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11-35 北の砦では……

 北の砦――――。

 新たな勇者が誕生した事などつゆ知らず、砦を守る戦いは続いていた。

 未だ剣の勇者こと子猫が張って行った【サンクチュアリ】の効果は継続中。なので、敵味方問わず魔法の使用は禁じられ、敵軍には弱体化を、味方には強化がかかっている。

 戦端は開かれていると言うのに、砦の外は異常なまでに静かだった。

 と言うのも、敵の姿が無い――――。

 逃げた訳ではない。

 散発的にだが、何度か100人、200人規模の部隊が向かって来てちょっかいをかけてくる。

 しかし、砦に立て籠っているコチラが迎撃をすれば、被害が出る事を嫌がるように簡単に戻って行く。

 攻撃する意思が有るのか無いのか。

 防壁の上に設置された見張り小屋の中で、アザリアとシルフの2人は戦場を見据えていた。


「静かになったな?」


 シルフの呟きに、(ぬる)い水の入った杯を傾けながらアザリアは頷く。


「そうですね」

「いい加減、諦めて帰りゃ良いのに……」

「魔王の面子(めんつ)がありますから、そう簡単には引き下がらないでしょう。それに――――」

「待ってる、か?」

「ええ。まず間違いなく、兄様の張って行った【サンクチュアリ】の効果が切れるのを待っています」


 本来ならば、数の力でゴリ押ししてこの砦を突破して行くつもりだったのだろうが、先陣を切って来た空中戦力と騎馬隊を、剣の勇者が秒殺してしまった為に敵の予定は大崩れだっただろう。

 勿論、魔王達は第二波、第三波と用意していたのだろうが、それを引っ込めた……若しくは、引っ込めざるを得なかった、と言う事だ。


「剣の勇者や元魔王のギガースが居ると思って、自分達が不利な状況で攻めてこないって事か」

「いえ、兄様達が居ない事を知っているからこそ、勝ち戦で被害を出したくないと思っているのかもしれませんよ?」

「なるほど……その可能性も有るか。だとすると、ちょくちょく部隊規模で向かってくるのは、ここにアイツ等が居るか確かめているって事かな?」

「恐らくは。まあ、どちらの可能性でもないかもしれませんけどね?」


 2人共気を抜いていなかった。

 勇者として、魔王との戦いがあるかもしれないこの場で、一分の気を抜く事なんて出来なかった。

 アザリアは直接魔王の1人と相対した事はあるが、まったく歯が立たなかったと言う苦い思い出がある。

 シルフも魔王の支配領内で色々やっていたが、魔王との直接対決は剣の勇者と合流するまでは絶対に避けて通っていた。

 剣の勇者が次々と魔王と討伐しているから、“今代の勇者は魔王を上回っている”と言う認識が人々の間に広がっているが、それは剣の勇者が異常なのであって、それ以外の勇者にとってはどの魔王も凄まじい脅威なのは変わっていないのである。


「にしても、【サンクチュアリ】は極光の杖を持つ“杖の勇者”……リーダーの専売特許じゃなかったか? なんで剣の勇者が当たり前みたいに使ってんだよ……」


 それに関しては、アザリアも少し顔を曇らせる。

 歴代の杖の勇者と言えば、後方で皆を護る天術のスペシャリスト。アザリア自身も天術の扱いに関しては自信があるし、現勇者の中では1番だと自負している。剣の勇者を除けば……だが。

 格闘戦特化の戦闘力第4位の魔王を倒してしまう桁外れの近接能力に加え、究極天術を雨のように降らせる底無しの魔力。その上、複数の究極天術を操ると言うのだから、もはや比べる事すらバカバカしい。


「それはもう、“兄様だから”で納得するしかないかと……」

「…………なんなんだよ、あの常識の通じなさは……? 俺は、あの金色の鎧の中身が“始まりの勇者”だったとしても驚かねえぞ?」

「始まりの勇者……。世界に初めて現れた勇者、ですか……」


 そう言えば、始まりの勇者も現剣の勇者と同じく謎の多い人物だ、とボンヤリと思う。

 ふらりとどこからともなく現れ、魔王と戦える存在が人間の中にも居る事を示した――――と言われているが、どのような人物だったのかは記録が一切残っていない。

 分かっている事は、旭日の剣の最初の持ち主だった事と、天術の使い手としても優れていたと言う程度。


(…………言われて考えてみたら、兄様との共通点が多いような……?)


 とは言え、同一人物と言う可能性はないだろう。

 なんたって、始まりの勇者は100年近く前の人物だ。生きている訳がない。


「リーダーは仮にもアイツの妹分だろ? 本当に正体知らないのか?」

「残念ながら。兄様が兜取ったところ見た事ないですし」

「知りたいと思わねえの? 一応“兄”と慕う相手だろ?」

「そりゃぁ、知りたいですけど……。兄様自身が正体を(かたく)なに隠すのは、それ相応に理由があるんでしょうし、それを無理に剥ごうとは思いませんよ」


 事情や背景を汲んで何も訊かないのは優しさ……と納得しかけたシルフだったが、いつもの猫ポンコツなアザリアの姿を思い出し、「もしかして、くっ付いてる猫に構うのに夢中で、剣の勇者の正体とかどうでも良くなってるだけじゃないのか?」と思った。一々それを口に出したりはしないが。

 ふと、会話が途切れる。

 ゾワリとした悪寒が背中から頭の方へ上って来る。

 2人の中に有る“勇者の力”が何かを警告してる。

 示し合わせたように、同時のタイミングで外壁の下に視線を向ける。

 砦の外にポツンと1人の魔族が立っていた。

 尖った耳が特徴的な、泥のような濁った黒い肌の男。

 見張り台に居るアザリア達を見るや、ニィッと見た者に不快感を与える笑みを浮かべる。

 そして、(おもむろ)に片手を向け――――


「【破砕の黒(ダスクブレイカー)】」


 魔法を放って来た。

 男の手の平から、真っ黒なオーラが波のように広がり、触れる物を破壊し始める。

 アザリア達の反応は早い。

 相手が【サンクチュアリ】の効果を受けて尚魔法を使った事で、即座に相手の正体が“魔王”である事を認識し、意識のスイッチが入って警戒のレベルを一気に最大まで引き上げる。

 魔法のオーラが外壁に届くより早く、アザリアが極光の杖を振って天術を唱える。


「【抗魔の盾(マジックシールド)】!!」


 黒いオーラを押し返すように、外壁の前に巨大な光る盾が現れる。

 黒と白の光がぶつかり、飛び散ったエネルギーの波濤がパチパチと火花を放つ。

 視界が白く染まる中、シルフは冷静に動き、腰の投げナイフを抜いて投げる。


「フッ――――!」


 視界の半分以上が閃光で潰れていると言うのにシルフの狙いは正確で、白い視界の向こう側に居る魔王の首元に真っ直ぐ飛ぶ。

 しかし、それを素直に食らってくれる相手ではない。

 眩しさに目を細めながらも、纏っていた黒いマントを(ひるがえ)して飛来したナイフを弾き落とす。


「御挨拶だなぁぁ? 勇者共がよぉっ!!」


 不快気に叫びながらも、どこか楽しんでいる風にも聞こえる。

 そんな叫びを無視して、見張り小屋の上でアザリアは隣のシルフを呼ぶ。


「シルフ!」

「はいはい、分かってますよっと!」


 要件を言わずともお互いの考えは一致していた。

 アザリアの小さな体を抱き上げるや、柵を飛び越えて外壁の外へと身を躍らせる。

 空中で3度【空中機動(エアスライド)】の足場を作り、無事2人共地面へと着地。アザリアを放り投げるように立たせるや、シルフは腰の絶風の短剣を抜いて構える。


「なんだぁ? 杖と短剣の勇者だけかぁよぉ? コッチはぁ、剣の勇者以外興味ねぇってぇんだよぉ」


 嘲笑う。「貴様らなぞ眼中にない」と。

 短気な者ならその安い挑発に乗って冷静さを欠いたのかもしれないが、その手の煽りに慣れている2人。

 アザリアは煽りを耐えるだけだが、シルフは煽りをさらりと流した後にきっちり煽り返す余裕まである。


「何を『剣の勇者が居るのを期待していた』みたいな事言ってるんだ? あんなに部下を差し向けて、居ない事を入念に確認してたんだろ? アイツが居ない事を確信したからテメェ1人で前に出て来たんだろ? アイツの事が怖いから。アイツと戦えば負けるのが分かってるから」

「ぁあ? 聞き間違いかぁ? 誰がぁ、誰を怖がってるだぁ?」


 ギロッと睨まれるが、シルフは欠片も怯える様子もなく続ける。


「黒い肌に長い耳。お前が魔王ハーディ=ブラング・Kだろ? 10年前に先代の魔王が死んで“お情け”で魔王になった。そして、今回の魔王同盟でぶっちぎりで格下の。コッチは2人共、お世辞にも戦闘特化の勇者じゃないからな? 来たのが1番雑魚の魔王で有難いよ」


 青筋が立つ程の怒りで、魔王の顔が醜く歪む。


「死にてぇのかぁ? いや、どうでも良いぃ! 殺すぅ! テメェ等はぁ、確実にぃ、殺すぅっ!!」

「やれるもんならな? ただでさえ評価の低い魔王が、俺達に負けて更に落ち目にならないと良いな?」

「上等だぁ! 後悔しても遅ぇぞぉ!!」


 魔王に気付かれないように、アザリアがシルフの腕をツンツンッと指で(つつ)いて、声には出さずに「グッジョブです」と称賛を送る。

 アザリアもシルフも、考え無しに引き籠っている砦の外に出た訳ではない。

 魔王が現れた以上「放置する」なんて選択肢は無い。

 もし放置すれば、直ぐにでも力業で門を破られるのは目に見えている。

 砦の中に1歩でも踏み込まれれば、どれだけの死傷者が出るか分かった物ではない。

 であれば、その前に叩いてしまう以外の選択肢は無い。

 見張り台の上から相対すると言う選択肢も有るには有ったが、魔王がどんな“トンデモ”な手を使ってくるか分からない以上、少しでも砦から引き離したかった。

 そういう意味で、シルフの挑発は100点満点だったのだ。

 それに――――取り巻きを連れていない魔王だ。


(倒すチャンス……ですね)


 当初の計画では魔王同盟の3人は出来るだけ倒さない手筈になっていたが、アザリアもシルフも倒す気満々だった――――と言うより、それ以外の選択肢が無い。

 魔王の中では格下であろうと、戦闘能力で考えればアザリア達の方がずっと下だ。この場に剣の勇者が居れば、適当にあしらって戦闘を引き延ばすと言う作戦もあったが、それは桁外れの戦闘能力を持った剣の勇者だからこそ出来る芸当で、それ以外の勇者にはとても真似できない。

 戦闘とは、倒す事より「倒さないように戦う」方が圧倒的に難易度が高い。まして相手は戦闘能力で上を行くのだ。アザリア達に、その難易度に挑戦する余裕など有る筈も無い。

 幸い、避難は思った以上に順調で、9割がた終わっている。仮にここで魔王を倒したとしても、配下の兵隊の暴走はそこまでリスクが高くない。


「シルフ、気を引き締めていきますよ」

「了解」


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