11-41 血に染まる
火達磨になったフィラルテの体を思いきり蹴って、深々と突き刺さっていた灯の槍を引き抜く。
即座に【空中機動】で足場を作り空中に静止し、槍を真上に投げて両手を空ける。
「こっち、です」
落ちて来たノワールをお姫様抱っこでキャッチし、落下の勢いを殺してから優しく手を放し、後を追って落ちて来たブランを同じ手順でキャッチする。
「ありがとう炎熱」「紳士ね炎熱」
「お礼、要らない、です。仲間、助ける、当然、です」
ブランを抱っこしたまま地面に降り、双子にお礼を言われながらブランを地面に降ろす。
そこにタイミングを見計らったように落ちて来た灯の槍をキャッチする。
「倒したわ」「倒したわ」
「でも、まだ、起きる、来る、です」
地面に落ちて尚、炎に呑まれて燃え続けていた魔王フィラルテの体。
その炎が、急に水をかけられたように消え、黒く焦げていた肉体が時間が巻き戻るように元通りに再生される。
「あれが」「【ダブルハート】」「死神の鎌を」「1度だけ退ける異能」
予め「魔王が1度蘇る」と言う情報を聞いていなければ、3人共この時点で油断していたかもしれない。
いや、確実にしていた。
「コチラに魔王が来たと言う事は」「北の砦にも魔王が行っているのかしら?」「リーダー達は大丈夫かしら?」「とても心配だわ」
「心配、ない、です、よ」
バルトは言葉の通り、1ミリも心配していなかった。
師匠である子猫が北西の砦に来ていないと言う事は、北の砦で戦っていると言う事だ。
だったら、バルトが心配する事など1つも無い。
「僕達、目の前、魔王、戦い、集中、します!」
「そうね」「その通りね」
3人が気を引き締め直して、それぞれ武器を構えなおす。
同時に――――魔王の体の再生が終わった。先程負った肩の傷も消え、無傷で万全な状態へと。
「あ~、やられたね? そうそう、そうだった……10年前に勇者との戦いは終わったと勝手に日和っちまってたよ。勇者こそ、アタシ達魔王の天敵。油断して舐めてかかれば、狩られるのはアタシの方。10年前の戦争までは、ちゃんと心に刻んでいたんだがねぇ? すっかり忘れちまってたよ」
言い終わると、熱が抜けていくようにフィラルテの表情が硬く冷たくなっていく。
油断、慢心、過信、色んな物が抜け落ちて、ただ目の前の敵を倒す為だけの、無表情な冷徹な仮面になった。
「ここからは本気で行くよ? もう、あんた達を侮ったりしない。全員が剣の勇者と同等かそれ以上と思って相手をする」
魔王フィラルテが本気を出そうとしている。
それを空気で感じ取ったのか、周囲で砦を攻めていた魔族達が声をあげる。
「魔王様に続け!!」「勇者をここで滅せよ!!」「人間共の希望を砕いてやれ!」「殺せ!」「殺せ!」
魔族達が砦を攻める手を止め、バルト達を殺そうと殺到する。
魔王1人にすらギリギリだと言うのに、取り巻きの魔族達まで相手にするのは今のバルト達では至難の業。だが、その難易度に挑戦する以外の選択肢は無い。
町の民が逃げ切るまではこの砦を落とさせる訳にはいかない。魔王も魔族も勇者が相手をすれば、それだけ砦を攻める手が緩み、時間が稼げる。
だが――――そんな展開にはならなかった。
バルト達に襲い掛かろうとした魔族達を深紅の刃が縦横無尽に走り抜け、頭を飛ばし、腕を飛ばし、胴体を真っ二つにする。
「え……?」「何を……?」
誰がやったかは確認するまでもない。今魔族達を切り刻んだ深紅の刃は、見間違えようもなく“血の剣”だった。つまり、殺したのはフィラルテだ。
「おっと、誤解しないでおくれよ? 別に『勇者との戦いに手を出すな』なんて言うつもりは毛頭ないからね」
言うと、小さな手を地面に転がる死体に向け、血を吸い上げて自分の手元で球体にする。
「アンタ達も、アタシの【血化粧】の弱点に気付いてんだろ?」
言われても、バルトはクエスチョンマークを顔に浮かべるだけで何も答えない。ノワールも微妙な顔をしている。
だから、ブランが答えた。
「ブラッドノートとやらの能力は“血を自在に操る”。ただし――――操る事が出来るのは死者の血だけ」
言われて、バルトとノワールがハッとする。
ようやく気付いたのである。
全ての血を操る能力と言うのなら、自分達はこの魔王と相対した時点で体内の血を破裂させられて肉片になっていた事に。
最初にスキルを使って血を集めた時も、死体からしか血が吸い出されていなかった。
「剣の勇者が張った【サンクチュアリ】で弱体化しているにも拘らず部下の魔族に砦攻めさせたのは、大量の死体が必要だったから」
「大正解」
「でも、どうして? 死体が必要なら、自分の手で部下を殺したって良かった。なのに、わざわざ敵にぶつけるような真似をして……」
「アタシはこれでもエコなんだよ? 使える物は使い潰すまで使う主義さ」
今しがた、血を回収する為に大量に手下の魔族を惨殺した者の言葉とは思えなかった。 だが、それが魔王なのだから仕方ない。
この場に異世界から転生して来た猫が居たら、「エコじゃなくてエゴの間違いじゃね?」とツッコミを入れていただろう。
魔王による部下の惨殺は、バルト達が止める間もなく進む。
魔族達は、近付けば魔王に殺される事を理解している筈なのに、迷う事無く――それどころか、どこか嬉しさと喜びを顔に浮かべて集まって来る。
それは、紛れも無く殉教者のそれだった。
フィラルテの手元に集められた血の球体が見る見るうちに巨大になる。
「もう少し血が欲しいところだけど、これ以上はそっちが待ってくれそうにないねぇ?」
バルト達は、言葉も無く武器を構え、既にいつでも飛び込める姿勢になっている。
フィラルテの能力が血を操ると言うのなら、血を集める程戦力が上がる。これ以上血を集める事を呑気に待っていて良い筈がない。
「では、アタシの本気をお見せするよ?」
集められた大量の血液が飴玉程に圧縮され、フィラルテはそれをゴクンッと喉を鳴らして飲み込む。
「“混ざれ”」
ドクンッと周囲に聞こえる程の脈動。
途端、3人が同時に飛び出す。
嫌な予感――――背中を滑り落ちる悪寒。
勇者としての直感が言っていた。
―――― 何かする前に倒せ、と。
バルトが1歩先を走り、渾身の力を込めて槍を突き出す。
高速の槍突進。
半魔の身体能力を限界まで使った、スピードとパワーを十二分に乗せた必殺の突き。
その1撃を、フィラルテは――――
素手で受け止めた。
「なっ……!?」
バルトが思わず驚きの声を出す。だが、決して自分の必殺の1撃を止められた事を驚いたのではない。バルトが驚いたのは、受け止めたフィラルテが成長していたからだ。
幼女にしか見えなかった容姿が、まるでモデルのような妖艶な雰囲気を纏う女性の姿へと変わっていた。
見た目だけで言えば20代半場と言ったところだろうか?
幼い姿の時に見えていた“可愛らしさ”と、大人の姿となった“美しさ”が混同する、怪しくも、どこか引き込まれるような魅力。
「この姿になるのも10年ぶり……やはり、勇者との戦いの時はコッチの姿じゃないとねえ?」
灯の槍の穂先を素手で掴んでいるのに、その手からは血の一滴すら流れておらず、痛みを感じているような素振りも一切ない。
呑気に喋るフィラルテに、ブランとノワールがバルトの陰から飛び出し襲い掛かる。
ブランは飛び上がり上段からの振り下ろし。ノワールは右側からの高速ステップからの横払い。
「ふっ!」「はぁっ!」
「油断は無いと言った」
冷たく言いながら、掴んでいる灯の槍を凄まじい力でバルトごと横に振るい、右にステップしているノワールにぶち当て、2人纏めて吹き飛ばす。
「ぅ!?」「キャッ!?」
そして、そのまま流れるような動きで、上から振るわれるブランの剣を右腕を盾にして防ぐ。
ギィンッと金属同士がぶつかったような甲高い音。
ブランは即座に気付いた。
「自身の血を操って肉体を硬化させているの!?」
「聡いね? まあ、あれだけ血を操っているところを見せていれば、馬鹿でも気付くか?」
フィラルテの無表情が微かに崩れ、喜悦と興奮で口元が少しだけ歪む。
懐に飛び込んで来た獲物に牙を突き立てる、獣の顔だった――――。
左手の指先が勝手に裂け、そこから噴き出した血が瞬時に2本の刃が絡み合う穿角になる。
「この身こそ、究極の盾にして究極の剣。【血化粧】の真の恐ろしさを存分に味わいなさいな」
容赦なく、躊躇なく、穿角をブランの心臓目掛けて振るった――――。




