11-43 2人
赤い閃光が舞う。
1つ、2つ、3つ。
炎の赤と、血の赤がぶつかっては弾けて飛び散る。
火精霊へと姿を変えたバルトは、必死に動いて槍を振る。
肉体と言う鎖が解けた事で、本来バルトでは引き出せない程のスピードとパワーを実現させる。
音すら置き去りにするマッハの領域。
だが――――魔王フィラルテは、容易くその領域にまで追いかけて来る。
常人では視認する事さえ困難な速度で、灯の槍と血の槍が交差する。
「――――!」
「――――!!」
2人の声が、一瞬遅れて衝撃波と共に周囲に響く。
砦に群がる魔物が余波で吹き飛び、飛び散った炎が燃え移って辺りがあっという間に火の海に呑まれる。
それでもバルトとフィラルテは止まらない。
止まった瞬間に致命打を叩き込まれる事をお互いが理解している。
そして、お互いが焦っている。
バルトは精霊化していられる時間制限と、【サンクチュアリ】が切れるまでの時間を気にして焦る。
対して、フィラルテはバルトとの相性の悪さに焦っている。
フィラルテの戦闘経験は相当な質と量である。しかし、ここまでの熱量を纏う相手と戦った経験は無い。
だからこそ、初めての経験だった。
血を蒸発させられるなんて。
バルトの攻撃を受ける度、血を固めた槍が氷が解けるような勢いで蒸発する。
気付かれないように蒸発する以上のスピードで血を出して固めているが、お陰で体内にストックした血液が凄まじい勢いで消費されている。
戦いに巻き込まれて死んだ、或いは砦の防衛隊に倒された魔族の死体がそこら中に転がっている。隙が有ればその血を吸収したい――――が、その暇を与えてくれない。
(この機動力と火力、おまけに物理攻撃がまともに効いてる感じがしないねえ……!)
半魔だの勇者だの、そんな事はどうでも良くなるくらい純粋に“強い”。
“帰還組”の魔王であるフィラルテが苦戦している。もっと言えば必死になっている。それを認めなければならない。
【サンチュアリ】で弱体化を食らっている事は言い訳にならない。
「それでも自分は負けない」と判断し、術が解けるのを待たずに勝負を仕掛けたのはフィラルテの方なのだから。
(認めてやるさ炎魔人――――お前が、アタシが戦った中じゃ最強の勇者だよ!)
心の中で、1番の賛辞を贈る。
硬く無表情を保っていた表情筋が思わず緩む。
強敵との命を削り合うギリギリの戦いは燃える。
(血沸き肉躍るってなもんさね!!)
【血化粧】で限界まで力を引き上げる。
フィラルテの体中至る所で血管が爆ぜ、血が噴き出す。しかし血は飛び散らず、空中を見えない管でも通るように、不自然な軌道で高速で体内へと戻って行く。
「勝負と行こうじゃないかぁああッ!!」
咆哮のような叫びと共に、血の槍を振る。
今までの攻撃よりも、ギアが1つ上のスピード。先程までの速度に慣れてしまっていたバルトは、その速度への反応が目に見えて遅い。
「しまっ――――!?」
言葉が終わらぬうちに、顔面を高速のスイングで横殴りにされる。
体を形成する炎が大きく揺らぎ、息を吹きかけられた蝋燭のように散りかける。
なんとか踏ん張ってその場に留まろうとするが、バルトの意思を無視して体が後ろに引っ張られる。
「ぁっぐ!?」
8m吹き飛ばされて地面に転がる。
「今のは直撃だったよねえ」
頬の緩ませながら、満足気にフィラルテは笑う。
今までの中途半端な手応えとは違う。血の槍を握る手にビリビリと残る心地良い直撃の感触。
今の弱体化を受けているパワーでは即死とまではいかないが、生半可な相手ならば殴った頭だけでなく上半身を肉片に出来ていた。
バルトが吹っ飛んだだけで済んだのは、物理ダメージのほとんどを遮断できる精霊化していたのが理由であり、生身で受けていたら半魔であろうと、勇者であろうと首がへし折れていた。
フィラルテの動きが止まる。
次の行動を考える為の停止だった。
普通に考えれば、このまま吹き飛ばしたバルトを追いかけてとどめを刺す。だが、【サンクチュアリ】の弱体化を受けた状態で、次の1撃で倒せるかどうかは正直疑問。
であれば、この先も戦いが続く事を考えて、追撃せずに邪魔されないうちに周囲の死体から血を補給する方が得策。
迷ったのは一瞬、即座にバルトに追撃を加える為に加速する。
急激な加速に押されて、ドンッと空気が弾ける音と共に、衝撃波が周囲に広がる。
戦闘経験の浅い魔王だったなら、長期戦を考えて迷わず血を補給していただろう。だが、フィラルテは何度も勇者と死闘を演じて来た海千山千の魔王だ。
勇者と言う連中は、追い込んだ時ほど予想していない力を発揮する面倒な相手だと言う事を嫌と言う程知っている。
中途半端に追い込むのは悪手。兎角、バルトは精霊付きと言う稀有な存在であり、精霊化と言うフィラルテが見た事も聞いた事もない力を使う“予想外”の塊と言って良い。そう言う存在は、殺せる時に殺しておくに限る。
倒れているバルトに突っ込んで行きながら、血の槍を形状変化させて斧にする。
確実に1撃で仕留める為の武器。多少物理ダメージを軽減しようが、体なり首なりを両断すればそんな物関係ない。
ただ、槍に比べて振りが大きく、隙も大きくなるが、それは突進のスピードが打ち消してくれる。
「殺った――――ッ!!」
両手持ちに切り替え、全力で血の斧をスイングする。
倒れているバルトの首目掛けて振り下ろす――――よりも早く、横合いから剣が飛んでくる。
飛んできたのがただの剣ならフィラルテは無視した。弱体化して、血液量の減った今でもそこらに転がっているような武器を投擲されたところで、砕けるのは武器の方だ。
だが――――飛んできたのが、魔王にとっての弱点である超神聖属性の神器であるのなら避けない訳にはいかない。
「――――チッ!?」
フィラルテの髪の先を掠めるようにして、後ろへ抜けていく“冷雹の双剣”の片割れである黒い剣。
舌打ちしながらも、視線で剣が飛んできた先を確認。
両足から血を流し、上半身だけを起こしたブランが居た。
(まだ動けたか。先にアッチを殺しておくべきだったかねえ?)
だが、違った。
何が違ったかと言えば、目的が違った。
先程ブランが神器を投げたのは、バルトに向かって行くフィラルテの足を止める為のものだった。しかし、それ以上に――――
「私を、忘れるな……!」
いつの間にか、フィラルテの背後にノワールが回り込んでいた。
その左手には、先程フィラルテが避けた黒い剣。そして、右手には全く同じ形の白い剣。
「双剣――――ッ!?」
ブランが神器を投げた1番の理由はコレだった。
回り込んだノワールへ武器をパスする事。
(慌てるな。コイツの速度もパワーも今のアタシなら問題にならな――――)
フィラルテの思考を断ち切る、目が覚めるような剣の一閃。
踏み込みから、流れるような加速、そして振るわれる白と黒の刃。
フィラルテの頭にインプットされていたノワールの能力を遥かに凌駕した動きだった。
その攻撃を“危険だ”と頭が判断するよりも早く、体が勝手に後ろに飛んで回避していた。
「くっ!?」
危うい所で初撃を避ける。
だが、ノワールの動きは止まらず、更に踏み込みながら巧みに左右の剣を振るい、フィラルテを追い込んでくる。
明らかに先程より強くなっている。しかも格段に。
血の斧の形状を崩し、立ち回りやすい槍の形に戻す。
「まさか、コッチも奥の手を隠してたのかい!?」
「奥の手じゃない。これが、本来のあるべき“双剣の勇者”の力!」
ブランとノワールの姉妹は、双子でありながら両方が双剣の勇者の素質を持つという、奇跡のような存在である。
普段は双剣を片方づつ持ち歩いているが、そのせいで本来勇者が受けるべき「適合する神器を持った時の超強化」を半分しか受けていない。
だから、ブランは動けない自分の分の“勇者の強化”をノワールに託した。
「ブランと私は、2人で1人の双剣の勇者だから!」




