11-27 北西の砦
グニャリと捻じれた景色が一瞬視界を通り過ぎ、目を開ければ北西の砦。
周りの目があるので、転移終了と同時にオリハルコンの鎧を身に付けた【仮想体】を引っ張り出しておく。
予想通りに、コッチの砦も既に襲撃されている真っ最中だった。
魔法の爆撃が降り注ぎ、それを術士達が必死に防壁の魔法や天術で防いでいる。そして、そんな魔力の防壁の内側へ入り込んだ飛行型の魔族達を今まさにバルトと双子が仕留めにかかっていた。
「【拘束】!」
双子の妹の方が天術を唱えるや、壁や地面から光る蔦のような物が空中を飛び回る魔族の足や羽に巻き付いて動きを制限する。
だが、天術で捕らえられたのは数人で、まだまだ空中を飛び回って魔法やら弓やらで攻撃している奴等が残っている。
しかし、そんな事は織り込み済み。
空中で【拘束】を食らったままバタバタともがいている1体に向かって、双子の姉の方が天術を唱える。
「【捕縛の陣】!」
天術を唱えられた魔族を中心に、四方八方に蜘蛛の巣状の魔力の糸が凄まじい速さで広がり、30以上の魔族を空中で捕らえ、素早く巻き取って一塊の魔族団子にしてしまう。
「「炎熱!!」」
双子が同時に叫ぶや、見張り台からバルトが矢のような速度で飛び上がり、真っ直ぐに魔族団子に突っ込み――――30以上の肉の塊を、灯の槍で一気に貫く。
ズンッと肉の体を貫いたとは思えない音をたてる。
灯の槍で貫かれた魔族の体が、その炎熱の力を受けて一瞬の炎上、そして即座に爆発して黒い炭を巻き散らす。
……映画で観た戦闘機のアフターバーナーみてぇ……。
凄まじい槍特攻だった。……うちの弟子、俺が思ってるよりずっと強くなってない? 双子との連携も早くて無駄がない。
槍特攻って三叉槍でやるもんだっけ? とか小さな疑問が頭の片隅を過ったが、目の前の驚きが大き過ぎてツッコむ気にならん。
槍の一突きで30以上始末したバルトが、【空中機動】でトントンッと見えない足場を渡って地面に戻って来るや、いつの間にやら来ていた俺に気付く。
「師匠!」
犬だったら全力で尻尾振ってそうな笑顔で近寄って来る。
本当にワンコやな……人懐っこい大型犬っぽい感じ。
「ミャァミ」
ちょっと待って。
皆無事なのは嬉しいが、人の頭上を飛び回る残りの連中を先に処理しなければ。
いつもなら【審判の雷】を適当にばら撒くのだが、砦の中で撃つと仲間の魔族までターゲッティングしてしまう上に、半分魔族の血が入ってるバルトも微妙に食らっちまうらしいのでアウト。
こういう時は、基本に則って対応する。
基本と言えばこうだろう?
【グラビティ】
“引き摺り落とす”だ。
空を飛んでいた100以上の魔物が、殺虫剤を撒かれた蠅のようにボトボトと落ちて来る。
まあ、ボトボトっつか、実際は5倍以上の重力に引っ張られて落ちてるから、地面に落ちた瞬間にパァンと弾けてトマトケチャップになってるんだが。
あっという間にトマトケチャップで真っ赤に装飾された砦。
門の方からドンッと外から何かが叩きつけられたような音。
敵の攻め方がアッチの砦と同じなら、足の早い騎馬や四足動物系の魔族が門を破りにかかっている筈。
スピード重視で門に取り付く事が目的なら、重い攻城兵器を持ち歩く訳はない。かと言って小型の破城槌等では門を破るのに時間がかかる。って事は、物理的な力ではなく魔法やらスキルやらで門を開けようとしている筈。
物理で叩いて破ろうとするより、不思議な力で開けようとする方が多分早いと思われる。だからこそ敵さんもそっちの方法をとってるんだろうし。
じゃあ、早いところ処理しちまわないとまずいわな?
芸がなくて済まないが、アッチの砦と同じ対応をさせて貰う。
【サンクチュアリ】
魔法を封じると同時に、敵全員に弱体化を付与。
砦を襲っていた魔法攻撃がピタリと止み、門を鳴らしていた音も消える。
それを確認するや【審判の雷】を門の外に叩き込み、2分前にやったように連鎖起動で100発の白い雷の雨を降らす。
これでヨシ。
「師匠!」
「(はいはい。無事か?)」
「はい! 僕、皆、無事、です!」
何よりだ。
さて、これで暫く敵の手も足も止まるだろうし、何か行動起こすなら今のうちかね?
思い切って俺だけで敵陣のど真ん中に突っ込んで戦力ゴリゴリ削ってこようかしら? ……いや、冗談だけどさ。流石に【ダブルハート】無い状態でそんな無茶はする気にならない。
今回1番厄介なのは敵の兵士の数な訳だが、だからと言って魔王連中が眼中に無い訳ではない。魔王同盟に参加している魔王が全員おっさん以下だと言うのなら、多分俺は勝てる。しかし、それは俺1人だけの話で、他の奴が戦うには危な過ぎる相手だ。
だったら早いうちに俺が飛び込んで魔王に致命傷を与えてしまった方が良いんじゃないかと思った訳よ。
“殺す”ではなく“致命傷”なのがポイントだ。
魔王を殺すと10万以上と目される兵隊が暴徒化してコッチが危ない。ので、魔王を戦闘不能にして戦いの外に叩き出す“致命傷”だ。
そうすれば他の奴等が魔王とエンカウントして狩られるリスクを抑えられる……と思ったのだが――――今のバルトや双子の戦力を見たら、少し考えが変わった。
コイツ等なら、普通に下位の魔王に勝てるんじゃね?
俺と離れていた1ヵ月の間に結構な修羅場を潜ったとは聞いていたけど、それにしたって強くなり過ぎじゃない? 急激に弟子が強くなっていると、禄に何も教えていない師匠としては色々「スミマセン」な気分になるのだが……。
いや、まあ、俺の凹みと反省はともかく、今回に限って言えば無理に魔王に勝つ必要はない。あくまで町の皆が逃げるだけの時間さえ稼げれば良いのだ。
それならば、もしバルト達だけで戦わせても大分リスクは小さくて済む。危なくなったら逃げれば良いんだから……って、バルトが素直に皆より早く逃げてくれるかどうかはまた別の話だが。
「(バルト、今回相手は魔王が3人居る。予想ではコッチの砦に来るであろう奴は1人だけだが、俺が相手出来るとは限らない)」
「はい! 分かる、ます!」
勿論タイミングが合えば俺が相手するし、死なないように適度に転がすつもりだが、今回は2つの砦を行ったり来たりするだろうから、俺が居ない時に魔王が現れるって可能性は決して低くない。
【転移魔法】が無限に使えるならまだしも、使える回数に限りがあるから、出来る限りは移動は少なくするに越した事はない。
「(だから、俺が居ない時に魔王が現れたら、お前が相手しろ)」
「はい!」
魔王と戦えって言われたのに、恐怖を微塵も出さず、それどころか「大役を任せられた!」と笑うバルトは、我が弟子ながら結構な大物だと思う。
「(誤解すんなよ? 別にお前1人でどうにかしろって意味じゃないからな? 双剣の双子や、周りの連中にもちゃんと協力して貰ったうえで、お前が中心になって戦えって意味だからな?)」
「分かる、ます!」
……本当に分かってるんだろうか? まあ、バルトが魔王と戦いだしたら、嫌でも周りが手を出すだろうから大丈夫か。
万事任せて欲しい、と言わんばかりの真っ直ぐな目で見られると……なんつーか、申し訳ない気持ちで泣きたくなる。
「(あ~……バルト、ごめんな?)」
「何、です、か?」
「(師匠らしく何かを教える事もしてねえのに、こう言う面倒事が降りかかった時にだけ偉そうに師匠面して指示出して……)」
バルトが全力で頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
……え? 俺、今そんなに難しい話した?
「師匠、何も、教える、ない、違う、ます。僕、師匠、居る、から、強い、なります」
「(いや、お前が強くなってんのは、普通にお前が努力してるからだろ)」
俺の言葉に、バルトはフルフルと首を横に振る。
「違う、ます。師匠、僕、より、ずっと、先、居ます。僕、師匠、追い付く、したい、から、頑張る、ます。だから、強い、なれる、ます。師匠、教える、無い、でも、僕、追いかける、意味、有る、思う、ます」
なーんで、こんな真面目で真っ直ぐな超絶良い奴が、こんなボンクラの弟子なんだろう……? 世の中の不条理を感じてしまう。自分も当事者なのにね? ははっ。いや、笑い事じゃねえよ。
「(もうちょい文句でも言ってくれれば楽なんだがね……)」
「師匠、文句、ない、です」
こう言う事を本気で言っちまう奴だからなぁ……。
まあ、良いか……本人が良いって言ってるし。ダメそうなら、新しいちゃんとした師匠を探してやるって事で。
「(まあ、その話は良いや。今は戦いに集中だ)」
「はい、です!」
「(くれぐれも無茶するな……って言いたいところだが、今回に限っては無茶して貰う必要があるかもしれない)」
「覚悟、出来る、ます!」
「(うん。だから――――もし、魔王と戦う事になったら例のアレ使ってみろ)」
バルトが驚いた顔をする。ついでにそんなバルトに驚いた精霊達もビクッと空中で変な跳ね方をする。
アレ……と言えばアレだ。
ベルフェゴールの一件の時に双子と戦う時に使ったと言うアレだ。
―――― 【精霊化】
使用後に死にかける程の負担を強いる無茶苦茶なスキル。だが、今のバルトならいけるかもしれない。
「(ただし、体が無理だと思ったら……少しでも違和感があったら即切れ。今回の目的はあくまで時間稼ぎだからな、命賭けるギリギリな戦いをする意味はねえ。無茶はしても無理をする意味もねえ。そんな事するぐらいならさっさとケツ巻くって逃げろ)」
「分かる、ました!」
…………多分、きっと分かってないなこの弟子……。
絶対無茶するぞコイツ……。
そう言うところ誰に似たんだか……。




