11-22 謁見
結論から言う。
王様への謁見は即行で決まった。
まあ、でも……話の内容を聞いた王様は、やはりあんまり良い顔してなかった……。けど、その点は俺も予想通りだし、恐らくアザリアやおっさんだって織り込み済みだろう。
その上で、頭脳労働担当連中が上手い事話を進めてくれる事を願おう。
レティに「すぐ戻って来る」と一旦お別れしてから(若干泣かれた)、転移でアルバス境国に戻り、皆を連れて30分とかからずとんぼ返りして来た。
……複数人の一斉転移はやはりしんどい……。帰りは転移門使わせるかな……?
などと呑気な事を思っているが……ぶっちゃけて言ってしまうと、軽い現実逃避である。なんたって現在地は――――謁見の間だ。
言っておくが、俺が移動するのが面倒臭いからって横着してここに転移して来た訳ではない。ここに直接転移してくるようにと“この人”に頼まれたからだ。
この人――――つまり、目の前で玉座に座るレティの親父さん……っつうか、王様だ。
なんで王様が、こんなトリッキーな招き方を提案したかって? 理由は単純だ。元とは言え、魔王のおっさんを正面から招き入れるのはどう考えたって外聞が悪い。10年間魔王によって家畜に変えられていた過去を思えば、変な想像や噂をする輩も居るかもしれない。
それを思えば、出来るだけ人目に付かないように移動させるのは当たり前だろう。
で、部屋の両脇にズラリと並んだ“いかにもインテリ”っぽい貴族の皆様方。着ている物や身に付けている装飾品を見るに、国政に首突っ込めるレベルの“お偉いさん”と思われるが……まあ、ぶっちゃけ興味ない。
俺が意識を向けなければならないのは、その後ろに居る完全武装の騎士達だろう。
明らかにピリピリしている。いや、もう、殺気立ってると言って良いかもしれない。
今にも剣を抜いてコッチに……ってか、後ろに居るおっさんに斬りかかりそうな感じだからな?
……あ、いや、違うよ? 別におっさんが殺されるとか思ってる訳じゃないから。むしろ逆だから。おっさん弱体化したっつっても下位の魔王くらいの強さはあるし、そこらの人間何百人に襲われても無傷で返り討ちだから。
でも、“どっちが勝つ”って問題じゃねえのよ。ここで刃傷沙汰起こす事が既にアウトだって話だから。「殿中で御座る! 殿中で御座る!!」って事だから。その時点で交渉もへったくれもなくなるから。
ちなみにレティと王妃様は居ない。
一応体面上は「出来る限りこの場に居る人間は少ない方が良い」って事だろうけど、実際のところは「魔王に直接合わせるような危険はさせたくない」って感じじゃねえかな? まあ、知らんけど。
ツヴァルグ王国の皆々様は全力でピリピリしているが、対照的にコッチは全員落ち着いたものだ。
コッチに転移する前から、アザリアは「多分警戒されますね」って言ってたし、シルフさんは「下手すりゃ斬りかかって来るかもな」なんて冗談めかしてた。
だから、コッチの面子は初めから“分かっている”。
特におっさんは、自分が招かれざる客である事を理解している。だからか、いつもよりどことなく表情が柔らかい気がする。
ただ……その表情が周りからは「ヤベェ……何か企んでるよ……」って感じに見えるのは悲劇だな……。元の顔が怖過ぎるのが悪いよ、うん。
そら、騎士の皆様もビビって殺気も漏らすわ。俺が彼等の立場だったら殺気だけじゃなく小便も漏らすわ。
「ようこそ、と歓迎すべきかな?」
王様の一言に、思わず跳ね上がりそうになってしまった。
ビックリした訳じゃないけどビクッとなってしまう感覚……分かって頂けるだろうか? エレベーターで偶々(たまたま)一緒になった常務から「元気にやってるかい?」って声かけられた時みたいな感じだ。
いやーアレは本当にビクッたね! 常務としては気紛れで声かけたんだろうけど、コッチとしては「え!? なんで常務がこんな平社員に声を……!?」って頭グルグルするから!
…………いや、違う違う、常務の話はどうでも良いんだよ。
問題なのは今だよ今!
声をかけられただけでビクッた小心者の俺とは違い、アザリアは堂々としたもので、一歩前に出て片膝をつく。
それを見て即座にバルト達も同じ姿勢になる。
周りがゴリゴリに警戒しているおっさんも、迷う事無く膝をつく。元魔王だと言うのに、人間の王に対して躊躇う事なく跪けるおっさんは凄いと思う。
おっさんに魔族のプライドが無いとか言う話ではなく、プライドより優先する物がある事を知っているのだ、この赤鬼は。
周りでおっさんを警戒していた騎士や貴族も、流石にその姿に驚いている。
そんな様子を他所に、アザリアが勇者の代表として口を開く。
「国王陛下、お目にかかれて光栄です」
こう言う時のアザリアは凛々しいよなぁ……?
元貴族だって話だし、なんちゅーか礼儀作法っつの? そう言うのが根っこに身に付いてる感じ。
…………普段の俺をニャンニャンしてる姿からは想像できんな……。俺を抱っこしてる時も、もうちょい高貴なオーラ出してくれれば良いのに……。
「今代の勇者達か、噂はここまで届いている。そして――――」
王様と、周囲の貴族と騎士の視線が1人に集まる。
この場にただ1人の魔族であるおっさんに。
「お初にお目にかかる人間の王よ。先日その座を降りはしたが、敢えてこの場ではこう名乗らせて頂く。ギガース=レイド・E、アルバス境国を支配していた魔王である」
別に大声を出した訳でも、殺気を撒いて威圧した訳でもないのに、おっさんの“魔王名乗り”は妙に迫力がある。
実際、俺等以外は皆してビビった顔してるし……。いや、王様だけはビビってなかった。
「こうして魔王と見える機会を得た事は、きっと喜ぶべき事なのだろうな?」
「そう言って貰えると、人魔共生を目指す我としても嬉しい」
おっさんと王様が視線を空中で交わらせる。
大抵の奴ならおっさんの目力に負けて視線を逸らすが、そこは海千山千の王様。逸らさないどころか、揺らぎもしない。
「今回の話は既に聞いている。アルバス境国が魔王同盟なる恐ろしき軍勢に脅かされているとか。そして、その脅威の手が届く前に国民を我が国へ逃がしたい、と」
誤魔化しや引き延ばしもなく、直球どストレートで本題に入る王様。
おっさんが“そう言う奴”だと見て、真正面からに切り替えたのかな? まあ、おっさんは口八丁で丸め込もうとすると変に拗れる可能性があるし、この場で真っ向勝負を選択したのなら王様は見る目がある。
「相違ない。それで、我が国の――――いや、既に我の支配する国ではないのだが――――アルバス境国の皆を受け入れて貰えるのだろうか?」
一瞬、王様の目が俺に向く。まあ、俺っつか【仮想体】にだけど。
「助けを求められれば、救いの手を差し伸べる事は吝かではない。幸いこの国は外から人を受け入れられる余裕があるのでな?」
「では――――」
「だが――――だが、だ。魔族の王である其方を前に言うセリフではないが、やはり魔族の存在は受け入れ難い」
まあ、ですよね。
別に王様の懐が狭いって話じゃない。
俺のような異世界からぽっと出て来た奴ならともかく、100年も敵として刷り込まれた相手を、困っているから「じゃあ助けます」となる方が異常なのだ。
王様個人がどう思っているかは知らないが、少なくともツヴァルグ王国の大多数は良い顔をしないだろう事は俺でも分かる。
そら、王様が「魔族もうちの国に受け入れます」と言えば実際にそうなるのだろうが、それをした場合は確実に国民に不信感を抱かせる。
魔王の支配から解放されて、漸く落ち着いて来た矢先にそれはまずい……と言うツヴァルグ王国側の事情は理解している。だが、それを押してでも飲み込んで貰わなければならないくらいコッチもヤバい状況になっているのだ。
お互い譲れない。
じゃあどうするか?
説得するしかないじゃん。
はい、と言う訳で頑張れ頭脳労働担当! え? 俺? 俺はだから横で立ってるだけの簡単なお仕事だよ。
違うよ? 役立たずな訳じゃないから。アレよアレ? 道路で看板持って立ってる人居るやん? 勝手に道路に看板たてるとお上にメってされるから、「人が持ってる体」にする為にただ突っ立ってる人みたいな物よ?
まあ、俺の立ち位置の話は置いといて――――リスクの有る交渉事で相手に頷かせる1番簡単な方法は、リスク以上のメリットを語る事だ。
って、そんな事は頭脳労働担当も分かってるか……。静かに立ち上がるアザリアを横目に見ながら、心の中でほっと息を吐く。
「陛下の仰る通り、魔族は危険、魔族は人間の敵、魔族は信用できない。私もつい先日まではそう思っていました。ですが、断言します。“人と魔族は共存できます”。少なくとも、アルバス境国の魔族とは」
迷い無い。淀み無い。ハッキリとした言葉での宣言だった。
アザリアが実際どこまで魔族を信用しているのかは俺には分からない。しかし、王族の前で、魔族と最前線で戦う勇者がその発言をした意味はとても大きい。
「なぜ、そう言い切れる?」
「実際に見て来たからに御座います。人と魔族が共に笑い、語らい、田を耕し、食べ、歌い、そして互いを慈しむ姿を」
そう。
そうだ。
確かに人間と魔族は敵同士。それは揺るがない事実だ。
だが、おっさんの国では10年間その敵同士が仲良くやって来たと言う“実績”がある。
アザリアは更に続ける。
「確かに、ツヴァルグ王国に魔族を受け入れても、直ぐにアルバス境国のように過ごせる事はないでしょう。何ヵ月……いえ、もしかすれば数年はかかるかもしれません。ですが、いずれこの国にも彼の魔族達が共に生きていく存在だと受け入れられる日は来ます」
アザリアの言っている事は多分正しい。
……まあ、数年で受け入れられるかどうかって部分はちょっと首を傾げるけども……。これって何十年単位で頑張らないといけない話じゃない? 何かしら大きな切っ掛けでもあれば別だろうけど。
何にしても、これじゃあ説得するには足りないぜ? 「いつか皆が受け入れるから、今引き取って下さい」じゃあ、相手は話に乗ってこない。交渉相手が聞きたいのは“今現在”のメリットなのだ。
だが、そんな事はアザリアにだって分かっている。俺より10歳近く下なのに、頭が良いんだこの娘は。
「少し、この国に踏み入った話をします」
一応の前置き。
前置きを言おうが言うまいが相手としては結局良い気分ではないのは変わらんが、言っておくと心証が違う。
「今現在大陸南側の3国……ツヴァルグ王国、ギルシュテン王国、エルギス帝国の中で最も力を持っているのは間違いなくこのツヴァルグ王国です。他の2国は未だに魔王の支配から解放された“後始末”に追われているのに対し、ツヴァルグ王国だけは既に新しい形への“立て直し”を始めていますし、食糧面で見ても他2国はツヴァルグ王国からの支援で何とかなっている状況ですので、今はツヴァルグ王国は中心と言っても過言ではありません」
まあ、そうだろうね?
政治素人の俺には他の部分は良く分からんが、食糧で支援してるって点はどう考えても強い。
もし仮に食糧支援を止めれば、何もしなくても勝手に他の国はバタバタ倒れていくのだから、そらぁ、強くない訳がない。
「ですが1点だけツヴァルグ王国が劣っている点が御座います。それは――――」
アザリアの言葉を遮り、王様が呟くようにその言葉を続けた。
「軍事力、であろうな」
「畏れながら。ツヴァルグ王国が潤沢な食糧を確保できるのは、それを可能にする広大な土地と、その為の人員を大きく割いているからに他なりません」
「うむ……。軍事力を軽んじているつもりはないが、外の者には疎かと見られるかもしれんな?」
人は有限だ。
特に魔王の支配が終わったばかりってんだから、動かせる数なんてたかが知れている。畑仕事に人員を持って行かれれば、職業軍人に回せる数なんて……ねえ? 考えるまでもねえ。
ただ、食糧を確保する為に人員を割いているのは間違いじゃないだろう? 実際、そのお陰で隣の2国は飢えずに済んでるんだし。
っつか、王様そんなにペラペラ国の弱点喋って良いんかい? それだけ俺達に対して腹割ってくれてるって安心するところかしら?
「だから、アルバス境国の魔族を受け入れ、我が国の兵士とせよ、と?」
「端的に言ってしまえば、そうで御座います。大陸北側の魔王の脅威は元より、隣国の2国が牙を剥く事も無いとは言い切れませんので」
「この情勢で、人間同士が戦を起こすと?」
「目の前に魔王の脅威があっても、人同士で争うのは歴史が証明していますので」
王様が無言で返す。
微かにだが眉を顰めたように見えたのは、多分「確かに」とアザリアの言葉を心の中で肯定したからだろう。
「ですが、これは人同士だけの話では御座いません」
「と言うと?」
「不確定な情報では御座いますが、エルギス帝国方面で悪魔ベルフェゴールなる者が暗躍している可能性が御座います。1度悪魔の軍勢と戦った身で意見を言わせて頂ければ、悪魔は危険です、魔族以上に」
「……勇者がそこまで言う程か?」
「はい」
アザリアの言葉に勇者達が頷く。
特に双子が強く頷いているのは、悪魔に操られて酷い目に遭ったからか……。
まあ、悪魔を知らなそうなおっさんは置いといて、悪魔の親玉と戦った俺も一応形だけでも頷いておくか。まあ、“俺も”っつか【仮想体】がだけど。
「うんうん」と頻りに(適当に)頷く金の鎧を見て、王様が少し顔色を悪くする。
どうやら、悪魔の恐ろしさが伝わったらしい。
まあ、他の面子に四の五の言われるより、自分の国の魔王をブッ転がした“剣の勇者”に「悪魔ヤバいよ」って注意される方が怖いか。
「……なるほど……確かに、そのような危険な存在が居るのなら、我が国も力が必要か……。だが、アルバス境国の魔族が、人間にとって絶対安全な存在とは言えぬだろう?」
「それは……」
ああ……いかんよアザリア。交渉中に言い淀むのは最悪に近い……。
だが、アザリアの気持ちも分かる。
確かにアルバス境国の魔族達は気持ちの良い奴等だ。だが、「絶対に無害です」だなんて誰が確約できる? できる訳がない。誰もそんな事を言える訳がない。
―――― いや、居た。1人だけ。
2mの巨体が立ち上がる。
おっさん……?
「我の部下達は、理由もなく人に害を与えない」
言い切った。
言い切りやがったよこの赤鬼……。
「誰にも確約できない」とか思ってた俺がバカバカしくなる程ハッキリと言い切りやがったわ!!
だが、その言葉はおっさんなりの覚悟を持っての一言だった。
おっさんは続ける。
「もし、この国で我の部下が理由なく人に害を与えた時は――――我が責任を持って殺す」
寒気がする程の、本気の殺気だった。
「その魔族をか?」
「否。我の部下の魔族全てだ。全員我が手で皆殺しにする。そして、我自身も……いや、我が勝手に死ねば次の魔王が選ばれてしまう故、その時は――――」
視線を俺に向ける。
俺の正体バレるから、人目のあるところでは鎧の方を見ろってあんだけ言ったのに……おっさんは泣きたくなる程真っ直ぐ純粋な目で猫を見ていた。
「剣の勇者が我を殺す」
「ミ、ミャゥ」
おい、嫌な役押し付けんな。
抗議の鳴き声を出したが、おっさんは聞こえないふりで無視した。
「これでどうだろうか? 必要なら、この場で契約の呪印でも、隷属の呪印でも我が身に刻んで貰って構わん」
どこまでも本気だった。
……いや、おっさんは初めから本気だったのだ。
本気で自分の部下が人間を傷付けないと信じているし、もしそうなった時は自分の命諸共皆と消える覚悟が決まっている。
ああ、そうだったな……アンタはこう言う奴だったな……?
そんなところに惚れたから友達になったんだし、だからこそ助けようと必死こいてんだ俺は。
【仮想体】に立ち上がらせて、「よろしくお願いします」と頭を下げる。
「ミュウ」
こんな事をして意味が有るのかは分からないが、この場で何もしないようではこの赤鬼の友達は名乗れない気がした。
「兄様……!?」「師匠!」「……お前……」
俺の頭を下げる姿に何かを感じたのか、アザリアが続いて頭を下げ、バルトと双子もバッと立ち上がり後に続く。最後に「やれやれ」とでも言うようにシルフさんまで。
「皆、付き合わせてスマヌ」
俺達にだけ聞こえるようにそう呟いて、おっさんも大きな体を折る。
無言のまま、王様が周囲の貴族と騎士たちを見回す気配。
5秒か10秒か……やけに長く感じる沈黙。
「顔を上げよ。其方達の言葉、確かに一考の余地がある。それに――――今代の勇者達が信じる者を、余も家臣達も信じたい」
「では!」
「うむ。アルバス境国の国民を全面的に受け入れよう」
いよっしゃぁあああ!! と心の中で飛び上がっても、それを表情や仕草には出さないのが大人である。
いや、でも俺大人じゃなくて子猫じゃね? よし!
「ミャァぁぁぁぁぁっ!」
「猫にゃん、めっ! 静かにするの!」
はい、スイマセン。調子乗りました。




