――踏ん張ろうとした足がズムッと大きく沈み込み、状況が悪くなる。
更に悪い事に、下半身が泥に塗れた事で鈍化や麻痺の効果が次々にギガースに襲い掛かって来る。
(マズイ、早く抜けなければ――――)
気持ちが焦る程思考が空回り、脱出法を考える余裕を奪う。
「ミュゥミ」
「やっぱフォロー要るじゃん」と不満そうに言いながら、空から子猫が降って来て、その肩へ10点満点の着地を決める。
突然降って来た子猫に笑っていたヴァングリッツの顔が不快感で歪む。
「ペットの猫がどこから落ちて来た? 主人と一緒に死にたいのか?」
「(いえ、死にたくないです。あと、この鬼は主人じゃなくて友達です)」
「ならば、お望み通り一緒に殺してやる!!」
泥が渦巻き、一気にギガースの体を引きずり込もうとする。
だが、猫の反応の方が格段に早かった。
「(おっさん、とりあえず泥沼から逃げるぞ)」
「うむ、頼む」
「(はいよっと)」
返事をするなり、猫は【転移魔法】を発動した
* * *
転移で泥の届かない上空30mまで飛び上がる。
ふぅ……これだけ派手に暴れた後の2人転移はしんどい。
おっさんの肩で疲れた息を吐いていると、おっさんが微妙に苦しんでいるらしい事に気付く。
ああ、なんか横で聞いてた話だと、ピーナッツの泥を食らうと、なんかしらの効果を食らうんだっけ? 具体的にどんな効果を受けてるのかは知らんけど。
だが、泥が原因だと言うなら落としてしまえば良い。
空中を飛んでいる武器から適当な物を1つ呼び寄せて、コイツを天術を発動点にする。
【スプラッシュ】
高圧水洗機みたいな勢いで吐き出された大量の水が、真正面からおっさんを直撃し、全身についていた泥を一瞬で洗い流す。
そして俺自身はさり気なく水を喰らわないように避けておく。
一応本来は攻撃術式だけど……まあ、おっさんならこれくらいならダメージ無いよな?
「助かった」
「(貸しプラス1な)」
「貸しばかり増えて、返済の事を考えるのが恐ろしいな……」
そのうち闇金の如く取り立てて一括払いさせたるわい。
まあ、闇金云々で言うなら、明らかに見た目は逆の方がしっくりくるのだが……。
想像してみなさいよ。ドアを開けたらこんなでかくて怖い顔の赤鬼が立っていて「貸した物返さんかいワリャコリャァ」とか凄まれたら、間違いなく小便漏らしながら金でも何でも渡してしまだろう。俺ならそうする、誰だってそうするわ。
いや、闇金の話はどうでも良いんだ。おっさんへの取り立てなんて、全部終わった後にのんびり飯でも奢って貰いながら考えれば良い。
そんな事より今はピーナッツだ。
「(おっさん、足場作るから動くなよ)」
「うむ」
緩やかな落下運動に入ったおっさんの下に【空中機動】で見えない足場を設置。
地上から約20mから、古戦場跡を見下ろす。
「そう言えば、ヴァングリッツの軍は?」
「(見ての通り)」
見渡す限りの泥沼。
ピーナッツの魔王スキルの効果が、古戦場全体に広がっているらしい。
そして、敵の魔族は1人も居ない。残っていた全員が、泥沼に呑まれた。恐らく、今頃は泥のベットでグッスリと永遠の眠りについているのだろう。
「(兵隊の残りが少なくなったから、自棄になって切り捨てたかね?)」
「いや、魔剣の力に酔っているだけだろう。『この力が有れば、己1人で良い』とな。見てみろ」
おっさんが指差した先を見れば、泥が集まって巨大な塊になっている。
「(何あの泥団子?)」
「ヴァングリッツだ。多分な」
あの泥団子の中で、泥に溺れて窒息死――――なんて展開だったら、腹抱えて大爆笑してやるんだが……まあ、そんな訳ないよな? この泥はピーナッツがスキルで生み出した物だし。
「(で、この後どうなんの?)」
「分からん。だが、正直に言えば、この先の展開に興味がある」
「(同感。ちょっと見守ってみるか?)」
「そうだな。変化が無いようなら攻撃するとしよう」
「(OK、そんな感じで)」
俺等が黙って見下ろしていると、巨大な泥団子の表面がブクブクと泡立ち――――腕が生えて来た。
いや、生えて来たと言うより、泥団子の一部が腕の形になった……のか?
「(腕だ)」「腕だな」
2人揃って、見れば分かる事を一々口に出してしまう。
腕に続き、足が生えて巨大な泥団子が立ち上がる。
「(蜥蜴だ)」「蜥蜴だな」
それは、2本足で立つ蜥蜴に見えた。
テレビでやっていた昔の映像特集で観た“走るエリマキトカゲ”の姿が思い出される。いや、思い出されると言うか、ぶっちゃけアレその物と言って良いかもしれない。それぐらいそっくり。まあ、エリマキ無いけど。
最後に、尻の部分から尻尾がニョロッと――――いや、全然ニョロッとしてない。生えて来た物は尻尾などではなく、巨大な剣に見えた。そう、アレだ。ピーナッツの持っていたソウルイーターたら言う剣に似ている。
「(剣だ)」「剣だな」
そして、何故か一々口に出してしまう俺達2人。
いや、待て!? 蜥蜴……爬虫類……尻尾が剣……そんな感じの奴に酷く見覚えがある。
あっ! 分かった!! コイツ、ディノバ●ドだ!!
「どうかしたか?」
「(いや、こんな時にヘビィボーガンを持っていたらさぞ楽しかろうと……具体的に言うとあしひきの山砲の御車が有れば……いや、でも体が泥だから水弾の通りは悪そうだな?)」
「なんの話だ?」
「(何でもない。忘れて……)」




