1-35 戦いが終わって
いつもの部屋だった。
駅から徒歩8分。
築14年のアパートの302号室。
紛れも無く、俺の部屋だった。
「………あれ?」
どうして俺、部屋の中で突っ立ってるんだっけ?
前の記憶があやふやで、思い出す事が出来ない。
とりあえずソファーに座って頭を捻ってみるが、やはり何も思い出せない。
そもそも今日って何曜日だ? 仕事休みだっけか? こんな真昼間に部屋でのんびりしてるって……日曜日か? それとも有給とったっけ?
テレビをつけてみる。
ニュースでも見れば何か思い出すかと思ったが、チャンネルを変えてみてもこの時間はニュース番組がどこもやっていない。
代わりに、猫が色んなアイテムを集めて回る変なアニメがやっていた。
「なんじゃそりゃ……」
異形の人型―――魔族やら、黄金の鎧を纏った勇者やら、何やら画面が騒がしくなっていくのを、何となく眺めている。
「どこかで観た事あったっけ……?」
話の内容が、どこかで聞いた事があるような気がした。
いや、「気がした」ではない。明らかに、俺はこの話を知っている。
何故か?
何故だ?
「ああ……俺が猫だからか」
見慣れた部屋の景色がグルンッと回り、気付くと何も無い荒野に立っていた。
視点が低い。
自分の体を確認すると、フワフワした白と茶の毛に覆われた猫に戻っている。特に驚きはない。この姿も慣れた物だ。
ところで……ここはどこだ?
どこまでも続く荒野。
どこまでも続く暗い空。
「ミィ……」
不安に捕らわれて鳴いていると、不意にゾワッとした悪寒を背後に感じ振り返る。
そこには―――
闇が口を開けていた。
底無しの穴のように、深い深い漆黒の暗闇。
いや、それは穴ではない。何か―――誰かの意思がそこに有るのを感じる。
闇の先で、誰かが口を開く。
『お前には、もう名は必要ないだろう?』
言っている意味が分からない。
『大丈夫大丈夫、代わりに良い物をあげよう』
“それ”が楽しそうに笑っている気がした。
『さあ―――』
暗闇の向こう側から、何か―――途轍もなく恐ろしい何かが―――俺に手を差し伸べる。
『お前の望む力を1つだけやる』
* * *
「ミャ…?」
ハッとなって目を覚ます。
そこは荒野でも、俺の部屋でもなく……他人様の家の屋根の上だった。
…………。
………なんか、変な夢を見ていた。あれは……なんだったんだろうか?
いつものように「まあ、いいか」とは流せない。
夢の中で、闇の向こう側に居た奴の言っていた言葉が妙に引っ掛かっている。
―――『お前には、もう名は必要ないだろう?』
そう言えば、なんで今まで気にしなかったのか不思議に思う事がある。
俺の名前……なんだっけ?
人として生活していた記憶はある。
通っていた学校や会社、行き付けだったゲームショップやラーメン屋の事も全部覚えている。……それなのに、自分が周りからどんな名前で呼ばれて居たのかだけが思い出せない。
なんでだ?
記憶喪失って、普通逆じゃね? 「名前以外思い出せません」が在るべき姿じゃないの?
………。
………。
………。
ダメだ、考えても分かんねーや。
この件は一旦横に置いておこう。幸い、猫の俺が名乗る事なんてねーし。
で、現状は―――なんで屋根の上で寝てたんだ俺は?
えーっと……。
そうそう、魔族の親玉を【仮想体】でシバキ殺して、住民の皆様が「いやっほー!」と嬉しさ爆発してる間に、コッソリ【仮想体】を鎧ごと回収して……んで、ああ、そうだ、気が抜けたら一気に意識が遠くなったんだ。
空を見上げると、散り始めた厚い雲からパラパラと霧雨が降っていた。
今更ながら、自分が濡れ鼠になっていた事に気付く。
猫の体は、濡れると物凄くテンションが下がる。その上むっさイライラする。こんな状態でも目を覚まさなかったって、どれだけ深く眠ってたんだ俺は……。
しかも、眠ってた割に疲れがあんまり取れていない。
体はダルイし、脳味噌をノックされているような頭痛が凄まじく鬱陶しい。
ってか、どれくらい寝てたんだ俺……? 下の広場でまだ人が喜びの騒ぎを続けてるって事は、それ程長い時間寝てた訳じゃなさそーだけど……30分くらいかな?
徐々に日が差して来たので、俺もいい加減動く事にする。
体が重いのは……まあ、我慢しよう。飯食って一晩寝れば治るだろう、多分。
気合いを入れて立ち上がる。
よっ、と。
「ミ…」
若干ふらつく頭を無理矢理通常運転に持って行く。
体と頭を振って水気を飛ばし、体が本調子ではないので、気を付けながら慎重に屋根から降りる。
ふぅ……。
しんどさが通常時の倍増しだな……。こう言う日はさっさと寝床に帰って寝るに限る……んだけども、助け出したユーリさんの事が気になったので、先にそちらを確かめに行こう。
つっても、ユーリさんがどこに行ったのかは分からないので、とりあえず関係有りそうな例の地下室のある飲食店に向かうか。
いつもの3割減のスピードで町を歩く。
町には、笑顔が溢れていた。
厚い雲の晴れて行く空の様に、今までの暗い雰囲気や、町を覆っていたどす黒い何かが薄れて行くのが分かる。とか何とか、格好良い事を言ってみる。
まあ、そりゃあ、今まで偉そうに人間を虐げて来た魔族が1人残らず死んで、町が解放されたってんだから、嬉しいに決まってるだろう。
「やった、やったぁ!!」「魔族のクソッ垂れ共め! ざまあみろ!!」「これで、もう夜中に叩き起こされる事もねえんだ…!」「よし! 皆飲もう! 今日はぶっ倒れるまで飲もう!」「付き合わせて貰うぜ!」「おうよ!」「勇者様万歳!」「凄いっ、凄過ぎるよ勇者様! 見た? 見たでしょあの強さ!?」「うんうん! 凄いよね! あの方なら、きっと魔王だって倒して下さるわ!」
中央通りを歩くと、皆の笑顔と一緒に、躍り出しそうな程の嬉しさと楽しさを含んだ会話が耳に飛び込んで来る。
祭りのような雰囲気に、祭り好きな日本人の血が騒ぐ。
………まあ、勇者云々の話は全部聞かなかった事にするんですけどね……。
こう言う浮かれた雰囲気の何が良いって―――
「ミィ」
飲み食いしながら騒いでいる人達の足元で一鳴きする。
「おお猫、お前も魔族共が消えて嬉しいんか? ほれほれ、今日は特別だ! お前も一杯食え食え」
「可愛いっ、ここら辺の猫ちゃんじゃないわよね? ほら、これも食べる?」
「なんだこのチビ? ほれ、もっと肉を食え肉を! そんなんじゃ大きくなれねーぞガッハッハハ」
食料の調達がとても楽な事ですよね。
ゴチになったお礼を「ミィ」と返して立ち去る。
やっぱり、ただで食う飯が美味いのはどの世界も変わらんな。え? 「お前いっつもただ飯じゃん」って? まあ、そこはそれ、これはこれ。
ああ、いい感じに腹が膨れたら体の調子が少し戻った気がする。食事は健康の基本ですよねぇ。
トコトコと歩きながら、そう言えばログの確認をして居なかった事を思い出す。
ログを確認するには目を閉じなければならないが、これには少し抜け道があるんじゃないかと気付いた。
【バードアイ】だ。
視覚を飛ばすこのスキルを使えば、目を閉じていても周囲の様子が見えるんじゃないか?
今までは魔族の逆探知が怖くて試せなかったけど、もうそんな事気にする必要もないしね。
うん。よし、大丈夫そうじゃない?
これなら歩きながらログ確認出来るわ。
『【魔族 Lv.134】
カテゴリー:特性
レアリティ:E
能力補正:魔力
効果:魔法使用可
暗黒/深淵属性強化』
ぉお……魔族のレベルがクソ上がってる……。
一殺で1Lv.アップだとすると、広場の戦闘で132人も殺した事になるのか……。俺も立派な大量殺人鬼だな。
おっと、そう言えば特性の装備外したままだっけ。丁度良いから着け直しておこう。
魔法が一杯手に入ったな。
火系、氷系、爆裂、雷、あ、弱体化なんて有るじゃん。
全部で、えー……16種か。結構食らった筈なんだけど、思った程種類は多くないな? まあ、100種とか貰っても管理するのも使う時選ぶのも大変だから、この位で丁度良いっちゃ丁度良いか。
『条件≪1度の天術または魔法で50体以上の対象の命を奪う≫を満たした為、以下の派生スキルが解放されました。
・毒無効』
お、新しいスキルゲット~。
未だに派生スキルがどう言う物なのか理解して無いけど……まあ、使えるからいいや。
っつか、天術1発で50人撃破って相当無茶な条件じゃない? 相当な広範囲な奴じゃなきゃまず無理だし……いや、でも無差別に殺して良いってんなら、そこまで無茶でもねえのか。
ま、条件はともかく【毒無効】ッスか。
これは、もう詳細情報確認するまでもねえよ、自分が食らう毒を無効にする奴だよ。
そもそも毒を食らう機会なんて、そう無くない? とか思ったけど、翌々考えたら、猫にとっては玉ねぎだの蜜柑だのも毒じゃん。
って事はさ、これからは何食べても平気って事じゃない?
そう考えると、凄い有用だよこのスキル!! これからは食べたい物なんでも食べられるよ! ………まあ、猫舌なのはどうにもならんから熱い物はアウトだけど。
あっ!? そう言えば、俺の倒した魔族達の武具ってどうなった!?
あれって、俺の物として主張できるんじゃない!? して良いんじゃない!? だって倒したの俺ですもの! ゲームじゃドロップアイテムは倒した奴が貰えるなんて基本中の基本じゃん!? いや、この世界別にゲームじゃねえけど!
広場にも、その周りにも落ちて無かったよな?
俺が寝てる間に誰かが回収したのか? 見つけ出して絶対返して貰おう。




