11-23 一応挨拶だけは
アルバス境国からの移民……この場合移民って言って良いのか? まあ、移民か。ともかく、その移民をツヴァルグ王国が受け入れてくれる事が決定し、「じゃあ、書面に残しておこう」と言う話になり、おっさんと勇者一行は部屋を移動して何やらしに行った。
え? 俺? 俺は用事があったので、途中で皆に気付かれないように抜けて来た。
後ろの方で「またいつの間にか兄様が居ない!!」と叫び声が聞こえた気がしたが、多分気のせいだったので気にしないでおく。
一応言っておくが、俺だって無意味に単独行動している訳ではない。ついでに、断じて皆と一緒に居たくない訳でもない。
俺だって自分の立ち位置は理解しているつもりだ、一応……多分、きっと、信じれば。
ツヴァルグ王国の人間にとって、俺――――っちゅうか、剣の勇者存在が小さくない事は分かっている。だから、出来る事なら書面の交換も俺が立ち会った方が良いのかもしれないが、別に絶対俺が必要って訳ではない。どうせ俺は皆の前じゃ喋らないし、口挟む気も無いし。
んで、本題。
何故に皆と離れて独り歩きしてるのかっつーと、レティの所に行く為だ。
いや、違うから。別に「好きな子に会いに行きたい病」な訳じゃないから。さっき皆を呼びにアルバス境国に戻る際、レティに「ちょっと行ってくる」と言って別れたが、コッチに戻って来る時は直接謁見の間だったし、多分書面云々が終わればそのままアッチにとんぼ返りでレティに会うタイミングが無くなる。
帰る前に顔くらい見せておかないと、まぁた泣かれるからな……。
……そろそろレティを泣かせ過ぎて、メイドさんの殺意がガチになりつつあるから気を付けねえと……このまま行くと、あのメイドさん滅・波●拳とか使いだすよ絶対。
まあ、そんな感じで勝手知ったる城の中。
この城の中の人達に限っては、俺は“剣の勇者のペット”ではなく“レティのペット”だから、歩く時も猫の身1つで気楽で良い。
トテトテと歩いていると、珍しく庭に出ているレティを発見。
「ミャァ」
一鳴きすると、レティが俺に気付いて振り返る。
ついでに後ろを歩いていたメイドさんも振り返り、俺を見るや無茶苦茶嫌そうな目をする。
ダメだ……元々勇者嫌いで“剣の勇者のペット”である俺への当たりがキツイのに、それに加えてレティを度々泣かすもんだから決定的にこの人には嫌われている……関係の修復は不可能と言って良い。
まあ、ぶっちゃけこの人との関係が悪くても、困る事は1つも無いんだが……。
「ブラウン!」
嬉しそうに俺を抱き上げるレティ。
「戻って来てたんです? 剣の勇者様は一緒じゃないんです?」
剣の勇者、と聞いてメイドさんの目つきが3割増しに鋭くなるが、もう面倒臭いのでスルーする。
「(ただいま。まあ、またすぐにアッチに戻るんだけど。剣の勇者は多分そこら辺をうろついてる)」
「御挨拶した方が良いでしょうか?」
「(要らないと思う)」
「そうなんです?」
「(うん)」
どうせ喋れないし、空っぽの鎧だし。そもそも俺が出すまで何処にも存在してないし。
「それに……またアルバス境国に戻るんです? もう、ブラウンは行かなくても良いんじゃないんですか?」
ギュゥッと俺を抱く手に力を込めながら、「行って欲しくない」オーラを俺に向かってバシバシ放ってくる。
俺だって、出来る事ならレティの腕の中でぬくぬく眠ってたいけど……今それをやると、間違いなく方々で取り返しのつかない“困った事態”になるのが目に見えてっからなぁ?
「だって、戻ったら大きな戦いになるのでしょう? 子猫の貴方が行ったって……危ないだけじゃないですか……」
この可愛い見かけで、コッチの戦力で1番とか言われても……まあ、信じないわな。俺自身も信じられない。
「(まあ、そうかもね)」
「ほら……やっぱりじゃないです……? 剣の勇者様に頼んでみましょう……?」
前もこんな話しなかったっけ……?
レティが俺を心配してくれるのは嬉しいけど、毎回この調子だと色々困る。主に女の子にこんな寂しそうな顔させる事への罪悪感の意味で。
……まあ、どんだけ良心が痛もうが、俺が行かないなんて選択肢は無いんだが。
「(無理だよ)」
「……絶対です?」
「(うん)」
「……ブラウンが居ないと寂しい……」
そう言う事言って貰えるのは、男冥利に尽きるってもんだが……その手を振り払わなければならないのは心が痛む。
「(我慢して)」
「……いっぱい寂しいんです……」
「(うん。でも、我慢して)」
無茶で冷たい事を言っているが、これは、もうしょうがないよ。
たとえ……レティが泣いたって。
ポタポタと、レティの頬を伝った熱い滴が俺の頭の上に降って来る。
「ひ、姫様!」
メイドさんが慌ててレティの涙を拭いて、その腕に抱かれている俺に「おめぇ、また姫様を泣かしただろっ!?」とガチの殺意の炎が灯る眼で睨まれる。それを、そっと右から左に受け流す。
未だ涙目のままのレティに、更に力を込めてギュゥッとされる。離れたくないし放したくない……「行かないで!」と女の子に縋りつかれるのは、男の浪漫ではあるが……実際にやられると罪悪感で死にたい気分になる……。
少しは泣き止ませないと、この子置いてアッチに戻れねえな……?
「(まあ、多分今回は直ぐ帰って来るから)」
良いか悪いか、魔王同盟の動きは早い。
コチラが何のかんのと準備する前に仕掛けて来るのは目に見えている。
恐らく、アッチに戻れば直ぐに……遅くても2、3日中には戦いが始まるんじゃないだろうか?
ピーナッツの国で聞いた情報が確かなら、あの針鼠は明日自国に帰り着く。
ピーナッツの野郎が魔王同盟の発起人でありリーダー格なのだとすれば、それを待って動き出す可能性は十分に有り得る。
まあ、アルバス境国から逃げると決めた時点で、コッチは無理に戦う必要は無いんだけどね? つっても、国民全員逃がすならどう考えても時間が足りない。俺の手持ちの転移門を全部吐き出しても1度に通れる人数はたかが知れている。……まあ、最悪“不思議なポケットの法”でその場で増やせば良いんだが……レアリティAのアイテムを大量に用意するのは時間的にも魔力的にも結構しんどい。
大きな戦いが近い事を考えれば、あんまり時間も魔力も無駄には出来ないからね? 今回は【ダブルハート】のリキャストを待ってられなさそうだから、いつもより一層警戒する必要がある、っつーのを古戦場跡で魔王級の魔物に囲まれた時に思い知った。
いや、まあ、この後がどういう展開になるかはさて置き……ともかく、数日でケリがつくって話よ。
「(だから、もう少しだけ我慢して)」
「……本当に、少しだけ……です?」
「(うん、少しだけ)」
「……それが終わったら、約束も守ってくれるんです?」
約束……なんでしたっけ? 等と言うボケをかます程俺も空気が読めない奴じゃない。
勿論覚えている。
アルバス境国の件が片付いたら、「どこかに連れて行ってやる」と言うアレだ。
「(ああ。海でも山でも好きな場所連れてってやるよ)」
流石にガチの御姫様を「連れ出して良いですか?」と許可とっても許して貰える訳ないし、実行するなら後で怒られる覚悟でコッソリやるしかねえんだけど。
「(個人的なお勧めを言うなら、海かなぁ? 綺麗な砂浜とかあったし)」
「海……? 海、海良いです! 行きたいです!」
「(んー、じゃあ海で。お弁当持ってピクニックにでも行こうか?)」
「はい! 約束ですからね?」
「(はーい)」
ふと気が付くと……俺、今、変なフラグおっ立てなかった?
大きな戦いの前に、戦いが終わった後の話するって……結構アレなフラグじゃない? 死亡フラグじゃない?
…………まあ、良いか。
死亡フラグと恋愛フラグは確実に圧し折る事に定評のある俺だし、何とかなるなる……多分。




