11-32 赤鬼vs針鼠
「死ねぇえっ!!」
ヴァングリッツが振るう剣を、ギリギリで回避する。
「わざわざ叫びながら攻撃するのは、どう言う事なのだろうか?」と妙に冷静な事をギガースは考えていた。
(攻撃のタイミングを相手に知らせてるだけだと思うのだが……)
しかし、そのお陰で攻撃を避けられている部分はある。
「裏切り者が!! 魔族の面汚しめぇッ!!」
2撃3撃と振るわれるが、スウェーバックから右にステップして全て避ける。全てギリギリの紙一重。
そんなギリギリの回避で余裕を見せつけられていると感じたらしいヴァングリッツは更に頭に血が上り動きが単調になる。
とは言え――――ギガースは余裕を見せている訳でも、相手を煽っている訳でもない。ただ単純に余裕を持った回避が出来ないだけだ。
剣の勇者の実力を見てから、焦ったのか恐怖したのか分からないが、ヴァングリッツの動きが速くなった。冷静さを欠いて動きが読みやすいのでギリギリ対応出来ているが、これ以上の速度を出されたら正直対応しきれなくなる。
(自身が弱くなった事は自覚しているつもりだったが、ここまでだったとは……)
弱体化する前のギガースであれば、ヴァングリッツの攻撃をここまで必死に避ける必要などなかった。
しかも、今は剣の勇者が放った【サンクチュアリ】によってヴァングリッツは弱体化し、引き換えにギガースは多大な支援効果を受けている。剣の勇者が気を利かせてもう1段階支援を撒いてくれた事を考えれば、この“ギリギリ避けている”状況は非常に良くない。
元々は弱体化したギガースの戦力は、ヴァングリッツと同等程度と見積もられていた。
しかし、これだけお膳立てされたにも拘らず押されていると言う事は――――
(ヴァングリッツが格段に強くなっている……!?)
それも、これだけの“お膳立て”でも覆せない程に。
基本的に魔王であっても急に強くなるなんて事はない。魔王スキルを得る事で強くなる事はあるが、それだってあくまで日々の積み重ねで階段を上っているだけだ。
考える可能性は1つ。
(あの剣か……!)
ヴァングリッツの持つ異様なオーラを放つ剣。
色んな名剣、聖剣、魔剣を見てきたが、あんな剣は見た事がない。だが、あの剣が何かしらの異常性を持っている事は見た瞬間に気付いていた。剣の勇者――――子猫も警戒しているような気配を見せていたし、その予感は間違っていないだろう。
これが、ギガースとヴァングリッツの純粋な1対1の勝負だったのなら、正直この状況は何も恐れる必要は無かった。
何故なら、ギガースには武器の使用を禁止にする魔王スキル【決闘場】が有るからだ。
(しかし、使う訳にはいかんか……!)
【決闘場】の効果は敵味方を識別しない。
発動すれば、効果範囲内全員の武器の使用を禁じてしまう。勿論、数多の武器を操っている子猫とて例外ではない。
ただでさえ1対2万なんて無茶な戦いを押し付けているのだ。これ以上無理をさせる訳にはいかない。
更に言うなら、【決闘場】は天術も無効にしてしまう為、剣の勇者がかけてくれた【サンクチュアリ】が解除されて、敵の弱体化と自分達への支援が無くなってしまう。
そうなれば、どう考えても首が締まるのは自分達の方だ。
「おのれっ! おのれっっ!! おのれぇえええっ!!」
ヴァングリッツが更に吠え、スピードとパワーが増す。
さっきまでギリギリ追えていた剣の軌跡が見えない――――。
咄嗟に、右腕を上げて首を守る。
頭に血が上ったヴァングリッツならば、遊びやフェイントもなく首を狙ってくる――――と言うギガースの読みは当たり、盾にした右腕に刃が食い込む。
「……くっ!」
魔導拳によって両腕を強化しているにも拘らず、表皮で剣を受け止められずに刃が肉を抉って血が噴き出す。
ギガースには、種族的に生まれ持った異常な程高い身体装甲がある。それを鍛え上げた結果、生半可な火力ならば無防備に受けてもかすり傷すらつけられる事は無くなった。
魔王として弱体化した今でも、そこらに転がってる武器ならば素の状態でも防げる自身はある。
しかも、今は魔導拳で両腕を強化している。
ギガースの体感では、魔導拳で強化している部位は通常時より倍近く硬度と耐久値が上がっている。
にも拘わらず、当たり前のように装甲を抜かれた。
想定以上の攻撃力――――。
ギガースの血を見て、ヴァングリッツが一瞬ハッとした顔をして、直ぐに愉悦と興奮の混じる歪んだ笑いへと変わる。
ヴァングリッツも、当然ギガースの持つ異常な防御力は知っている。だからこそ、その装甲を自分が引き裂いた事に驚きと同時に興奮を覚えたのだ。
今まで目の上のたん瘤でしかなかったギガースを、ようやく上回る日が来たのだと。
その興奮が、その喜悦が、怒りと焦りで濁っていた思考を程良く鈍らせて冷静さを取り戻させる。
半歩引きながら、中途半端に食い込んだ刃を引き抜き、冷静に間合いを測りながら2撃、3撃と畳みかける。
速く、強くなった攻撃。更に相手を観察し、対処する冷静な思考。
ギガースの防御が間に合わなくなる――――。
「むっ」
即座に魔導拳を“魔纏”から“纏光”に切り替える。
両腕にだけ纏わせていた黒い魔力光が、全身から噴き出す。
(痛みを恐れるな! 変にダメージを避けようとすれば致命打を食らう。ならば、多少のダメージ覚悟で捌く……!!)
両腕防御から全身防御に切り替える――――しかし、魔導拳で防御力を上げても、やはりヴァングリッツの斬撃は防げない。
致命傷や欠損ダメージでもない限りは痛みは全て無視する。剣の勇者がかけてくれた“持続回復”の天術のお陰で、多少のダメージは放っておいても問題ない。
出来る限りはダメージを浅くしようと努めるが、攻撃を食らう度に血が流れ、それに応じてヴァングリッツの攻撃の速度と重さが増して行く。
「はっ! なんて様だ!」
嘲笑い、見下した言葉と視線。
叩きつけるように振られる剣を辛うじて避ける、が――――誘い、だった。
ギガースがギリギリで避けられる速度で剣を振り、わざと避けさせて体勢を崩す。そこを狙い違わず、ヴァングリッツの髪が襲い掛かる。
針鼠のように見える、細く長い刃の髪。その髪は見てくれだけのハリボテではない。そこら辺に転がっている剣や槍なんぞとは比べ物にならない程の強度と鋭さを持つ武器なのだ。その上、ヴァングリッツの意思で自在に操る事が出来、伸縮自在で鞭のようなしなりも有る。
そんな凶悪な髪が、捻じれて絡み合いながらドリルのようにギガースの心臓を的確に狙い貫こうとする。
「――――!!」
体勢を崩しながらも、咄嗟に柔法で攻撃を逸らす。
しかし、柔法の技術は鈍ってなくても、肉体能力が圧倒的にその技術の高さについて来ない。
受けた左手の甲を抉り斬られながらも、辛うじて心臓への直撃コースから逸らす。
だが――――
「ばぁぁぁかッ!!」
どんな攻撃をしようが“髪”なのだ。当然、同じような物が何千、何万と束になっているに決まっている。
(読み違えた――――ッ!?)
そう思った時にはもう遅い。
腕を、足を、肩を、腹を、髪の刃が貫く――――。
普段のギガースならばこの展開を読んで、避けるなり受けるなりする為の姿勢作りを先に始めていた。
しかし、無意識にあった弱体化した事への焦りや不安が読みを浅く、鈍くさせた。
「グッ……ぅ!」
心臓と頭への直撃だけは右腕を盾にして護る。
【ダブルハート】のリキャストタイムが終わってない以上、即死攻撃を食らえばそこで終わる。
ここでギガースが倒れれば、ヴァングリッツは間違いなく剣の勇者を狙う。
剣の勇者がヴァングリッツに劣るとは爪の先程も思っていないが、兵隊が頭を失って暴走する事を考えればヴァングリッツを先に倒す選択肢は無い。
となれば、剣の勇者はヴァングリッツを捌きながら2万の兵隊を倒さなければならない。
どれだけ剣の勇者が優秀な戦士であろうとも、決して無敵ではないし、不死身でもない。
(だからこそ、我がアレの負担を少しでも減らさなければ――――!!)
喉の奥から逆流して来る苦い血を、歯を食いしばって飲み込む。
踏ん張って、全身を貫かれているこの状況から脱出する手を考える――――暇はなかった。
「良い様だなあッッ!!!! 裏切者ぉお!!」
体を貫く髪の刃がギガースの巨体を持ち上げ、無茶苦茶に振り回して傷を抉りながら地面に叩きつける。
「がッ……!?」
「ハハハハハっ! なんだその姿は? これが元魔王? これが最古の血に次ぐ第4位だと? 笑えるよお前ッ!! 最高に笑えるよ!! やはり人間に寝返るような馬鹿は、こうなる運命なんだ!!」
狂気染みた目で地面に倒れるギガースを見下ろしながら、右肩の傷を爪先で踏んで押し広げる。
なんとか我慢しようとしつつも、苦痛に表情を歪めるギガースにヴァングリッツは満足げに笑い剣を振り上げる。
「さようなら、裏切者」
剣を振り下ろした――――。




