11-40 血と火の赤
魔王フィラルテの振るう、血で作られた長刀。
見た目“お人形さん”が振るったとは思えない程のスピードとパワー。
それを、バルトは闇に包まれた空間の中で必死に防御する。
「ほらほら、頑張って防御しなぁっ!」
「ぅっ、くっ!?」
赤い残光を残しながら迫る血の剣をギリギリのタイミングで槍で受ける。
“斬る”と言うより“叩き付ける”衝撃が2度3度と続き、4撃目の下からの切り上げで槍が弾かれバルトの手を離れる。
「ァっ!?」
ここが空中ではなく、ちゃんと踏み込める地面だったならバルトはもう少し良い戦いが出来ていたかもしれない。
だが、戦いにおいて“もし”は存在しない。
バルトは斬り合いに負けて武器を手放した。それが現実。それが事実。
「ふっ!」
フィラルテの目が、勝利の快感に蕩ける。
久方振りに味わう天敵たる勇者を殺す感覚を味わえる――――が、そうは問屋が卸さなかった。
バルトの脳天へ剣を振り下ろす直前、上から声が降って来る。
否。
“天術”が降って来る。
「【術式除去】!!」
常駐型の術式を除去する天術。それをブランが放っていた。
魔王が張った【闇への誘い】が解除され、周囲を包んでいた暗闇が砕けて色鮮やかな元の世界へ戻る。
と同時に、ノワールが刺突の構えのまま、魔王目掛けて一直線に高速落下して来る。それはまるで、1本の矢のように。
「はぁあああああっ!!」
「ふん」
双子の動きを視界の端で捉え、魔王はそれを鼻で笑う。
決して鈍い訳ではない。タイミングだって血剣の振り終わりを狙って絶妙と言って良い。
だが――――それでも、魔王の反応速度はそれを上回っている。
「邪魔」
武器を失ったバルトを、無造作に伸ばした足で蹴り落とす。
「ンぐッ!?」
落ちていくバルトに目もくれず、視線を頭上から襲い掛かるノワールに移動させる。
同時に、持っていた血で形作られた剣を手放す。
「“守れ”」
血剣がパンッと音を立てて割れ、フィラルテの頭上で傘のように広がる。
ノワールは、その傘ごと貫こうと全力で剣を振り下ろす。
しかし、その刃はガキンッと甲高い音と共に傘に受け止められる。
「くっ! なんて硬さ……!」
「血を圧し固めようと、どれ程の硬度か」とノワールが舐めてかかった訳ではない。先程バルトを握り潰そうとした巨手にしても、自分たちを貫こうとした血弾にしても、間違いなく鋼鉄かそれ以上の硬度である事は想像していた。
だからこそ、ノワールはそれを斬るつもりで全力で剣を振り下ろしたのだ。
しかし、それでも足りない。
フィラルテの操る血の武装は、鋼鉄はおろか最硬度鉱石もかくやと言う異常な硬度を誇っている。
もしノワールが振り下ろした剣が神器でなかったら、間違いなく剣の方が硬度に負けて砕けていた。
「残念だったねぇ? アタシの【血化粧】はそう簡単には抜けないよ」
血の傘を前に何もできないノワールを、透き通る赤い傘越しにニヤッと笑う。
傘を横に振ってノワールの体勢を崩す。
「!?」
「1人目は半魔にしようと思ったんだけどね……。まあ、良いさね。どうせ、数秒遅いか早いかの違いさ」
傘が弾け、瞬時にフィラルテの手元で斧に再形成される。
美しくも禍々しい深紅の斧。
己の手で勇者の首を跳ねる数秒先の未来を想像し、興奮と喜悦で思わず頬が緩む。
斧を振り被った瞬間――――右肩に鋭い痛み。
「ぅッ……!?」
焼けるような痛みが右肩から全身に広がって来る。
何事かと視線を向ければ、右肩には――――灯の槍が深々と突き刺さっていた。
(さっき上に弾き飛ばした筈――――!?)
そう、今フィラルテに突き刺さる灯の槍は、間違いなく持ち主の手を離れていた筈だった。
視線が、槍の落ちて来た先を追う。
そこには――――蹴りの姿勢のまま落下して来るブランの姿があった。
(アタシが防御を解くタイミングを狙って、打ち上げた灯の槍を蹴り落としたのか!?)
今の計ったようなタイミングの良さに、ふと違和感を覚える。
まるで、最初からそうなるように計算されていたような、そんな違和感。
(まさか、槍を手放したのは計算――――!?)
当たりだった。
バルトは、双子が居るであろう方向に、わざと神器を弾き飛ばさせたのだ。
とは言っても、そこから先の展開を計算していた訳ではない。
武器を手放した勇者が目の前に居れば、当然魔王はそれを仕留めにかかって来る。そして“とどめの攻撃”をする時には相応の隙が出来る。双子ならばその隙を突いて何とかするだろう――――と言う確証も計画性もない、双子への信頼だけが頼りの作戦。
だが、双子はバルトの意思を瞬時に汲み取った。
2人がかりで斬りかかっても、魔王の血を操る能力を抜けられるかは分からない。だからこそ、ノワールだけが先に斬りかかって攻撃を受ける係になろうとした。
そしてブランが、打ち上げられて来た槍を蹴り落とした。
「チッ、鬱陶しい手を使うじゃないのさ!!」
言ってる間に、突き刺さったままの灯の槍が属性効果を発揮。
傷の内側から炎が噴き出し、魔王の弱点である超神聖属性がキラキラと輝くオーラを撒き散らす。
「くっ……忌々しい神器め!!」
神器が勇者の武器と呼ばれるのは、勇者だけが触れられるからだけではない。相対する魔王にとっての弱点特攻武器だからでもあるのだ。
だからこそ、この“突き刺さった状態”が厄介で面倒だ。
突き刺さったままでは神器の属性効果でダメージを負い続けるうえ、魔王の肉体が持つ深淵属性が打ち消されて戦闘力がガタ落ちになる。
だったらさっさと抜けば良いのだが、それもそんな簡単な話ではない。
神器に触れられるのは勇者のみ。勿論突き刺さった神器であろうとその絶対ルールは変わらない。
神器を抜こうと触れようものなら、それだけで馬鹿にならないダメージを負う事になる。
持続ダメージと神器を触れた際のダメージを天秤にかけなければならない。実に嫌な二択だった。
しかし――――フィラルテも魔王としては中堅と呼ばれる位置に居る。
魔王になって10年ばかりの“新参組”ならいざ知らず、勇者との戦いなど10年前まで飽きる程経験して来たフィラルテならば、一切迷う事無く“神器を抜く”選択肢を選ぶ。
そのフィラルテの迷い無い即決を――――双子のコンビネーションが上回る。
フィラルテがジュッと手の表面を焼かれながら灯の槍を握ったのと同時に、ノワールが槍の尾を思いっきり蹴った。
「ふっ、ンッ!!」
先程血の傘で攻撃を防御され、空中姿勢を崩されていたと言うのに、見事としか言いようがない程に綺麗な回し蹴り。
放出型の天術を片手で放つ事で、無理矢理空中で体を回転させたのだ。
ミシミシと肉と骨が軋むような音をたてて、槍が更に食い込み、傷口から噴き出していた炎に血の赤が混じる。
「ぐぇあああッッ!!!?」
体の内側を走る膨大な熱量と、脳神経を焼くような痛みでフィラルテの思考が乱れ、冷静さと余裕が霧散していく。
「ゆ、う者、共がぁぁあああああああッ!!」
槍の神器を引き抜く事を一旦保留にし、怒りの命じるままに双子を殺す事にする。
双子は空中での多少の動きは可能だが、空中での機動力はフィラルテと比べるレベルですらない――――と微かに残った冷静さが判断した。
であれば、2人が地面に落ちるより早く仕留めてしまう方がこの後の面倒事は少なくて済む。
フィラルテの判断は正しかった。
2秒後には、双子が肉片になって地面に散らばる未来があった。
ただし――――
「槍、返す、欲しい、です!」
ただし――――バルトへの警戒心が残っていたら、だが。
先程蹴り飛ばされたバルトは、素早く【空中機動】で足場を作り空中に留まった。
ブランが槍を蹴り落としたのを見るや、直ぐに理解した。
―――― ブランは魔王を攻撃する為に槍を蹴ったのではなく、自分に向かって槍をパスしたのだ、と。
バルトが灯の槍を手放したのは、双子に攻撃のチャンスを作る為だった。もっと言えば、双子に魔王の首を取って貰う為。
だが、ブランはそのチャンス1回を捨ててバルトに向かって槍を戻した。
それが何を意味するかと言えば、「自分達の攻撃では魔王を殺せない。だから、止めはお前がやれ」と言う事だ。
槍を掴む。
「何!?」
フィラルテがバルトの存在に気付く。
だが、もう遅い。
バルトが槍を掴んだ時点で“詰み”だ。
「炎熱やりなさい!!」「炎熱燃やしなさい!!」
双子の声援を受けて、有りっ丈の力を灯の槍に込める。
「ああああぁあぁああああああッ!!」
フィラルテの全身から真っ赤な炎が噴き出した――――。




