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11-25 オープンファイア

 ツヴァルグ王国に行って3日。

 関係各所、盆と正月が一緒に来たような忙しさだった。

 アルバス境国では、戻ってすぐツヴァルグ王国への移民の話が伝えられたが、予想に反して国民達の動きが遅かった。

 魔族の皆は、元々魔王の座を降りてもおっさんに付き従う気満々な連中なので問題なかったが、人間達からの反感が凄かった。

 大きな戦いが起こって危険だから。そして、その戦いに勝っても負けても、この国に留まるのは危険すぎるから――――と、どんなに説明しても「生まれ育った土地は捨てられない」と動こうとしないのだ。

 そう言う気持ちは分からんでもない。

 異世界に来た俺ですら、故郷を思う気持ちは消えていないのだから、この土地で散々と言える程の絶望を乗り越えて来た人達なら、そら離れる気にならんだろう。

 とは言え、「じゃあ残って下さい」って訳にも行かないので、おっさんやアザリア達が必死こいて説得しているのが現状です。

 ツヴァルグ王国の方も、受け入れを王様が認めてくれはしたが、やはり騒ぎが小さくないらしい。まあ、アッチに関しては、初めから皆が予想していた事なのだが……。

 そんなこんなで、避難率ギリ5割ってところだ。


 で、肝心の魔王同盟。

 未だに攻め込んで来ていない。

 てっきりピーナッツの奴が国に戻ったら速攻で来ると思ったんだけどな……? だが、昨日気になってピーナッツの国の様子を見に行ったら、ゴッソリ人が居なくなっていた。って事は、既に野郎の軍は町を離れた後って事。

 いつ襲い掛かって来てもおかしくねえなぁ……ってんで、俺はアルバス境国の北側にある国境の砦に居る。

 アルバス境国に攻め入る道は、大雑把に言えば北と東の2つのルートしかない。

 しかし、東側のルート上には魔王級の魔物が湧き出している古戦場がある為、ピーナッツの軍は避けて通る――――ので、コッチもその東側の守りは捨てている。一応そっちの砦にも見張りは置いているが、戦力は本当に最低限しか居ない。

 まあ、もしもの為に転移門(ゲート)を各所に配っておいたので、万が一の展開があっても逃げる事は出来る筈だ。

 

 んで、残っている敵の進軍ルートは北側のみ。

 どんな道を通って来てもアルバス境国に入るには、この砦か北西の砦のどちらかを越えなければならないので、どちらかで張っていれば敵が来た時すぐ分かるって訳よ。


「ミィ……」


 ヤダねぇ……。

 この戦いが始まる前のピリピリした空気と言い、緊張感や闘争心やらが混ざった雰囲気の悪さと言い……。

 まだ数日だから皆耐えられてるけど、この“待ち”の空気が続いたら精神がやられてしまいそうだ……。いや、皆ってか、俺がだ。

 この砦に居る連中は、皆闘技場で腕を磨いていた戦士や、戦う事を生業としている職業軍人たちで、こんな空気は慣れている。


「ミィミィ……?」


 俺って本当に場違いじゃね……?

 半年前まで、戦いとは無縁のただのサラリーマンしてたのに、何故にこんな所で魔王なんて化け物3人を迎え撃とうとしてんだ……?

 砦の1番上の見張り台で、自分の現状に首を傾げる俺だ。


「様子はどうだ?」


 背後から声をかけられ、ビクッとなって塀から落ちそうになる。


「ミャァ!」


 危なす!

 おっとっと、と端っこでバランスを取っていると、赤色の大きな手が背後から伸びて来て俺をヒョイッと持ち上げる。


「大丈夫か」


 おっさんだった。

 町を回ってツヴァルグ王国へ逃げる事を拒む人間を説得しているのに、合間を縫ってこうして砦に来て様子を見に来るおっさんは尊敬に値する。

 まあ、北の砦2つは近くに魔力溜まりがあるので、転移門でぱっと移動できるし、移動に手間がかからないからってのもあるか。


「珍しいな? お前が背後に立たれて気付かんとは」

「(ちっとボーっとしてた……)」

「ここ数日無理をさせたからな、疲れたか?」

「(まあ、少し疲れてるけどそう言うんじゃなくてさ。この国を離れる人達の事を考えたら、ちょっと故郷の事を思い出して)」


 言いながら、おっさんの大きな腕をトコトコと歩いて、微妙に居心地の良い肩で丸くなる。


「ふむ。故郷が恋しくなったのか?」

「(まあ、恋しいは恋しいわな? つっても、もう2度と戻れねえけど)」


 俺の言葉に、おっさんが少しだけ申し訳なさそうな顔で目を伏せる。


「……そうか。お前の故郷は既に魔族に……」


 いや、ちゃうけど。

 ちゃうけども、異世界云々の説明をする訳にもいかんし、まあ、そのまま誤解させとけば良いか……。


「(そんな事より、避難の方は進んでんの?)」

「正直、あまり(かんば)しくない。杖と短剣の勇者が協力してくれているが、やはり生まれ育った土地を離れる事を人間は嫌がるらしい。だが、それを押しても逃げて貰わなければならんがな」


 ですよねぇ……。

 ちなみに、バルトと双子は何もしていない訳ではなく、もう1つの砦の方に詰めている。あの3人が勇者の中じゃ戦闘力上位だからな?

 俺無しで魔王と交戦するような事態になっても、そう簡単には負けない筈だ。


「(戦闘準備の方は?)」

「見ての通りだ」


 見下ろせば、砦の中には武装した魔族と人間の戦士達。

 砦の外で野営している者達を含めれば約3000人。

 中には闘技場で見た面がチラホラしているのが心強い。


「お前が武器や防具を提供してくれたお陰で、全員に十分過ぎる程の装備が行き渡った。本当に感謝している」

「(別に、それは良いけどさ)」


 俺の手持ちの武器防具大放出だった。

 まあ、レアリティ★を差し出す訳にはいかないので、流石にレアリティAまでだけど。

 でも、そこらの兵士やら戦士にしてみれば、レアリティAどころかⅭ辺りの装備でも、一生手にする機会がない代物らしいですし……。

 大量のアイテムを出しては“不思議なポケットの法”で大量生産する。リペアの時間短縮の為に魔力を多めに突っ込んで高速化。

 ついでに、皆の生存率を上げる為に回復薬(ポーション)やら強化薬(ブーステッド)やらの消耗品も配ったし……出来る限りの準備はした。

 今回の事件に際して、今まで色んなアイテムを収集して来たのが大いに役に立った。

 今まで頑張って来た事がこうして皆の役に立つのは、何と言うか気恥ずかしさと同時に嬉しさも感じる。


 その時――――ピクンッ鼻が跳ねる程嫌な臭い。


 頭の裏側が痛くなるような、大量の敵意と殺意の臭い。

 ほぼ同時に、おっさんの肩がピクッと動く。


「来た」「(来たな)」


 俺達の呟きに反応した訳ではないだろうが、1段下の見張り台でカンカンッと甲高い鐘の音が鳴り響く。


「敵襲ぅうううううっ!!」


 動揺する者もチラホラ見えるが、大抵の連中は「やっと来やがったか!」と言った感じ。

 まあ、コッチは迎え撃つ気満々でずっと待ってたしな? …………つっても、“迎え撃つ”ってのは気持ちの問題で、コッチのやる事は砦に引き籠って時間を稼ぐ事なんだけど。

 敵に勝つ必要は無い。


「敵に突っ込んで行くなよ?」

「(言われんでも行かんわ。俺の事をバーサーカーか何かだと思ってない……?)」

「少しだけな」


 思うなよ。

 ……こんな可愛い子猫の何処を見て、敵を見るなり「ヒャッハー、獲物だぜぇ!」と突っ込んで行くタイプの奴だと思ったのか……?

 抗議の視線を送るが、おっさんはそれを当たり前のようにスルーして階下に叫ぶ。


「伝令を出せ! 町に残っている者達の非難を急がせろ!! 拒む者は首に縄をつけてでもツヴァルグ王国へ連れて行け!」


 おぉう、パワープレイ……。

 まあ、仕方ねえだろう。既にこの国を捨てる事は決定事項だ。生まれ育った土地だろうが何だろうが、残った者に待つ結末は……良くて奴隷、最悪死だ。

 全員を助けたいおっさんとしては、例え恨まれても国との心中は許さんだろう。むしろ、今まで相手の言い分を尊重して言葉での説得に徹していただけ、「良く我慢した」と褒めてやりたい。

 等と思っている間に、北の岩山の向こう側から雨のように魔法が飛んでくる。


「来るぞ!」


 おっさんの叫びを肩で聞きながら、俺も気を引き締める。


「(よっしゃ、開戦(オープンファイア)ッ!!)」



 魔族同盟との戦いが始まった――――。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] えっ!?!?(バーサーカー)違うの!?!?!? [一言] それはさておきついに開戦ですなぁ ひゃっはああああああ燃えてきたぜえええええ!!!(物理的にやる意味含めて
[一言] 非難を急がせろ ⇒ 避難を急がせろ
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