1-36 “勇者”の名前は踊る
一通りログの確認が終わった頃、丁度良いタイミングで目的地に到着。
例の怪しい地下室の在る飲食店。
店は開かれて居て、中では大勢がワイワイ騒いでいた。
客らしいオッサンや、既にベロンベロンに酔っぱらっている姉ちゃんやらが、我が物顔で酒樽を開けている。
ここでも祝勝会ムードかい……。
魔族の締め付けがよっぽど酷かったんだろうなぁ。
そんな事をシミジミ感じていると、ふと酔っ払い達の会話が耳に入る。
「そう言えば、ユーリの嬢ちゃんはどうしたんだ?」
お、それそれ! それを知りたくて来たんだよ俺は! ナイス酔っ払い!
「マスター達が、エンラの婆ちゃんの所に運んでった」
「ああ、エンラさんの所か。この町であの人以上の治癒術の使い手は居ないからなあ」
治癒術? 回復魔法的な話? そんなの有るなら俺も欲しいな。いや、違う、今はそんな話じゃなくて。
ユーリさん相当ボロボロにされてたから、慌てて医者に駆けこむような感じで連れて行かれたんだろう。
「チキショウ、魔族のクソッ垂れ野郎共め! ユーリちゃんをあんな姿にするなんて許せねェぜ!」
「まあまあ、いきり立つなって。その仇は、キッチリ勇者様がとってくれたじゃない」
「……まあ、そうだけどよぉ」
「はぁぁ……勇者様恰好良いわよねぇ……。絶対あの兜の下は、物語の王子様みたいな方よ!」
「何言ってるの! 彫りの深いおじ様に決まってるじゃない!!」
「馬鹿野郎! あんな化物みたいな強さの鎧の下が、可愛い女の子って浪漫が分かんねえかなぁ」
「ぁあ!? 筋肉の鎧に包まれた、サイクロップスみたいな女の方が良いだろう!!」
「あん!? ふざけてんのか!?」
「やんのか!?」「上等だぁ!」
全員ハズレじゃボケぇ。
心の中で溜息を吐きながら、飲み比べを始めて収拾つかない感じの雰囲気になっている店をあとにする。
結局治癒術の使い手のエンラさんとやらの家の情報がまったく取れなかったな……。
少し歩いて探してみるか。
疲れの取れ切っていない、小さな子猫の体に鞭打って歩く俺。
3つ隣の家を通り過ぎようとした時―――入口が開いた。
狐のような糸目の少年がドアから中に叫ぶ。
「じゃあなユーリ。ちゃんと寝てろよな!」
え? ユーリ?
もしかして、こんな簡単に見つかった感じ?
【バードアイ】で室内に視覚を飛ばす。
ベッドの所に、目的の人物を発見。
体は綺麗に拭かれて、綺麗な服に着替えては居るが体はまだボロボロのまま……いや、でも顔色が分かる程度には回復してる……?
ベッドの隣には皺くちゃな婆様と、店のマスターと、ザ・筋肉なオッサン。
婆様が件のエンラさんとやらなのか、ユーリさんに何やら光の灯る手を向けている。あれが治癒術って奴かな?
男2人は、何やらユーリさんに説教している。
うーん、ダメだ。何話してるのかサッパリ分からんわ。
もうちょい話し聞こえそうな場所に移動してみるか……窓とか。
ってか、人の家を無断で覗いてると、変態になったようでちょっと自己嫌悪で泣きたくなる。……いや、まあ、色々手遅れだけども。
トコトコと走って窓の下に行くと、ヒョイッと軽いジャンプで窓に飛ぶ。
丁度ベッドのすぐ横だ。
聞き耳をたてる………と思ったら。
「おや? ユーリ、貴女のファンが来たみたいですよ?」
一瞬で気付かれた。いや、まあ、そら窓って人間の視界の丁度良高さに有る物ですし……【隠形】も使わずに窓に登ったら、中の人に見つかりますわ……。
ええっと……とりあえず猫らしく鳴いて誤魔化そう。
「ミィー」
不審者ちゃいますよ? ただの通りすがりの猫ですよ? のアピール。
「わぁ、可愛い猫ちゃん」
ユーリさんが、未だ痛む体を押して窓を開けてくれる。
これは、入って良いって事かしら?
そう思っておこう。いや、きっとそうに違いない。うん。多分。
トテトテと中に入ってみる。
とは言え、流石に汚れた足でベッドに乗る訳にもいかず、窓枠にチョコンと座る。
「この子猫、ユーリが居ない時に店に来てたんですよ。やっぱり君の事が心配だったみたいですね?」
「そうなんだ……。おいで、猫ちゃん」
ユーリさんが、傷だらけの両手を俺に向かって伸ばす。
導かれるままその両手の中に収まると、ヒョイッと抱きあげられて手元に引き寄せられる。
「ミ……」
女性に抱かれるのは男として嬉しい。
……まあ、けど、年下の子に可愛がられるのは……色々と情けなくもある。けど、今の俺は猫ですし。猫歴1ヶ月以下ですし。
毛布の上に降ろされると、わしわしと撫でられる。
あら、ヤダ……とっても気持ち良いわ……。
思わず心の中で「ほわあああああッ!」と謎の叫びをあげて、変な性癖の扉を開きそうになってしまった。
「ありがとう猫ちゃん。私はもう大丈夫だよ? だって、勇者様が助けてくれたからね」
勇者様……ね。
すんごぃ言いにくいんですけど、あれ勇者じゃなくて、猫の操ってる空っぽの鎧なんですよ……。
「ミャーミャー」
「そうだよね? 猫ちゃんも勇者様とっても格好良いって思うよね!」
「ミー……」
急募・猫語を翻訳できる人。
そんな都合の良い奴居ねえか……。俺が何かしら話せるスキルか何か覚える方が早い気がするわ。
ってか、『勇者様』は実在している物として何とか誤魔化した方が良いのかなぁ……? ユーリさんを始め、町の人達も真実を知ったらダメージでかそうだし……。
それにさ? ちょっと汚い話ですけど、オリハルコンの鎧でうろつけば、町の人達に良くして貰えそうじゃん? それが無かったとしても、今まで猫の体じゃ出来なかった事が出来るし。
主に買い物とか買い物とか買い物とか。
………まあ、肝心の金銭を持ってないけど。
とすると、アレだな。勇者が…………自分で勇者って言うと、なんつうか、こっ恥ずかしいっつか、若干死にたい気分になるな……。せめて勇者モドキとか呼ぼう。
……で、勇者モドキがまだ町に居るって事を一応アピールしといた方が良いよな?
なんたって、戦い終わった後すぐにドロンしちゃったし。
ふむ……よし!
「それにしても、あの勇者様はいったい何処の誰なんだ?」
筋肉の人が皆に訊くと同時に、家のドアをノックする音。
「おや? 誰か来たみたいだね? わたしゃ治癒術で手が離せないんだ、男共ちょっとでておくれ」
家主の婆様に言われて筋肉さんとマスターが渋々入口に向かう。
「どうせまた、ユーリのファンですよ……」
「その時は、俺の睨みで追い返してやる」
「宜しくどうぞ」
ドアを開けると、2人揃ってギョッとする。
誰が立って居ても大丈夫なように心構えはしていたのに、そんな心の準備を全て無視して予想外の人物が立って居た。
――― 黄金だ
全身を金色の鎧で包み、その手に握られている“旭日の剣”。
「ゆ、ゆ、ゆゆ勇者!?」
「な、なんでこ、ここ、ここに!?」
“予想体の人物が立って居た。”とか言ったけど、立たせているのは他でもない俺だっつうの。1人で何やってんだ俺は……。
まあ、ともかく勇者モドキがそこに立って居る。
一応、「助け出した人の見舞いに来た体」で立たせてるつもりです、はい。
男2人の騒ぎが聞こえて、ユーリさんが俺を抱いて立ち上がろうとする。
「勇者…様?」
「こら、立つんじゃないよ! 治癒術がかけられないじゃないか」
叱られて渋々ベッドに戻るユーリさん。しかし、その視線は熱に浮かされたように、玄関に立つ黄金の鎧だけをジッと見つめている。
……そんなに見つめられると照れます。あと、俺を抱く手に力が入り過ぎて若干苦しいんですけど……。
いつまでも玄関先に立たせておく訳にも行かないので、ペコっとお辞儀(兜が落ちないように注意)してから唖然としている男2人の横を通り過ぎて真っ直ぐベッドまで向かう。
「ゆ、勇者様! あ、あの私…!」
ユーリさんの言葉を遮るように剣とは逆の手に持って居た物を差し出す。
「え…? 花?」
はい、花です。
お見舞いに持って行く物が無かったので、収集箱の中でタンスの肥しになっていた森の中で拾った色んな花を持たせてみました。
長居すると絶対ボロを出す自信があるので、さっさと渡して帰ろう。
俺を抱いていて両手の塞がっているユーリさんの代わりに、治癒術をかけていた婆様に花束を渡す。
「この花……」
治癒術を一時中断して花を受け取った婆様が少し驚いた顔をする。
よし、早よ帰ろう。ぶっちゃけ俺も疲れてるし。ユーリさんが無事なのを確認出来たから目的達成したし。
「ミィミ」
ユーリさんの手を傷付けないように気を付けながらバタバタと動いて、暖かい腕の中から脱出する。
勇者モドキを動かして膝をつかせると、ベッドからヒョイッとその肩に飛び移る。
「あっ、猫ちゃん!」
金属鎧が凄く冷たい……。
さっきまでの手の温もりを恋しく感じてしまう。
勇者モドキに会釈程度に頭を下げさせると婆様宅をあとにする。
通りを曲がった所で、人目が無い事を確認してから鎧と【仮想体】をまとめて収集箱に戻す。
はぁ~、今日は疲れた……。
暫くは食っちゃ寝して英気を養おう、うん。
ようやく俺は帰途につくのだった。
* * *
黄金の勇者が立ち去ると、暫くエンラ宅は静かだった。
予想外の登場から、あっと言う間に去っていた……まるで風の様に。
「え? え? あの人、結局何しに来たの……?」
ようやく正気に戻ったディールが呟く。
リベリオンズの参謀兼飲食店店主として冷静沈着をモットーとしている彼だが、流石に風の様に―――いや、嵐のように去っていた黄金の勇者には度肝を抜かれた。
そんな彼に対し、リベリオンズのリーダーであるグリントは無言のまま冷や汗をかいていた。
森の木こりとして、森での魔物や危険な動物とのエンカウントを繰り返すうちに、生きている者の発する“気配”のような物をボンヤリと感じ取れるようになった彼だったが、黄金の勇者からは何の気配も感じなかった。
まるで、鎧だけがそこに立っているかのような不気味で底知れない存在。それを目の前にして、彼は驚愕よりも恐怖よりも、強烈に憧れた。
熟練の狩人を始めとした戦士達が時折見せる、完全なる気配遮断を常にしているのだと……。
「あれが……勇者か…。凄まじいな……!」
ユーリは黙って勇者の出て行った扉を見つめていた。
「はぁ……勇者様」
鎧の下の姿は知らない。どこの誰かも、性別や年齢すら分からない。
だが、それでも―――鎧の内側には、暖かく優しい人物が居る事だけは分かる。そして、黄金の勇者が誰よりも強いと言う事も。
優しく、強く、高潔な魂の持ち主。
それは正に、ユーリがずっと憧れ続けた本の中に描かれた勇者の姿その物だった。
顔は分からない、もしかしたら女性かもしれない。だが、そんな物関係ない。
あの金色の姿を思い浮かべるだけで、胸が痛い程に熱く、大きく鼓動を鳴らす。
顔が火照る。
耳まで赤くなっているのが自分でも分かる。
途端、こんなボロボロな体では無く、ちゃんとした「女性」の姿の自分を見て欲しかったと後悔が押し寄せて来た。
(こんな顔も分からないような姿で……魔族に穢された私なんて……)
泣きたい気分だった。
助けられた事も、見舞いに来てくれた事も飛び上がらんばかりに嬉しいが……やはり、それでもこんな姿は見て欲しくなかった。
「なんて顔してんだい! 折角勇者様が見舞いに来てくれたってのに、そんな辛気臭い顔してたら甲斐もないよ」
エンラに怒られて「それもそうだ」と気持ちをなんとか平常に戻そうとする。
ふと―――エンラの持っている花に目が行く。
赤や青の小さな花。見舞いに持って来るには、少し貧相に思える……が、勇者がわざわざ持って来てくれた物だ。町を埋め尽くす程の花だって、この小さな花達には敵わない。
「エンラさん、勇者様が持って来てくれた花、どこか見える所に飾って欲しいです」
「ん? ああ、違うよこりゃ」
「え?」
「この赤い花は傷薬にするんだ。こっちの青い花は痛み止めになる。それに、この葉っぱを磨り潰して塗ると腫れが引くんだよ」
「……じゃあ、全部薬用なんですか?」
「そうだよ。あんまり珍しい花じゃないけど、森の魔物の居る深い所まで行かないと取れないんだよコレ。きっと魔族を倒した後、大急ぎで取って来てくれたんだろうよ」
エンラがユーリの顔を見てニヤニヤと笑う。
涙雨の降っていたユーリの心に、再び日が射したように暖かくなる。
「勇者様……!」
今までずっと憧れるだけだった勇者。
本の中から出て来たような、“本物”の勇者。
抱き続けていた『憧れ』が、勇者と出会った事で『愛おしさ』に書き変わって行く。
(今ボロボロだからってなんだ! そうよ、これから一杯の私を見て貰えば良いじゃない!!)
ユーリの心で、未だかつて無い程の熱い炎が燃え上がる。
「エンラさん、治癒術をお願いします!!」
「あっはっは! 元気が出たのは良い事だよ。そいじゃ、再開しようかね」
(勇者様、待って居て下さい!)




